王国軍はグリンヒルを見事占領する事に成功した。


 軍団長の見事な策略によって・・・・・・。



 しかしそれは、グリンヒル市民にとってはとても惨く・・・残酷な策だった。























 グリンヒルを占領した後、はジョウイと共に一軒の屋敷を借りて寝泊りをしていた。
 戦いが終わった3日後の朝、ジョウイに呼ばれて隣にある彼の部屋を訪れた。
 肌寒い廊下から早く逃れたく、少し早めに扉をノックする。
 「どうぞ。」
 中からジョウイの声がし、は素早く部屋へと入った。
 早朝なため、意識的に扉を静かに閉める。
 部屋の中でジョウイは窓辺に立ってそんな様子のを見つめていた。
 「おはようジョウイ。寒くなってきたわね。
  それで・・・・用って?」
 戦いの後、ジョウイとはゆっくり話す暇もなく時間だけが過ぎていた。
 もちろん忙しいのはではなく第四軍団長のジョウイだ。
 ようやく会話ができるのかと、自然と心臓の音が早くなるのを感じた・・・。
 「朝早くからすみません。
  ・・・これから一度ハイランドの方へと帰らなくてはならなくなりました。」
 「えっ・・・!?」
 思いも寄らなかった内容には言葉を無くした。
 「戻ると言っても、ボクとシードと数人の兵だけです。
  さんはボクがここへ戻るまでゆっくりしていてください。」

 突然出てきた名前にドキリとする。

 シードを見たのはナッシュと出会う前の事だった。
 (いつの間にグリンヒルに来ていたんだろう・・・・。)
 「ジョウイがいない間は誰がグリンヒルを?」
 「それはラウドに任せます。」
 はその名を聞いて思い切り眉をひそめる。
 その様子を見ないようになのか、ジョウイはこちらから目を逸らし表情を変えないまま続けた。
 「そんな顔をしないで下さい。それも上からの命令なんです・・・。」
 「上って・・・・・・ルカ様?」
 突然投げ出した名前にも関わらず、ジョウイは眉ひとつ動かさずに口を開いた。
 「1週間程で戻ります。まだグリンヒル市内は安全とは言えません。
  窮屈な思いをさせてすみませんが、あまり外を出歩かないようにお願いします。」
 ジョウイはそのまま部屋を静かに出て行った。
 扉が閉められる直前に口にした、いってらっしゃいの言葉も届いているのかいないのか・・・。
 正直、今のジョウイの傍を離れるのは心もとないが、
 シードも行動を共にするとなれば話は別だ。

 彼とはミューズを攻める前の駐屯地で別れたきり、顔を合わせていない。
 それもその別れの時は都市同盟の人間になると言い切って離れたのだ。
 今更どんな顔をして会えばいいのか分からなくなっていた・・・。

 (・・・・・・・・正直な気持ち、会いたいけれど・・・。)
 
 そんな単純な気持ちだけで今シードに会ったとして、
 向こうも自分も、ジョウイの前にも関わらず自分を抑えられるかどうか分からない。
 ジョウイは、がハイランドでどんな風に生きてきたかをまだ知らない。
 もちろんシードやクルガンとも顔見知りだということも知らないだろう。
 いつかは全てを話そうと思っていたが、そんな時間も持つことが出来ず仕舞いでいる。
 時間の前に・・・自分の心の準備すらまだ出来ていない状況だ。
 ジョウイにはきちんと自分の口から説明した上で、シードと話をしたい。
 (自分から説明する前に・・・知ってしまう可能性もあるけれど・・・。)
 今回帰省した際に、ジョウイがの事を調べる事も考えられる。
 そしてシードとの会話で自分の事が出てくる可能性も大いに考えられた。

 「は・・・。」

 大げさなくらいに大きなため息を吐き、は今自室となっている部屋へと向かった。










 身体が・・・・重たかった・・・・・・・・。






















































 ジョウイがグリンヒルを発ってから3日が経っていた。
 はずっと屋敷の中に篭っていたが、流石にその窮屈さに耐えられなくなり外へと出ることにした。
 (とは言っても、あまり歩き回れないから道具屋に行く程度にしておくかな・・。)
 もしかしたら市内を見回っているクルガンと会うかもしれない。
 そんな不安と期待に駆られながら、はグリンヒルを少しだけ見て回った。
 都市同盟の中では新しい街のグリンヒル。
 街は綺麗に整えられており、いかにも作られたばかりの街という感じだった。
 そんな新しさの中に、つい先日の戦いの傷跡が残っているのが心苦しかった・・・・。

 屋敷からすぐ傍にある道具屋に寄り、特効薬や新しい装備を整える。
 王国兵の格好をしていないに対し、道具屋の店主は快く物を売ってくれた。
 がジョウイと同じ屋敷に泊まっている事を知らないのか、市民の目も左程冷たさを感じない。
 もっと歩き回っても大丈夫だろうか・・・そんな事を考えていると広場の方で騒ぎが起きているのに気づいた。
 (喧嘩・・・?)
 広場にいる人達から自分が見えない位置で様子を伺う。
 一人の男が、市民に囲まれて何か言われているようだった。
 (あの囲まれている男・・・・どこかで・・・・。)
 

 どこで見たことがあっただろう・・・と、思考を巡らせていると
 信じられない人物達がそこへと現れた。



















 ――――変わらない・・・・青。





















 「――――フリック・・・・!」




 そして・・・・。



 は思わず建物の影に身を隠す。
 向こうからは絶対に見えない距離ではあるが、無意識に身体がそう動いていた。
 フリック、・・・。そしてナナミやピリカや見たことのない少年の姿があった。
 恐らく偵察か何かで来ているのだろう。
 それにしても人数が多い事が少し気になったが――――
 そんな事よりも今は懐かしい顔ぶれに心が締め付けられた・・・・。

