こうして彼の腕の中に入るのはいつぶりの事だろう。

































 シードはいつも、別れと出会いの度に抱きしめてくれた。

































 その腕が強くて強くて――――


 気持ちも大きくて大きくて・・・・・・・・。





















 私はいつもその突き刺さる行動に、揺るがされていたの。


















 「で、なんで『ありがとう』なんだよ。」
 「え?」
 突然シードはを腕の中に閉じ込めたまま話し出した。
 (このままで会話続けるの?)
 「シ、シード。一度離して―――」
 「嫌だね。」
 が潰れるのではないかと思うくらいの強さで腕に力を入れるシード。
 少しの痛みを感じ、は顔を歪める。
 シードはその表情に気づいているにも関わらず、その力を緩める事はなかった。
 滅多に酔う事のないシードだが、そこまで気を使う事ができない程酔っているのだろうか。
 「シード、酔ってるの?」
 「いいから話せよ。」
 「・・・・。」
 「話さねぇとこのまま無理矢理にでもベッドまで連れてくぜ。」
 「わ、わかった!わかったわよっ。」
 突然出された内容に慌てて、は仕方なくそのままの状態で口を開くこととした。
 (ただの我侭な子どもじゃない・・・・。)
 心の中でため息を吐きながらも、この状況に慣れてきたはようやく心臓の動きを遅める事ができ、
 シードの肩越しにぼんやり零れたワインを見ながら話し出した。
 「・・・・ありがとうって言ったのは、シードが私を一人の人間としてみてくれたから。」
 「人間?」
 「うん。」











 共有の思い出を、二人で同時に思い出す・・・・・・・。

 出会いから別れまで・・・・その全てがにとっては『ありがとう』だった。


 「私が『黒』って分かった時も。目の前で自分の母親を殺した時も。
  勝手にハイランドを抜け出して、またハイランドに勝手に帰ってきた時も・・・・。」




 そうだ。

 こんなにも私はシードを失望させてきた。




 自分に救いの手を最初に伸ばしてくれた彼を突き放した・・・・・・。
























 嫌われるのが・・・・怖かった。




















 ハイランドにいた時も。

 傭兵隊にいた時も。



 周りの皆に嫌われたくなくて・・・・精一杯好かれようと頑張って。

 それでも自分から大きな一線を置いていて・・・・。
























 だから誰に抱きしめられても・・・・拒否をする事が出来なかった。



























 この腕を放したら・・・・・・嫌われると思ったから・・・・。


















 「何だよ・・・・それ・・・・・。」

 の心の内を聞いたシードは、呆然とした声を出して腕の力を緩め、
 正面にいる黒い瞳を見つめた。
 「そしたら・・お前は嫌われたくない相手だったら何でも許すのかよ。」
 「ちが―――」
 「違わねぇ!!」
 間近で響くシードの声に、が無意識に肩をびくりと揺らす。
 シードはに触れることを止め、額に手をやって俯いた。
 「・・・・俺は・・、お前が俺に少しでも心を許してくれてんのかと思ってたよ。」
 「シー・・。」
 「そしたらお前は!都市同盟に居た時も同じように男に抱かれて相手の自由にさせてたって事かよ!
  自分が嫌われたくない一心で!」
 「シード、違う!」
 「うるせぇ!!」
 大きな声でシードはそう言い放ちながら、目の前に転がったグラスを力いっぱい壁に叩きつけた。





 乾いた音が部屋いっぱいに響く・・・・。


 四方に砕け散るその音は、まるでシードとの心を表しているようだ・・・・。







 「結局お前は・・・自分が一番可愛いだけだ。」
 「・・・・・。」
 「ジョウイ様の味方になったのも、ハイランドなんかの為でもジョウイ様の為でもねぇ。
  自分の罪を償いてぇから・・・・。
  ただ自分が満足したいからだろ!?ふざけんな!!」
 まるでシードに共鳴するかのように、暖炉の炎が音をたてる。






 シードの言葉が・・・・重く・・・頭にも、心にも響いた。





 自分は自分の為に自らを他人に好き勝手やらせていたつもりはない。

 嫌われたくない―――それは、相手の事が好きだからじゃないの?

 誰しもが持つ心ではないの?

















 でも・・・・ジョウイの味方になったのは・・・・・・―――――。


















 「・・・・・・・・・。」

 「ふざけんなっ・・・・。」
 搾り取るような声をシードは一言吐き出し、
 ふと奥にある寝室へと目を向けた。

 「お前は・・・嫌われたくなかったら何でもすんだよな。」

 「シード・・・?」

 「いいから来いよ。」

 「ちょ・・シード!?」
 シードはの手を掴み、力任せに引いて寝室へと入った。
 の背中にベッドのやわらかい感触が広がる。
 その暖かい感触とは反対に、背筋に冷や汗が流れた・・。
 自分の上にシードのいつもより大きく感じる身体が被さった時、
 が始めて拒否の行動を起こした。
 「シード!ふざけないで!!」
 「ふざけてんのはてめぇの方だ。」
 「私は・・・私はふざけてなんかないわ!
  確かに自分が嫌われるのが怖いという事が、自分の事ばかり考えていると思われても仕方ない事かもしれないっ。
  だからって、自分が許せる相手以外に肩を貸してもらったり、助けてもらったり――――」
 「いい加減黙れよ。」
 の両手を掴んだシードは、そのまま目の前の白い首に唇を這わせ始めた。
 アルコールの匂いが鼻につく・・・。
 「ゃっ・・・・。」
 いくら酔っているシードとはいえ、自分もいくらか飲んでいる。
 抵抗して勝てる相手ではない・・・・。
 後の事を考え、はこれまでになく男という存在に恐怖を覚えた。
















 いつも自分を守ってくれていた腕は

























 今は自分を壊すものと化していた・・・・・・・。

























































 「愛してる・・・・・っ。」






























 「お前を・・・・愛してる・・・・。」






 シードはの胸元から顔を上げ、

 瞳を見つめて・・・・・そう呟いた。