グリンヒルの街を囲う森は、
まるで今までの戦いが嘘かのように静まりかえっていた。
「あの鳥、なんていうんだろうね。」
「え?」
突拍子もない事を言い出したに、ジョウイはその大きな瞳を向けた。
その瞳はを捉えた後、彼女が指差す野鳥へと視線を変えた。
「さぁ・・・なんていうんでしょうね。」
「あまり見ない色ね。」
二人はその色をじっくりと、しかし深くは考えず食い入るように見ていた。
「・・・・昔、鳥が羨ましいなんて思ってた頃があったの。」
野鳥から目を離し、話しながら先に歩き出したの後をジョウイが追う。
「なんとなく分かります。」
「ほんと?」
くるりと振り向き、まるで少女のような瞳をはジョウイに向けた。
そんな表情に、ジョウイも笑みで応えを返す。
「ほら、私ずっと城の中で暮らしていたじゃない?外に出る機会と言えば・・・仕事だけだったし、
ずっと誰かに縛られているようで、仕事の間も外に出ているような心地じゃなかったの。」
足を進めながら、まるで思い出を語っているかのような口調では話を進める。
「鳥かごの中で暮らして・・・ようやく外に出たと思ったら主人の部屋の中でただ飛び回るだけの鳥だった。」
ジョウイは自分の前を歩くを見つながら足を止め、ぽつりと呟いた。
「今も・・・・・。」
も同じように足を止め、後ろで自分を見つめるジョウイと視線を交えた。
「今も・・・空を飛ぶ鳥が羨ましいですか?」
自らの不安が分からないようにしている、その不安げなその瞳に
は優しく微笑んだ。
「ううん。
だって、今私はあの鳥と同じくらい自由だもの。」
自由。
そう・・・・。今、私は自由なのだ。
以前と同じハイランドに地を踏む事になろうとも、
自分の状況は全く違う。
自らハイランドを飛び出し、都市同盟の皆と出会い、
そしてまた自分の意志によってジョウイのもとへと来た。
まるで自分は、本当に空を飛ぶ鳥なのではと思うくらいだった・・・。
「良かった。」
そう心から呟いたジョウイが、ふと視線を逸らした。
も辺りの異変に気がつく・・・・。
森の向こうから、戦いの空気がビリビリと感じられた。
穏やかな空気が一変し、二人に少しの緊張が走る。
「そろそろ来る頃かしら・・・。」
「はい。恐らく。」
「まさか王国兵に誰かがやられたりは――」
「大丈夫ですよ。彼らは強い。その辺の王国兵にやられたりなんかはしないでしょう。
それは貴女もよく分かっている事じゃないですか。」
軍団長とは思えない言葉。
完璧とも言える軍事訓練をしてきた自分の部下達よりも、
達の方が勝っているというその自信の言葉は、だからこそ理解し、共感出来る事だった。
「そうね。彼らは強い・・・。」
「けれど・・・強いからという事でが背負う事はないんです。
の辛さは、回りのナナミやピリカにまでも大きな影響を与えてしまう。
そしてそれがまたに覆いかぶさって・・・・・。
僕は・・・それだけは食い止めたいんです。」
「ジョウイ・・・・。」
彼は、達のために自分を犠牲にしようとしている。
何をどうしようとしているのかはには分からないが、それだけは分かった。
もしかしたらここで自分はジョウイを止めるべきなのかもしれない。
彼が一人で背負わなくても、一緒に都市同盟へ戻り
彼らと一緒にやっていけば―――――・・・・・
そう言うべきなのかもしれない。
そう言えるのは今自分しかいない・・・・・。
(けど・・・・・。)
止めても・・・無駄なのだろうという気持ちが半分。
したいと思う事をして欲しいという気持ちが半分。
「ジョウイ・・・・。ジョウイはそれで後悔しないの?」
木に寄りかかりながら、遠くを見つめていたジョウイに問いかけた。
木漏れ日が彼の綺麗な髪を何度も反射させていた・・・・。
「しませんよ。」
の目をきちんと見つめて応えたジョウイは、薄く微笑むくらい自信に満ち溢れていた。
(その眼だったら・・・・大丈夫。)
「そう・・・。それなら私も後悔はないわ。」
「あ・・・、一つだけありました。」
「え・・!?」
安心したに、ジョウイは思い出したかのように訂正した。
「な、何?」
焦りながらジョウイに近づくを、くすくすと笑いながら彼はこう付け加えた。
「さんを巻き込んだこと・・・かな?」
は目を丸くして肩をすくめた。
そしてすぐに眉を思い切り寄せ、大きく息を吸いこんだ。
「もうっ。私が後悔していないんだから、いいでしょう!?」
「そんなに怒らないで下さい。本当にこれは予想外の事だったんですから。」
「予想・・外?」
困りながら、それでも明るい笑顔を浮かべているジョウイには怒るに怒れず、
