(少し多めの金をつぎ込めば・・・・。)
街の人に文句や暴言を言い放ちながら歩く一人の兵には目をつけた。
辺りに他の兵がいないのを十分に確認しながら、その兵に近づく。
「ねぇ。クスクスへ行きたいんだけど、船を出してくれない?」
「あぁ!?」
突然後ろから話しかけてきたに、あからさまに嫌そうな声を出して王国兵が振り向く。
しかし、振り向いた瞬間、の手元を見て目を細めた。
「礼は出来るだけさせてもらうわ。コレでどう・・?」
「・・・・・・・。」
王国兵はその険しい目を金との顔を交互に泳がせ、今度は辺りを確認して軽く頷いた。
「いいだろう。特別に出ている船が一隻ある。それを使え。」
「特別に出ている船・・・?」
が眉を顰めると、兵はそれ以上聞くなというように口を挟んだ。
「お前は向こうへ渡りたい。俺はその金が欲しい。それだけで十分だろうが。」
ニヤリと嫌な笑みを浮かべたその男は、人間としては虫唾が走るが、
扱いとしては簡単で、こちらとしては助かる人間のようだ。
「そうね・・・。無事にクスクスまで行けるなら文句はないわ。」
「じゃあ後で港の一番端に来るんだ。誰にも見られないようにしろ。」
「わかったわ。コレはその時に渡す・・いいわね。」
「ああ。いいだろう。」
そして再度辺りを確認し、兵士は足早に去っていった。
「・・・・ふう。」
(一気にお金が減っちゃうわね・・・まあクスクスに着いてからまた考えればいいか。)
は頭の中で残る金額の計算を繰り返しながら、港の中心へ向かい情報収集をすることとした。
コロネの港はとても活気がある場所だ。
ミューズ市と他の市との玄関口というだけあって、波止場は大中小の漁船、交易船が停泊していた。
無論、現在は全ての船が足止めを食らっている状況である。
(何かいい情報はないかしら・・・。サウスウィンドゥの状況とかも知りたいし。)
交易商が集まると言われる場所へ向かったが、王国兵ばかりで人に話を聞けるような空気ではなかった。
(さて・・そうなると・・・・・。)
波止場へと戻ってきたは、何人かで集まっている女性へと目を向ける。
そこへ少し近づき、自然とその輪の中に入る。
女が一人増えたところで、彼女達の口が止まることはない。
ある程度彼女達の話を聞いて頷き、区切りがついたところで口を挟む。
自分が自然と話す会話は苦手でも、目的を持ってする会話は得意・・とまではいかないが、
普通に会話をするよりもまだ出来る事だった。
「そういえば、サウスウィンドゥ市国の方で力を付けてる人と言ったら誰かしら。」
突然始まった話の内容にも、彼女達はお構い無しについてくる。
「サウスウィンドゥ?そりゃあ名高い市長のグランマイヤー様でしょう?」
「いやいや、それよりも最近交易の方でかなり力をつけて有名になってる人の話聞いたことある?」
「サウスウィンドゥ市の人?」
自分で会話を広めずとも、彼女達が徐々に内容を盛り上げてくれる。
「ううん。ラダトの街の人なんだけど、それがものすごい腕利きらしくて、
短い期間で街に豪邸を建てたらしいのよっ!」
「へぇー!そりゃあすごいね。」
若い女達がそれに食いついていく。
「それがまた、若くていい男らしいわよ〜っ。」
「えー!本当に?」
今まで頷くだけだったが、路線が完全にずれる前に口を開く。
「その人の名前は?」
今まで中心として話題を広めていた女性が、顎に手を当てて「確か・・・」と俯く。
「あっ、そうそう!シュウって人よ!」
「へ〜〜!」
話が再度盛り上がったところで、は自然とその輪から離れた。
また一人の女がいなくなったとしても、彼女達の話は止まることは無かった。
(ラダトのシュウ・・か。)
は先ほど取引をした男に言われた場所へと向かった。
そこには既に船が用意されていた。
その船には何が積んであるのかは教えてもらえなかったが、
大体何かの密輸だろうと予想はついていた。
しかし、今自分が成す事は無事にクスクスへとたどり着くことだ。
無駄な事に足を入れている場合ではない。
男へと約束の金を渡し、船へと乗り込んだ。
クスクスへは丸一日かかった。
しかしよほど裏を回していた船なのか、クスクスの港へもすんなり入れ、
そして何も干渉される事無く降ろされた。
(まあ私にとっては助かった。というところかしら。)
クスクスの波止場を眺め、一度休憩のため座れる場所を探しながら歩く。
(次にルカ様が落とすとしたら・・・・グリンヒルよりも、
都市同盟傭兵隊に必ず手を貸すであろうグランマイヤー氏がいるサウスウィンドゥ・・・・。
そうするとたちもサウスウィンドゥを後にするしかなくなるわ。
その時・・・・もしラダトへと流れ着いたら・・・・・・・・・。
そのシュウという男が彼らの力になってくれれば・・・・・。交易でそれだけ力をつけているんだもの。
たちを匿うとかしてくれれば―――――――)
「―――っ・・!」
「っきゃっ・・。」
が余所見をしながら歩いていたために、真正面にいた人物の背中に気付かないままぶつかってしまった。
「ご、ごめんなさい。」
「いや、怪我はないか。」
「あ、はい。大丈夫です。」
心配しているような言葉でも、その口から出てくる声はどちらかと言うと冷ややかだった・・・。
見た雰囲気では、彼の周りにも何人かの男がおり、それら全員が交易商のようだった。
既に話は終えていたのか、他の商人達は軽く挨拶を済ませすぐに去って行った。
「・・それでは失礼する。」
「あっ、あの!」
(もしかしたら、ラダトのシュウという人の情報が得られるかもしれないっ!)
