「俺が傍にいられなくなった時・・・・・・。


  自分で自分を・・・・・守ってくれ。」



























 無くしたと思っていた。


 私のカケラ。



























 少しだけその別れを喜んだ私に、

 まるで神様が自分の罪をきちんと忘れさせないようにしているかのように・・・・・・



 私達はまた出会った。


























 私の罪が詰め込まれた・・・・・と・・・・・・・。





















 「・・・・どうして、それを・・・?」
 久しぶりのそれを目にしたは、自分でも驚くくらい静かな声を出していた。
 それでも心の中はざわめいて・・・、不思議な感情が渦巻いていた。
 それに対してフリックの手の中にいるの片方は、
 まるで再会を喜んでいるかのようにじんわりと怪しい光を放っている。

 フリックはそれをへ差し出しながら、少し申し訳なさそうに口を開いた。
 「本当は・・ずっと前から持っていたんだ。」
 「ずっと、前?」
 「ああ。と始めて会ったあの時からだ。」

 (それじゃあ・・無くしたんじゃなくて、フリックがずっと持っていた・・・・・・。)
 知らぬ間に自分と繋がっていたそれをは目を細めてじっと見つめた。

 「本当はもう片方もあったんだが・・・・王国兵に砦を襲われた時、無くしてしまったんだ・・・・。
  ・・・・・すまない。」
 「・・・ううん。どうせ、もう無いものだと思っていたから。」
 小さく首を振り、フリックに差し出されたそれを自分の手に握る。



 ―――ああ・・・。
 なんて懐かしい感触だろう。

 これを手にしていると・・・・・・・・・・ひどく落ち着く自分が恐ろしい。



 ゆっくりと瞳を閉じていたは、大きく呼吸をしてからフリックへと視線を戻した。
 「ごめんねフリック・・・。こんなもの、持たせてしまって・・・。」
 「いや、俺の方こそすぐ返せなくて・・・・すまなかった。」
 フリックは苦笑をし、ため息を吐いた。
 そしてとの視線を逸らし、悔しげに、どこか恥ずかしそうに顔を顰めた。
 「本当は・・砦が襲われた後、森でと会った時に渡そうと思ったんだ。
  けど・・・・・・・できなかった。」
 「危険だから・・ではなくて?」

 これだけ危険な武器だ。
 もし渡してしまった瞬間、フリックを殺さないとも限らない。

 私がハイランドの王国兵だった場合だが・・・・・・・。

 あんな場面で再会したのだ。
 自分が王国兵か、ハイランドのスパイなどに見られても仕方ない状況だった。

 そんなの問いかけにフリックは苦笑した。
 「怖かったんだ。」
 「怖かった・・・?」
 「お前にそれを渡したら・・・・そのまま一生俺の前から消えてしまうんじゃないかと思ったんだ。」
 フリックは先ほどが座っていた椅子へと腰掛けた。
 は再度自分の手の中にあるを見つめる。

 確かにを持っていると、ハイランドの事を思い出す。
 何でも出来るような気持ちになる。

 一人でも生きていけるのではないかという考えさえ持てる。 

 (だけど・・・・・・。)
 は、を見つめる自分を見守るフリックへと視線を移した。
 外は暗闇に包まれたというのに、フリックの瞳だけはまるで昼の晴天のようだった。
 その曇りのない瞳に吸い込まれるようには傍へと近づいた。
 急に縮まった距離に、フリックは目の前のを見上げる。

 「ありがとう。」

 その一言をが発した瞬間、フリックがすごい勢いで椅子から立ち上がった。
 その勢いのせいで椅子が派手な音を立てて倒れた。
 突然の行動に、は驚き肩を上げる。何が起きるのかと緊張を起こしていると、
 フリックの大きな手がそっと自分の頬へ触れた。
 手・・というよりも、指先だけで頬へと触れてくる。
 そのくすぐったさに、は首を竦めた。
 「フ、フリック?」
 「どうしたんだ・・・この傷。」
 逸らしていた瞳をフリックへと移すと、彼は自分の頬を見ているようだった。

