柔らかな光が沈み、辺りが闇へと包まれる。




 だけど私の心の光が途絶えることは無かった。
















 「!!」
 「さん!?」
 フリックに少し背中を押されながら宿の扉を開いた時、
 一階にある酒場にはいつものように酒をあおっているビクトールと
 再会の喜びを分かち合っていたであろう、ジョウイがいた。
 入り口から中々足を進められないに、ビクトールがどすどすと足音を立てて近寄ってきた。
 そしてほんのばかり頬を染めて俯いているを見て、次にその隣にいたフリックをビクトールが見る。
 「でかしたぜフリック!!」
 「は?」
 「お前が連れて帰ってきたんだろ?」
 「・・・・・・・。」
 そのビクトールの言葉に思わず入り口に立ちすくしていた二人がお互いに目を合わせる。
 「連れて帰ってきた・・というか・・・。まあ、間違いではない・・けどな。」
 フリックがどう応えていいのか分からず、頬を軽く指先で掻きながら応える。
 それを聞いたビクトールが、懐かしい響きで笑い出す。
 「はっはっはっは!!やっぱりな!!」
 急に大声で笑うビクトールに驚くフリックの肩を、ばしばしと叩いた。
 痛そうに顔を顰めるフリックを後に、ビクトールは先程から驚きで呆然としているを見つめ、
 そしてニッと口端を上げた。

 何か言おう何か・・・・。
 そう思いはようやく口を開く。
















 「こ、こんばんは。」


















 一瞬ビクトールの表情が止まったが、すぐに腹を抱えて笑い出した。
 「お前っ、久しぶりに会った台詞がそれかよ!!」
 「え?・・え??」
 何故そこまで笑えるのかはわからず、辺りを見渡す。
 テーブルでこちらを見守っていたとジョウイも肩を震わせて笑っている。
 はっとして隣にいる人物を見上げると、フリックですらも口に手を当てて笑いを堪えているようだった。
 その様子を見てが少し不安そうな表情をすると、ビクトールがの頭をわしわしと撫でた。
 「まっ、お前らしいっちゃお前らしいけどな!」
 「そうだな。」
 そのビクトールの大きく優しい手に心地よさを感じ、は少し目を細めた。
 その時静かにこちらを見ていた、ジョウイと目が合った。
 二人はふわりと笑い、も同じような笑みを返す。

 暖かな空気が流れ、タイミングが良い辺りでカウンターから声がかかった。
 「ほら。そんな所でじゃれてないで、そこに座んな。」
 「レオナさんっ。」
 久しぶりに見る仲間の顔には顔がほころぶ。
 「久しぶりだね。元気そうで良かったよ。おなか空いてるだろう?
  今何か作るから少し待ってな。」
 「・・・・はいっ。」
 優しく語り掛けてくれるレオナに、が笑みを浮かべる。
 ビクトールが先程座っていた場所へと座りながら愚痴をこぼし始めた。
 「おい。なんかレオナと俺に対しての反応が違いすぎねぇか?」
 「じゃあお前はどう反応してほしかったんだよ。」
 フリックが苦笑をこぼしながらビクトールの向かいへと腰を下ろす。
 もその隣へと座った。
 「ん?そうだな・・。『会いたかったわ!ビクトール!!』
  とでもいいながら抱きついてくれると嬉しいんだけどよ。」
 「勝手な想像もその辺にしておきな。」
 そう言いながらレオナがとフリックに酒を出してくれた。
 「精が出るもんでも今出してやるよ。」
 「ありがとうレオナさん。」 
 そうが言うと、美しい笑みを浮かべてレオナはカウンターへと戻った。
 ビクトールがぐいと酒を飲み、更に文句を並べる。
 「ひいきだよな〜。なぁ?!ジョウイ!お前らもそう思わねぇか?」
 違うテーブルで食事をしていた二人が、急に名前を呼ばれてびくりと肩を揺らす。
 「え・・・えと。」
 「はあ・・・・。」
 なんとも言えず、二人は目を合わせながら少し困っているようだった。
 そんな二人にフリックが助け舟を出す。
 「おい。その辺にしておけよ。特にジョウイは疲れてるんだ。早く休ませてやれよ。」
 「っと。そうだったな。悪ぃ悪ぃ。おい!早く食って今日はゆっくり休めよ!」
 あんたが絡んだんだろ・・と、レオナがカウンターで呟いたのが聞えた。




