戦争なんてものにあまり実感が沸かなくて、
どんな人が関わりを持っていて、
どんな人が鍵を握っているのかなんて全く知らなかった。
はっきり言うと、興味がなかったのかもしれない・・・・・。
「ぅん・・・・・。」
カーテンを閉め忘れたのか、部屋には朝陽がいっぱいに入り込んでいた。
その眩しさに瞼を震わせながらは目を覚ました。
(そ・・・か。私、戻ってきたんだ・・・・・・・・。)
熱いくらいの陽の香りを吸い込み、ゆっくりと息を吐き出した。
そして大分頭がはっきりしてきたところで寝返りを一つ。
「!!?」
驚きのあまり、一瞬にしては固まった。
寝返りをした先には、フリックがベッドに頭を乗せたまま寝ていたのだ。
少しでも前へ進めば鼻と鼻がついてしまいそうなくらいの距離・・・。
驚きすぎて固まっていた身体も、フリックの静かな呼吸を聞いているうちに少しずつほぐれていった。
(フリックでも人前でこんな風に寝ちゃうのね・・。)
くすりと笑いながら、その寝顔をじっくりと見る。
(肌きれい・・。あ、髪なんてサラサラだなぁ・・・・。シードもそうだったけど、どうして男の人なのにこんなに―――)
「・・・・ん・・。」
「っ!」
フリックが起きたことに気づき、がすかさず離れる前にその瞳は開かれてしまった。
間近で、目覚めたその青とぶつかる。
「ぅわ!」
フリックは驚いてすばやく後ろへ後退した。
無意識にか、口に手を当てて驚いた表情でを見ていた。
心なしか顔が赤い。
「ご、ごめんねフリック。起こそうと思ったんだけど・・・・。」
は顔を真っ赤にしながら暖かいベッドの中から身体を起こす。
「あ・・いや。俺の方こそすまん。こんな所で寝るなんて・・・・。」
「う、ううん。それは大丈夫・・です。」
「・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・。」
会話が途切れ、二人の間に沈黙が続く。
なんとも言えない恥ずかしさに、フリックが先に口を開いた。
「あっ・・と、すまん。これからミューズを色々案内してやりたいんだが、ちょっと用事があるんだ。」
「あ、ううん。気にしないで。適当に買い物でもするから。」
「そうか。・・・じゃあ、ちょっと出てくる。」
「うん。いってらっしゃい。」
「ああ。」
最後に扉の前で少し笑ったフリックは、そのまま朝食も取らずに出かけていった。
は早く動く心臓を沈めながらベッドから降り、ふと部屋にある大きな鏡の前へと立った。
鏡の中の自分と見つめ合う。
(都市同盟の人間に・・・なったんだ。私・・・・。)
別に鏡の中の自分が前と変わった訳ではない。
しかし、見えないもっと奥深くで大きな変化があったのは確かだった。
「おはよう。」
宿の階段を降りると、レオナが朝食の準備をしていてくれた。
「おはようございます。」
は既に並べられていた食事の前に座り、「いただきます。」と言ってその暖かいスープを口に運んだ。
ほっと一息ついていると、上から達が賑やかに降りてきた。
を見て驚きの表情をしたのはもちろんナナミとピリカだった。
「え!え!!ええ!?さん!!?」
昨晩顔を合わせていなかったため、ナナミは飛び込むようにの元へ駆け寄る。
「良かったー!!ミューズに応援に行ったっきり見なかったから、すっごく心配してたんだよ!!!」
ナナミはスプーンを握ったままのの手を握り、上下にブンブンと降った。
「昨夜戻ったの。ごめんね。心配をかけて・・・・。」
「ううん!!あれから王国兵が攻めて来てねっ、砦を取られちゃって・・・・・。」
へと現状を説明しようとしているナナミだったが、その説明を進めていくうちに、
その表情がみるみると暗くなっていく。
「それで・・・ピリカちゃんの声が・・・・・・。」
ナナミは最後のその言葉を発した時、一番苦しそうな顔をして俯いた。
「ナナミちゃん・・・・。」
