少し戸惑い気味のフリックに入れてもらったその部屋は、
すでに戦場の匂いが漂っていた。
そんな厳しい空気が流れるその部屋で、
一輪だけ飾られていた花の辺りだけが
どこか穏やかな優しい香りを漂わせている。
はその花が飾られているテーブルへと向かい、椅子へと腰をかけた。
正直今の空気は気まずい。
先程の喧嘩をしたような状態で宿からとびだした自分が突然現れたのだ。
それで陽気な空気が流れるとは思ってはいなかった。
―――しかし・・・・。
(何か言わなくちゃ・・・・。)
フリックの部屋に入った途端、言おうと思っていたことがなかなか口から出てこない。
押し黙っているをフリックは3歩離れた場所から見つめていた。
辛そうに唇をかみ締めているを見て、フリックは苦笑を漏らした。
そしていつものように自然に近づき、の向かいに腰を掛ける。
目の前に現れたフリックを見つめて、はきょとんと・・しかし少し申し訳ないような顔をする。
「ご、めんなさい・・・・。」
ゆっくりと唇を動かし、その言葉を発するのが恥ずかしいそうに俯いた。
フリックはそれを見て、今度は優しげに笑みを浮かべた。
「いや・・・・。」
そして頭を軽く掻きながら、先程の言い合いを思い出して少し照れたような表情で口を開いた。
「俺の方こそきつく言い過ぎた。・・・悪かったな。」
その言葉に二人は視線を合わせ、同時に微笑み合った。
風呂上りなためか、いつもより上気しているの表情を見てフリックは思わずそこから視線を逸らす。
「あれ、だろ?王国軍との戦いについての話か?」
「あ、うん。そうなの。」
急に切り替わった会話に、も本題を思い出して真剣な面持ちになる。
「やっぱり私・・・・皆と一緒に戦いたい。」
「・・・・・・・。」
危険な事は分かっている。
『戦争』という場に立ちあった事はあるが、その場に立った事はない。
それがどれだけ恐ろしいもので、残酷なものなのかも分かっているつもりなだけなのかもしれない。
―――――それでも・・・・・・・・・。
戦場で自分が散るかもしれない事はそこまで恐ろしくは無い。
一番恐ろしいのは・・・・・今、身が狙われている自分がその時に襲われ、
戦っている回りの仲間に危害が及ぶかもしれないということだ。
戦いの場で襲われたりでもしたら・・・・その危害は大きくなるかもしれない。
それが一番の恐怖だった・・・・・・・・・。
(でも、黙って皆を待っているなんて出来ない。)
戦える腕を自分は持っているのだから。
「・・・・・・・・・わかった。」
「フリックっ・・・。」
しばらく真剣な眼差しで見つめあった後、フリックはの瞳を見つめたままそう答えた。
その肯定の答えをやっと聞けたためか、一気にの体から力が抜けた。
今まで上がり気味だった肩が息を吐き出すと共に、ゆっくりと下へ降りていった。
「しかしな・・・・いいか。俺の傍を絶対に離れるんじゃないぞ。」
「え?」
次に聞いたフリックの言葉に、が再度フリックの強い瞳を見つめる。
は自分の配属する部隊を自分で決めれると考えていたからだ。
のいる・・・・ジョウイのいる部隊に入ろうと思っていた。
「フリック、でも――――・・・・・」
「、お前があいつらの事を心配するのは分かる。だけど、それと同時に俺もお前の事が心配なんだ。
今回はお前は始めての戦場だ。今回だけは・・・・・俺の傍にいろ。」
先程とは違う、の気持ちも尊重してのフリックの言葉に、流石にも頷くしかなかった。
フリックの気持ちが痛いほど伝わってきたのだ・・・・・・・。
「うん・・。わかった。」
そう笑顔で答えるを見て、フリックは安堵と嬉しさの笑顔を浮かべた。
「悪いな・・窮屈な思いさせて。」
「ううんっ。ありがとう・・・私を心配して言ってくれてるんでしょう?
嬉しい・・・・・・。」
笑顔を浮かべながら俯き、やわらかな笑みを浮かべるを見て
フリックは一瞬鼓動が大きく響いた。
「ぁ・・、そろそろ戻って準備したほうがいいんじゃないか。
雨もやんだし、もうすぐ出発だぞ。」
「あっ。そうね、私お風呂入ってそのままだから何も準備してなかったんだわ。」
戦場へ向かう準備を思い出し、急にガタガタと世話しなくが立ち上がった。
「ごめんねフリック!準備の邪魔して!また後でね。」
「。」
「え?」
急に呼び止められたその声の方を見ると、フリックは何かを思い出したかのような、
しかしそれを伝えるのを躊躇しているかのような表情をしていた。
「どうしたの?」
「あ・・・・。いや、すぐ終わる。ちょっと待ってくれ。」
「? うん。」
そう言うとフリックは、席を立ち上がりのすぐ傍へと寄り添った。
「俺は・・お前を・・・・お前を斬ろうとする全てから守ってみせる。」
突然の真剣な瞳に、は瞬きを数回してから顔を真っ赤に染めた。
「ど、どうしたのフリック。」
「俺は、お前を守る。」
そう言いながら少し傷のある右手で、まだ乾ききっていないの髪へと触れてくる。
どれだけその緊張の刻が続くのだろうと考えた矢先、すぐにその暖かな感触は離れた。
少しだけ寂しい瞳でその手を追う。
そしてフリックの真っ直ぐな青い眼を見つめると、苦しそうに、切なそうにその青は揺れていた。
「・・・フリック・・・・・・・・?」
「だが・・・・もし、もし俺に何かあったその後は・・・・・・・・・。」
「フリック!そんな・・・そんな事――――」
――――――言わないで・・・・・・・。
「いや、聞いてくれ。もし俺がお前を守りきれなくなった時、
お前自信で自分を守らなくてはいけなくなった時・・・・・。」
ゆっくりと・・・・しかし、しっかりと・・・ずっと自分を真っ直ぐに見つめてくるフリックを
はその最後が語られるまで、じっと見つめながら待った。
「自分で自分を守る時・・・・・・・・・・・・。」
そう言いながらフリックは自分の懐へと手を入れた。
何故か心臓が大きく跳ねた。
切っても切りきれない運命。
そう思った。
「・・・・・・・・。」
フリックの手の中で黒く光るそれは、
懐かしくも憎い。
昔の私の相棒の・・・・・・・・・片方だった。
