ユニコーン少年兵部隊を襲撃。


 それはつまり戦争の始まりを意味していた。


 その指令が来る前から少しは気づいていたが・・・・。
 まさか少年部隊を利用することになるとは思いもよらなかった。
 ルカはただの狂皇子というわけではないようだ。

 はあと2日という短い期間で皇都ルルノイエから天山へと向かわなければならなかった。
 眠ることなく、ほとんど飲まず食わずで移動したという事もあり、かなり疲労はたまっていた。
 (だけど、もう今日の夜には決行されるわね・・・。急がなくては・・・。)
 陽はまだ高いが、このままだと間に合うかどうかわからない。
 は軽く身を動かし、走り始めた。
 (・・・・その始まりの場所に、ルカ様が現れる確立は高いわね・・・。なるべく会わないようにしないと。)
 先日の件もあったが、信じられないほど自分がルカを恐れている事をはひしひしと感じていた。
 あれだけの殺気を漂わせておきながら、その気配を全くといっていいほど消すことができ、
 そして残酷な武勇ばかりが広がっていると思われたが、想像以上の戦略力。
 (彼をあれだけ奮い立たせるものって一体・・・・・・。)
 個人的な考えを巡らせた後、は今回の指令を改めて確認し、自分の行動を考えながら移動した。


 本当は揺れていた。

 このままどこかへ逃げてしまおうか・・・・。と。
 この暗闇から逃げ出し、自分の全てをやり直せないかと・・・・。
 しかしそうしたところでどうなるというのだろう。
 裏切り者となされた自分は一生追われる身となり、人を殺めることしか能力がない自分が、
 外の世界でどう生きていけるのだろう・・・。

 何度も繰り返した事のある考えがまた繰り返される。

 考えは悶々としていたが、その足が止まる事はなかった。











 夕刻、はなんとかユニコーン少年兵部隊の駐屯地へと着き、
 辺りをくまなく探ったが、都市同盟の者がいる形跡はなく、は襲撃の様子を伺う事にした。
 (・・・・みんな故郷へ帰れると思っているのね・・・・。これから起きることを知らずに・・・・。)
 そう考えるとの心は軋み、締め付けられるような感覚に襲われた。
 指令書の内容では、援護するよう書かれていた。その事を思い出しは顔をしかめる。
 (私に・・・彼らを殺せるの・・・?)
 しばらくの間、人を殺すことなく過ごし、つい先日自らの母親を殺した自分。
 撃った瞬間の母の顔が頭から離れない日々が続き、の気持ちの揺れは大きくなっていた。
 今まで人を殺してきて、このような日が続く事はなかった。
 そして―――・・・・・・・
 (シード・・・・。)
 自分の母を迷いもなく殺した自分を彼はどう思ったのだろう。
 そして約束した場所へ行かなかった自分をどう思うのだろう。
 (もしかしたら・・・私はもう帰っても何もないのかもしれない・・・・・・。)
 父も、母も、友と呼べたかもしれない彼さえも・・・。

 は少年達の苦痛な叫び声にはっと顔を上げる。
 (始まったっ・・・!)
 しばらくは様子を見ようと木の上で気配を消す。
 目の前では都市同盟の者のような姿をしたハイランドの兵士達が、ハイランドの少年兵たちを奇襲していた。
 それはまるで地獄を見ているようで・・・・。
 攻撃してくる敵がまさかハイランドの同志達だとは知らず・・・・少年兵達は逃げ回っていた。
 しかしそれも虚しく、逃げる先にはまた敵が潜んでいるだろう。
 
 (・・・?)
 一人の少年がの潜んでいる木の下まで逃げてきた。
 その顔は恐怖で染まり、無我夢中で攻撃から逃れようと必死なようだった。
 だがその努力の甲斐もなく、敵が少年に気づき、野蛮な声を上げて彼に切りかかってきた。
 「・・・・母ちゃんっ・・・・・・。」
 (!!!!)
 全身の血が騒いだ。
 は少年の最期とも思われるその呟きを聞き逃さなかった。
 ――聞き逃すわけにはいかなかった。

