『指令。
以前より都市同盟との関係があると思われているアンナ・ローレンスの暗殺命令。
先日その疑いが事実と認められた。
3日以内に抹殺せよ。
以上。』
その茶色い紙切れに書いてあるものはいつも通りとても簡潔なもので、
それだからこそ毎回の暗殺は簡単に出来てきていたのだが・・・。
「・・・こんな命令・・・・・・・・。」
はじわりとにじみ出てきた額の汗を拭り、何度もその名前を確認する。
「・・・・・・っ・・・。」
そこには母の旧姓で『アンナ・ローレンス』と確かに書いてあった。
焦る気持ちを静めようとは手紙を持ちながらベッドに座った。
地に足が着いていないような、別に具合が悪いと言うわけでもないのに目の前の世界が回り続ける。
(なぜ!?なぜ母様がっ・・・。)
母とは自分が暗殺の務めを始めてから一度も会っていなかった。
人を簡単に殺し、それをさも当たり前のようにこなしていく自分を母は悲しい目で見ていた。
その目は悲しみをこめたものだけではなかった。
――――・・・軽蔑。
父の事を誇りに思っていた母は自分のしていることを軽蔑していたのだ。
しかし、父が自分にに教えてくれた事は・・・・他ならぬ人を殺すためのことがほとんどだった。
母は父の本当の姿を知らなかった。
――死ぬ思いをするような訓練。
――幼き頃見てきた父の姿。
それは母が考えているものとは到底離れているもので・・・・。
母は真実から目を背け、ただ自分の理想を己の中で膨らませていったのだ。
そして自分とは会ってくれなくなってしまった。
(一体・・・どのような都市同盟との繋がりが・・・・?)
様々な考えを繰り返すうち、自然と気持ちが落ち着いてきたはもう一度手紙へと目をやった。
「3日以内・・・。」
その夜の部屋の明かりが消える事はなかった。
シードはいつものように職務を中途半端に終わらせ、いつものように中庭へと足を運んでいた。
季節の足どりは早いもので、まだ周りの草花は青々としているがそれを包んでいる風が少し肌寒く感じる。
「あいつ、今日も来ないつもりか?」
シードは3日も姿を現さないを待ち、不安を募らせていた。
(あいつがこれだけの間姿を現さないのは・・・・初めてだな。)
いつもこの時間にここで二人で過ごしていたが、それが今はシードが一人中庭にいるだけだった。
シードはが姿を現さないことの理由が大体は想像がついたが、
これだけの間現れないということに正直焦っていた。
(まさか・・・失敗したのか?)
が『黒』の可能性は高く、それを承知していた上で自分は彼女と過ごしていた。
別に彼女が人を殺していようが、自分の正体を教えなかろうがシードにとってもうどうでも良いことだった。
単独で行動するであろう彼女のやらされている事は、あまりにも危険で、常に命の危険と隣り合わせである。
もちろんシードも戦場では常時危険な状態である。
しかし彼女と自分の大きな違いは危険の大きさではなく、
自分や他の誰にも知られないまま死んでいくという違いだった。
もし敵と刺し違えてたとしても、名誉すら残らない。
彼女は誰にも知られないまま葬られるだろう。
考えただけでシードは耐えられなかった。
「・・・くそっ!!」
今まで考えていた事を振り払い、シードは中庭の入り口へと向かった。
(っ・・・。)
シードの足は、の部屋へと向かっていた。
今日はまたいつものように行われている宴があり、城の奥までその世界の音が流れ込んできていた。
シードは以前一度だけ来たことのあるの部屋へと向かっていた。
奥に進むほど嫌な予感が募り、徐々に歩く速度は早くなる。
部屋の前まで来たシードは足を止めた。
(・・・?誰だ?)
の部屋の中から彼女とは思われない声が聞こえた。
シードは慎重に気配を忍ばせ、扉へと近づいた。
部屋の中からはかすかな話し声が聞こえ、息を殺せばなんとか聞き取れるほどのものだった。
「母様・・・。何故都市同盟と関わりを持っているのですか?」
「・・・・・話しとは・・・それだけですか?」
「母様っ!」
「私は何も悪い事をしてるとは思いません。何故都市同盟と関わりを持ってはいけないのですか。
・・・・・・密な報告をしているとでも・・・?」
「そうは言っていません!ただ、そのような事をしているとっ・・・・、
どのような事が身に降りかかるかわかっているのですか!?」
「ただお話しをし、手紙を書き・・・・・・それが何故いけないのですか。」
「っ!あなたは事の重大さをわかっていません!」
が椅子から立ち上がったのか、少し大きな音が廊下まで聞こえた。
(の母親か・・・。だが何であいつはあんなに感情的になっているんだ・・・・?)
