彼女はいつかこう言っていた。





 ――――――「この世の中には人間なんて2つしかない。」



















 ひとつは生きてる人間。


































 もう一つは・・・・・・・・・・・死んだ人間。


























 ――――――ああ・・・・・・。




 彼女は後者になってしまったのかもしれない。


































 いけないとは思っていても、そんな事をぼんやりと考えながら、目の前の少年を追いかけた。










 止められなかった・・・・・・・・。

 だから・・・・・・――――


 (だからこそっ・・・・・!)























 今、ここでジョウイを見失うわけにはいかない。


























 どれだけの追う追われるが続いたのだろう。
 しばらく・・・かなりの時間を走り続けたような気にさせるくらいの足に感じる疲労感。
 しかし、窓から飛び出して彼を追いかけてからはほんの一時しか経っていないだろう。
 耳に、飛び出した時に聞こえたのアナベルを呼ぶ声が未だに響いているくらいなのだから・・・。

 「っ・・はぁっ・・・。」

 流石にこれだけの速さで走り続けると、戦いの疲れがまだ残っていたのか、いつもより足がもつれる。

 「はぁっはぁっ・・・・・・・・・?」

 は走りながら、前にいるジョウイが辿っているルートの異様さに気付いた。
 (何故・・・・。街の外に出ないの?)
 都市同盟の柱とも言えるアナベルを暗殺しようとしたのだ。
 いや・・・・・。あれだけの出血だ。もしかしたら彼女は助からなかったかもしれない・・・・。
 そうなると、尚更ここにはいられないだろう。

 (いや・・・・でも、ルカ様の手口として暗殺をしたのだとしたら・・・・・・・・。)






 ゾッとする空気が背中を撫ぜる。


 もし。

 もしそうだとしたら・・・・・・・・・・・・・・。
 ジョウイは王国軍の・・ルカ様の手を貸したことになるのだろう。


 そうなると・・・・・・彼は・・・・・。




















 はハッと顔を上げ、後ろに広がっている今は林で見えない街を見つめる。

 (まさか・・王国軍がっ・・・・・!?)






















 王国軍との一戦を終えた後の休息。




 その後のアナベルの暗殺・・・・・。




 この期を王国軍が見逃すとは思えなかった。

 (いや・・・・・・・。これはただ偶然に出来た期ではない・・・。)



























 そう。これは最初から作られていたシナリオなのだ。




























 ルカという・・・・・狂った人格の者による。

 他の者を使い、誰も予想が付かなかった・・・・狂った計画なのだ。





 街の方から戦いの合図のように叫び声が聞こえた。
 その瞬間、の心臓は飛び跳ねるようにその声に反応し、血は全身を駆け巡るように熱くなった。

 「ジョウイ!!!!」

 その叫びと共に汗ばんだ腕を思い切り掴み、引き寄せた。

 力任せに引いたため、二人の体は勢い良く床へと倒れた。


 「・・・っ。」

 「・・はぁっ・・はぁ・・・・。今・・あなたを見失うわけには・・いかないの・・。」

 は激しく息切れをしながら、同じように倒れて息を切らすジョウイに向かって強い視線を送った。
 彼は、先ほどアナベルを刺した直後のような怯えたような顔から、
 既に何かを決心したような意思の強い表情へと変わっていた。
 「ジョウイ・・・・あなた・・・・・。」
 「すぐに・・逃げて下さい・・・・さん。」
 今まで自分から逃げていたジョウイの口から出た言葉がそれだった。
 「もう・・王国軍が来ているのね。」
 「・・・・はい。恐らく。」
 何故か切なく響いたその声に、は苦しく眉を顰めた。
 力なく少し開いてしまった口はそのままだったが、ジョウイを掴んだ腕だけは力を弱める事はなかった。
 「あなたは・・これからどうするの?」
 「・・・・・・・・・・・・。」
 視線は逸らしながらも、何も迷いの無い彼の瞳は・・・強く感じるのにも関わらず悲しく光っていた。
 「ジョウ――――」
 「逃げて下さいっ・・。早くっ!」
 ジョウイに焦りが見える。
 恐らく、すぐにここにも王国兵がやってくるのだろう。
 その時、危険が及ぶのはおそらく自分だけ・・・・。

 最初は都市同盟の者として捉えられるかもしれないが、後に「黒」だという事が分かられると厄介だ。
 それだけは避けたかった。
 (・・・・・でも・・・。今、ジョウイの傍を離れるわけには・・・・・。)

 今、この手を離せばジョウイとはもう会えないような気がしていた。


 会うとするならば・・・それは戦場だ。

 自分の敵として彼が戦場へ現れた時だろう。
 
 しかし・・・・・だからといってこのまま王国軍に捕らえられるわけにはいかない。



 (どうすればっ・・・・・。)


















































 「フリック!門はもう駄目だ!誰かが開けやがったんだ!!裏から回るぞ!」
 「待てビクトール!達がまだ市庁舎へ行って戻ってきていないぞ!」
 ミューズの街の中は既にかなりの王国兵が押し入っていた。
 宿の入り口で、まだ中にいる人間を逃がすために二人は戦い続けていた。
 「くそ!キリが無ぇなっ・・・。
  あいつ等はレオナ達に任せて、まず出来るだけの兵を連れてサウスウィンドゥに向かうんだ!」
 「だがもっ・・・・!」
 「フリック!!」
 戦場と化した街中に、ビクトールの声が響いた。
 戦いの場では、一つの間違った判断が大勢の被害を齎す。
 それはフリックも十分分かっていることだった。
 「・・・・・・・っく。わかった!」
 「・・・・よしっ。行くぞ!」


 (・・・・。無事でいてくれっ・・・!)

