道具屋を出た後
既に本降りになっていた雨は
激しく道を叩き、
まるで全てを洗い流してくれるかのような・・・・・・・・・・
そんな
切ない音色を奏でる。
(これは走った方がいいのかな。でもそっちの方が濡れちゃうかしら・・・。)
どちらにしても、宿に着くころはずぶ濡れだろう。
全くやむ気配のなさそうな空を見上げため息を一つ吐き、
は少し速めの・・だけれど走るという程まではいかない速さで足を進めた。
こんな雨の中でも、どこかの家のだろうか・・・・食をそそる夕食の香りが流れてくる。
その香りと一緒に、聞こえるはずもないその家族の笑い声が聞こえた気がした。
冷たい雨に打たれながらも、はその匂いに心を弾ませながら宿へと真っ直ぐに向かった。
そしてカミューと・・黒い男と遭遇した広場へと戻ってきた。
ここを抜ければすぐに宿だ。
早く暖かい食事をして、着替えをして、
――――――そして準備を。
フリックがどれだけ自分を心配してくれているのかは十分に分かった。
しかし、だからと言って自分だけ黙って待ってはいられない。
フリックが自分を心配してくれてるのと同じように、
自分もフリックに死んでほしくないと心から願っているのだ。
そう。
きちんと説得をし、納得してもらえばいい。
ビクトールだって賛成のいろを出していたようだし、
フリックも今度はきっと自分の話を聞いてくれるはずだ。
(もしそれでも駄目って言うのだったら・・・黙ってついて行くんだから。)
はいつにない決心を胸に、その広場を抜けようとした。
服は既にずぶ濡れで、少し重みを感じるほどだ。
靴の中は歩くたびに音がし、嫌な感触があった。
とにかくまず着いたら、靴を脱ごう。
そう思った矢先、視界の端に人影が入った。
「ジョウイ?」
「さん・・・。」
は広場のベンチへと腰掛けているジョウイへ駆け寄った。
もちろんベンチのある場所に屋根なんかない。
ジョウイも自分と同様、ずぶ濡れだった。
「どうしたのっ?びしょ濡れじゃない!」
その言葉にジョウイはを見上げ、少しだけ頬を緩める。
「さんも、びしょ濡れですよ。」
「あ、私は少し用事があって出かけてたから・・・・。
そんな事より早く戻りましょう?風邪引いちゃうわ。」
「・・・・・もう少しここにいます。」
すぐに視線を逸らし、俯くジョウイはいつもと違った。
いいや。
違うわけではない。少し前から出ていたジョウイの『違和感』が、今はっきりと出されているのだ。
今まではこの『違和感』をジョウイは抑えているようにさえ見えていた。
「ジョウイ・・・?何か、あったの?」
こんな事自分が聞かないほうがいいのは分かっている。
自分なんかより、やナナミやビクトール達に話した方が、ジョウイのためになるだろう。
だけど聞かずにはいられなかった。
応えてくれなくてもいい。
とにかくジョウイに語り掛けたかった。
そんな・・・・・・顔をしていた
ジョウイ。
がジョウイへと話しかけたのを最後に、ジョウイは全く口を開かなかった。
ただ、煩いくらいの雨音が闇の中で二人を包み込んでいた。
まるで
暗闇の中の・・・見えない彼の心の叫びのように・・・・・・・・・・・・。
は黙ってジョウイの隣に座った。
雨に打たれ続けていたベンチは固くて、冷たくて・・・・ジョウイの心に触れるような気分だった。
宿へと戻らないを気遣い、ジョウイがやっと目を合わせてくれた。
「さん、先に宿に戻っていてください。」
「大丈夫。多分ジョウイよりきっと丈夫よ。」
「駄目です・・よ。もうすぐ戦いの準備が始まって、今夜中にはミューズを発つはずですし・・・。」
「いいの。私がもう少し、ここにいたいの・・。」
は自然にでる微笑みを浮かべ、寒さに震えもせずにジョウイを見つめた。
それならば一緒に戻ろうと言いかけるべきなのかもしれない。
しかし、今は彼にこう伝えたかった。
ここにいたい――――と・・・・・・。
ジョウイは震えていた。
寒さのためか・・・・それとも彼の心がそうさせているのか。
触れることはなくても、少しでも暖めたくて傍に寄り添った。
ジョウイはまた視線を足元に戻し、何を見つめているのか分からない揺らいでいる瞳をしていた。
はただ黙り、ジョウイから前方へと視線を移した。
ただ弾かれる雨を見つめ、その悲しそうな音色が楽しい音楽へと変わらないかと祈る。
それでも降りしきる涙のようなそれは冷たく、
二人を暖めることはなかった。
「・・・・・・・・僕は・・・。」