 (あ・・あの時の傷だ・・・・。)

 それはあの黒い男に襲われたときのものだった。

 触れられている場所に一瞬だけ小さな痛みが走る。
 「っ・・。」
 「あ、すまないっ。」
 のその反応に、フリックは少しだけその手を離す。
 そしてまた、優しい指先でその傷の周りを確認しているようだった。
 「大丈夫よフリック。そんなに大した傷じゃないから。」
 過剰にその傷を確認するフリックに、まるで親のようだとは笑った。
 「誰にやられたんだ?」
 笑うとは反対に、フリックは両肩に手を置いて真剣な面差しでその瞳をこちらへ向けてきた。
 その質問にも表情が曇る。
 「えと・・・さっき街を歩いていたら、変な人に襲われて・・・・。」
 その答えを聞いたフリックは、少しだけその綺麗な眉を寄せた。
 「そうか・・・。いや、お前くらいの腕なら少しくらいのヤツなら大丈夫だろうが・・・・。」
 「そうよ。もうフリックは心配しすぎなんだってば。」
 心の内はびくびくしながらも、少しおどけた様子を見せてみる。
 ついでに本音も言ってみる。
 「ほんとに心配しすぎよっ。私だって少しは戦えるんだからね。信用してよ。」
 フリックと互角で戦えるくらいなんだから。と付け加えると、フリックはふっと笑みをもらした。
 「それは悪かったな。」
 いつもの優しい笑顔でフリックはの頭をぽんぽんと柔らかく叩いた。
 は少しその大きな手に安心を覚えながらも、今、手に握っているの存在を大きく感じていた。
 それでも精一杯の笑顔をフリックへと向ける。
 「それじゃあ準備してくるわね。」
 「ああ。終わったら下に来てくれ。」
 「うん、わかった。」

 笑顔でそう答えて静かに扉を閉めた。

 目の前にフリックがいなくなった瞬間、手の中の存在が大きく広がった。
 は、久しぶりに再会したを静かに見つめていた。


 ―――――これは戦いに持っていくべきものだろうか・・・・・・・・・・。


 あれだけの人を殺めてきた武器だ。
 それも自分の意思ではなく、他人の命令で使ってきた。
 もちろん死んだ父の形見でもあるが、形見といえる物はこれだけではない。

 は左手の指にはめている澄んだ色の石を見つめた。

 相変わらずその石は様々な色を放ち、自分へと何かを語りかけているようだった・・・・・。

 「父様・・・・・。」




 は俯いていた顔を上げ、足早に自室へと向かった。











 持って行こう。












 は久しぶりに使うかもしれないを抱え、

 これから向かう戦場を肌で感じ取っていた。

















 
 着替えや武器の準備を終え下の酒場へと急いで行くと、
 ほぼ全員の準備が終わっていたらしく、既に出発した部隊もいた。
 「ごめんなさい。遅れてしまって。」
 いつになく引き締まった表情のをいつもの面々が迎える。
 「いや丁度いい時間だ。」
 ビクトールは剣を腰に装備し、持ち物を確認しながらへと答えた。
 辺りを見渡すと、最終確認をしているアップルとフリック、
 そしてフリックの部隊の後ろにつくであろうとジョウイたちの姿があった。
 が少し心配げに彼らを見つめていると、ジョウイがその視線に気付いた。
 会話をする状況と距離でもなく、ただジョウイはを安心させるかのような笑顔を浮かべた。
 つい先ほど、辛そうに手を震わせていた少年とは全く違う表情だ。
 は心の中で安堵のため息を吐いた。
 (良かった。戦いに行けるくらいなのだから、少しは考えがまとまったのね。)
 もジョウイに向かって、笑みを浮かべる。
 そして自然と彼の腰辺りに視線がいった。

 (・・・?あんな短剣、初めて会った時に持っていたかしら?)

