「ジョウイ・・・久しぶり。」
































 ―――――私はちゃんと笑えているだろうか・・・・・・・・。



























 外は相変わらず慌しいままだった。
 しかし、ジョウイの様子はそれと相反して落ち着きを見せており、
 今までグリンヒルに押されていたのが嘘のように自信に溢れた表情をしていた。
 「さんっ・・。お久しぶりです。」
 今、この少年が少し頬に高揚を見せているのは、久しぶりにと出会えた喜びを表していた。
 その歳相応な表情をようやく見ることが出来、は心の中でホッとため息を吐く。
 「ええ。ジョウイ・・・こっちに来て顔をよく見せて。」
 ジョウイは少々の照れを見せながらも、こちらへとゆっくり近づいてきた。
 はベッドから腰を上げ、静かにジョウイを抱きしめた。
 「さん??」
 流石に驚いたのか、顔を赤くしながらジョウイが焦った声を出す。
 はその様子がおかしくて、ふふっと彼の頭を撫でながら笑った。
 「どんな風になっているかと思ったら・・・ジョウイはジョウイだね。」
 「・・・・さんは、何も変わっていないですね。」
 「何っ?成長してないって事??」
 はぱっとジョウイから身体を離し、両肩に手を置いたまま至近距離で睨むように彼の瞳を見つめた。
 もちろん、口元を緩ませながら。
 「あっ・・いえっ。そうじゃなくて、あの時のままで・・・・、ええと・・・懐かしいなぁって。」
 ジョウイは瞳を上下左右に動かし、口をごもごもとさせながら答えた。

 ――――――懐かしい・・・・。

 それはも同じことだった。
 都市同盟から離れ、しばらくの時が経っている。
 お互いあの場所を共に過ごした同士、懐かしさを感じるのは当たり前の事なのかもしれない。
 しかし、そのお互いが再会したのは皮肉にも・・・・・ハイランドの固まりのような場所だった。
 それが良い事なのか、悪い事なのかなんて二人には分からない。
 それでも、とジョウイが以前都市同盟で同じ時を過ごした事は事実で・・・・・、
 その間に二人が仲間達との暮らしを愛しいものと感じていたのも確かで・・・・。

 (ジョウイ・・・・・あなたは今、何のために戦っているの?)

 やはり彼らのためなのだろうか・・・・。
 自分との再会を「懐かしい」と口にした少年を、は目を細めて見つめた。

 和やかな二人の空気を、一つの伝令がその流れを途絶えさせた。
 「失礼します!」
 ジョウイはから一歩離れ、入り口へと首だけを向けた。
 「どうした。」
 その兵へと視線を向けるジョウイの瞳を見て、は息を呑んだ。
 本当に・・・・今目の前にいるジョウイは、先ほど自分に懐かしいと口を綻ばせて笑っていたジョウイなのだろうか。
 今の彼は、伝令を伝えている部下に冷たい視線を送っている一人の軍団長だった。
 別にその部下が気に入らないわけでもなく、空気を壊されたからではないのだろう。

 グリンヒルを落とす。

 その目的が彼をそうさせているのだ・・・・。
 の身体に思わず身震いが走った。
 凍り付いているに、話の終わったジョウイが再び語りかける。
 今度は先程よりも少し固い表情だ。
 「久しぶりに会えて、色々と話をしたいところなんですけど、まだ少しやる事があって・・・すみません。」
 「あっ・・ううん!まだ戦いは終わっていないんだもの。当たり前よ。
  このテントも一人で使わせてもらってるから何の不満もないし・・・・。」
 「そうですか・・良かった。それではまた後で。」
 さっと立ち去ろうとするジョウイの背中に、はすかさず声をかけた。
 「ジョウイっ・・。」
 「はい?」
 こちらを振り向くジョウイの瞳は、先ほど部下と話していた瞳ではなくいつもの眼に戻っている。
 だからといっての不安が消える事は無い。
 「あ・・・、あの、もう少し落ち着いた頃、ジョウイのところに行ってもいい?」
 「もちろんいいですけど・・・、あまり相手を出来ないかもしれませんけど、それでもよければ。」
 「相手とかそういうのはいいの!ただ、ジョウイの近くで黙ってるから。傍に居させて貰えればいいの。」
 「はい。わかりました。」
 ジョウイは快く了承してくれた。
 





