その赤が、私を避ける事など今まで無かった・・・・。

























 「あれは、トゥーリバーでキバの軍を退けた新同盟軍のリーダー・・・確かといいましたか。」
 まるで私事が絡んでいることに気がついていないというような言い方で、クルガンは冷静にの事を口にする。
 「追わなくてよろしいのですか?」
 その質問に、は思わずクルガンを見つめ何かを言おうとしたが、
 その前にジョウイが毅然とした口調でそれに答えた。
 「ラウドが追っている。任せておけばいいだろう。」
 「・・・そうですか。」
 はジョウイを見つめなおし、再度言葉をかけようとしたが、
 それもまた、彼によってかき消された・・・。
 「ジョウイ――――」
 「クルガン、シード。彼女はだ。
  これから僕の右腕となる。良くしてやってほしい。」
 ジョウイの思いがけない紹介に、は開いた口がそのままだった。
 クルガンは相変わらず表情を変えないまま、丁寧にお辞儀をするだけだ。
 シードはというと・・ジョウイの言葉に思い切り怪訝そうな顔をし、それきり表情が変化する事はなかった。
 「ジョウイ様はもうご存知かと思いますが、とは以前からの知り合いです。
  もちろん丁重に持て成しをさせていただきます。」
 クルガンの言葉に、ジョウイは頷きへと顔を向けた。
 その表情は、まさに軍団長という名を背負った人間の顔をしていた・・・。
 「さん、僕は少しやる事があります。
  後はこの二人にこれからの事等教えてもらってください。」
 「あ・・・。」
 ジョウイの傍にいると言いたかったが、それではただの我侭な子どもの欲求に過ぎない。
 彼には彼の個人的な時間もあるはずだ・・・。
 「分かったわ。無理はしないでね。」
 「はい。それでは失礼します。」
 そう言ってジョウイは一人何処かへと歩いていった。

 (何処へ行くのかくらい聞いておいた方がよかったかしら・・・。)

 まるで子どもを心配する母親のような事をが考えていたとき、後ろで小さな言葉が響いた。
 「あんな事をしても、テレーズの命を助けることなど出来まい・・・・。」
 「クルガン様・・・。」

 そう。
 先ほどジョウイが皆に言った言葉は残酷なものだった。
 しかし、その残酷の中に本当の優しさがあったのだ。
 それに・・・は気づくことが出来なかった。

 切なげな表情を浮かべるの肩に、クルガンの手が置かれた。
 「本当に決心をしたんだな。」
 「・・・はい。」
 「そうか。」
 軽く頷いたクルガンは、後ろで未だに顔を逸らしているシードに声をかけた。
 「いつまでそうやって拗ねているんだシード。
  久しぶりの再会だろう。声くらいかけてやったらどうだなんだ。」
 「ばっ・・別に拗ねてなんかねぇよ!!」
 怒鳴るシードを思い切り無視し、クルガンは再度こちらを向いた。
 「どうでもいいが、私もこれから仕事がある。
  説明はシードから聞いてもらえるか。」
 「えっ・・?クルガン様もですか?」
 「ああ。すまないな。久しぶりに酒でもと言いたいところだが、
  それどころじゃないものでな。」
 「ま、待てよクルガン!!」
 「それでは失礼する。」
 そう言って不敵とも言える笑みを浮かべてクルガンは去っていった。

 「・・・・・・。」
 「・・・・・・。」

 残されたのは黒と赤の二人。

 今までにない程の気まずさに、お互い言葉を無くしていた。

 (シード・・。やっぱり簡単に帰ってきた私を怒っているかしら・・・。
  ・・・・・それはそうよね。私は2度もシードから離れていったんだもの。)

 は落ち着かない様子でただ手を握ることしか出来なかった。
 シードはというと、クルガンが去っていった方向を向いたまま、こちらに背を向けたままだ。
 彼の表情は・・・・・読めないまま。






 「シード。」






 先に口を開いたのは

 その呼びかけにシードはただ静かにこちらへと振り向いた。
 怒りを感じられる事は無いものの、その表情から何かを読み取る事はできなかった。
 「シード・・・。喜んでもらえてないのは分かってる。
  貴方に受け入れられなくても、・・・・・黒に戻ろうとも、何が何でもジョウイの傍にいたいの。」
 の静かな、それでいて必死な訴えにシードは表情を変えないまま答えた。
 「誰が喜んでないって言った?」
 「え・・・?」
 に不思議な期待が過ぎる。
 勝手に期待してはいけない・・・。そう思っても、彼のその一言に今までの不安が軽くなったのは確かだった。

 「今だって・・お前に触れたいのを我慢しているくらいだ。」

 「シー・・―――」

 「触りたいだけじゃねぇ。今すぐ唇に噛み付いて、
  俺の部屋に連れて行ってお前の全てを俺のものにしたいのを我慢してんだよ。」

 「っ・・・。」

 信じられないくらいはっきりとしたシードの欲求に、は思わず息を呑む。
 彼がこれほどにも自分を求めているということを嫌と言う程実感した・・・。
 これだけシードは感情を露にしながらも、に触れてくる事は無い。
 それどころか、一定の距離を保ったままこれ以上からも近づくことの無いよう壁を作っているようにも思えた。

 「・・・・・・・。」




 どうしていいかわからない。
 彼が自分に何を求めているのか・・・真に何を求めているのかが分からなかった。
 身体・・・?
 心・・・・・?
 それとも・・・―――
 ―――ちから?