 フリックは無意識に愛剣を握り締める・・。

 (何故・・・・守りたい時にお前はいないんだっ・・!何故、俺はお前の傍にいないんだ・・・・!)















 風の無い街で、フリックは彼の象徴をはためかせ走った。


 自分の願う場所とは違う場所へと・・・・。











































































 「アナベルさん!!」
 とナナミは、と一時の差で執務室へとたどり着いた。
 しかし、そこで広がっていた光景は2人には信じられないものだった。
 「・・う・・・・・。」
 夥しい量の血は、誰が見ても彼女のものだ。
 アナベルは刺された場所を無意識に抑え、真っ青な顔をしてガタガタと震えていた。
 「大丈夫ですか!!?だ・・・誰がこんな!?」
 はアナベルへと駆け寄り、薬を持っていなかったかと服の中を慌てて確認する。
 「!私誰か呼んでくる!!」
 ナナミがそう叫んで踵を返したところで、アナベルの口が大きく震えながらも動いた。
 「待・・・て・・・。助けは・・いら・・ん・・・・。
  私は・・もう・・・・・・・。」
 「そんな!!でもっ!」
 止められたナナミは、思わずの隣へと走りアナベルに寄り添う。
 「ジョウイとさんはっ?何処に行ったの!?」
 混乱のためか、分かるはずも無いのにも関わらずへと叫ぶ。
 は苦しそうに眉を顰め、目の前に倒れているアナベルへと視線を戻した。
 「お前達に・・は・・・・・謝らなければならなかっ・・・たのに・・・・・。はぁ・・・・はぁ・・・・。」
 「しゃ・・・喋っちゃ駄目ですっ・・・!」
 はアナベルの言葉に引っかかりながらも、苦しそうな表情と溢れ流れる血を見て彼女を止めた。
 それでもアナベルは息を荒げながら、会話を続けようとしていた。
 「はぁ・・・・都市同盟が、父・・が・・・・・ゲンカク老師に・・・した・事・・・を・・・。」
 「ゲ、ゲンカク・・じいちゃん・・・?」
 ナナミが思わず出てきたその名に反応する。
 それでもアナベルから流れる血をどうにかしようとうろたえていた。
 「・・ナナミ・・・・、おま・・達は・・・・ゲンカク老師の・・・・はぁ・・・・はぁ・・・・元で、しあわせ・・だったかい・・・・・?」
 「う・・うんっ・・幸せだったよっ・・・・。」
 徐々に小さくなるアナベルの声に震えながらも、ナナミは一生懸命彼女の問いに答えた。
 も、ずっと見つめてくるアナベルの瞳を真っ直ぐに捕らえながら、静かに頷いた。
 そうすると、アナベルはすっと安心したかのように優しい笑みを口元につくった。
 「そう・・か・・・。ならば・・・・・少しは・・私の心も・・・安らぐ・・っはぁっ。」
 「アナベルさん!?」
 アナベルが吐血をしながらも、まだ何か言おうと口を動かす。
 「アナベルさん!じっとしていて下さい!」
 「はぁっ・・・・・早く逃げなさいッ・・・王国軍が・・・・ここを・・す・ぐ・・・・攻めてくる・・・・。」
 「そんな!貴女を置いて行くなんて出来ません!!」
 に断として彼女の言葉を聞き入れる様子はなかった。
 しかし、そんなにアナベルは力を振り絞って声を荒げる。
 「早くっ・・!行きなさい!・・・・・最後・・の・・私・の願いだっ・・・・・。」
 遠くから叫び声と、剣と剣がぶつかり合う音が鮮明に響いてくる。
 王国軍がミューズに攻めてきたのだ・・・・。
 はただ、拳を強く握り締めそれを震わせていた。


 ――――――自分はミューズをもう守ることも出来ない・・・・・。アナベルを救うことすらも出来ない・・・・・。
 

 アナベル以上に震えた手を、暖かな手が包んだ。
 その手は・・・・・血で濡れていた。
 「はや・・く・・・・・・。そし・・・て・・・・・・・・・・・・・・・・生きてッ・・。」
 その言葉を最後に、彼女の呼吸する音が静かに消えた。
 は無言で唇をかみ締め、力強くその手を握り締めた・・・・。
 その時、入り口の方から慌てたような足音が響いてきた。
 「アナベル様!!王国兵が・・・・・・―――!!」
 勢いよく入ってきたのはジェスだった。
 彼は目の前の状況を見て更に血相を変え、すぐさまアナベルの元へと駆け寄った。
 「アナベル様!!な、何故っ・・!?」
 そしてすぐ彼の視線がその場にいたとナナミへと注がれた。
 「!!これはどういう事だ!!!まさかっ・・・お前・・・・!!」
 ナナミが違うと口を開こうとした時、更にまた入り口に人の気配がした。
 「ジェス様!!王国兵が市庁舎へと侵入しました!ここはもう!!!」
 「くっ・・!!」
 ジェスは一度アナベルへと視線を落とし、目を苦しげに細めてから急ぐように立ち上がった。
 そしてを無言で睨みつけると、足早にそこを去っていった。
 はその間もずっとアナベルへと視線を落とし、その手を離さず握り締めていた。
 ナナミがそっとの腕を掴むと、ようやくはアナベルから視線を離してナナミを見つめた。


 「行こう。ナナミ。」



































 「・・・・・・・・・・・・。」

 「・・・・・・・・・。」


































 「市庁舎の人が・・・あそこにはジョウイとさんが・・・・居たって・・・・・・・・・。」


 「・・・・・・・・・・・急ごう。」



































 ――――――「・・・・・・・生きてッ・・。」








 とナナミは彼女との約束を守るため・・・ミューズを走り抜けた・・・・・・・・・。









 第4章 完