会わない。


 会えない。







 会いたく・・・・ない・・・・・・・・。



















 ――――――会いたい・・・・・・・・。




















 「サウスウィンドゥは初めてか。」
 「え?」
 街の人混みの中、ただシュウの背中をぼうっと見つめながら歩いていたは、
 突然の問いかけに顔を上げる。
 「どうした。いつも以上に呆けているようだな。」
 心ここにあらず。
 そんな事を見透かされているようで、は瞳だけで拒否をした。
 「・・・・・・・・。」
 「まぁいいだろう。俺はこれから交易所に行って来る。
  お前は街の見物でも行って来い。」
 前へと向き直り、シュウがすたすたと歩き始めた。
 その靴音を聞き、流石のも焦ってその腕を掴む。
 「私も行くわっ・・。」
 その声に振り返り、シュウはの瞳を再度見つめた。
 「お前は来なくていい。そんな暗い顔をした奴について来られては商談の場が悪くなるだけだ。」
 「・・・・・・。」
 いつもの表情で言われ、は再度目線を落とすと同時にその手を離した。
 頭上でシュウのため息が聞こえる。
 そしてここから去る靴音と共に耳に信じられない言葉が入ってきた。
 「サウスウィンドゥは初めてなんだろう。たまにはゆっくりしてくるといい。」
 「えっ・・。」
 が勢いよく顔を上げると、シュウの少し遠い背中が見えるだけだった。
 そしてすぐに人混みの中へと消えて行った。

 (まさか・・気を使ってくれたの?)
 「あのシュウが?」
 いつも冷静沈着。
 から見れば冷酷非道。
 仕事に関しては自分の考えを曲げず、邪魔になる者はいとも簡単に切り捨てる。
 そんな彼が、今自分に気を使ったのだ。
 いや、使ったように見えた・・・・・のだが・・・・。
 ふと出発前に見せたシュウの笑顔が頭に浮かぶ。
 (本当は優しい人・・・なのかもね。)

 心のどこかで何かを企んでいるのでは・・と良くない思いも過ぎったが、
 とにかくのんびりして来いといわれたため、その通りにしようとは歩き出した。
 「予約した宿でのんびり・・っていうのもいいけれど、どんな街か少し歩いてみるかな。」
 久しぶりに貰った自由に、は足を弾ませながら街の中へと繰り出した。



 (さて、と。紋章屋に・・・・。)
 一通りサウスウィンドゥ市を見物した後、最後に紋章屋へとは向かった。
 少し古びた扉を開けると、こじんまりとした店内には紋章師一人がいるだけだった。
 「あの、少し聞きたいことがあるのだけれど・・・。」
 「はい、いらっしゃい。何でしょうか?」
 はカウンターに手を置き、自分の握った両手を見つめた。
 「昔・・旋風の紋章を宿そうと思ったらうまく宿せなかったの。
  それで他の紋章を宿せないかと思って・・・・。」
 「ほぅ。どれどれ。少し手を見せていただけますかな?」
 「ええ。」
 紋章師はの両手と顔を見つめ、ふむ・・と口に手を当てた。
 「魔力に問題があるというわけでもないようですな。もしかしたら風の紋章が向いていないのかもしれません。
  試しに火の紋章を宿してみますかな?」
 「ええ。お願い。」
 紋章師は奥から赤い封印球を取り出し、の右手へとかざした。
 その瞬間、火の封印球は何かに弾かれたかのように勢いよく紋章師の手から飛んでいった。
 「これはっ・・・・。」
 「ご、ごめんなさい。怪我は・・・。」
 「ああ、大丈夫ですよ。ふむ・・・お客さん、貴女何か特殊な武器でもお持ちですか?」
 「え・・・・?」

 

 その存在を指されたのだろうか・・・・。
 の心臓は一瞬飛び跳ねた。
 「・・・・・・・・・。」
 が中々口を開かない様子を見て何かを察したのか、紋章師は笑顔で落とした封印球を拾い上げた。
 「この世には・・・紋章を受け付けない珍しい武器があるそうですよ。
  それが何故なのか、どうやったら紋章を宿せるのかもわからないんですがね。
  ただ、不思議な事にその武器を手放した途端、普通に紋章を宿すことが出来るらしいですよ・・・・。」
 「紋章を・・・受け付けない・・・・。」
 紋章師は丁寧に封印球を布で拭きながら、よっこいしょと椅子へ腰掛けた。
 「ええ。私もそんなのは見た事はないんですけどね、大昔にそんなのがあった事があると先代から聞いたことがあります。」
 「・・・それがどんな武器かは・・・・・・。」
 「さぁねぇ・・・。どんな武器かは聞かなかったのですが・・・・。
  まずその武器が紋章を拒否しているのではないかと聞きましたねぇ。」
 「拒否・・・・。」



 が・・・・・紋章を拒否している?