 懐かしい・・・・・・・・――――。

 この香り。

 この暖かさ。



 みんなといる。実感・・・・・・・・。
























 「ふふっ・・・・。」
 笑った途端、一斉に視線がこちらに向かってきたのが分かった。
 は思わず口を塞いで、何かまずかったのかと黙る。
 この沈黙を一番最初に破ったのはビクトールだった。
 「お前がそんな風に笑ったの見たの初めてだぜ。」
 「そ、そう・・・?」
 「あ、いや。笑ってるところは見たことあるけどよ。なんか、こう、前と違うんだよな。」
 少し驚きの表情を残したまま、ビクトールはがしがしと頭を掻いた。

 「でも、今の方が素敵です。」

 今度は一斉にその言葉を発したの方へと視線が注がれる。
 の顔は、もちろん真っ赤に染まっていた。
 ジョウイは少し驚いた表情でを見ていたが、すぐにふっと笑い、こちらを向いた。
 「僕もそう思います。」
 真っ直ぐな瞳をこちらへ向ける二人の少年。






















 この時、この幼さ残る二人の少年が



 自分達の蠢く世界の中心となるなんて・・・・・・誰が思っただろう。


















 「おやすみなさい。」
 そう言って食事を済ませたとジョウイはすぐに二階へと上がっていった。
 そんな二人を見て、少し周りの状況に慣れてきたが口を開く。
 「そういえばナナミちゃんとピリカちゃんは?」
 「ん?ああ、あいつらならジョウイが帰ってきた途端に寝ちまいやがった。
  よっぽど安心したんだろうな。夕飯も食わないでぐっすりだ。」
 ビクトールがぐびぐびと酒を飲みながら答える。
 この光景も久しぶりだ。
 (そうそう。それでこの辺で・・・・・。)

 「おいビクトール。明日もあるんだぞ。そろそろやめた方がいいだろ。」
 
 予想通り、フリックがビクトールへと注意をする。

 「ふふっ。」

 なんだか笑いが止まらなくなってしまった。
 それは酒のせいも多少あっただろう。
 しかし、一番の理由はこの二人にあった。

 「なんだよコイツ。さっきからニヤニヤしやがって。さてはもう酔っ払ってんじゃねぇか?」
 笑いながら、酔っ払っているビクトールにそんな台詞を言われる。
 「ビクトールだって。顔色には出てないけど、口の端がにやにやしてるわよっ。酔ってるんじゃない?」
 「おっ、いつもの調子に戻ってきたな。・・・・・・っておい。俺に、にやにやとか言うなよ。
  俺がやらしい顔してるみてぇじゃねーか。」
 「それはいつもだろ。」
 くっと笑いながらフリックが小さく呟く。
 そんなフリックに、ビクトールが睨みをきかせた。
 「おい!てめぇの方がタチ悪ぃじゃねーか!このムッツリスケベが!」
 「な!」
 「え!」
 とフリックが並んで驚きの表情をする。
 そしてすかさずがフリックの顔を覗きこみ、勢いよく質問を飛ばした。
 「フ、フリックって、む、むっつりすけべ・・・だったの!?」
 はある部分を口に出すのが恥ずかしいのか、その場所だけを小声で話す。
 言い寄られて、すぐにフリックは元凶のビクトールへと視線を戻した。
 「ビクトール!変なこと吹き込むな!」
 「ああっ?最初に言ったのはお前だろーが!」
 「なっ・・最初に言い出したのはお前だろう!」

 (また始まった・・・・・・。)
 一瞬げんなりした表情を見せただが、こんな二人を見るのが楽しくてすぐにまた笑い出す。
 (本当はすごい仲いいんだものね。だからこんなに言い合いが出来るんだもの。)




