足が痛い・・・・・・・・・・。
だけど、そんな事は言っていられなかった。
みんなに会いたい・・・・・・・・・そんな事も言ってはいられない・・・・。
はラダトの街を出た後、遠回りにはなるが東側から周り、ミューズ方面からグリンヒルへと向かっていた。
サウスウィンドゥが墜ちた今、クスクスの街から船でレイクウェストの街へ向かうのは難しいと考えた結果だった。
ラダトの東を回り、川沿いに北上したところにあるトトの村でも王国兵の見張りはいたが、
それまでにモンスターを倒して稼いだお金で取引を行った。
(あんなに簡単にお金で取引ができるなんて・・・・。)
たかが女一人。と思われたのだろう。
少々嫌な感じが残るが、逆に考えれば助かったといえる。
西へとひたすら歩き続け、ふとミューズの街が視界に入ってきたとき、ジョウイの面影が蘇った。
そしてあの約束を思い出す。
ミューズのあの街で交わした約束・・・・・・・・・。
「もう少ししたら・・・・そう・・したら・・・・・僕の、元へ来てくれますか?」
「約束するわ・・・・。」
俯くように瞼を伏せるジョウイ。
長い睫毛が風のせいか・・震えていた。
そしてその色素の薄い綺麗な瞳を開き、ジョウイが口を開いた。
「グリンヒルに・・・・。サウスウィンドゥが墜ちた後、グリンヒルで会いましょう。
必ず・・・僕はそこに貴女を迎えに行きます。」
「グリンヒル・・・。」
何故グリンヒルなのか。
何故それほどの時間が必要なのか。
がそれを聞こうとしたその時、ジョウイが先にその口を動かした。
「その頃には・・・・、僕は貴女を迎えに行けるくらいには・・・・・守れるくらいにはなっているはずです。」
「ジョウイ・・・。」
守られたいと自分は思っていない。
そう伝えたにも関わらず、守るという言葉を出したジョウイをは無言で見つめた。
風が、森が、叫んでいた・・・・・・。
そんな事を思い出しながら、ミューズ市を横目で見ながらもなるべく近づかぬよう通り過ぎる。
―――――あそこにシードもいるのかもしれない・・・・・。
(馬鹿・・・・今更っ・・・・・・。)
は、ぎゅっと瞳を閉じ、唇をかみ締めながら痛む足を無視するかのように走り出していた。
とにかく何も考えないよう・・・・思い出さぬよう・・・・・・・・。
「・・・・・・・・・?」
そこから逃げ出すかのように足を踏み出していただったが、
ふとミューズの方から聞こえる声にその足を止めた。
(王国兵の見回りの部隊か何かかしら・・・?)
は様子を伺うため、近くにあった木へと登り辺りを見渡した。
ミューズの方から一人の男が走って来る。
その男を追いかける王国兵が後から数人来ているようだ。
「あれは・・・・。」
追いかけられている男は丁度の登っている木の下を通った。
がその頭上からすばやく彼を抱え、木の上へとその男を匿った。
「・・・・!?」
その男は一瞬驚いた様子だったが、の顔を見て更に驚きの様子を表した。
すぐに間もなくして数人の王国兵が辺りを見回しながらそこを去っていった。
木の上の二人は殺していた息を一気に吐き出す。
「大丈夫ですか?ホウアン先生。」
「貴女は・・・さん・・・?」
は自分よりも幾分か背丈のあるホウアンを軽々と抱えていた。
ホウアンは頭に木の葉をつけながら、それを払うこともなく瞬きを何度も繰り返す。
「何故、貴女がここに?」
「・・・・・。」
簡単には答えられない答えだった。
が答える様子のない事を悟ったホウアンは、すぐに優しい笑みを浮かべ、
ようやく頭に散らばっていた葉を払いだした。
「それにしても、助かりました。皆さんを追いかけるためにミューズを出たのですが、
途中で抜け出したのが見つかってしまいまして・・・。」
「それで、王国兵に追いかけられていたんですか。」
「ええ。恥ずかしながら、私は武術には長けておりませんし・・・、とにかく必死で逃げていたんです。
そしたら貴女が。」
にっこりと笑顔をへと向けるホウアンは、女に助けられた事を別に気にすることもなく、
ただ礼を口にした。
「有難うございました。」
「いえ・・・・―――あ!ご、ごめんなさい!私ったらいつまでも抱えちゃって!」
は未だに抱えていたホウアンの身体を開放し、二人は木の下へと降りた。
「いえ。どんな形でも命を救っていただいたのは事実です。」
「ホウアン先生・・・。」
ホウアンはまた笑顔を向けると、南へと視線を移した。
「私は・・・彼らの元へ行きますが・・・・、さんはどうされますか?」
「あ・・・・・。」
(そうよ・・・ホウアン先生は都市同盟の人間だもの。彼らの所に行くに決まっているわ。)
は共に戦った彼らの顔を思い出しす。
頭に過ぎるその表情は、皆笑っていた・・・・・・・。
「私は・・・・・・・行けません。」
は拳を握り締め、ホウアンの瞳を見つめながら強く答えた。
ホウアンは「そうですか・・。」と目を細めながら何も聞かずにいてくれた。
――――そう。
私には他に行かなくてはならない場所があるのだ・・・・・・・。
は迷いのない瞳をホウアンに向け、その瞳を見つめてホウアンも納得したかのように頷いた。
「貴女は貴女の信じた道を歩んでください。」
その一言を残し、互いに違う方向へと足を向けた。
何故か「また会いましょう。」という言葉を残して・・・・・・・・。
「!?」
ミューズ市を越え、西部国境辺りまで着いた辺りに先ほどとは桁違いの多くの気配をは感じた。
(誰かが率いる部隊?・・・いや、グリンヒルに攻めるには早すぎるわ・・・。だとしたら――――?)