 「私が知っているのはこれくらいです。お役に立てましたか?」
 「あ・・ええ。ありがとう。」
 が丁寧に頭を下げると、紋章師はにっこりと笑ってまた封印球を磨き始めた。

 が紋章を拒否している。

 有り得ない話ではない。
 現には紋章を宿すことが出来なかった・・・・。
 それどころか、本当に拒否しているかのように封印球を弾き飛ばしたのだ。
 「でも・・・・・何故?」
 は新たな疑問を胸に、紋章屋を後にした。

 が眉間にシワを寄せて歩いていると、丁度仕事が終わったシュウと鉢合わせした。
 「あ、シュウ・・・。」
 「どうした。珍しく何か難しいことでも考えているようだが。」
 「う、ううん。何でもない。商談は上手くいった?」
 「ああ。」
 「そう・・・。」
 「・・・・・・・。宿に戻るぞ。」
 「うん。」
 何でもない。など、完全に嘘だという事を見透かされているだろうが、シュウは何も聞かずに歩き出した。
 (ありがとう・・・。)
 はその背中に心の中で小さく礼を言った。







 すぐ傍にある宿へと着き、扉を開く。
 宿は賑わい、混みあいを見せているが先にシュウが予約を取っていてくれたためすぐに部屋へと通された。
 「お二階へどうぞ。」
 そう言われてカウンターを通り過ぎると、一階にある酒場に見覚えのある色と声があった。




 「―――――!!」


















 フリックだった。
























 こちらに背を向け・・・・あの空色のマントと空色のバンダナがそこにあった。



 変わらない・・・・・あの青があった。
























 「――――っ・・!」
 は無言でシュウの腕を掴んだ。
 フリックは気付いていない。

 まだ・・・・まだ間に合うっ・・・!

 「・・? どうした。」
 シュウは不思議そうに腕を掴んだ自分へと振り返る。
 はシュウの顔を見ることもなく、ただ一点を見つめて思い切り手に力を入れた。
 「っ・・・。?」
 シュウはその痛みに少し顔を歪め、その名を呼んだ。
















 「!!??」























 ガタリと派手な音を立てて、フリックが立ち上がり後ろを振り返った。
 一緒にいる女性がフリックへと話しかける。

 「どうかしましたか?」

 「あ・・・・・いや・・・・。空耳・・か。」

 フリックが振り返ったその場には誰もおらず、
 ただ酒場には活気のある客の声が響いているだけだった。

 「・・くそっ・・・!」
 フリックはどかっと椅子へ座り、片手で頭を支えてた。
 







 「どこにいるんだ・・・・・。っ・・・・!」



























 「はぁっ!・・はぁ!」
 シュウが自分の名を呼んだ瞬間、掴んだ腕を思い切り引いて店を出た。
 シュウも突然の事だったためか、抵抗をする間もなく流れるように一緒に店の外へと連れ出されていた。
 「はぁ・・・はぁっ・・・。」
 「・・・・・。」
 は緊張と驚きのためか、大きく息切れをしていた。
 シュウは落ち着いた様子でこちらを見つめている。
 「説明してもらおうか。」
 「はぁ・・・。」
 は呼吸が落ち着いたところで、後ろにいるシュウへと振り返った。
 「・・・・・彼は・・・、と一緒にいる人よ・・・・。」
 「という事は傭兵隊の一人か・・・。」
 「ええ・・。」
 「・・・・・・・・・・・。」
 沈黙が続いた。
 あれだけ昼に賑わっていた街も、今はまるで街ごと寝てしまったかのように静かだ。
 いつもは憎いとさえ思う煩さを今は喉から出るほど求めてしまう。
 は沈黙に耐えられず俯いてしまった。