どれだけの沈黙が続いたのか、ふとジョウイが前を向いたまま口を開いた。
も前を向いたまま、軽く頷く。
「僕は・・この戦いを早く終わらせたい・・・・・・・。」
独り言のような・・・しかし確実に何かを伝えようとしているジョウイに、は耳を傾ける。
「ピリカのような子に・・・悲しい思いをもうさせたくないんだ。」
雨音が響く中、の耳に真っ直ぐ届くジョウイの声・・・・・。
「や・・ナナミを守りたい。」
優しい声でそれを口にした後、その拳が力強く握られた。
急な変化に、は視線だけでその握られた拳を見つめた。
「そのために・・・・・力、が・・・・・・・・必要なんだ・・・・。」
まるで自分に言い聞かせるかのように、ジョウイは一つ一つ丁寧に言葉にした。
「力さえあれば、ピリカは――――」
「ジョウイ。」
同じような事を呟き続けるジョウイに、が凛とした声で呼びかけた。
ジョウイは弾かれたように顔を上げ、を見つめる。
ジョウイを見つめるその瞳は、優しさそのものだと言えるだろう。
それだけ、はジョウイへ暖かなものを与えたいと・・安らぎを与えたいと感じた。
そして同じような光景を思い出していた。
―――――「俺が・・・・もっと・・・・・・。」
自分を守れなかったと、自らを嘆いていたフリック。
その時のフリックと、今のジョウイが重なった。
「ジョウイ・・・、誰しもある程度の力は必要かもしれない。」
ジョウイは黙ったまま、苦しそうな表情でを見つめている。
先程の震えはなく、まるで彼だけ時間が止まっているようだ。
「だけど、力を超えた・・・更なる『力』がもたらした結果はどうだった?
村を襲い、人々を殺し、それはいつか麻痺し始めて・・・・『力』という名を付けようのない事になる。
それは周りの人を幸せにするの?その人は幸せになれる・・・・?」
あくまでも無理に応えを求めない口調で、ゆっくりとは話を続ける。
「・・・・・・・・私は、力を求めていた。」
その言葉にジョウイの瞳が震えた。
「ううん。どちらかと言うと、力を植え付けられた・・・・。
それで手に入れた人並み以上の『力』。
そうしていくうちに、それを使う事に・・・・・・人を苦しめる事に慣れてしまってたわ。」
は前へと視線を向け、・・・・思い出したくない過去を頭の中に浮かべる。
嫌な自分の過去を引っ張り出してでも、ジョウイに伝えたかった。
二人に振りそそぐ雨が、なんども頬をつたう。
「人を守るために・・・・簡単に人を殺してはいけない・・・・・・・。」
自分は人を守るために、人を殺していたわけではない。
だけど、ジョウイは・・・・彼は違う。
愛しい人を守りたいがために、恐ろしい力を欲している。
そしてそれを使いたがっている。
そう肌で感じた・・・・・。
戦場に出て、ハイランドと戦う。
この事自体も人を殺してしまう事に確実に繋がっているだろう。
その場へ向かおうとしている自分がこんな事を言うのは矛盾しているのかもしれない。
しかし、愛する人を殺したくないがため、愛する人を戦場に行かせたくないため・・・・・・・・。
そんな人を守るために力を得たとしても、
行き過ぎた力は襲ってくる者だけではなく、
逆にその愛する人をも傷つけるかもしれない・・・・。
自分をも破壊してしまうかもしれない。
「そんな事をしたって・・・・みんなは喜ばないよ・・・・・。」
は笑ってジョウイを見つめた。
ジョウイはもう自分を見ていなかった。
しかし、その瞳は先程とは違う事がはっきりと見える。
その瞳から、雨なのか・・・・涙なのか、どちらとも分からない雫が落ちた。
「・・・・・・・・・・僕は・・・。」
ジョウイは右手を反対の手で押さえるように握っていた。
その手は微かに震えている。
はその震える場所へとそっと自分の手を置いた。
その暖かさにジョウイが一瞬びくりと揺れる。
「ジョウイは・・・優しいのね。」
それが何よりも強い事を示しているだろう。
力を求める彼だが、彼が求めようとしているものとは違う力をジョウイは持っている。
それだけで十分なのだ・・・・・・。
想像を絶する力を持ち、人を殺める事への麻痺はどれだけ恐ろしいか自分でも分かっている。
「そう・・・恐らくルカ様も――――」
それを口にした途端ははっとし、急いで口を手で覆った。
――――しまった――――・・・・・!
どしゃ降りの雨が甚く自分にあたっている気がする。
ジョウイの視線を―――――強く感じた。