 (嘘・・嘘・・・・。)

 頭が混乱し、たくさんの冷や汗が出る中・・・はっきりと思った事は、
 ここにジョウイがいなくて良かったということだった。
 こんな苦しい思いを今彼がする必要は無い・・・。

 もう一度軽く頭だけを出して広場の様子を伺った。
 何を話しているかは分からなかったが、男を囲っていた市民達はいなくなっており、
 その男とフリックたちが会話を続けているようだった。
 (あ!そうだ・・・あの男。ミューズ市内でアナベルと話しているのを見たことがある。
  そうか。今は傭兵隊の中で彼らと行動を一緒にしているのね。)


 「・・・・・・・・。」






 何か。
 何か自分は見落としてはいないだろうか。

 ビクトール率いる傭兵隊はミューズが襲われてから一度散らばり
 恐らくクスクスかサウスウィンドゥ、ラダト辺りで合流しただろう。
 これはの想定内だった。
 今まで、それからの彼らの事を考える余裕はには無く、自分の身を守るだけで精一杯だった。
 彼らを目の当たりにして、ようやく冷静に傭兵隊の人たちの事を考えられた。
 (待って・・どうして雇われていた立場の傭兵隊が、こんなところまで動いているの?)
 ジッとメンバーを見つめる。
 先ほど囲まれていた男とは別れ、残ったのはフリック、、ナナミ、ピリカ、
 そして見たことのない細身の綺麗な少年だった。
 (ビクトールはいない・・・・。とすると別行動をしているのか、それとも守らなくてはいけない場所に留まっているか・・・。)
 が高鳴る鼓動を抑えながらも、冷静に彼らの意図を考える。
 そんな間でも、がナナミと楽しそうに話している様子が目に入った・・・。
 「・・・・・・。」
 元気そうな彼らの姿を見て、安心せずにはいられない。



 あの戦いの中無事にみんな逃げられたの?

 ラダトに立ち寄ったなら、シュウやリッチモンドは手を貸してくれた?

 ビクトールやレオナさん達は元気?

 ジョウイの事は知っているの・・・・?



 聞きたい事は山ほどあった。
 今彼らの元に飛び込んでいけない自分がもどかしい・・・・。
 それでもそこへ走り出せないのは、今頭の中にジョウイの顔が浮かんでいるからだった。

 (・・・フリックも・・・元気そうで良かった。)
















 ――――――お前を失うことが・・・今は一番怖いんだ。



 ――――――だから・・・・・・俺の傍にいてくれないか。






 




















 フリックが以前自分に言ってくれた言葉が頭を過ぎった瞬間、

 一気に顔の温度が上昇した。





























 「そこで何をしている。」





 「!!」



























 が彼らに気を取られて気配に気がつかなかったのか、
 それとも全く気配を感じ取ることが出来なかったのか、
 そんな事も考える余地のないままは目の前に現れた人物を凝視する。

 「クルガン様・・・・!」
 「静かに・・・・。かなりの距離があるとはいえ、気づかれない範囲ではない。
  特に、あの小柄な少年は・・・・。」

 久しぶりに出会った喜び合いなどなく、
 は眉をひそめて再び視線を達に向けた。
 仲良く話す彼らの後ろでひっそり・・というより、むすりとした少年がいた。
 見たところ魔法を使うようだが、それとも紋章師か。
 「あの子のどこが・・・・――――」


 その瞬間、少年と目が合った。


 合った・・・・と思う。


 視線が交わったかと思うか思わないかというところで、クルガンに引き寄せられ建物の影に全身を隠していた。
 「静かにというのは、気をつけろという意味だったんだが?」
 「す、すみません。」
 思わず謝るの頭上で、滅多に聞くことのない知将の微かな笑い声を耳にした。
 「ふっ・・・。この状況をシードに見られたら、俺は殺されるかもな。」
 「・・・・・。!!」
 先ほどクルガンに引かれ、今彼の腕の中にいる事を改めて意識しては異常な程に慌てた。
 「すっ、すみませんっ。」
 力強い腕から開放され、素早く一歩離れる。
 クルガンは相変わらず薄い笑みを浮かべたままだ。

 「久しいな。。」
 
 穏やかなクルガンの声を聞き、まるで何もかもが変わる前の事を思い出す。

 「・・・・はい。お久しぶりです。クルガン様。」

 お互いその言葉を最後に、しばらく黙って見つめ合う。
 遠くからの声が聞こえなくなり、達がその場を去った事を悟った。
 クルガンもそれを感じ取ったのか、すっと新しい息を吸い込み
 先ほどとは少し違う眼でこちらを見つめてきた。
 「さて・・・。お前が何故ここにいるのかを俺は聞く権利はあるか?」
 「・・・・あ・・。」
 「彼らがグリンヒルへ入り込んできている事は知っていた。
  お前が都市同盟へ行くと決めた事も知っている。
  彼らと同時に現れたお前を完全に都市同盟の人間として捕らえてもおかしくない状況だと思わないか。」
 「クルガン様―――」
 「しかし・・・お前は影で見つからぬように彼らの様子を伺っている。
  これはどういう事だ?」
 いつにないくらいの攻めるような瞳でこちらを見つめるクルガン。

 (当たり前だ・・・・。私はハイランドの何もかもを捨てて都市同盟に行ったんだもの。)



























 「全て・・・お話いたします。」

 

































 ジョウイが戻るまであと3日程。



































 シードが戻るまで・・・・・あと3日程・・・・・・。