シードはこれ以上母子の会話を聞くのに対して申し訳ないような気持ちになったが、
いつもでは考えられないの様子にもうしばらく様子をみることにした。
「今のルカ様の様子からして・・・・・。おそらくこれから・・・都市同盟へと・・・・。」
は先程よりも声を落とし、独り言のように話していた。
「・・・?なんです?」
少しイライラした様子の母親の声が聞こえた。
長い沈黙。
それにシードは嫌な予感がした。
(まさか!?)
「私は・・・・命令に従うまでです。」
「!!」
シードはの言葉を聞きすぐさま扉の取っ手をにぎり、それを回した。
―――銃声。
音が響きやすい城内も、今日は宴の音楽が響いており、その音を紛らわせていた。
は自分の母親に銃を向けたまま、そこへ倒れた相手へと視線を落としていた。
シードは部屋の入り口でそんなを見つめていた。
「・・・。」
名前を呼ばれたはびくっと肩を震わせ、シードへと振り向いた。
「シ・・ド・・・・・。」
シードを目に捉えたは目を見開き、その小さな唇を少し震わせ顔を背けた。
そんな彼女は小さく、ハイランドで一部知られている中でも恐れられている『黒』の姿は、
自分の家族を殺し、その事に後悔と悲しみを背負った儚い女性の姿だった。
シードは彼女の母親の亡骸を見て顔を顰め、へと向き直った。
そして何も話すことなく彼女の手を引いていた。
無言でシードに引かれて行くの手には、納めないまま握られた銃と、
一枚の茶色い封筒が握られていた。
次の日の朝、は重い瞼を開き、朝の光に目を細めた。
(・・・・・・シード。)
目の前には、自分を逃げないようになのか支えるようになのか、を抱きしめたまま眠っているシードがいた。
シードは何も聞かず、何も言わず、自分の部屋へとを連れてきて、
宥めるように、慰めるように優しく抱きしめていてくれた。
そんな人の温もりを始めて感じたは、昨日あんなことがあったにも関わらず、安らかな気持ちでいられた。
男性の割にはとてもきれいに整った凛とした顔を見ていたは、気づかぬうちに笑みを浮かべていた。
そしてその赤が開かれた。
「なんだよ?俺に見惚れてたのか?」
目覚めのまどろみの中、にやりと笑ったシードがを抱きしめる腕に力を入れる。
いつもの調子のシードに、自分も普段の調子になってしまい、今更今の状態には無性に恥ずかしくなった。
「ち・・・・違うわよ・・・・・。」
背中へと回されているシードの腕をどかそうと力を入れるが、向こうはその気はないらしく、
その逞しい腕はびくとも動かない。
「ちょ、ちょっとっ。もう起きなきゃ。」
「まだ早いだろ。しかも一晩中何もしないできたんだぜ?少しくらいいいじゃねぇか。」
「な、な、何も・・・・って・・。してたじゃないっ。」
「?何をだよ。」
「い、一緒に寝たでしょ!」
その言葉を発した途端には顔を真っ赤にした。
その様子にシードは落胆と呆れを露に現した。
「お前な・・・まさか子供はコウノトリが運んでくると思ってんじゃねぇだろうな?」
その質問には更に赤くなり、シードを睨みつけた。
「シ、シードの変態っ。思ってるわけないでしょ!」
「あー、マジでそう思ってるのかと思ったぜ。ま、知らなかったとしても俺が正しいコトを教えてやるけどな。」
楽しそうに、そして何か企んでいるような笑みには顔を赤くしたまま眉をひそめ、その腕から逃れた。
そしてベッドから降り、入り口へと向かった。
咄嗟のの行動にシードは少しあせりを見せ、身体を起こした。
「。今日、あそこに来いよ。」
シードの呼びかけには足を止めシードへと振り返り、笑顔で頷いた。
その無言の返事を聞いたシードはホッとした表情を見せ、頭を軽く掻いていた。
「シード。」
「あ?」
滅多にない突然の呼びかけにシードが反応する。
「・・・・・ありがとう。」
今まで見たこともないような優しい笑顔ではシードに3度目の礼を口にした。
そして扉の向こうへと消えていった。
残されたシードはその扉を見つめたまま呆然としていた。
頬を少し赤らめながら。
「俺も重症だな・・・・。」
自嘲気味な笑みを零してシードもベッドを降りた。
は足早に早朝の少し肌寒い廊下を歩いていた。
独りになった途端に昨日のことが蘇り、自分の思考を闇へと誘う。
は軽く頭を振り、顔を顰めた。
(ごめん・・・シード。ごめんなさい・・・。
あそこには・・・・いけないの。)
ぎゅっと握り締めたの手の中には、
新しく指令の出された手紙が握り締められいていた。
『指令。
2日後ユニコーン少年兵部隊への襲撃が行われる。
その周辺に都市同盟の者がいた場合、それらの始末を命ずる。
襲撃に援護が必要ならば、それに応じよ。
以上。』
序章完
