何かが変わっていっている気はしていた。
でも、それが何なのかなんてわかるわけもなく、ただ言われた事をそのまましていた。
暗殺の命もぱったりとなくなり、
皇女様のお相手ばかりをするようになっていた。
楽しくはあった。と、思う。
でも
暗殺者じゃない私は
一体なんなのだろう。と、
人を殺さなくてもよいという安心感と
久しぶりに感じる慣れない穏やかさに戸惑いを感じていた。
「ジル様、明日は何かパーティーがあるそうで、準備の方はいかがですか?」
明日のためにと大きな部屋の片隅に掛けられたドレスを目にし、が話しかけた。
「ええ、大丈夫よ。いつもの貴族の集まるただの宴会です。」
ジルもそのドレスに少し目をやり、軽くため息を吐いた。
(ジル様・・・・・・。)
「本当に、あの宴会で使われる資金や食料は・・・・・・無駄なものに思えてしかたないわ・・・。」
「ジル様は本当にお国想いの方なのですね。」
「・・・。いいえ。私はただそう考えるだけ。ただ考えて、結局その無駄だと思っている
宴に毎回出席しているのよ。」
ジルは立ち上がり、明日のパーティー用ドレスの前に立った。
「国を守ろうと戦っているあなた達兵の方が、よっぽど国を・・・愛するものを想っているわ。」
「・・・・・・・。」
確かに、国を家族を・・・・・愛するものを想い兵士達は戦っているのだろう。
しかし、自分はそうではない。
父を、母を想って人を殺めているわけではない。
ただそれをするように育てられてきたからだ。
それにこの暗闇から逃げ出したからといって、暗殺者ではない自分に何ができるだろう。
はぼんやりとジルの前にある煌びやかなドレスを眺めていた。
「そうだわっ。」
ジルが何か閃いた顔をし、顔に笑顔を浮かべへと振り向いた。
「明日はもパーティーに出席してはいかが?」
「えっ?」
思いもよらない皇女様の思いつきには久しぶりに少し大きな声が出た。
思わず手が口にいってしまった。
「そうよ。たまには良いじゃない。別に特別何かをしろと言っているわけではないのよ。
ただその場にいて、時間が空いた時に私の相手をするだけよ。」
「そ、それは・・・。」
(それだけでもかなり特別な事になりますっ・・・。)
「そうしましょう?ドレスも私が選びますからっ。」
「え、あ、あの。」
パーティー会場ともなれば、いくら親近の者達が集まるだけのものとはいえ、顔を知られるのは危険である。
は日頃命令が来る以外は自分の行動は自らで管理するようにされていたため、
このような時どうすれば良いかわからなくなってしまう。
(それに・・・あの猛将さんに会ってしまう危険性もあるし・・・。でも・・・・・・ジル様が・・・。)
このまだ少女とも言える彼女が、そのような場に何度も足を運ぶという事に
あまり良い思いをしているわけではないことは知っていた。。
出会って日は浅いが、の中で彼女を支えれたらという気持ちは少なからずとも出来ていた。
自分が相手をするだけで少しでも気が紛れるのならば・・・。
(・・・なるべく会場に入らないで隅にでもいれば・・・・・・大丈夫。よね?)