俯くナナミの手を、今度はが逆に包み返した。
「大丈夫よ・・・・・。」
何が大丈夫なのかも自分でよく分からなかったが、とにかくそうは言いたかった。
その瞬間ナナミはぱっと顔を上げ、はにかむように笑った。
がほっとした瞬間、ナナミが何かに気づいたかのように大声を出した。
「ああぁぁーーー!!」
「えっ・・・?」
がびくりと肩を揺らした瞬間、ナナミは勢いよく後ろを振り返り、
とジョウイのもとへ、どすどすと歩いた。
ただならぬ様子にとジョウイは身体が引けている。
ナナミはお構いなしに腰に手を当てて二人を指差した。
「昨夜帰ってきたって事は、もジョウイも知ってたんだよね!!?」
「え?あ・・・ああ。」
「う、うん・・・。」
二人はお互いを見合いながらしどろもどろに答えた。
「どうして教えてくれなかったのよーー!!!」
お怒りのナナミに、がビクビクしながら答える。
「いや、だってナナミぐっすり寝ちゃっただろ?起こしちゃまずいかと思って―――」
「そんな事はどうでもいいでしょ!!」
まるで雷が落ちたかのように怒るナナミに、が焦りながら止めに入った。
「ナ、ナナミちゃん。私も帰ってきてすぐに寝ちゃったから、他のみんなともあまり話せてないのよ。」
「晩御飯の時起こしに行ったら怒ってたし・・・・。」
がフォローに入ったと同時に、ジョウイが小声で良からぬ事を呟いた。
「ご飯とさんは違うでしょっ!!」
「ま、まあまあ!ピ、ピリカちゃんも無事に逃げられて良かったわ。」
あまり収まることの無いナナミの怒りに、は精一杯話題を変えようとした。
少し心配そうに見ていたその小さな瞳は、へと視線を向け少し笑った。
「とにかくみんな無事だったのね・・・。」
はしゃがみこみ、ピリカと同じ目線でその少女の頭を撫ぜた。
ピリカは少し恥ずかしそうに笑っていた。
その嬉しさに、も笑みを返す。
「そういえばポール君は?」
が目線を上げ、上からこちらを暖かく見ていた3人を見た。
しかし、自分がその言葉を出した瞬間3人の表情が曇ったのがすぐ分かった。
先程まで笑っていた目の前の少女でさえその顔を凍らせていた。
それを見れば・・・・・彼がどうなったかなんて目に見えていた・・・・・・・・・。
「ほら、お前達ジョウストンの丘に行くんだろ?その子の事は見といてやるから、早く行ってきな。」
ぴたりと止まっていた時間をレオナが進めた。
「あ・・・。そうだね。早く行かないと会議が終わっちゃうかもしれないよ。」
がすかさずその会話に乗り、ジョウイとナナミへと視線を向ける。
その視線にジョウイが頷いた。
「そうだね。もしかしたら見れるかもしれないしね。」
「よぉし!走って行かなくちゃね。」
急ぐことを嬉しい事かのようにナナミが笑顔を作る。
ジョウイがしゃがみこみ、未だにしゃがんでいるとピリカと同じ目線になる。
まっすぐに、そして優しい瞳でピリカを見つめていた。
「ピリカ。ちょっと出かけてくるけど、すぐに戻るからね。いい子にしてるんだよ。」
頭を撫ぜられたピリカは、少し寂しそうに・・けれども素直に頷いた。
それを見たジョウイは、今度はへと視線を向けた。
大人びたような・・・しかしその中にはやはり幼さが残るその瞳には少しドキリとする。
「さんも一緒に行きませんか?」
「え?」
一瞬、少し驚いたにナナミがその手を引っ張る。
「そうだよっ。さんも行こう行こうっ!!会議みたいのやるんだってっ。一緒に見に行こうよ!」
自分なんかが一緒に行動しても良いのか・・と少し躊躇している間に、ナナミに引かれながら扉の外へ出た。
後ろから「いってきます。」ととジョウイの声がして、彼らも外へと出てきた。
(丘上会議。ジョウストンの丘・・・・か。)
以前一人でこの街を訪れた時に、一度行ったことがあった。
その時のこの街は、柔らかな灯りが散りばめられていて、その光一つの中に暖かいものがあるのだと実感した。
