皆の元から離れてつくづく思う。
彼らから貰ったものたちは、とてつもなく大きいという事を。
こんなに人と会話を交える事が出来るようになったのも、
皆に会ってからだった。
「ご主人!どうされましたか!?」
ラダトのシュウの家に着いてすぐに、中年の使用人がこちらに駆け寄ってきた。
あの後シュウに案内されるがままに東へ向かい、ラダトへと着いた。
が先頭をきり、怪我を負っているシュウを気遣いながら敵と戦う道中だった。
何故あんな連中に襲われたのかを聞くと、
彼はその冷たい眼差しの通り、仕事に関しても冷酷なようで、
先日、ある商人の何人かをあっという間に潰したのだという。
(それは憎まれるわよね。)
しかしその商人達は、街の者たちを困らせる程の悪事を働く者達だったらしく、
クスクスの街を出るときもシュウは何人もの街人からお礼を言われていた。
は使用人の肩を借りて何かを指示しているシュウの横顔を見つめる。
(意外に悪い人でもないのかしら・・?)
の気配に気付いたのかそうでないのか、
一通り話しの終わったシュウがこちらを向く。
「っ!」
突然に合った瞳にびくりと肩をゆらす。
交わったその瞳は、自分と同じ闇を浮かべる黒。
彼の瞳は黒。というよりも、漆黒という感じであった。
よほど頭が切れるであろう分、より何を考えているのかが分からない・・・・・。
シュウの視線に気付いたのか、使用人もを見つめていた。
「ご主人、あの方は?」
「ああ、新しい用心棒だ。」
「よ!?」
が思い切り眉間にしわを寄せる直後に使用人の大きな声が響いた。
「作用でしたか!いやぁ助かりました!最近は危ない輩がうろついていますからな!」
「いやっ・・・あの――――。」
「まずはお食事になさいますか?ああ!それよりも先にご主人の怪我の手当てが先ですな!」
「ああ。簡単に包帯を取り替えるだけで十分だ。
・・・・お前は俺の部屋で待っていろ。」
「ちょ――――・・・。」
が言葉と言える言葉を発する前に二人は奥へと消えていった。
止めることの出来なかった手を差し出したまま止まっているに、
先ほどから様子を見ていた女性の使用人が声をかけてきた。
「それではこちらでございます。」
「あ・・・。はい。」
結局大人しく彼女に着いていくことになり、2階の一番奥にあるシュウの部屋へと案内された。
「お茶をお持ちいたしますね。」
そう笑顔で出て行った彼女を見送り、一人で大きなソファへと座る。
(なんだかいつもこんな感じで丸め込まれている気がするのだけど・・・気のせい?)
は、ふぅ・・と疲れも込められたため息を出した。
そしてその部屋をぐるりと見渡す。
(本当に大きな部屋。一体どれくらいでこんな大きな屋敷建てたのかしら・・・・。)
金持ちの屋敷と噂されていた程なのだから、
何百万ポッチもするような代物がゴロゴロと置いてあるのではと想像していたが、
とても清潔な造りで、置いてある物も必要な物が置いてあるだけで、
彼が必要としなさそうな物は部屋に少しでもと彩を入れようと、使用人が置いたのだろう。
邪魔と思わない程度の家具がいくつか置かれていた。
ぼんやりと窓の外を眺めていると、部屋の扉が叩かれることもなく開かれた。
「待たせたな。」
「いえ。」
シュウは少しだけ足を引きずるように歩き、自分の机にある椅子へと腰をかけた。
「まず、お前の用件を聞こう。」
突然の本題と、そっけない雰囲気には少しむっと眉を顰める。
(本当にこの人良い人なのかしら・・。)
「分かりました。」
は、すっと表情を真剣なものへと変え、自分の目的を話した。
「私はビクトール傭兵隊にいたといいます。実は訳があって先日、単独で傭兵隊を抜けました。」
シュウは口を挟むわけでもなく、頷くわけでもなく、ただの瞳を見つめ黙って話を聞いていた。
「それで・・その傭兵隊の中にいるという少年に力を貸していただきたくて貴方に頼みに・・・。
私はもう彼の近くで彼を守る事ができない・・・・・。だから・・・・・。」
が口を小さくした時、部屋の扉が小さく叩かれた。
「入れ。」
「失礼致します。」
先ほどの使用人が二人分のお茶を運んできてくれたのだ。
彼女は手早く用を済ませ、一礼して去って行った。
が言葉の続きを思いつけれず、目の前に置かれたカップを見つめ唇をかみ締めていると、
シュウの方から先に口を開いた。
「何故傭兵隊を抜けた。」
「それは・・・・。」
的確な質問をも予想していたのか、驚く事もなくただ拳を握り締めた。
「言えません。」
「・・・・・・・・。
お前は何故そのという者を助けようとしているんだ?」
「・・・は・・知らないけれど・・・・・私は彼にひどい事をしたの・・・・。」
「それで罪滅ぼしのつもりで俺を使おうと?」
「そんな!そんなっ・・つもりではっ・・・・。」
「それでは質問を変えよう。
俺がそのという小僧に手を貸してなんの得があるのだ。」
「いくらでも払うわ。彼のためなら。」
「・・・・・・・・・。」
シュウは微かなため息を吐き出し、くるりと椅子を回転させて後ろにある窓の外を見つめた。
はシュウの答えを待つため、彼の背中をじっと見つめる。
「いいだろう。」
「本当!?」
は勢いよく立ち上がった。
その勢いでテーブルが揺れ、カップのお茶に大きな波紋が広がる。
「傭兵隊にいたということは、ミューズから逃げてきたのだろう。
あんな混乱の中、女一人で湖を船で渡って来たという事は
相当な金をつぎ込んだんじゃないか?
