森を抜けて果てしなく続く爽やかな青空とは逆に、

 の表情はいつになく曇っていた。





















 あの子は・・・・ジョウイは確かに自分の軍と言っていた。
 (まさかハイランドの軍の数が増えたのか・・・・、それともどれかの軍団長の席が空いたか・・・。)

 時々木々があるだけの草原を2日程歩き続けた結果、グリンヒルの南方に駐屯地らしきものを見つけた。

 そのキャンプの形に思わずゾクリと悪寒が走る。






 ―――――あれを見るときは・・・・必ずと言っていいほどルカ様が現れる・・・・・・。






 「・・・迷っていても仕方ない・・か。ジョウイに会うのよ。しっかりしなくちゃ。」
 の目的はルカ・ブライトに力を貸す事ではなく、自国への忠誠を誓うわけでもなく、
 ジョウイのために―――・・・・・、
 ただ彼の力になるためだけには足を進めた。
 もし、もしジョウイが本当に間違っている道を進んでいるのなら、
 それを止めるくらいの覚悟はあった。
 (まず・・あなたに会わないとね・・・。)
 そして話を聞こう。
 ゆっくり、今まで聞くことのなかった彼の心の内を。
 もし、それをまだ打ち明けられないようなら
 話してくれるまで、どれだけ時間が長くかかろうとも
 待つくらいの気持ちではジョウイが居るであろうそこへと向かった。






 ハイランドという地ではなくても、その空気が漂っている場所へと踏み入れるのはとても久しいことだった。
 都市同盟とは違う香りがするそこへと、は何の躊躇もなく踏み入れた。
 「おい!何者だ!?ここが王国軍の駐屯地と分かっているのか!?」
 駐屯地入り口へと近づくを数人の王国兵が囲んだ。
 今にも切りつけてきそうなその様子に、は冷静に口を開いた。
 「私はジョウイ・アトレイドの客人として来たのよ。彼はどこ?」
 を囲んでいた兵士達はあからさまに怪しいという表情をし、
 それでもどこか納得したような顔で頷き、その中の一人が誰かを呼びにいった。
 「ちょ、ちょっとそこで待っていろ。」
 彼らが戸惑うのも仕方ない。
 ジョウイがハイランドにおり、軍団長であり、
 そしてここにジョウイがいるという事を知っている者は本当にごく少数だろう。
 ましてや都市同盟の者が知っている可能性は少ない。
 そうすると彼らは、をハイランドからの伝令か、本当に客人かという考えに行き着くはずなのだ。
 入り口から中の様子を冷静に見ていると、誰かが大きな声を上げてこちらへ向かって来た。
 「あいつに客だと!?まだ到着していないのに何故そんなヤツが来るんだ!」
 ただ呼びに行っただけの兵士を、無駄に叱っている男が現れた。
 (あれは、元ユニコーン少年隊隊長の・・・・確かラウドとか言ったかしら・・・。)
 が淡々と彼の事を思い出している間に、ラウドはすぐ近くまでやって来てはまた声を荒げた。
 「おい!貴様一体何者だ?まさかグリンヒルからの差し金じゃないだろうな?」
 「・・いいえ。私は。ジョウイの客として来た者よ。」
 「・・・!」
 の名にようやくラウドは口を閉ざした。
 そして上から下まで疑うような瞳で見つめてきた。
 正直あまりいい気分ではないが、ここで問題を起こしては後々面倒であるため、
 はなるべく彼を刺激しないよう我慢する。
 「・・・・・・・よし。話には聞いている。中へ案内しよう。」
 「ラウド隊長っ?」
 「この女はジョウイ・・様の客人だ。丁重にもてなせよ。」
 「は、はい。」
 「それにな・・・・・。」
 「は?」
 まだ何かあるのかと、兵士がきょとんと口を開けた。
 「呼び方を間違えているぞ!!隊長ではない!!」
 「は、は!!失礼しました!!ラウド軍団長代理!!!」
 兵士はすぐさま敬礼をして、深く頭を下げた。
 その名にが眉間を思い切りひそめる。
 (軍団長・・・代理?)
 ふんと鼻を鳴らしてすぐさま立ち去っていったラウドを確認して小さな声で、頭を下げ終えた兵に話しかける。
 「ねぇ、軍団長代理って、どういうこと?」
 「あ・・・はあ・・・・。第四軍団長のジョウイ様はまだこちらにお着きではありません。
  それまでの代理が、ラウド隊・・軍団長代理という事なんです。」
 少し呆れ顔で話す兵の隣で、更に呆れた顔では開いた口が塞がらなかった。
 (あの男が・・・軍団長代理?)
 それにしても、ルカ・ブライトは何を考えているのだろうか・・・・。
 まだ子どもだとも言えるジョウイに一軍を預け、さらにその代理としてラウドを立てたとは・・・・。
 しかしそんな事を考えていても仕方が無かった。
 とりあえずジョウイがここへと辿り着くまでの間、一つのテントを借りて彼を待つこととした。
 案内されたテントは、周りのものより一回り小さいものの一人には充分すぎるくらいの広さだった。
 恐らく周りの大きなものは、十数人の兵士が詰め合って寝泊りしているのだろう。
 少々申し訳ない気持ちにもなったが、女一人で駐屯地へと赴いたのだ。
 仕方の無い事だった。
 (それにしても、結構豪華な造りのテントね。)
 恐らく軍団長の客人としてもてなされたため、ラウドの言った通り丁重にもてなされたのだろう。