 あまり見慣れない剣の形に、何かひっかかりながらも
 恐らくこの戦いのために新しく買ったのだろうとは勝手に思い込んだ。











 





 ここで気付くべきだった。








 その短剣がハイランド製だということを・・・・・・・・・・・・・。














 王国軍と戦う場所とされるのは、ミューズを出て歩いて1日ほどの場所だった。
 傭兵達に課せられたのは、一日だけ王国軍を食い止めるというもの。
 その一日をどうにかすれば、マチルダ騎士団の部隊が到着するだろうという事だった。
 マチルダ騎士団が加われば、ミューズ兵とでなんとか都市同盟の全軍が集結するまで
 持ちこたえることが出来るだろうという事らしい。

 ―――――またあの騎士に会うのだろうか。

 と、ふとそんな考えも過ぎった。
 そしてそれと同時に・・・・・

 ―――――追っ手は現れないだろうか・・・・・。

 そんな不安ももちろん心の中で渦巻いていた。

 どこか浮かない表情を浮かべるに、フリックが声をかけた。
 「、確か紋章は宿してなかったよな?」
 はフリックの呼びかけにはっと顔を上げた。
 (駄目よ・・。今はこれからの事に集中しないと・・・・。)
 「うん。紋章はつけてないわ。」
 「よし、じゃあ薬草をいくつか多めに持っていってくれ。」
 「わかったわ。」
 フリックから薬草を受け取り、最後の準備に取り掛かる。
 心なしか、先ほどまで決意の表情をしていたとジョウイは少し不安げな瞳をしていた。
 しかし声をかける時間もなく、最終確認の終わったフリックの部隊は出発をすることになった。
 宿の扉をくぐる前に後ろを振り返り、彼らを見てみると何かを話ているようだった。
 頷き合う少年達。
 (大丈夫。あの子たちは・・・大丈夫よ。)

 そう心の中で言い聞かせ、は扉の外へと向かった。









 戦いの場となるだろうそこは、ある程度の広さで平原が続いており、
 東と西の両側に森が広がっていた。

 これから始まるであろう殺し合いに、は心臓が早くなるのを抑えきれずにいた。

 人を殺すというその行為に、何故か今更恐怖を感じているのだ。


 先ほどまで恐れを感じていた
 今はまるでお守りかのように握り締める。

 (これは・・・・本当に自分を守らなくてはいけなくなった時だけに使おう・・・・。)




 フリックがずっと持っていてくれた

 どんな事に使われていたかを知らないとはいえ、こんな物を砦が襲われた時も持ち出してくれたのだ・・・・。

 ――――自分で自分を守れ。

 そう言ってこれを渡してくれた。















 そう。


 これからは人をただ殺すだけの道具じゃない。





















 私を・・・・・・・・。




 私が私を守るための相棒になるのだ。

















 それを感じた瞬間、無性にフリックの顔を見たくなった。


 思わず隣でずっと前を見据えている青を見る。


 そして心の中で呟いた・・・。







 ――――――ありがとう・・・・・・・。







 これからの戦いに集中しているフリックは、そんなの視線に気付くことも無く、
 相変わらず前を見つめたままだ。

 ・・・・それでいい。

 フリックには、ただ自分を守るだけの戦いにしてほしくない。

 この戦いは、ただ殺しあうだけが目的ではない。

 もっと大きな・・・・・もっと大切なものを守るための戦いなのだ。




 も気を引き締め、フリックと同じ場所へと視線を向けた。

 を敵に悟られないよう見えない場所へと仕舞い、手に馴染んだ剣を装備し直した。
























 そして誰もが息を呑んだその時・・・・・・・・・・・・。



























 「来た・・・・・・。」


























 王国軍の旗が無数に揺れているのが見えた。


 周りの兵士達はそれらを睨みつけるような視線を送っていた。




 これだけの人間がいるというのに、

 風の音だけが響く静かな苦しい時間が続く・・・・・・。























 そして徐々に近づいてきた王国軍の中に、

 思いもよらなかった色を見つけることになる。

























 「―――!!」





























 蒼色の王国軍の中に・・・・・・・・・・一つだけの赤。





























 心臓が止まるかと思った。




























 そしてその赤が視界に入った瞬間、




 フリックの青がそれを遮るかのようにの前へと立った。



















 フリックの青いマントが・・・・頬を掠めた。