男の人に愛されるというのが、どういうものなのか分からない。
そんな事、前の自分には必要なかったし、
邪魔とすら思っていた。
「ちょ・・!!待て!!!」
フリックはそう叫びながらも抵抗することが出来ず、そのまま目を瞑るしか出来なかった。
石鹸の香りがするの髪が頬に触れ、思わずびくりと肩を揺らす。
しかし想像していたものとは違う場所へとの頭は落ちた。
「・・・・ん・・?」
うっすらとフリックが瞳を開くと、は抱きつくような形で肩へと顔を埋めていた。
「・・・・・・・・・・・はぁー・・。」
ひとまず安心のような残念なようなため息を吐き出すと、すぐに我に返ったフリックは再度閉じかけた瞳を見開いた。
自分の頭上に広がるのは、この状況を面白おかしく少しでも近くで見ようと集っている仲間達だった。
すかさずを抱えたまま身体を起こす。
「お・・お前らな!少しはコイツを止めるとかしろ!」
大きく怒鳴りながらも、何故かあまり声に迫力がないのは顔が赤い所為だからだろう。
そんなフリックの胸元でスースーと静かに寝息を立てるを見て、ビクトールが吹き出した。
「はっはっは!!まさか本当にしようとするなんて思わなかったぜ!」
爆笑のビクトールにつられ、周りの傭兵達も笑いを堪え切れないようだった。
酒場は一辺して笑いの渦へと変わった。
その中で唯一眉を寄せていたフリックを覗いては・・。
そんな様子を周りと同じように笑っていたレオナが、テーブルの上にある空になったグラスを見て一言かけた。
「ほら、戦いは終わったわけじゃないんだよ。そろそろお開きにしたらどうだい。」
助け舟を出されたような顔をしたフリックが、それに頷く。
「そうだな。戦いはまだ続くんだ、お前達も持ち場に戻るやつは酒を抜いてすぐに戻れ。」
そう言いながらフリックがを抱えて立ち上がった。
そんなフリックにレオナがすかさず声をかける。
「あ、ちょっと待ちなフリック。」
「? なんだ?」
「今、宿の部屋は怪我人やらでいっぱいなんだよ。今ここを片付けちまうから、
その間にその子の酔いを醒まして、そこの椅子に寝かせてやってくれないかい。」
「そうだったな・・・。わかった。」
フリックはレオナへと頷き、二階へ行こうとした足を扉の方へと向き直した。
そしてビクトールへと睨むように視線を移した。
「おいビクトール。コイツに変な事吹き込むなよ。」
「へーへー。分かったって。けどお前もまんざらじゃないみたいだったけどな。」
いつもは一言多い発言などしないビクトールが、
今日はいつもに増してニヤニヤ顔を続けながらフリックへと言葉を投げかけた。
「ばっ・・!とにかくコイツとは二人で飲むなよ!」
再度顔を赤くしたフリックは、派手な音を立てて扉を閉めた。
外へと出ると、中の音がほとんど聞こえなくなり、
夏の終わりを知らせる虫達の声が大きく耳に入ってきた。
空には溶けるように光る月が浮かんでいる。
冷たいくらいの涼しい風に、は瞼を微かに動かす。
「ん・・・・。」
「大丈夫か?今レオナが中を片付けてるから、そしたらゆっくり寝るといい。」
「んー・・・・・。」
宿の壁にもたれながら、二人で肩を並べ座った。
また吹く風が少し冷たいが、酔いの回った身体には丁度良いくらいで、
寄り添うフリックの体温が更に温かみを感じさせてくれた。
「戦場は、大丈夫だったか?」
頭に響かない程度に、優しくフリックが語りかけてくれる。
はフリックの肩にもたれ掛かり、重たい瞼をゆっくり閉じたり開いたりしながら戦いの事を思い出した。
「うん・・・。フリックがいてくれたから・・・。」
怖かった。
すごく、怖かった。
けど、それでもあの場所に立っていられたのはフリックのおかげだ。
を身につけながらも、敵と戦うことができたのも・・・・・フリックのおかげ。
多分あなたがいなかったら、私はすぐにでも殺されていたかもしれない。
殺してしまうのなら、殺されることを選んでいたかもしれない・・・・・・・・。
「そうか・・。」
「フリックに守ってほしいとかではないの・・・。ただ、戦う場所で同じ地を踏んでいるだけで・・・安心する・・。」
「ああ。」
フリックは、ぽつりぽつりと喋るの話を
小さく頷きながらもきちんと返事をして耳を傾けてくれていた。
「私・・死なないよ。」
「・・・・・・ああ。」
「だからフリックも・・死なないで。」
は少し肩を震わせながら、少し高い位置にある肩へと顔を摺り寄せた。
フリックはを見つめながら、頭をそっと撫でてくれた。
「死なない・・・。俺は死なないよ。」
「うん・・・・。私も・・・・・・・・。」
そしてあの約束を思い出す。
――――――「・・・・・・・・・死ぬな・・・!」
「約束・・したもの・・・・・・・・・・。」
の独り言のような呟きに、フリックが隣で眠そうにしている瞳を覗く。
「約束?」
「うん・・・・約束・・・・・・・・。」
「誰との約束だ?」
「んー・・・・・・・。」
今にも寝てしまいそうなを、起こそうと軽く肩を掴んだ。
その時、信じられないものがフリックの目に入ってきた。
