ねぇ。覚えてる?
私が貴方に初めて涙を見せた日の事を。
私が初めて人前で泣いた日・・・・・。
貴方は私に「仲間」という言葉の意味を心から理解させてくれた。
そんな貴方は・・・・・・・もういない。
自分から突き放したくせに・・・・・・・・
どうしてこんなに青が目に焼きついているんだろう。
「さん・・・・。」
ジョウイの声に、はようやく我に返った。
(いけない・・・これからまだやらなくてはいけない事がたくさんあるのに。
辛いのは私だけではないのだからっ・・。)
―――――しっかりしなければ。
ジョウイに背を向けていたは、どこか遠い目をしていた表情を一変させ、
後ろにいるジョウイに強い瞳を向けた。
「うん。行こうかジョウイ。」
少し心配そうにしていたジョウイだったが、の決意を無駄にしないため、
何も聞かずただ頷いてくれた。
その時、彼らが立ち去った逆の方向から何人もの王国兵を引き連れたラウドが現れた。
「おや、これはこれは。
軍団長さまとそのお付きの方じゃないですか。」
わざとらしい嫌な口調に二人がそちらへと視線を向ける。
(・・・・ラウド。)
はどうしても彼の事が気に入らなかった。
自らのためなら他人の犠牲など惜しまない・・・・・。
そんな欲の塊が、目の前で笑みを浮かべていた。
「こちらにねずみが逃げてきたはずなんですが・・・・見かけませんでしたか?」
明らかに自分達を疑っている聞き方だ。
疑っている・・というよりも、確信あるかのようでもある。
「知らないな。」
あくまでジョウイは毅然としたままで答えた。
も表情を全く変える事なく、ただそのわざとらしい表情を見つめていた。
「ほぉーー、そうですか。私の部下は見たと言っているんですけどね。
いくら軍団長とはいえ、あなたはまだまだ新参者ですからなぁ。」
―――――いい加減にして欲しい・・・。
そんな事を考えながらがようやく口を開く。
「ラウド殿。その辺にしてはいかがですか。
いくら新参者とは言え、軍団長に向かってそのような暴言を吐いたとなると、
貴方の立場も悪くなりますよ。」
ラウドに一番効く内容。
自らの立場が悪くなるという言葉は、いくらかは彼に響いているはずだ。
しかし、今のラウドは自信に満ち溢れた表情をしていた。
「私はルカ様に、あなたを監視するよう言われていたんですよ。」
突然出された名前にが眉を顰める。
(なんですって・・・・?)
自分よりも一歩先に立っているため、ジョウイの表情を読む事は出来なかった。
動揺の色は見られないが・・・・。
「この事を報告したら、どうなると思いますか?」
ジョウイは何も答えない。
そんな様子に喜びを感じたのか、自信たっぷりの表情でラウドが続けた。
「さぁ、そこをどいてください。」
流石のもこれに怒りを感じた。
「ラウド殿――――」
「待たれよ、ラウド殿。」
後ろから聞き慣れた声に、は驚きながらその方向へと振り向いた。
今さっき自信気な表情をしていたラウドは一変し、驚きと焦りの様子を見せている。
ラウドが何かを告げようとする前に、今度はシードが口を開く。
「俺達も一緒にいたが、怪しい奴なんて来なかったぜ。」
「な、何を仰いますか・・・・!」
反論を続けようとするラウドに、クルガンが釘をさした。
「元部下が、自分の上官になったからといって嫉妬のあまり、
嘘の報告を行うのは感心しませんね。」
「全くだぜ。俺達が証人だ。」
「なっ・・・!!」
それでも引き下がらないラウドに、クルガンが少しトーンを低くした声で更に付け足した。
「それよりも、グリンヒルの騒ぎがまだ収まっていないぞ。早く行ったらどうだ。」
目の前にある問題を叩きつけられたラウドは、
開きかけていた口を閉じ、悔しそうに舌打ちを小さくした。
「くそっ・・・。おい!行くぞ!!!」
部下に八つ当たりをするように叫び、ようやくそこを立ち去って行った。
「クルガン様・・・。シード・・・・。」
彼らの足音が消えた頃、思わずはその名を呟いた。
その名を自ら口にし、自然と疑問が浮かんできた。
彼らはハイランドに忠誠を誓ったのではなかっただろうか?