 「――――・・・・・・・・。」


















 










 自分の頭の中を鮮やかな赤が通り過ぎる。


 この二人を見ていて、その赤を鮮明に思い出した・・・・・。





























 「っ・・。」


 が勢いよく首を振る。
 急にそんなことをしだしたに気づき、フリックとビクトールがぴたりと言い合いを止めた。
 「お、おい。そんなに振ったら具合が悪くなるぞ?」
 心配をしたフリックがを止めようと手を差し伸べた。
 急に後ろへ倒れかけたの腕をすかさずフリックが掴む。
 「おいっ!?」
 「んぅ・・・。」
 は目が回り、気持ち悪そうに口へと手をやった。
 「酒に弱くなったんじゃねぇか?折角鍛えてやったのによ。」
 そんな二人の様子を面白そうに見ていたビクトールは、未だに酒を飲み続けていた。
 「もともと身体が酒に向いてないんだよ。お前のその身体と一緒にするな。」
 「へいへい。」
 フリックはレオナが持ってきてくれた水をへと飲ませてやった。
 飲ませながら再度ビクトールへと話しかける。
 「それにしてもお前、また太ったんじゃないか?」
 「これは筋肉だっつってんだろーが!!!
 急にビクトールがジョッキをテーブルへと叩きつけて叫ぶ。
 「ん・・・・。」
 眠そうにしていたがその音で再び目をうつろに開いた。
 その様子を見て、レオナがカウンターから声をかけた。
 「そろそろ上へ運んでやんな。ここは煩くてかなわないからね。」
 「ああ。」
 「うるさいのは俺かよ。」
 そうだ。と心の中でそこにいた者全員が答えた。
 フリックは当たり前のようにの体に手を差し入れ、抱き上げた。
 「変な事すんじゃねぇぞフリック。」
 「お前と一緒にするな。」
 注意する言葉とは反対ににやにやと笑うビクトールに、フリックはため息を吐きながら二階へと上がった。


 暖かいフリックの腕は、の安心できる場所へとなっていた。
 
 は激しい眠気に襲われながら、心地よいその場所へ頭をすりよせ眠りについた。





 フリックが階段を上がる足跡と同時に、ナッシュの声が下から聞えたような気がした・・・・。


















 「っと・・・。大丈夫か?」
 夢の中でフリックに話しかけられるが、はもう完璧に眠っていた。
 ふぅ。とフリックがため息を吐きながらをベッドへと静かに寝かせた。
 「確か、前にもこんなことあったな。」 
 フリックは笑みを浮かべながら、閉ざされた瞳を見つめた。
 「前は・・・苦しそうだったけど・・な。」
 今は安らぎの中で眠っている様子のをみてフリックは安心して息を吐き出す。
 そして何かを思い出したかのように、もう一度その黒を見つめた。


 そして思い出す。
 あの時、が寝言の中で呟いたその名を・・・・。




















 ―――――『シード・・・・。』



















 あの時たしかにそう聞えた。

 ハイランドの猛将と呼ばれる男の名。

 砦が墜ちた日も、王国兵と共には急に姿を現した。

 そしてあの森で・・・・別れた。

 何も聞かず、聞けず・・・・。

 ただを信じて離れるしかなかった。



 がそうすることしか許さなかった・・・・。



 しかし、信じた通りは戻ってきてくれた。

 ここを帰る場所だと思ってくれた・・・・・。





 フリックは静かに呼吸を繰り返すを見つめ、
 その柔らかな髪を優しく撫ぜた。
 またあの名が出るのではないかという不安を募らせながら・・・・。

 しかし、は少し瞼を動かしただけで、ゆっくりとした眠りについたままだ。

 フリックは、ほっと息を吐き安堵する。























 「そろそろ・・いいかもしれないな・・・・・・。」





 フリックはを見つめたまま、自分の懐へと手をやり、
 小さく重いそれへとを触れた・・・・・。






 番外編へ・意図的なすれ違い