 「。」
 そのひどく優しい声にが顔を上げた。

 その時、何者かが勢いよくこちらへ向かってくる気配を感じた。
 はすかさずシュウの傍に駆け寄り、すぐにでも剣を抜けれるよう気を張った。
 徐々にその者の姿がはっきりとしてきた頃、シュウがの肩へと手をやり頷いた。
 は構えを解き、息を切らして現れた青年へと向き直る。
 「シュウさん!」
 「どうした。」
 見たところ若い商人のようだ。
 彼は身を屈ませ、息を荒くしたまま一生懸命言葉をだそうとしていた。
 「大変だっ・・・。王国軍が攻めてきやがったっ・・・・!」
 「!!」
 「なんだと・・・。」
 「クスクスの街はもう落ちた!もうすぐここへも攻めて来るはずだ!早くここから逃げた方がいい!!」
 シュウはその話を聞き、と視線を交わす。
 いつものならば、すぐにでもここから出ようと言うはずだが、
 今はただ苦しそうな表情をし、唇を強くかみ締めてシュウを見つめるだけだった。
 「。」
 「シュウ・・・・私・・・。私っ・・・!」
 「落ち着け。彼らには俺が、誰か知らせに出しておいてやる。
  まずはすぐにここを出るんだ。」
 「え・・・ええ・・。」
 シュウは知らせに来た青年と何かを話した後、すぐにこちらへと向き直りの手を取った。
 はただ彼に引かれるがままに着いていくしか出来なかった。
 (フリック・・!)
 足を止めることも出来ないまま、彼のいる宿へと振り返る。

 あそこに彼がいる。
 今この手を振り払って、自分があそこへ向かうことも出来る。

 フリックに、あの青に包まれることだって出来るのだ。










 (だけど・・・・・。)











 それは出来ない。

 しない・・・・・・・・・・。












 街の門に繋いでおいた馬にすかさず乗り込み、急いでラダトへと馬を向かわせた。
 その間、シュウは何も言わず、何も聞かずただ馬を走らせていた。
 前を走るその背中を見つめ、その人物とは違う者を頭に浮かべる・・・・・。
 (フリック・・・・。っ・・どうか無事で・・・・――!)
 あの場にその少年の姿を見ることは無かったが、無事を祈るしかなかった。

 「あっ・・・・。」
 何かが燃えるような匂いが鼻を通った。
 ふと馬を止め後ろを振り返ると、サウスウィンドゥから小さな一筋の煙が昇っていた。
 「シュウっ・・・。」
 不安な表情を浮かべ、後ろで一緒にそれを見つめているシュウへと何かを願うような瞳を向ける。
 シュウは冷静にその煙を見つめ、の顔を見ることもなく口を開いた。
 「あれは家を燃やされているものではない・・・。おそらく降伏の合図だろう。
  グランマイヤー様は街の人間を無闇に死になせるような事はしないはずだ。」
 「・・・そう。グランマイヤー氏が・・・。」
 は少しほっとしたような表情を浮かべ、再度その煙を見つめた。
 あの青を思い浮かべながら・・・・。
 だが、後ろでシュウがその煙を苦しみの表情で見つめている事には気付かなかった。
 











 無事ラダトに着いてから、はグランマイヤーの死を知らされた。



 シュウを責めること等出来ない。



 恐らく事実をあそこで告げられていたら、
 もしかしたらは引き返していたかもしれないのだから・・・・・。
 








 彼はいつでも最善の方法を取る。


 後で自分が責められる事になろうとも。































 「俺を責めないのか。」
 ラダトに着いた次の日、いつものように庭で見張りをしていたにシュウが声をかけてきた。
 「責めることなんて出来ないわ・・・。貴方は正しかったんだもの。」
 「・・・そうか。」

 同じように静かに庭の木々を見つめる二人を秋の風が包む。

 シュウが手に持っていた上着をそっとの肩にかけた。
 「シュウ・・・?」
 「これから寒くなるだろうからな。」
 「でも―――――」
 「行け。」
 「え・・・・・?」
 「お前の仕事は終わった。」
 「―――っ!」
 「報酬は・・・、という少年に手を貸すという事でいいだろう?」
 「シュウ・・・・。」
 「お前はそれなりの事をした。」
 はいつにないシュウの優しい表情に涙を浮かべながら、彼がくれた上着を握り締めた。
 「ありがとう・・・・・・・。」


































 また会おうと約束した私と彼が、

 お互いの本当の姿を知るのはもう少し後の事だった・・・・・・・・・。




















 はシュウと使用人達に見送られ、ラダトを後にした。




 向かうは約束の地・・・・・・・・・。





















 「グリンヒル・・・・・・・・。」











 番外編へ・念には念を。