 ジョウイがこの駐屯地に着いてからかなりの時間が経ち、
 陽も傾きかけてからようやくはジョウイの元へ向かった。
 自分のテントから外へ出てみると、負傷した兵士の手当てや体力の温存に力を入れる兵達で溢れていた。
 (近々にまた戦いが再開される様子はないわね・・・。)
 ジョウイが一体どんな戦略でこの戦いへと挑むのかは分からないが、
 グリンヒルにはナッシュがいる。
 腕の立つ指揮者が居る事はジョウイも分かっているはずだ。
 (どう乗り切るつもりなのかしら。)
 は駐屯地の一番真ん中にある大きなテントの前でそれを見上げた。
 その大きさは、ジョウイがこの短期間で積み上げたものを象徴しているかのようだった。
 「ジョウイ、私よ。入ってもいい?」
 「はい、どうぞ。」
 中でジョウイの声がすぐさま返ってきた。
 はそっと重い布をめくり、中でこちらに背を向けたまま何かを読んでいるジョウイに近づく。
 「すみません、中々終わらなくて・・・。今何か飲み物を持ってこさせます。」
 ジョウイは変わらず何かに目を落としたままだった。
 「ううん、気にしないで。」
 はこちらを向いていないジョウイに向かって思わず微笑んだ。
 それに反応して、視線は同じ場所へ向けられていたがジョウイも少し微笑んでいた。
 彼から少し離れた場所にある椅子に腰をかける。
 肌寒い外とは違い、小さな暖があるこのテントは快適だった。
 その小さな暖を見つめながら、はこれからも続くであろうグリンヒルとの戦いの事を考える。
 (これからの指揮はもちろんジョウイがするはず・・・。
  突然一つの軍を任されるくらいっだもの・・・。ルカ様にも何かジョウイが勝てるという確信あっての事のはずだわ。)
 一点を見つめているの横で、椅子が軋む音がする。
 一仕事を終えたであろうジョウイが、の横にある小さな椅子に腰掛けていた。
 「お待たせしました。今、お酒を持ってくるようにいいましたので。」
 「あら、いつそんな事まで気が利くようになったの?」
 は笑みを作りながらどこか攻めるようにジョウイを突く。
 ジョウイはあどけない笑顔を浮かべていた。
 そして、その酒がの手元に届く前にジョウイが真剣な面差しでこちらを見つめ直して口を開いた。
 「さん。」
 は思わず息を呑んだ。
 目の前の少年は、いつからこれほど瞬時に瞳の色を変えれるようになったのだろうか・・・。
 「何・・?」
 「貴女の聞きたい事は分かっています・・・・。
  ボクが何故第四軍団長になれたのか。グリンヒルをどうやって落とそうとしているのか。
  ・・・・・・・そこまでして何を成し遂げたいのか。」
 そう。
 そうだ。
 私が聞きたいのはその事。
 すぐさまそう口にしたい衝動を押さえつけ、小さく小さくは頷いた。
 そうすると、ジョウイは自分の手元を見つめながら口を開いた。
 「ボクはルカ・ブライトにグリンヒルを必ず落としてみせると言い、この軍を任されました。」
 「それだけでっ?」
 「ええ。それだけで・・です。
  ボクには策がありました。落とすと言い切れる考えがあったんです。」
 「・・・・・グリンヒルを落とす・・・策。」
 口にしてみてもどこか実感が沸かないが、その感覚が無くなるほど恐ろしいことなのだと分かった。
 ジョウイの瞳を覗いてみると、それは自信に満ち溢れている若さの光でいっぱいだった。
 「ジョウイ・・・。」
 「さん、見ていてください。グリンヒルは一週間もすれば落ちます。
  それも王国兵が傷つくことなく、グリンヒル市民もほとんど被害が出る事もなく。」



 ジョウイを始めて恐ろしいと感じた瞬間だった・・・・。



 「・・・一体どうやって・・・・。」

 「見ていてください。そうすれば分かります。」























 何故か・・・・・・・・・悲しかった。
































 ジョウイの言った通り、グリンヒルは一週間で王国兵の手によって落ちた。
 王国兵の手に・・というより、グリンヒル全体がジョウイの手によって
 自滅に成らざるを得ない状況になったと言った方が正しいだろう。
 突然現れたミューズ兵を、グリンヒル市民は喜んで受け入れた。
 しかしそのせいで元々乏しかった食料が底をつき、内争が起きたのだった。
 そこの隙をついて王国軍が前進したのである。

 恐らく、こうなることをジョウイは知っていたのだ。

 いや・・・・・こうなるように仕組んだのだ。


 テレーズ様が、最初は内乱の中捕らえられていたと聞いたが、
 何者かの手によってどこかに逃げる事に成功したと知った。

 ―――――きっとナッシュだ・・・・。

 そう確信し、テレーズ様だけでも無事でいるという事に大きな安堵感を感じた。
 市長代理ではあるが、彼女には市民を引いていく力が充分にある。
 民からの信頼も厚い。
 そんな人物がどこかで無事で生きているという事は、市民にとってどれだけ多きな糧となるだろう。
 内争という形で敗北を背負ったグリンヒルの小さな光は、まだ失われてはいなかった。

 
 










 ナッシュは無事だろうか・・・・・。





 ふとそんな事を考えながら、ジョウイの後ろからグリンヒルの地を踏んだ。












 第5章 完