「わかりました。」
少しだけ笑顔を浮かべてうなずくにジルは大喜びだった。
はじめて彼女の年相応の表情が見えた気がした。
ジルの部屋を後にしたはまたあの中庭の前を通りかかった。
今日もあの日のように月が中庭を青白く照らしていた。
(大分散ってしまったのね・・・・・・。)
は誰もいない事を確認し、庭の真ん中にある木へと向かった。
大樹の周りは花びらが絨毯のように広がっており、甘い香りがした。
その絨毯を上から踏みつけるのに躊躇したは、
軽く下から蹴り上げながら花びらを潰さないように歩いた。
が歩くたびに足元で小さな白が舞っていた。
「あなたは・・・大きいのね。」
大樹の前に立ち、そっとその太い幹に触れた。
「私は、小さいわ・・・・・・。」
その瞬間風が吹き、下で黙っていた花びらがさらさらと走り出す。
「よぉ。」
「!!」
風に紛らわせて誰かが近づいてきたと気づいた時には遅かった。
(猛将さん・・・。)
振り返った先にいたのは紛れもなくあの「赤」だった。
シードは大股で荒く歩いてきたが、歩き方がと同じような歩き方なため、
足元で花びらが散っていた。
美しい花に気を使っているのか使っていないのか分からないその様子にが不思議がっている間に
シードは手を伸ばせば触れられるほど近くまで来ていた。
「いつもここに来るのか?」
シードが木を見上げながらしてくる質問に無言で首を振る。
「お前名前は?」
次へと進んでいく質問には少し顔をしかめた。
「っと。別に調べてどうこうしようって訳じゃないぜ。」
「私に何か御用ですか?」
「やっと口開いたか。」
「・・・??」
は彼が何をしたいのか余計分からなくなった。
そしてちらりと出入り口の方へと目をやる。
「おいおい、まだ会ったばかりじゃねぇか。帰るには早いんじゃねぇか?」
「ですから、何の御用なんですか?」
いい加減にしてほしいと言わんばかりにシードにきつい視線を向ける。
「名前くらいいいだろうが。」
「・・・・・・。」
目線を逸らしながら質問に答えたをみてシードは満足したかのように笑みを浮かべた。
「もうよろしいでしょうか。」
そう言ってもう一度入り口へと目を向けたとき、相手の手が自分に向かってきた。
「っ!」
髪に触れたのだと気づいた瞬間身体がこわばった。
「なにすっ・・・!」
「花びら。ついてたぜ。」
シードがにやりと笑う。
「・・っ!!」
彼の指先に摘まれた花びらを見た瞬間、は顔を真っ赤に染めた。
「失礼しますっ・・・・。」
恥ずかしさと悔しさと、あの手を避けられなかった不思議さを感じながら、
とにかくその場から立ち去りたく、足早にシードの横を通り過ぎていった。
シードは立ち去るを振り返ることなくその花びらを見つめながら一瞬だけ笑みを浮かべた。
は足音を消そうなどという余裕は全くなく、
城の長い廊下を真っ赤な顔で歩いていた。
(し、信じられないっ!男の人ってみんなああなのかしらっ?)
八つ当たりは避けられなかった自分に対してなのか、軽率に触れてきたシードに対してなのか、
それとも過剰すぎる自分のこの反応へなのか。
おそらく3つ目が主だろうと自分でもわかっているが、どうしようもなく、
気持ちの高ぶりは抑えらなかった。
次の日、城の奥では宴の準備で賑わっていた。
沢山の料理が並べられるのだろうと想像させる良い香りが漂ってくる。
コンコン。
とノックがし、試着室にいつもよりも明るい顔のジルが入ってきた。
「ごきげんよう。私の選んだドレスはいかがかしら?」
「ジル様。」
パーティー当日、出る事になったからにはそれなりの格好をしなければならない。
ジルが直々に選んだ黒いシンプルなドレスと小振りな装飾をは身に着けていた。
「やはりあなたは下手に着飾ってしまうよりも、この方がとてもキレイだわ。」
「な、慣れない格好ですので振る舞いに戸惑ってしまいます・・・。」
高いヒールなためその場から動けない状態のをみてジルは微笑んだ。
「ふふ。大丈夫。すぐ慣れるわ。」
そして再び部屋の扉が叩かれた。
「ジル様。そろそろ大広間の方へおいでください。」
「わかりました。それでは、好きなときに顔を出してください。楽しんでね。」
「はい、ありがとうございます。」
が深くお辞儀をしたところで扉が閉まった。
小さなため息が広い部屋にいやに響いた。
(少しだけ。楽しんでもいいのよ、ね・・・・?)
すっと息を吸い込みは一歩踏み出した。
慣れない靴とドレスに足がもつれ、中々部屋から出られる事はなかった。
