空を真っ赤に染める太陽が、徐々にその姿を隠していった。
急いで身を隠そうとしているその太陽を
自分と重ねていた。
はあれからひたすら走り続け、関所の手前でナッシュを待っていた。
しかし彼が現れる気配は全く感じられず、咄嗟の判断だったとはいえ先に逃げた自分を罵った。
(ナッシュ・・・・。どうか無事でっ・・・・。)
祈らずにはいられない状況に、は目を瞑る。
二人が目指していた関所はもう目の前に確認できるほど近くにあり、
なんとかすれば一人で通過することはできるだろうが、は静かにナッシュを待った。
会ってまだ2、3日しか経っていないが、ナッシュの人柄もあり、
あの暗く、重たい襲撃を見たあとにも関わらず、は楽しい時間を過ごせていた。
もちろんそのことを忘れた事はない。
しかし、そのことを考えている時の自分を見て、ナッシュは自然と気を使ってくれていた。
その辺に生っている実を食べ、何日も動けなくなった話。
ある町で何故か変質者と間違われた話。
――妹がいるという話。
たくさんの話の半分以上はナッシュの不運な話だったが、
それはそれで彼が面白おかしく話すものだから、は聞き入っていた。
そしてあと少しで関所に着くというところであの出来事。
(ナッシュの不運ってすごい・・・・・。)
ナッシュの生死を確認できていないにも関わらず、彼の人柄を考えているうちに、考えは少し明るくなっていった。
(大丈夫・・・。今まで沢山の危機から逃れてきたんだもの。今回も・・・・・・大丈夫よ。)
そう自分に言い聞かせ、は夜に向けて火の準備を始めた。
――明日まで彼を待つ事を考えながら・・・・。
は一人、自ら熾した目の前で揺らめく炎を見つめる。
強い風が吹いてもすぐに上を向いて真っ直ぐに燃え上がるそれは、
シードそのものだった。
(心配しているかしら・・・?)
まるでシード本人が目の前にいるかのような問いかけをは無意識にしていた。
(それとも怒ってる?)
赤々と燃える炎は、その問いかけに少し反応するかのように揺らめく。
は少し瞳を見開き、その赤から目を逸らした。
(心配も、怒りも感じていないでしょうね・・・・・。)
苦笑しながらも、その炎を絶やさぬようは手元の枝を揺れる光の中へと放り入れる。
「すまぬが暖をとらせてくれぬか。」
は一瞬で剣を握り、後ろを振り返った。
そして驚きを顔に表す。
まるで長寿者のような口調の人物は、その口調とは裏腹に小柄な少女の姿をしていた。
その異常とも言えるくらいの色の白さに一瞬人間ではないのではないかという考えがよぎるが、
殺意も何も感じられず、ただ少女は佇んでいた。
その白い肌から浮き上がる紅い瞳は、シードとは全く違った色をしていた。
「休もうとしていたところ、火の匂いがしてな。」
他人のテリトリーに入らないような程の距離を保ったまま、その小さな口を動かす。
「ここで休ませてもらってもよいか。」
は握っていた剣を離し、身体の力を抜いた。
「・・・ええ。どうぞ。」
「すまぬな。」
少女は暗闇から踏み出し、明るい炎の光が届くところまで歩いてきた。
その様子は本当に不思議なもので、幼いはずの彼女からは妖しい美しさが出ていた。
自分とは一歩はなれたところへと座った彼女をは凝視する。
「おいくつですか・・・?」
少女の様子からしてこの質問は当たり前なのかもしれないが、
一般的にするとかなり間抜けな質問には少し恥ずかしくなった。
目の前の少女は一瞬驚いたようだが、すぐに目を細め、美しい笑みを浮かべた。
「女に歳を聞くのは失礼ではないか?」
その答えには瞳を見開き、思わず笑ってしまった。
「確かに。そうですよね。」
少し緊張の解けたの様子を感じ取ったのか、今度は少女が質問をしてきた。
「都市同盟へ向かうのか?」
「あ、はい。」
面立ちは少女だが、その口調に何故か敬語を使ってしまう。
「しかし、その薪の数からしてここに長い時間おったようじゃが・・・。
それだけの時間があったのならば関所を越えられたのではないか?」
するどい質問には苦笑する。
「都市同盟へは早く行きたいのですが・・・・、逸れてしまった知り合いを待っているんです。」
「ほう。」と少女は少しだけその大きな瞳を細める。
「恋人か?」
「え!いいえ!そんなんじゃなくて・・・・旅の途中で会って、関所まで一緒に行動することにしたんです。」
今度は「ふむ。」と炎を見つめながら考え事をするような仕草を見せる少女。