 は見張りの兵士が持ってきてくれた夕食を口にし、
 すぐにベッドへともぐりこんだが眠れるわけがなかった・・・・・。




















 明朝、眠れぬ夜を過ごした朝にはキツイ彼の声がまた響く。

 「よぉし!!グリンヒルの市長代行さまを拝みにでも行くか!」

 は痛い頭を抑えながら、テントの入り口から外を確認した。
 ラウドが数人の王国兵を連れ、馬を走らせてグリンヒルへと向かっていった。

 (攻撃しに行くわけじゃなさそうね・・・。もしかしたら、テレーズ様が交渉に赴くのかしら。)
 はすぐさま身なりを整え、テントの外へと出た。
 うじゃうじゃといる王国兵は、という存在を疑っていた。
 それでも何かして来ることはなく、危害を与えなければこちらにも攻撃してくる様子はなかった。
 はラウドがどうも苦手で、彼が外にいるときは絶対にテントから出なかったのだが、
 そのラウドがいない今、グリンヒルの状態を知る絶好のチャンスであった。
 のテントを見張っている兵は、ラウドが命じた者だけあって人一倍疑いの強い者だった。
 それならば、自分の存在も知っていて更に会話もしたことのある
 駐屯地入り口を見張っている兵が一番話をしやすい人物だ。

 「ねぇ。」
 「あ、どうも。」
 案の定、昨日の兵士はに疑いを見せることなく、それでも興味も持つようでもなく、
 ただぺこりと頭を下げた。
 話を聞くだけなら、興味を持たれないのは好都合な事だ。
 「ラウド・・様はグリンヒルへ向かったの?」
 「ええ。グリンヒル市長テレーズとの交渉だそうです。」
 「ふーん。やっぱり攻撃しないという代わりに何か条件があるんでしょう?」
 「ええ。グリンヒルの無条件降伏と、無制限の物資提供だそうです。
  ・・・・簡単に市長が首を縦に振るとは思えませんがね。」
 「無条件降伏と物資提供・・・・。その交渉が成立しない場合、やっぱり・・・・・・。」
 「はい。交渉のための休戦は明日の朝までとなっています。恐らく戦いになると思いますけど。」
 彼はぼんやりととんでもない事を口にする。
 どれだけ恐ろしい事を言っているか自覚していないのだ。
 (勝つ自信満々ね・・・。)
 確かに、もし戦いが起きたとしてグリンヒルに勝ち目はない。
 以前、丘上会議で見たテレーズは穏やかな性格で、とても殺生など好まないだろう。
 (・・・・・どうするの・・・・・・。)

