森が開かれるにしたがって
私の心は疼くばかりだった・・・・・。
このままナッシュといていいのか。
危険ではないのか。
―――――何故なら・・私はこれから・・・・・・・・・・・・。
「ナッシュ。」
ナッシュはふと立ち止まり、先ほどまで真横で歩いていたはずのへと振り返る。
「どうした?」
「・・・・・。」
問いかけに答えないを疑問に思ったのか、ナッシュは一度自分の踏みしめた地へと踵を返す。
の目の前まで来たとき、彼女が何かを言おうとしている事は分かった。
「どうしたんだ?。」
ナッシュは不器用なのために、なるべく優しい声で彼女を促す。
は少しだけ瞳を泳がせてから、ナッシュを真っ直ぐに見つめてようやく口を開いた。
「ここで、分かれましょう。」
「え?」
何を言われるかと心の準備をしていたナッシュだったが、流石にこの内容には驚いたようで
瞳を丸くし、無意識に手が少し上がっていた。
「どうしてだ?」
ナッシュの当たり前の質問に、は少し瞳を伏せた。
「私・・・これから王国軍と合流するの。」
がナッシュと瞳を合わせられないのは、自分から共にグリンヒルへ行こうと言い出した上に、
先ほどナッシュを殺そうとしていた王国軍と合流するという罪悪感からだった。
「・・・・・そっか。」
ナッシュの意外すぎる簡単な反応に、はナッシュと瞳を逸らしたまま目を見開く。
「私といたら・・・危険すぎるかもしれない・・・。」
「確かに、危険かもな・・・。だけど、追われている身だって言っていたのよな。
お前を追っているのはハイランドだと思っていたんだけど・・・・違ったのか?」
怒りを込めるどころか、優しい声のナッシュに何故か瞳が熱くなる。
「わからない・・・・。だけど・・・傍に行くって・・・・・・約束したの。」
「約束、か・・・。」
ナッシュがふとから視線をずらし、森の奥の方を見つめる。
何を見るというわけではなく、遠くを見つめる瞳。
ようやくがナッシュを見つめたとき、ナッシュはそんな瞳をしていた。
「ごめんね・・・。」
「ああ、いや。いいんだ。危険をかわすに越した事はないさ。」
そう言ってナッシュはいつもの屈託の無い笑顔を向けた。
「もしかしたら・・・もうナッシュには会えないかもしれない。」
がナッシュも分かりきっていた事実を口にする。
分かりきっていた事でも、ナッシュはその表情を硬くして少し驚いたような顔をした。
「・・・ああ。」
「・・・ナッシュ、本当に有難う。私、貴方には助けてもらってばかりだったわね・・・・。」
は少し口に笑みを浮かべながら、ナッシュと初めて出会った頃を思い出した。
自分が始めてハイランドから離れようとした時に現れた変な金髪男。
それがナッシュだった。
彼にくっついてハイランドから出ようとした途中で出くわした敵を目の前に、
はただ逃げる事しか出来ず、そのままナッシュと分かれた。
フリックとミューズへ向かう途中に襲ってきた黒騎士に襲われ、瀕死状態の自分を助けてくれた。
そしてシードと別れた直後の、王国軍の駐屯地でまた再会し・・・・、
ミューズで一緒に出ようと言ってくれたナッシュを断り、また別れた。
そうして・・・・今回の再会。
はそれらを思い出し、思わず笑いを口に出す。
「もうっ・・ナッシュとは本当に穏やかな再会なんてほとんど無かったわね。」
口に手を添えておかしそうに笑うを、ナッシュは瞳を細めて見つめていた。
ずっと視線を送られている事に気づき、はぱっと顔を赤らめる。
「あ・・・えと。本当に、有難う。」
「ああ。俺の方こそ、有難う。」
「っ・・・そんな・・・私なんて、ナッシュにお礼を言われる事なんてひとつもしてないわ!」
突然焦りながら声を上げただったが、ナッシュはそれでも優しい瞳をただ送り続けていた。
「いや・・・充分貰ったよ。」
にはそこまで言われる事をした覚えは全く無い。
少しだけ眉をひそめて、少しだけ首を傾げる。
「何かしたっけ・・?」
「ああ。」
「何?」
「お前を好きにさせてくれ事さ。」
は、まるで本人だけが時間が止まったかのようにぴたりと動きを止める。
一瞬何を言っているのだろうと心の中で問いが生まれたが、
すぐに友人として言っているのだろうと解釈するよう頭が働いた。
しかしそれは違うと一瞬で訂正させたのは・・・・・、
ナッシュがをその腕に抱いていたからだった。