瞬間に肩を掴んでいた手に力が強まる。
眠りへと落ちそうになっていたは、その微かな痛みに顔を顰めて現実の世界へと戻らされた。
「・・・フリック・・・・・?」
軽く自分の身体に力を入れ顔を上げると、目の前で自分の何かを見つめ続けているフリックに気付いた。
その部分は自分で見ることが出来ないため、その場所へと思わずは手を進める。
「―――!!!」
その首の辺りに触れた瞬間、小さな鈍い痛みが走る。
そう。
シードに噛まれた跡だった。
急いで手でそこを隠すが、フリックは未だそこを食い入るように見つめていた。
「フリックこれは―――」
「あいつか・・?」
一瞬心臓が飛び上がった。
あいつ・・・・とは誰を言っているのだろう。
やはり、シードの存在をフリックは気付いていたのだろうか・・・・・・。
飛び上がった心臓は、そのまま早い鼓動を繰り返す。
「・・・・・・。」
フリックに掴まれている力が更に強まる。
そのいつにない低い声で呼ばれる自分の名は、まるで他の違う人に呼ばれているような錯覚に陥るほどだった。
無意識に怯えてしまったは、思わずその手から逃げようと身体を動かす。
しかし酔いが回り、上手く自分の身体を扱えないはただもがくだけだった。
息を切らしながらフリックをもう一度見つめる。
自分を射抜くような瞳がこちらを見ていた・・・・・。
「フリック・・・・・。」
の小さな呼びかけにも反応しないその青は、ただ黙って強いその瞳をこちらに向けていた。
そして肩を掴む力を強めたまま、その瞳が徐々に近づいてくる・・・。
は思わず肩をすくめると同時に、きつく瞳を閉じた。
頬にフリックの吐息を感じ、びくりと何が起きるのかが頭に過ぎった瞬間、
間近に迫っていた青の気配が少し離れた。
が恐る恐る瞳をゆっくりと開くと、その瞬間左首に微かな痛みが走った。
「!!」
が驚きで目を見開くと、フリックが首に顔を埋めていた。
そしてキツクその場所を吸われる。
「っ・・・。」
反射的に大きく身じろぎをしようとするが、フリックの腕がそれを許さなかった。
フリックはそこへと口付けながら、の身体を力強く引き寄せた。
そしてを腕に閉じ込めながらも、そこへの口付けを続ける。
「――・・フリックっ・・・。」
抵抗しようと腕を持ち上げようとするが、閉じ込められた腕の中でそれが叶う筈もなかった。
その様子をフリックは快く思わなかったのか、その口付けを激しいものに変えられる。
「ぁっ・・。」
少し強い痛みが走ったが、なんとも言えない感覚には思わず声を上げる。
それに満足したのか、フリックはようやくそこからゆっくりと唇を離した。
息を切らすを見つめ、その青い瞳を細める。
「フリック・・・・・。」
の呼びかけに、フリックは目を大きく見開き勢いよくその手を離した。
の身体が後ろの壁へと倒れる。
フリックは驚きと怯えで瞳を見開いたままのを見つめ、そして右手で顔を覆い項垂れた。
「すまない・・・・・・。」
まるで嫌悪感に包まれているかのようなフリックに、は首を大きく横に振った。
「わ、悪くないっ・・。フリックは、悪くないわ・・・。
怒っても・・仕方ないと思うもの。」
「違う・・・違うんだ。怒るとかじゃなく・・・・・・・・。」
「え・・・?」
怒っていないとするならば、なんだというのだろう・・・・・。
シードとの繋がりを恐らく彼は気付いたのだろう。
――――――「あいつか・・?」
フリックのあの一言がそれを決定付けさせる。
シードと決まったわけではないが、その後のフリックの豹変振りを見れば
それに怒りを感じているのが分かる・・・・・・・。
(怒っているんじゃ・・ないの・・・?)
が困ったような瞳をフリックに向ける。
フリックは右手で頭を抱えたまま、複雑な表情でこちらを見つめていた。
「怒ってるんじゃない・・・・・・・・・。
これは・・嫉妬だ。」
「しっ・・・と・・・?」
「ああ・・。俺はその跡をつけたヤツに嫉妬したんだ・・・・。
そしてお前が怯えるのを無視して、自分を満足するためだけに・・・・・・・。」
自己嫌悪に顔を歪めながらも、今自分が付けた跡を見つめどこか満足そうな表情をするフリックに、
は戸惑いを隠せないでいた。
「でもっ・・これはそういうのじゃなくて・・・・。」
「そういうのじゃなくても・・俺に嫉妬させるには十分だよ。」
「そっ・・・。」
――――――そんな事・・言われても・・・・・・。
は戸惑いと酔いのせいで頭が回らなかった。
嫉妬・・?
何故この跡を見てフリックが嫉妬を感じるの?
同じようにこの跡をつけて、何故満足なの・・?
口に出そうとしても何故か出てこない疑問が、頭の中を駆け巡った。
混乱しているを見ながら、フリックが苦笑を漏らす。
「悪い・・・。でも俺も驚いているんだ。
まさかそれを見ただけで・・こんなにも反応しちまう自分がいるなんてな・・・・・。」
「・・・・・・?」
「恐らくこれだけ言っても、お前は分からないだろう・・な・・・。」
「??」
フリックの腕が、再度へと延びた。