近くにある死角へと身を潜め、今自分が向かおうとしている方面にある気配を読み取る。
(戦いをしているようではない・・わね。部隊にしては気配の数が少なすぎる・・・・。)
は自分の気配を殺しながらも、ゆっくりとその方へと近づいていった。
ようやく数人の人間が見えてくる。
(やはり・・・王国兵。けれど・・・数が少ないわ。)
「!!・・・・シードっ・・!?」
は先ほど忘れようと必死だった人物を目の当たりにし、思わず足を竦める。
「どうしてこんな所にっ・・・?」
突如目の前に現れたシードに、高鳴る鼓動を抑えながら彼がここにいる理由を考えた。
冷静になろうとなればなるほど額の汗は増え、喉を鳴らして空気を飲み込んだ。
「っ!!」
が再度瞳を見開いた先には、以前は一緒に笑い合った仲間の一人、クルガンもそこにいた。
「どうして・・・・・・。」
何度も出るその言葉を抑えることが出来ず・・・・そしてそこから動くことさえ出来ずにいた。
乱れる呼吸を慎重に抑えながら、は彼らの様子を伺った。
シードは何やらイラついた様子で、クルガンが何かを兵に指示をしているようだ。
(一体ここで何を・・・・。)
とにかく彼らに見つかってはまずい。
はシードたちに見つからぬよう森の中へと入っていった。
触れ合う事も無く、会話を交わす事もなく、視線を交える事もなくシードの後を去った。
高鳴る鼓動が落ち着くことはなかった・・・。
王国兵がもし森へと入って来て、鉢合わせなどになってはいけないと思い、
は疲れが残る足を、無理やり走らせることにした。
(少しつらいけど・・・日が暮れるまでは急いで西へと向かった方がいいわね。)
未だに瞳に残る鮮やかな色を首を振って忘れようとは必死だった。
道の悪い森を走りぬけていると、どこか違和感を感じる。
(また・・・・・人の気配・・・・・・・。)
正直うんざりするほどだった。
何かと関係のある人間だった場合、また遠回りをして避けるか、出会ってしまえば戦闘になる場合もあるからだ。
はぴたりと足を止め、その気配を感じ取る。
そしてゆっくりとその方向へと、息を殺して音を立てないよう様歩いた。
「っ!!」
ザッという音と共に、木の上から人が現れた時にはもうはその人物によって後ろから拘束されていた。
音がする前に反応はしたものの、先手を打った相手の方が一歩早かったようだ。
「ナッシュ。」
「よっ。」
「よっ。じゃないわよっ。早く離して。」
は突然現れたナッシュに拘束されたまま、じたばたと抵抗した。
何故そこに彼がいるのかなど、聞かなくても大体予想はついていた。
そんな会話よりも先に、放してほしいとは彼の腕の中でもがいた。
「はいはい。折角久しぶりの再会だってのに冷たいなぁ、は。」
そう言いながら、ナッシュは両手を上に上げての身体を離した。
「もう・・・。その久しぶりの再会にこれはないでしょう?」
「ん?俺の最大の愛情表現だぜ?」
「はぁ・・。それよりもナッシュ、まだミューズ市国にいたの?」
「ああ。しばらくミューズが墜ちた後もこの近くをうろついていたんだけど、ルカ・ブライトの不在情報が流れてきてさ、
それでラッキーと思って忍び込んだんだけど見つかっちまってさ。」
「・・・・。」
あははと笑いながら離すナッシュに、は呆れと驚きで開いた口が塞がらなかった。
「どうした?」
「〜〜〜〜〜っ、だから森の入り口に王国兵がいたのねっ?
もう!ナッシュのせいで私も冷や冷やしたじゃないの!」
「ああ、わ、悪い悪い。そんな怒るなよ。」
「怒るわよっ!」
(それさえなければ・・・・シードを見る事なんて・・・・・っ。)
怒ったままのを見て、ナッシュは何故か笑顔を浮かべたままだ。
その自分とは正反対の表情をしているナッシュを見て、は更に不機嫌な顔をする。
「何笑って――――」
が再度文句を言おうと口を開いたとき、ナッシュはその表情のまま再度を腕の中に閉じ込めた。
先ほどとは違う・・・どこか優しくて力強いナッシュの腕。
それでもは、またナッシュの悪ふざけかと思いため息を吐く。
「ナッシュ。離して。」
そう答えると、緩まると思っていた腕は更に力強くを抱きしめた。
「ナ、ナッシュ?」
「・・・・・・・。」
何も答えないナッシュに不安を感じ、思わずその胸の中で身じろぐ。
そしてそれに反応したかのように、ナッシュは更にその腕に力を込めた。
その痛いとも思える強さに、は身じろぎさえ許されない程抱きしめられていた。
「・・・・・・・。」
耳元で囁かれたその息は・・・・・熱かった。