愛しげに。 切なげに。 優しく・・・強く。
ナッシュは、を抱きしめながら髪を撫でる・・・。
そしての頭に自分の頬を寄せながら、こう囁いた。
「が・・・好きだ。」
ナッシュの胸に押し当てた頬から伝わるその振動が、
心地よいとまでは言えず、逆にの頭をぐちゃぐちゃにするくらいのものだった。
びゅっと風が二人の横をすり抜けたと同時に、ナッシュはの体をゆっくりと離した。
「・・有難うな。」
は笑うナッシュのその言葉に、ただ大きく首を振ることしか出来なかった。
これから別れる相手に、こんな事を言うナッシュが不思議でたまらなく、
そして愛しくも感じた。
ナッシュは一人で焦るを内心連れ去りたい気持ちでいっぱいになりながらも、
少し余裕の笑みを浮かべてみせる。
からすると、本当に余裕のある笑みに見えた。
ニッと笑ったナッシュが、顔を思い切り近づけてきてこう言った。
「大抵はこれで終わりじゃないぞ。」
がぱちくりと瞳を瞬かせる。
また出会うだろうと言っているのだろうか?と不思議な顔をすると、
ナッシュは最後にの頭をくしゃっと撫でて、先ほど進もうとしていた道を歩き出した。
はただ他人の流れに任せていたままだった時間に、
ようやくその中に自分の流れも入れる。
「ナッシュ!!」
ナッシュは立ち止まりはしたが、先ほどのように再度近づいてくる事はなく、
ただ顔だけをこちらに向けるだけだった。
それでも構わず大きな声では続けた。
「私、そんな事言われたの初めてだった!有難う!!」
少し離れてしまったナッシュの表情は、はっきりとは分からないが、
笑っていたであろう事は分かった。
ナッシュは片手を軽く上げ、そしてまた歩むべき道を歩き出していた。
はナッシュの遠い背中に、
「ありがとう・・・・。」
と小さく再度呟いた。
ナッシュはそのまま真っ直ぐと道を歩き続けた。
先ほどは、最後くらい余裕の顔でいてやろうと笑っていたのに、
あの一言で嬉しさがこみ上げて、今は顔がにやけている上に赤い。
「くそー・・・最後の最後にやられたな・・・・。」
ナッシュは歩みを止めないまま、空を見上げる。
「でも、ご希望通り、他のやつらより先に伝える事ができて良かったじゃねーか。」
「な?」と、空に向かって自分に問いかける。
そう。
大抵はこれで"終わり"じゃない。
上機嫌なナッシュを、二人の将軍が囲んだ。
はナッシュの背中が見えなくなるまで見送り、
ようやく一息吐いてから、自分も歩みだそうとした。
しかしその時、不自然にこちらに近づいて飛んでくる鳥に気づいた。
(・・・何?)
その鳥は足に何か紙を括り付けた状態で、頭上まで飛んできた。
「レンラク。ジョウイ。」
「!」
恐らくジョウイからの電報か何かだろう。
は急いで鳥の足から手紙を取り去る。
そうすると、その鳥は用は済んだとでも言うようにすぐに飛び去っていった。
はそれを見送る事もなく、すぐにその手紙を広げた。
「・・・・・・・え?」
その内容は、この手紙はジョウイのものからかと疑うくらいのものだった。
『さんへ
グリンヒルへと伝えていたけれど、考えていたよりも時間がかかりそうです。
グリンヒルの南東に僕の軍の駐屯地がもうじき出来ます。
貴女が着く頃には既に出来ていると思われます。
僕の名前を出せば中に入れるはずです。
グリンヒル市ではなく、そこへ来てください。
貴女との再会を楽しみにしています。
ジョウイ。』
「ジョウイの・・・軍?」
は何度もその場所を読み返した。
何度そこに焦点を合わしても、自分の軍であると書かれている。
彼が何をしようとしているのか。
彼が求めているものは何なのか。
ミューズでアナベルを暗殺したときから、
何かとてつもない事を考えているのだろうという事は分かっていた。
しかし、それが何なのか具体的な事を聞かないままでいた。
こんな短期間で将軍へと這い上がった彼を、
それだけ駆りたたせているものとは一体何なのだろうか・・・・。
「ジョウイ・・・・・。」
ジョウイに会いたいという気持ちが込み上がり、思わずその手紙をくしゃりと握る。
無我夢中で走り続ける彼を、少しでも休ませてあげたいと・・・・、
傍にいる者が一人でもいるのだと感じてほしいと切に願った。
そこに自分が恐れるルカがいようと・・・、
そして・・・シードがいようと・・・・・・・・・・・・。
今は彼の元へ行く事だけを考えた。