眉尻を上げたまま首を傾げる。
「僕が貴女に頼ってしまった事。貴女が僕のところへ来てくれた事。
さんに関係すること全てが。ですよ。」
「計画が崩れちゃったかな?」
「ええ。ほんとに。」
二人の微かな笑い声が、二人だけに聞こえる程度に森に響いた。
しかし、それもすぐに二人ですら聞こえない程の声によってかき消されるものとなった。
「こっちだ!もうすぐでグリンヒルを抜けるぞ!」
騒々しいほどの足音と、フリックの声が二人の耳に入る。
すっと抜けるようなその声に、の心臓が疼いた。
それを察しているかのように、ジョウイはの肩に軽く手をやり、彼らの前へと先に現れた。
今まで突っ切るように走っていた彼らの足音がぴたりと止む。
は目を思い切り瞑り、少しだけ震える手を両手で握った。
大きく息を吸い、止めた瞬間ジョウイの後を追う。
の表情はジョウイと同様・・・・口を一の字にし、強い瞳を彼らに向けていた。
達は当たり前のように驚き、動きを止めている。
、ナナミ、フリック、ピリカ、見知らぬ少年。
何故・・・・。
みんなのそう言っているかのような瞳が、ジョウイとに注がれていた。
彼らからしてみれば、当たり前な事だろう。
ジョウイとは、アナベルを暗殺されたと同時に姿を消している。
その後一緒に行動はしていなくとも、彼らの目の前に現れた今、
共にいる事により――しかもハイランド側の立場として現れている事によって、
彼らからの信用と、暗殺はこの二人の成した事ではないであろうという希望を崩す事になるのだ・・・・・。
この状況で共にいるという事は、二人でアナベルを暗殺したと思われても仕方の無い事だった。
「ジョウイ・・・どうして・・・・。」
何故。
その疑問を始めに口にしたのはだった。
ジョウイはその疑問に答えることなく話を始める。
「。新都市同盟軍のリーダーなんて事はやめて早く何処かへ逃げるんだ。
君にも分かるだろう・・・。勝敗はもう決まっている。
このまま君達が動くことによって、戦いがまた長引いてしまう。」
「ジョウイ・・・。」
「ハイランドも都市同盟も・・・・・・ルカの好きにはさせない。」
目的は同じ・・・・。
そう伝えようとするジョウイに、ナナミが必死になり前へと出る。
「じゃあ・・・じゃあ一緒に!皆で一緒に戦おうよ!!」
ジョウイは懸命に説得するナナミを見てから、再度冷静な瞳をに向けた。
「・・・・これは友人としての忠告だ。」
「ジョウイ。友人としてなら、一緒に戦おうとは言ってくれないのかいっ・・?
ジョウイ――――」
が再度友を呼びかけようとしたとき、始めてが口を開いた。
「。分かって。私達はもう後戻りは出来ないの。
彼方達なら・・・まだ・・・。」
悲しさを含んだそのの表情を、ナナミが逃さなかった。
「どうしてジョウイとさんなの!?ねぇどうして!?
皆で・・・皆で戦おうよ!」
ナナミを見れないでいるの前で、ジョウイが再度口を開く。
「。君が戦う必要はないんだ。」
「・・・僕は、僕は逃げるわけにはいかない。」
強い・・・・強い瞳。
親友から出た強い意志に、ジョウイは少し驚いているようだった。
その二人の瞳が混ざり合う中、ピリカがジョウイのもとへと走り寄ってきた。
ジョウイは、思わず今までの表情を緩めてしまい、少女のひたむきさに目を細めた。
「ぅ・・・あ・・お兄・・・・。」
「ピリカちゃ・・・・。」
あの砦の戦い以来聞いた声に驚き、思わずその名を口にする。
ジョウイも驚きを隠せない様子で、今にもピリカを抱き上げるのではないかと思うほどだった。
何度も手を出しても声を出しても、その小さな手を受け取ってもらえない悲しさと苦しさに
ピリカは大きな声を出して泣いていた。
ジョウイの背中も・・・泣いているようだった・・・・・。
それでも、ジョウイはその少女へと背を向けて彼らへと向き直り口を開いた。
「・・そろそろ逃げた方がいい。」
そのジョウイの言葉と同時に、森の奥からラウドの声が聞こえた。
「ジョウイ!ジョウイもさんも一緒に!!」
「、ナナミ。ピリカを連れて先に行くんだ。」
「フリックさん!?どうして!?」
全く納得のいかないナナミは変わらず大きな声で反論する。
「ねぇ!ジョウイもさんも一緒にっ。ね?ね!?
ルカ・ブライトの手先になるなんて嘘だよ!!ね!」
はナナミに縋られながら、ジョウイを真っ直ぐに見つめる。
「・・・ナナミ。行こう。」
はナナミが掴んでいた手を今度は逆に掴み、無理矢理彼女を引っ張っていった。
「待って!どうして!?折角ジョウイに会えたのに!!