 少年に思い切り振りかぶって落とされた剣がの剣によって弾かれる。
 「ぐっ!!?・・・・・な、なんだ貴様は!!!」
 の力の方が勝り、兵士は後ろへとよろめいた。
 その兵士が驚くのも無理はない。
 彼らは都市同盟の風貌を装うよう命じられ、少年兵を奇襲することを目的としてきたのだ。
 少年兵のなかに女はいない。
 は、驚いたまま動かない兵の質問には答えず、無言で体制を整えた。
 そして素早く体制を低め、足を払ってから一瞬で急所を攻撃した。
 兵士はドサリと倒れ、身体を微かに動かした後、気絶した。
 そのあっけなさにはため息を吐いた。
 そして自分のしてしまった行動に苦笑した。
 (これで・・・・・もうハイランドには戻れない。)
 この兵士を殺せばこの事は公けになる事はないだろう。
 しかし今の自分にすぐ彼を殺せるか。と自問自答したところで、それは出来ないこと・・・・。
 「あ、あの・・・・。」
 の後ろからまだ怯えの消えない声で少年が声を掛けてきた。
 「ありがとうございます・・・・。」
 少年は突然現れた自分に対して多少怯えを見せていはいるが、足はしっかりと立ち、自分を見据えている。
 「あなた・・・・名前は・・・・?」
 「あ、は、はい。スリスといいます・・・。」
 「スリス・・・。お母様の所へ・・・・帰りたい?」
 の問いかけにスリスという少年はぱっと顔を上げ、先程とは違う引き締まった顔でを見つめた。
 「はい!母ちゃんの作る飯を腹いっぱい食って・・・・。それから・・・帰ったらあいつに武術を教えてもらうんだ・・・。」
 「・・・・そう。」
 は少し目を細め短い返事をし、スリスに背を向けた。
 「お母様を・・・大切にね・・・・・。」
 そして森の奥へと向かって歩き出した。
 「はい!ありがとうございます!」
 誠実で純情とも言える少年の声が耳に響き、そして彼が走っていく音を聞いては足を止めた。
 
 彼が生きて帰ることはおそらく不可能だろう。
 この奇襲は完璧に計画されたものだ。
 それに自分が太刀打ちできるはずもない。
 ―――ユニコーン少年兵達は、一人残らず殺されるだろう。
 (だけど・・・・・・・私はあなたが羨ましいわ・・・・。)
 帰る場所、それを待っている母。そして生きたいと願う時に想う友。
 今自分に無いもの全てを持っている少年が・・・・、
 これからおそらく命を落とすであろうとも、は彼が羨ましくて仕方がなかった。
 そして炎が燃え上がる駐屯地を背に、は闇へと消えた。
 ――背後から、少年達の叫びが消える事はなかった・・・・・。
 そしてその叫びの中に、ルカの獣のような笑い声が聞こえたような気がした・・・・。








 この暗闇から逃げ出す事はできないかもしれない。

 だけど――・・・・・・。

 もし少しでも、ほんの少しでも逃げ出す事ができるのなら、打ち消す事ができるのなら、

 それに掛けてみるのも・・・

 いいのかもしれない。



 はその日、野宿にも関わらず、人を殺すようになってから初めてぐっすり眠る事が出来た。











 

 「ほんと信じられない・・・・。」
 が天山を何日かがかりで降りた瞬間、自分のした間違いに気づいた。
 「思い切りハイランド側に向かってたなんて・・・・・。」
 あの奇襲直後、山をまっすぐに降りるのは危険と考え、
 山頂付近を平行に歩いた末、もういいだろうと降りた方向がハイランド側だったのだ。
 そんな過ちをした自分に驚いたが、すぐにその考えもなくなり顔をほころばせた。
 (あまり何も考えないで歩いたから・・・こんなことになっちゃったのか。)
 これが自由なのだ。と初めては実感した。
 今まで外に出るときは、暗殺などの仕事のみの時だったため、
 外で出歩く時は常に神経を集中させていたのだ。
 これからはどこに行こうが自分の勝手なのだ。
 しかしそれと同時に、自由というものに対して不安がないわけではない。
 (どこへ行ったら・・・いいのかしら・・・・。)
 自らで動いた事のない世界。
 命令以外で見たことのなかった外の世界は果てしなく、その果てしなさに目が眩んだ。
 「なんとかなるかしら。ね。」
 言葉に出してからふっと笑みをこぼす。
 (私ってこんなに前向きな人間だったのね。知らなかった・・・。)
 初めて出会う自分を笑顔で迎えながら、は歩き出した。
 

 ―――シードという1つだけの気がかりを残して・・・・。