 は遠くに見えるグリンヒルを見つめ、心の中で問いかけていた。










 は昼のうちのみ仮眠をとり、夜は相変わらず寝ずに過ごしていた。
 空が徐々に白くなって来た頃、外から人の声が聞こえ重い腰を上げて聞き耳を立てた。
 「やはり交渉は決裂したか。」
 「そりゃあそうだろうな。条件が悪すぎるしな。」
 「しっ。ラウド隊長に聞こえるぞ。」
 内容を知り、音のない程のため息を吐いては再びベッドに腰をかけた。
 これからどうするか・・・そんな事をふと考えても、に出来る事はただジョウイを待つということだけだった。
 外からいつ聞いても聞き慣れる事のないであろうラウドの声が響く。
 「ようし!グリンヒルは我々に抵抗すると見なし、攻撃を行う!
  偵察はまだか!!」
 「ラウド軍団長代理!偵察が戻って参りました!
  グリンヒルの門の上に兵士たちの姿を確認したようで、前面に防御を集中していると考えられます!」
 偵察の報告を聞いて、ラウドがふんと鼻を鳴らした。
 「所詮そんな程度か。よし!東と西の部隊に合図を出すんだ!攻撃を開始する!!」
 「はい!」
 ラウドの単純な指揮に、兵士達が動き出した。
 王国兵は士気を高めるための雄たけびを上げながらグリンヒルへと前進して行った。

 (下手に外に出ないほうがいいわね。仕方ないけれど、ここで大人しくしているか・・・。)
 はどさりとベッドに腰をかけ、膝をかかえるようにして座った。
 先日耳にしたグリンヒルの守りはかき集めても七千ほど・・・・、
 それに対して王国軍は一万五千だ。
 (あんな指揮でも・・・・これなら勝てるかしら。)
 ふと『勝てる』と、自分がハイランド側の立場から見ている事に気がつき、
 思わず額に手の甲を乗せて苦笑を漏らした。
 (いや、いくら数の差が激しくても、向こうに上手く指揮をする者がいれば・・・・状況はいくらでも変わるわ。)
 もっとも、今のグリンヒルにそんな人物がいるとは思えなかった。
 はそっと瞳を閉じて、この嫌な空気が漂う戦いが早く終わる事を祈った。