コロネの女性達の耳に入るくらいだ。
クスクスの交易商達の中ではかなり有名な人物なはずだ。
「何か?」
に裾を掴まれ突然引き止められた男は、あからさまに嫌そうな顔をしていた。
(こ・・怖い・・・・・。)
は心の声がつい口に出そうになってしまうのを抑えた。
「あの・・交易商の方ですよね。ラダトのシュウという人の事を知ってます?」
「・・・・・・・・。」
その男は表情を変えないまま、の顔をじっと見つめたまま動かない。
「あの・・・?」
その一言に男は眉を顰め、裾を掴んでいるの手を払った。
「そのシュウに何の用だ?」
「え・・・・。」
まさか返ってくるとは思わなかった質問に、は思わず口ごもる。
(大丈夫よ・・別に以前の仕事のように暗殺をしようというわけなじゃいもの・・・・。
それにこの雰囲気だと・・・。)
「知ってるのね。彼に会わせてもらえない?」
「何故だ。まずこちらの質問に答えろ。」
「それは本人に会ってから話すわ。」
「・・・・話にならんな。」
フンと鼻を鳴らした男は、すぐにそこを立ち去ろうと踵を返した。
「あっ・・ちょっと!」
咄嗟のことに慌てたが、再度その腕を掴もうとしたその時、
男の周りを数人の黒い影が囲んだ。
「なっ・・・!!?」
その面立ちから、追っ手かと思ったが・・構えといい立ち振る舞いといい、そうとは思えない人物達だった。
囲まれた男は、さほど焦っている様子ではないが、
周りの男達は今にも飛びつくのではないかというくらいである。には全く気付いていないくらいだ。
(どうする・・・?この男を助ける?
でも・・これだけ落ち着いているところを見ると、手助けなんて必要ないんじゃ・・・・・。)
は少し離れた場所で、ひとまず彼らの様子を見ることにした。
「殺してやる!!」
そう叫んで一人の男が飛びついた。
それが合図かのように他の黒ずくめ達も飛び掛る。
まずは最初の一人・・・・そして二人とかわし、特別な攻撃を仕掛けているというわけではないが
次々と飛び掛る彼らは倒れていった。
(そりゃああれだけ一気に飛び込めば、味方同士でぶつかるわよ・・・。)
少し呆れ気味で戦いの様子を眺めていただが、次の瞬間足が前へと飛び出していた。
「危ない!!」
身軽に攻撃をかわしていた男だったが、倒れていた黒ずくめに足をとられて
その隙に後ろから攻撃されかかっていた。
それをが、後ろから襲い掛かろうとしていた最後の黒ずくめを鞘も抜かない剣で気絶させる。
ドサリと倒れる音を確認した後、先ほど襲われていた男へと振り返った。
「大丈夫っ!?」
「・・っ・・・・。」
倒れこそしていなかった彼だったが、足を切り付けられたようで蹲っていた。
は急いで駆け寄り、コロネで買った薬と包帯を取り出した。
「少しきつく巻くけれど、出血が多いから我慢して。」
怪我をしている場所の衣服を破り、処置をしてから痛いほど包帯を巻きつけた。
男は少し苦しげな表情だが、声も出さず無言でを見つめていた。
「何が狙いだ。」
「え?」
突然の問いかけにの手が止まる。
「何が狙いでこんな事をしている。」
「狙いって・・これだけの怪我をしているのに放って置けないでしょうっ!」
「・・・本気で言っているのか?」
「貴方こそそれ、本気で言っているの?」
が先程よりも強く包帯を巻きつける。
「っ・・・。荒い処置だな。戦場慣れしているのか?」
「戦場・・・と言えるものは一度しか経験したこと無いわ。」
「ならば――――。」
「はいっ。終わったわ。これで大丈夫。」
ギュッと包帯を縛り、先ほどとは打って変わった笑顔をは浮かべた。
その笑顔に男は視線を外し、深くため息を吐いてから立ち上がった。
が、やはり一人で立っているのは難しいようで、一瞬でよろけてしまう。
すかさずも立ち上がり彼を支える。
「家まで送るわ。どこ?」
「・・・・・・・・・。」
未だに無表情・・というよりも、どちらかと言うと不機嫌な表情の男は、その顔を無言でに向けた。
「仕方ないでしょう?これでは到底一人では歩けないわよ。」
も終始不機嫌な顔の男に、少し眉を顰めて強い口調で答えた。
「ラダトだ。」
「え?」
「俺の家はラダトにある。」
「・・ラダト・・・・・?」
きょとんと口を開けたままのに、
初めてその男が口の端を上げた。
「鈍い女だな。俺がシュウだ。」
「・・・・・・えぇ!?」
たくさんの黒いかたまりが倒れているその場で、
の叫びだけが大きく響いた。