こんなのヤダ!ヤダよ!!」
何度も振り返るナナミとピリカに対し、は一度も振り向くことなく真っ直ぐ進んで行った。
「ルック。あいつらを頼む。俺はすぐに後を追う。」
「・・・・分かってるよ。」
フリックだけを残し、ルックと呼ばれた少年と、テレーズとその護衛と思われる青年が二人を通り過ぎる。
は思い出したかのようにテレーズをすかさず呼び止めた。
「テレーズさんっ・・。」
「・・・・え?」
突如呼び止められたテレーズは驚き、護衛の青年が瞳を光らせた。
「変な事をお聞きしますが・・・・。
彼は・・ナッシュは無事に逃げましたか?」
テレーズと青年は思いも寄らなかったその名に再度驚き、それでもきちんとその質問に答えてくれた。
「え・・ええ。私達を助けてくれた後、グリンヒルを去っていきました。
それから無事かどうかは分かりませんが・・・。」
「そうですか・・・。ありがとうございます。
引き止めてすみませんでした。」
(・・・やっぱり。上手く逃げていたのね。)
「あの・・・・。」
「あ、はい?」
会話が終わっていたと思っていたに、今度はテレーズから声をかけられた。
「もし、ナッシュさんにお会いするようでしたら、お伝え下さい。
本当にありがとうございました。と・・・。」
は一瞬、驚きで瞳を見開いた。
(この人は・・・・・。)
つい先日このグリンヒルを攻めたハイランドの人間と思われる者に、
こうも言葉をかけてくるなんて・・・・。
いくら先ほどの会話を聞いていたからと言って、ハイランドがグリンヒルを落とした事に変わりはない。
(どこまでいい人なの・・・。彼女も・・・彼等も・・・・。)
「・・・分かりました。必ずお伝えします。」
「ありがとうございます。」
軽くテレーズは微笑み、達の後を追った。
それに青年とルックという少年も続いた。
先ほどルックと呼ばれていた少年は、の横で一度立ち止まってから、
の顔をじっと見つめ、小さく口を開いた。
「あんた・・・何か変なもの持ってるね。」
「え・・?」
すかさず頭の中をが過ぎった。
「まぁいいや。」
それだけを言い残して少年はすぐに立ち去って行った。
「えっ・・・。」
少年をすぐに追いかけようとしたが、フリックの声がそれを許さなかった。
「ジョウイ・・一つだけ聞きたいことがある。」
その言葉にの方がビクリとし、再度彼の方へと向き直る。
頭の中は少年が残した言葉でいっぱいだったが、
今の瞳いっぱいに写っているのは・・・いつもの青だった。
フリックの声は・・・怒りなのか悲しみなのか・・・・・。
聞いてはっきりと分かるのは―――――苦しみだという事だった。
「何故、も一緒なんだ?」
誰もが思っていたであろう疑問を口にしたフリックは、
ジョウイに質問しながらも視線はを捕らえている。
突然の質問にも関わらず、はこの事だけは自分ではっきりと伝えたかった。
「・・・フリック。これは私が決めたことよ。」
そう。ジョウイが先ほど「予想外」と言っていた通り、これは自らが決めた事だ。
ジョウイの意志ではない。
「・・・・。こうなってしまったら考えたくない事まで考えなくちゃならなくなるんだ。
お前が俺達に近づいたのは、都市同盟の誰かをハイランドへ連れて行くという計画が、
一番最初から・・・俺達が出会った頃からあったんじゃないかって・・・・!
そんな考えたくも無い事を考えるんだよっ・・・!」
「そう捉えてもらっても構わないわ。」
「さん!」
投げやりとでも言えるくらいのの発言に、ジョウイが制止しようとした。
「いいのよジョウイ。」
「・・・。」
フリックから
絶望という色が見えた。
ごめんねフリック・・・・。
でも・・・こうでもしないと戦えないでしょう?
が逃げないと決めた今さっき、私達は敵になったのよ?
だったら・・・戦わないといけないでしょう・・・・・・?
憎しみや怒りを無くして
私達戦える・・・・・・・・・・・・?
そんな事・・・・・・・貴方にはできないでしょう?
誰より優しい貴方だから。
貴方が私を憎む。
これが私に出来る精一杯の優しさ。
「私はハイランドの人間よ。
もう貴方とは何の関わりも無い。」
「・・・。」
「早く行って。
これが最後の忠告よ。」
ジョウイが無言で見守る中、フリックはついに足を進めた。
ジョウイを見ることなく、をも見ることなく・・・・・・。
を横切ったその青いマントを今度見るのは・・・・戦場なのだろう。
そう思いながら、その色を瞳に焼き付けた。
さようなら。
さようなら・・・・・・フリック。