 しばらくし、東と西も守りが堅かったらしく、イラ立っているラウドの声が聞こえた。
 魔法兵も後退し、弓兵隊もそれほど成果を得られなかったようだった。
 「役立たずめが!!これでは俺が無能みたいじゃないか!!」
 怒りにあふれるラウドの顔が浮かぶ。
 (変ね・・。最初の門に居た兵といい、それに対して東西の対応の良さ。魔法兵や弓兵にまで対応できるほど
  グリンヒル市内で準備が整えられていたというの?)
 が外の騒がしい様子が気になり、思わず立ち上がって外の様子をテントの入り口から伺った。
 その時、一人の王国兵が今までに無い表情で慌ててラウドの元へと走ってきた。
 「グ、グリンヒルの市門が開きました!」
 「おおやったか!!よし!一気に――――」
 「い、いえ!それが、敵の部隊がこちらに向かっています!」
 「何だと!?守備の部隊はどうしたんだ!」
 ラウドは自らの危険を察したのか、今まで以上に焦りを見せていた。
 一気に攻めに行く部下達の事など考えていないのだ。
 自らの身が一番。そういう人間なのだろう。
 (・・・まあ、一番人間らしいと言えばああいう人なのかもしれないけど・・・・。)
 はラウドを認めるような事を考えながらも、軽蔑の視線を送った。
 (それにしても・・そんなに上手く市をまとめられる人物がいたなんて。
  テレーズ様とは考えがたい。だけど他にそれらしい人がグリンヒルにいるとも考えられないし・・・。)
 が宙を見つめて思考を巡らせていると、ラウドの身の危険を感じさせる程の叫びが聞こえた。
 「お、お前らは!!」
 「やっと辿り着いたな。」
 は信じられないくらい瞳を見開き、攻めてきた人物を目に捉えた瞬間にテントの中へとすかさず隠れた。
 (ナッシュ!!?)
 本当に信じられなかった。
 再度目の前に現れた事も、この駐屯地へと攻め入ってきた事も。
 しかし、彼の存在を確かめたことによって今まで疑問に思っていたことが全てなくなった。
 (そうか!ナッシュがあの後グリンヒル市に入った事によって、テレーズ様となんらかの接触をして・・・・。
  それでグリンヒル市全体を指揮したのね!)
 そうすると全てつじつまが合う。
 彼にそれほどの指揮力があったとは知らなかったが、何故だか簡単に納得がいった。
 入り口の隙間から彼らの様子をもう一度確かめる。
 ラウドは既に腰が引けており、ナッシュは他に異国風の剣士を引き連れてきていた。
 今自分がナッシュに会うためにここから出て、彼のもとに現れたとしてもお互い立場が悪くなるだけである。
 こんな戦いの最中でも、先日ナッシュから伝えられた彼の気持ちを思い出し
 心が高鳴るのをは抑えることができなかった。
 まるでそれが邪念かのように首を左右に振り、じっと彼らの様子を伺った。
 はただただ、ひっそりと身を隠して見守る事だけしか出来ないのだ。
 入り口に背を向け、驚きで少し乱れた呼吸を整える。
 その時、外で大きな変化が起きたようだった。
 空気がざわりと動く。
 ナッシュ達はラウドを殺す事もなく捕らえる事もなく、急いでグリンヒルへと戻っていったようだった。
 それを疑問に思い、思わず外にでてみると駐屯地の背後からただならぬ気配を感じた。
 すぐさまテントの後ろに回り確認をすると、
 新しく助っ人に来たのであろう大勢の王国兵が目で捉えることが出来た。
 「確かに、あれなら引くしかないわね。」
 (でも、ナッシュ。貴方はすごい事を成し遂げたわ。)
 先ほどは『勝てるかも・・。』と、ハイランド側の考えでいたが、
 やはりこうなるとグリンヒルが落とされなかった事の喜びを素直に感じる。
 ほっと一息吐いたところで、目の前でまるで綺麗な行進をしているかのように並んで前進してくる部隊を見つめた。
 その前進の振動は、微かにの腹部に響く程のものだった。
 数はたくさんいるわけではないのに、その動きの正確さと乱れのない冷静さに少しばかりぞくりと背筋が震えた。

 ふとこんな事を考える。

 ―――――まさか、あんな所にジョウイがいるはずはない。

 何故そう考えたのか、はっきりは分からない。
 ただ、あの全く乱れのない部隊を指揮しているのが彼であってほしくないと、自然と祈っただけの事である。
 予想した通り、すぐさまグリンヒルを攻めていた全部隊が退却した。
 後ろから現れた部隊が現れて直後のことだった。
 (という事は・・それを指示したのは、あそこの部隊にいる人物・・・・・・。)
 今のところ、全て正しいと言える指示を行ったその人物こそ、ジョウイだった。
 目で確認したわけではない。
 全部隊が退却した瞬間、そう確信したのだ。

 ―――――ジョウイは・・・・変わった。

 そう思わずにはいられなかった。
 全て変わったかなんてものは、彼に会ってからでないと分からない。
 しかし、あの時と別れた時のジョウイとは明らかに違う事は分かっていた・・・・。




















































 「さん。」


 テントの中で待っていたの前に、ずっと会いたいと思っていた少年が現れた。




























 ジョウイは・・・・・笑顔を浮かべていた。