 わからない・・・・・・。



 が何も答えず・・・答えることが出来ずにいると、シードは眉を顰めて苦笑をこぼした。
 「そんなに怯えた顔すんなよ。本当にそんな事やっちまうほど俺は人間終わっちゃいねぇ。
  まぁ・・・そんなに拒否されるとは思ってはいなかったけどな。」
 「ちが―――」
 「本当に違うのかよ。」
 シードの瞳が再度を捕らえる。
 それも先ほどの何も感じ取ることの出来ない瞳ではない。
 彼の・・・いつもの情熱を帯びた瞳だ。
 「わ・・私は・・・・・。」
 「やっぱりアイツじゃねぇと無理・・・か。」
 「あいつ・・?」
 「アイツだよ。傭兵隊の砦近くで見た・・確か青雷のフリックだったか。」
 何故かその名前にビクリと――ドキリとしながらも、は首を振った。
 「フリックとはそんなんじゃないわ。前にも言ったはずよ。」
 そう答えながらフリックに噛み付かれた首筋に手をやる。
 もう跡は残っていない筈なのに、何故かそれをシードに見られているような気がしてならなかった。

 心臓が・・・・・うるさい。

 「・・・・な・・で・・?」
 「何・・?」
 「なんで・・?どうしてそんなにシードは私にこだわるの?」
 突然の問いかけに、今度はシードが少しだけ戸惑っているように思えた。
 「どうしてっ?私はシードを何回も裏切ってるんだよ?
  貴方の目の前で自分の母親まで殺し―――」
 「それ以上言うんじゃねぇ!」
 ビクリと肩を揺らし、は口を閉じた。
 閉じた・・というよりも、言葉を途中で途切れさせられたという方が正しいだろう。
 シードの方を見ると、先ほどは距離を保とうとしていた彼の方からこちらへと歩み寄ってきていた。
 「シード・・・。」
 そしてとの距離があと一歩というところで立ち止まり、
 シードは怒りの中の悲しみを露にしながら口を開いた。


 「それ以上言うな。」


 そう言いながらシードはの頬へと手をやった。
 そして軽く頬を拭う。


 最初、何故拭われているのか分からなかった・・・・。

 














 私が・・・・涙を流していたからだった。




 

























 あの後、シードがそれ以上私に触れる事は無かった。
 そのまま手を離し、悲しく笑ってそこを去っていった・・・・。




 私は・・・・その背中を真っ直ぐ追いかけるほど素直ではなかった。
























 その日の夕刻、屋敷に戻ったをジョウイが呼び出した。
 テレーズが見つかったのか。
 それとも達が捕まったのか・・・・。
 先ほどのシードとのやり取りが頭から離れないまま、そんな事を思った。

 「どうしたの、ジョウイ。」

 そんな言葉を出しながらも、心は落ち着きを取り戻せてはいなかった。
 それでも、ジョウイの前では毅然としていたかった・・・。
 自分は彼を支えるために傍にいるのだ。
 彼に支えてもらうためではない・・・・。

 ジョウイは真剣な表情のまま口を開いた。
 「に・・話をしにいきます。
  他の皆とも顔を合わせることになります・・・・・・。
  それでも・・・・着いてきてくれますか?」

 に話をしに―――・・・・。

 今のの近くにはナナミはもちろん、ピリカもいる。
 そして・・・フリックもきっと傍にいるだろう。
 に会いに行くという事は、彼に会いに行くということでもある。
 「・・・・。ジョウイは、彼に、彼のための事を伝えに行くのね?」
 は両手を握り締め、目の前の少年に問いかけた。
 「分かりません・・・。今でもそれがのためになるのかなんてはっきりしないんです。
  ・・・それでも、今の僕に出来る事はそれなんです。」
 「そう・・・。そうね。
  もちろん、一緒に行かせて。」
 ジョウイが彼のために何かを伝えに行くというのなら、
 私が彼に同じ事を伝えに行く事と同じことだろう。


 (大丈夫・・・・。ジョウイが達に伝えたい事は・・してあげたい事は、
  間違ってなんかいない。)





















 「ありがとう。」


 ジョウイはそう微笑んだ。
























 そうして、ジョウイと二人で森へと歩いていった。



























 彼が歩む道が、彼らにとって光指すものだと信じて・・・・・・・・・。