その可憐な姿からは想像も出来ない、知的で艶のある仕草だ。
「じゃがおんしは急ぐのであろう?」
「それは・・・そうなんですけど。危険な状況で私を逃がしてくれて、ここで待ち合うって約束してるんです。
私だけ勝手に行くわけには・・・・・・。・・・明日まで待つつもりです。」
「なるほどのう。」
「あの、お一人で行動してるんですか?」
今度はからの質問に少女が首を縦に振る。
「色々あってな。」
「そうですか。」
会話はそれで途切れ、二人は目の前の炎を見つめるだけだった。
「寝てもよいか?今日は少々力を使いすぎてな・・・・。」
「あ、はい。大丈夫です。」
返事をすると少女はすぐさま横になり、そして数分も経たないうちに静かな寝息が聞こえてきた。
(不思議な人・・・。)
は初めて出会った少女を前にしなかなか寝付けず、彼女の年齢を予想しながら朝まで火の番をする事とした。
結局、は朝まで寝ることなく待っていたが、ナッシュは姿を現さなかった。
(まさか本当に・・・・・・。)
この世の中、モンスターに人間が殺される事など当たり前だが、
あれだけの腕の持ち主なら上手く逃げられるだろうと考えていた。
どこかで足止めを食らっているにしても、これ以上待っていると自分の身も危なくなる。
いつ現れてもおかしくないくらい追手は姿を見せていない。
「考え事か?」
近くの小川で顔を洗いに行っていた少女が戻ってきた。
「知り合いは現れなかったようじゃな。」
「・・・・はい。」
は少しだけの光を放っていた炎に土を被せた。
淡々と後始末をするの背を見て少女はため息を吐いた。
「わらわが後1日ここに残ってやろう。」
「え・・・・?」
一瞬なんのことを言われているのか分からず、は少女の紅い瞳を見つめた。
「おんしは急ぐのであろう?その知り合いとやらがもし明日までに現れたら、
わらわがそれを伝えてやろう。」
「そっ、そんなこと・・・。」
全く見ず知らずの人間にそんなことを頼むのは申し訳なく、言葉よりも首をいっぱいに振っては断ろうとしていた。
「そんなに気を使わずとも良い。わらわもまだ疲れがとれていないのじゃ。
後1日休むくらいで丁度よい。」
そういって少女は朝まで自分が寝ていた場所へと戻り、そこへと腰を下ろした。
「で、でも・・・。」
「じゃが1日だけじゃ。それでもそやつが来なければ、わらわも都市同盟へ向かうぞ。」
その年相応とは思えない口調でさらに強く喋る少女は、顔に美しい笑みを作っていた。
「・・・・ありがとうございますっ。」
少女へと頭を深く下げ、は喜びの表情を少女に見せた。
「じゃが・・・そやつにわらわの言う事を戯言だと思われなければ良いがのう。」
彼女のもっともな発言に、は「あっ」と小さく声を出した後、
何か思いついたように唯一つけていた装飾具の指輪を外した。
「これを見せればおそらく分かってくれると思います。」
は少女に近づき、その白く小さな手の平にそれを託した。
「分かった。・・・伝えておくことはないか?」
「ありがとう。と・・・・・。そしてまた会いましょうと伝えてください。」
少女はうなずくと指輪を懐へと大切にしまった。
「私はといいます。知り合いは・・ナッシュは金色の髪で・・・・、目立つのですぐ分かると思います。」
「それはありがたいのう。通る人間に一人一人話しかけるのは億劫じゃからな。」
お互いの軽い空気に二人は綺麗な口元を緩める。
「あ、あのお名前を聞いてもいいですか?」
「ああ。シエラじゃ。」
「シエラさん・・・。本当にありがとうございます。
貴女とも・・・またどこかで。」
「うむ。その時は酒でも飲もう。」
笑いあったその瞬間にまた彼女の年齢が知りたくなったが、そんな話をしている暇もなく、
は置いておいた剣を身につけ、再度シエラの方を向いた。
「お気をつけて・・・。」
「おんしもな。」
は目を細め、シエラの紅い瞳の色を最後に見てから踵を返した。
「ふむ。ナッシュ・・・・・じゃな。」
既にユニコーン少年兵部隊への奇襲があってから10日程が経っていた。
ルカ・ブライトが次へと動き出してからでは都市同盟へと向かうのは難しいだろう。
世の中の流れを知る事が出来ない今、
まず都市同盟へと繋がる関所へと向かうのがそれを知る一番の方法だった。
とにかく都市同盟へと早く足を踏み入れなければならない。
そうしたら・・・・・―――
(もう絶対にハイランドへは戻れない・・・・・。)