それならば、自分達がが達を逃がしたことを見逃すはずが無い・・・・。
新都市同盟軍のリーダーとなる人物ならば、これからハイランドにとって大きな脅威になる可能性もあるのだから。
「なぜ・・・・。」
が口にする前に、ジョウイがその疑問を呟いた。
そして彼なりの答えを彼らにぶつける。
「さん・・・ですか?」
シードがその名を聞き、苦笑を軽くこぼした。
「何か勘違いをしているみたいですね。
俺はただハイランドっていう国が好きなだけですよ。」
シードはジョウイから視線を外し、空を――――その瞳にハイランドを写して続けた。
「あそこは良い国だ。」
その瞳はいつもの燃える炎とは違い、赤いに青を交えた優しい瞳に変わっていた。
こんなにも・・・母国を愛しているのか。
なぜそんなにも愛せるのだろうか。
にはないその想いが、今この二人には宿っているのだ。
その想いを、彼らは淡々と続けた。
「ハイランドを滅ぼさせるわけには行きません。ルカ・ブライトが齎すものは、ただの破滅です。
こんな事が続けばハイランドは・・・・。」
「ようやく戦いが終わって、気が付いたら荒れ果てた大地になっていたなんて事になるのは困るんでね。」
「ハイランド王国。第四軍団長ジョウイ・アトレイド様。我らは、貴方に忠誠を誓いましょう。」
「貴方の望みは知っています。そのために、我々の力を使わせてください。」
彼らの思いを一気に聞いたジョウイは静かな驚きと、
ようやく意外に出来た見方に嬉しさが込み上げてきているようだった。
「クルガン・・・、シード・・・・・。」
ジョウイが思わずへと振り向く。
少しだけ少年に戻ったその表情に、は大きな笑顔で頷いた。
そしてジョウイは再度『軍団長』という肩書きの顔を彼らに向けた。
「貴方達の気持ちを無駄にはしない・・・・。」
受け入れられたクルガンとシードは、
国のために戦える喜びと、ジョウイに忠誠を誓ったという誇りの笑みを浮かべていた。
「ありがとう・・・・・・・・・・・。」
自分に向けられた言葉ではないはずなのに
胸が熱くなった。
その夜。
はある一室の前で、その扉を叩けないまま佇んでいた。
部屋の前に立ったままでどれだけの時間が経っただろう。
久しぶりに落ち着いた時間で彼と話す機会に、は大きな心臓の響きを止めることが出来ずにいた。
(・・・よし。)
息を一気に吸い込み、手の甲をそこへと叩きつけようとしたその瞬間―――――
が叩く前にその扉が勢いよく開かれた。
「ったく!開けるならさっさと開けろよ!」
「っ!!」
叩こうとした手がそのままで固まる。
(物音はたててないのにっ・・。け、気配だけで分かったの・・・?)
驚いたまま未だに固まっているに、シードは入り口の縁に手を置きため息を漏らした。
「何?俺と一緒に寝たくて来たのかよ。」
「そ、そんなわけ無いでしょう!」
夜中の廊下にも関わらず、は大声を出して否定した。
シードはあからさまにつまらなさそうな表情をする。
「で?入るのかよ。入んねぇのかよ。」
「は、入ります。」
「じゃあドーゾ。」
シードに促され、先に部屋の中へと入る。
が入ったのを確認し、シードが静かに扉を閉めた。
「何で居るって分かったの・・・?」
を部屋に入れた後、どかりとソファに腰掛けたシードは、
その質問に少し自信気に答えた。
「いつも知らぬ間に何かされてちゃ溜まんねーからな。」
(いつも・・・?)
自分がシードに『知らぬ間に』のような事をしたことがあっただろうか・・・。
「あ―――」
「そうだよ。初めて会った時も俺の気づかない間に姿を消して。
ハイランドを出て行った時も・・・・・知らない間にいなくなってたしな。」
「ご・・ごめんなさい。」
「別に謝る必要はねーよ。
いいから早くそこ座れよ。いい酒だしてやるから。」
「・・・・うん。」
は素直に言われた場所へと腰掛けた。
隣のソファから立ち上がったシードは、
今は自分の部屋とされている場所に置いてある棚からいくつかの酒を選んでいる。
恐らくこの部屋に滞在するようになってから、誰かに持ってこさせたものだろう。
まるで昼間の事が嘘のようだ。
以前のような・・・・いつも通りのシード。
嬉しくてつい笑みがこぼれる。
「なんだよ気持ち悪ぃな。」
「し、失礼ねっ。ただ笑っただけでしょ。」
顔を赤くして怒るに、シードは可笑しそうに・・それでいて優しく笑った。
その表情は――少し以前のシードとは違っているように見えた。
「それで?何か話があって来たんだろ?」
「え?」
「は?」
ぐびぐびとお互い進めていたグラスを、二人同時にぴたりと止める。
「お前・・何にも用事ないのに来たのかよ。」
「あ、いや・・話があると言えばあるんだけど。」
「あるんじゃねぇか。」
「でも、別に今じゃなくてもいいかなぁ。とか。」
シードは目を細めてとてつもなく面倒くさそうな表情をした後、
何故か可笑しそうに笑い出した。
「はっ・・どっちだよ。」
「・・・・・。」
は何故かそれが恥ずかしく頬を染め、それを誤魔化すかのように目の前のグラスを空にした。
「ほらっ、ゆっくり話す機会とか無かったし、
前みたいに楽しく話せたらいいかなぁとか思って、
それで―――・・・・。」
上手く言葉が見つからず、指を無造作に動かす。
シードはの言葉を遮ることなく、ただ話の続きを待っていた。
そして、言おうと思っていた言葉をはようやく口にした。
「だから・・・・ありがとう。」
シードは突然出されたからの言葉に、唖然と口を開けた。
「何よ・・。」
「いや・・・お前が素直に礼言ってるとこ見んの久しぶりだなぁと思ってよ。」
「あーっもう!シードは失礼な所ほんと変わってな―――――」
「お前が悪いんだぜ・・・・。」
何がなんだか分からなくて。
分かってるのは、
自分の持っていたグラスが落ちた事と、
今、シードに強く抱きしめられている事だった。