少しだけその時の事を思い出していると、が小さな声で話しかけてきた。
「ポールさんは・・・・・。」
は後ろのその声の方へと思わず顔を向ける。
「ピリカを庇って・・・・・ルカ・ブライトに殺されました。」
「―――っ!!」
その名前に驚き、はナナミと繋いでいた手に思わず力が入った。
ナナミが少しだけ顔を顰めた。
それに気づき、はすかさずその手を離す。
「あっ。ごめんなさい!」
「ううん。大丈夫っ。・・・・さんこそ、大丈夫?」
「え・・・?」
「顔、真っ青だよ?」
「あ・・う、うん。大丈夫気にしないで。本当にごめんなさい。」
はナナミに言われ、その顔を隠すように額へと手を当てた。
その様子の変化に、とジョウイも不思議そうにこちらを見ていた。
心臓の鼓動が早くなる・・・・・・。
(ルカ・・・・・ブライト・・・・・・。)
そして思い出す。
あの惨劇を・・・・・・・・。
(私は・・・この子達と一緒にいる資格なんて・・・・ない・・・・・・・・・。)
は俯き、歩いていた足を止めた。
先に進んでいた3人がこちらを心配そうに見つめる。
ナナミが駆け寄り、優しく肩へと手を置いた。
「大丈夫?やっぱり具合悪い??」
「あ・・・ううん。そうじゃないの・・・・。」
純粋に向けてくる3人の瞳・・・・・。
この3人を守る事が・・・・・・―――――
この子達のために、この子達の傍で戦うことが
私の償いなのかもしれない。
ナナミは、近くで見つめ返してきたへと笑顔を向け、
そして再度手を握った。
「行こう?もうすぐだよっ。」
その笑顔にも笑みを返した。
ある決断をして・・・・・・・・――――――。
「そういえば、僕達だけで入れるのかな。」
丘へとついた途端、ジョウイが今まで誰も気づかなかったことを口にした。
驚いたがナナミへと振り返る。
「ナナミ、レオナさん誰でも入れるとか言ってなかったのかい?」
「え?あれ?どうだったかな・・・。え、えへへへ。」
「聞いてこなかったんだね。」
が小さくため息を吐いて会議が行われるその建物を見つめた。
「なによーお!だって気がつかなかったんでしょっ!」
「そうだけど・・・・。うーん、どうしよう。」
「僕達だけじゃ入れなさそうだね・・・。」
ジョウイも困ったというように頭を掻く。
「ビクトールと一緒なら入れるんじゃない?」
突然口を開いたの方へ、全員が一斉に視線を向けた。
「そうだよ!ビクトールさんってアナベルさんと知り合いなんだし!」
ナナミがすぐさま明るい声を出し、の背中をバシバシと叩いた。
そんなやり取りをしている時、の目に大きな身体をした人物が目に入った。
「ほら、噂をしてたら・・・。」
3人がの指を指した方向へと目を向けると、丁度ビクトールがこちらへ向かっていた。
「よお!何してんだお前ら?」
「あの、丘上会議を見たかったんですけど・・・。」
「私達だけだったら入れなさそうなの!」
ジョウイが説明しようとしたところで、ナナミが続きを話す。
「ああ、そうだったのか。それなら俺と一緒に来ればいいさ。」
「入れるの?」
「、お前俺を誰だと思ってんだよ。まあ任せとけって。」
ビクトールはそう言うと、入り口に立っている女性へと話しかけた。
当たり前のように入ろうとしたビクトールを、硬い表情をした女性はすかさずそれを止めた。
「お待ち下さい。身分証明になる物はお持ちですか?」
「あ?そんなもんねぇよ。この顔が身分証明だ。」
「申し訳ありませんが、それではお通しできません。」
「おい、俺さまの顔をしらないのか?」
「お通しできないものはできません。」
「なんだと・・・・・。」
今にも飛び掛りそうなビクトールに、が焦って止めに入った。
「ビクトール、他の方法を考えましょうよ。」
「うるせぇ!おれさまの顔を知らねぇなんてどういう教育されてんだ!」