そんな今のお前が金を持っているとは思えんがな。」
「そ、それは・・・・・。」
シュウが椅子から立ち上がり、窓辺へとこちらを向いて寄りかかる。
その顔には何故か微かな笑みが浮かんでいる。
「という事は、体で返してもらうしかないだろう。」
「かっ・・・からだ!?」
顔を真っ赤にして後ざすりをするの過剰な反応を見て、
シュウは上げていた口の端を逆に思い切り下げた。
「何を考えている?さっきの話をお前は聞いていたのか。」
「さっきの話?」
はきょとんと目と口を開けっ放しにし、すぐに思い出したかのように「あ!」と叫んだ。
「まさか・・・・用心棒・・・・。」
「それ以外に何がある。」
睨まれながら、は「うぅ・・。」と口を紡いだ。
(この人・・ここまで予想していたの?
だとしても・・・・・このいじめようは・・・・・・。)
が下から恨めしそうな瞳でシュウを遠くから見上げる。
「なんだ?」
「いえ・・・・働かせていただきます・・・・。」
そうしてはシュウの屋敷に用心棒として雇われることとなった。
シュウは気難しい人間だと思っていたが、
やはり周りの人からの人望はとても厚いようだった。
使用人たちはもちろん、街の人たちからも一目置かれる存在だった。
それは、ただ金持ちだからというわけではなく、腕利きの交易商だからというわけでもなく、
人柄あっての事だと使用人たちは口々に揃えて言っていた。
彼らは身寄りのない者ばかりで、行き場を無くしたところをシュウに拾われて働かせてもらっているのだという。
それを聞いた瞬間、はシュウへの恐ろしさがまるで羽のように軽く飛んでいったが、
どうしても彼に会ってあの瞳を向けられると、また錘が頭に降ってくるかのように恐怖が降りてくる。
あれだけ目つきの恐ろしい男だが、何故か女性には大人気のようだ。
(確かに素敵な面立ちだとは思うけれど・・・・・。)
あんなに愛想の無い男の何処がいいのだろといつも思う。
それでも言い寄ってくる女性は尽きないのだ。
「・・・・やっぱり・・お金?」
「金がどうした。」
「ひゃ!!」
屋敷の庭で見張りをしていたがぼそりと呟いた瞬間、後ろから自分が考えていた男の声がした。
はあまりにも読めなかった気配に驚く。
「何が金なんだ・・・?」
「な、なんでも!」
「、用心棒で俺くらいの気配が読めなくてどうする。」
「あ・・あはは・・・。」
(貴方だから読めないのよっ。・・・怖くて言えないけれど。)
苦笑いをするに、シュウが大きくため息を吐く。
「出掛けるぞ。」
「え・・?ええ。何処に?」
「サウスウィンドゥだ。」
シュウはの返事も聞かぬまま、先を既に歩き始めた。
「サウス・・ウィンドゥ・・・・・・。」
思いも寄らなかった場所と遠出に、は独り言のようにぼそりとその地の名を呟く。
小さな反応にシュウは足を止め、後ろで立ち尽くしたままのへと振り返った。
(まだサウスウィンドゥは堕ちていない・・。今はいつ戦いが始まってもおかしくはない頃だわ・・・。)
「シュウ。貴方ならもう気付いているだろうけど・・・。危険よ。」
「ああ。だからお前を連れて行くんだろう。」
「でもっ、戦いが起きたら貴方を守れるかどうかっ・・・。」
「どうしても重要な取引があるんだ。お前が嫌なら俺一人でも行く。」
そう言ってシュウは用意しておいた馬へと向かった。
「ちょっと、シュウ!」
(一人なんて危険すぎる!)
は慌ててシュウを追いかけ、馬に乗る前に彼の腕を掴んだ。
勢いよく掴んだ割にはシュウは驚く事もなくこちらを振り向き、瞳を交えてきた。
「行くのか。行かないのか。」
「・・・・・わかったわ。」
その答えを聞き、シュウが微かな笑みを浮かべる。
計算どおり。というところか。
(しまった!)
「〜〜〜っ。・・・・・・・・・・貴方って・・ほんっとに嫌な男ね。」
「褒め言葉として受け取っておこう。」
「!! そういうところも嫌なのよっ。」
顔を真っ赤にして怒るを見て、シュウはくくっと笑っていた。
そんな彼を見るのは初めてだったが、一緒に笑う余裕はにはなかった。
それでも、少し心に暖かいものが走ったのも確かだった・・・。
シュウの腕を掴んだ時に気付くべきだった。
彼の乗る馬の後ろに、もう1頭既に用意されていたことを。
サウスウィンドゥまでは2日あれば着くだろう。
私は、そこに残されたフリックがいる事をまだ知らない。