ですらももう止められないと諦めた時、聞き慣れた声が後ろから聞こえた。
「おいおい、何を揉めてるんだ?」
「フリック!」
「ああ、お前達もここに来ていたのか。」
そう言いながら、フリックはビクトールの隣に並ぶ。
その時、先程まで硬い顔をしていた女性の様子が一変した。
「あ・・・・・あの、そちらの方は・・・・もしかしてフリックさんですか?」
「?ああ。」
「よ、傭兵隊の・・・・・『青雷のフリック』さん、ですよね?」
若干頬を染めているその女性に、少しばかりフリックが顔を顰める。
「そうだが?」
「あっ、ど、どうぞお通り下さい!!」
その豹変振りに、、ジョウイ、ナナミはきょとんと目をぱちくりさせた。
ビクトールの場合は少し違うようだったが・・・。
「なんで俺の顔は知らなくて、お前の顔は知られてるんだよ?」
「知るかよ。」
「面白くねぇなー」とぶつぶつ呟くビクトールをナナミが背中を押した。
「まあまあ!早く入ろうよ!!」
ぐいぐいと押され、しぶしぶ入っていくビクトールを、は笑いながら見つめていた。
「ビクトールらしいなぁ。」
「アイツはいつもああだからな。」
と共に入り口で立っていたフリックが同じように笑う。
そんなフリックへと、は少し意味有り気な視線を向けた。
「なんだ?」
「ううん、フリックはどこに行っても女の人にモテるんだなぁと思って。」
「・・・・・茶化すなよ。」
「茶化してなんかないわよっ。それも一つの魅力だと思うもの。」
さらっと言ったの一言に、フリックは少し頬を赤くしたが、
に気づかれぬよう顔を背けた。
「お前は・・・・?」
「え?私?私なんて全然よ?男の人なんて寄ってこないしね。」
フリックの質問の意図から少しずれた答えを、は歩きながら笑顔で答える。
石造りの建物に、二人の靴音が響いた。
「そうじゃなくて・・・お前は―――・・・・・」
「え・・・?」
小さなフリックの声がよく聞こえず、は後ろを振り向いた。
しかし急に振り向いてしまったため前にいる、ある人物に気づかずぶつかってしまった。
「きゃっ・・・・。」
「っと・・・・。」
結構思い切りぶつかってしまったが、前にいた人物はビクともせず
ふらついてもいないの身体をそっとわざわざ支えてくれた。
「大丈夫ですか?レディ。」
「あっ、ご、ごめんなさい!」
「いいえ。こちらこそこんな所で止まってしまって・・・申し訳ありません。お怪我はありませんか?」
「え?あ・・はい。大丈夫です。」
その人物は見た雰囲気は細身なのだが、あれだけ派手にぶつかってしまったにも関わらず全く気にしていないようで、
痛そうな表情一つしていなかった。
間近で止まったままなため、は少し長身の彼を見上げて会話をしていた。
(綺麗な顔・・・・・。)
優しそうな騎士様。といったところだろうか。
じっとその整った顔を見ていると、それに気づいた騎士はふわりとに笑いかけた。
こんな笑顔に何人の女性が彼の虜になったのだろう。
少し冷静にそんな事を考えていると、腕を掴まれ少し力強く後ろへ引かれた。
「俺の連れが悪かったな。」
「フリックっ。」
フリックはあまり悪びれもなさそうに話しかけた。
その騎士は一瞬驚いてフリックを見つめ、
もう一度を見つめてから、再度フリックへと視線を戻した。
そして先程の笑顔をまた向ける。
「いいえ。とんでもありません。こちらこそ失礼しました。」
そういいながら頭を下げ、「では、失礼いたします。」と言って軽やかに去って行った。
とフリックは二人でその方向を見つめ、足音が無くなってからフリックがその手を離した。
「お前な・・・・・・・。」
「え?何?」
「・・・・・・・・なんでもねぇよ。気をつけろよ。」
「?うん。」
無表情のままフリックは先に歩き出し、は急いでその後について行った。
いつもは歩幅を合わせてくれるフリックが、
この時は合わせてくれなかった。
