あの黒い男が、まさか街の中で襲ってくるなんて信じられなかった。


 それだけ自分を早く始末したい・・・・・・という事なのだろうか。


























 だとしたら・・・・・・・・、



 皆にも危険が及ぶ可能性は高い。



















 フリック



 ビクトール・・・・。



 それにレオナさん。

















 

 もちろん、あの子達にも・・・・・・。


 

 ジョウイ

 ナナミちゃん・・・・。




 そしてピリカちゃん・・・・・・・・・・・。














 しかし自分はあの子達の近くで戦うと決めたのではなかったのか・・・・・・・・・?

 自分勝手な償いとして・・・・・。





 彼らを純粋に守りたいと思ったではないか。
























 ――――だけど、守ろうとしている私のせいで、

     あの子達に、危険が・・・・・。



















 「。」
 「・・・!」
 先程顔を合わせたばかりの仲間の顔を思い浮かべていたは、
 ナッシュの穏やかな声で我に返った。
 「俺と一緒に行こう。」
 「ナッ・・シュ・・・。どうして?そんな、急に・・・・・。」
 「戦いだって急に決まったんだ。仕方ないさ。」
 ナッシュは少しでも戸惑いを見せるに穏やかな声を向け、
 その場にしゃがみ込み、下からの瞳を見つめた。
 「を危険な目に合わせたくない。」
 「今までだって――――」
 「今までのとは違う。これは人間同士の戦争だ。
  はもちろん参戦するつもりなんだろう?
  ・・・・だったら俺は、を連れてミューズを出る。」
 優しい声とは反対に、強い瞳に見つめられ、は思わず俯いてしまう。
 「私は、傭兵隊の一人よ・・・?戦わないでどうするの?」

 先程のフリックとの会話が蘇る。

 ――――「お前は戦場に出るな。」


 はっきりそう言われた言葉を思い出し、は唇をかみ締める。
 「どうして・・・?」

 「・・・・・・。」
 膝の上で思い切り握られているその白い手を、ナッシュはそっと自分の手で包んだ。
 「戦う以外に・・・・・私に、出来る事なんて・・ないのよ?」
 は声を震わせながらも、一つ一つ自分の思いを伝えようとしていた。
 ナッシュは先ほどの強い目ではなく、何かを見守るような色で震えるその唇を見守る。
 「私・・・戦う事しか・・・・・できない・・・。」
 悲しそうに、そして悔しそうに瞳を強く瞑っているに、ナッシュはそっと手を伸ばした。
 そして震えるその黒い髪を優しく撫でながら、間近で微笑みかけた。
 「戦う以外にもある・・・・。」
 「・・・・・・・・。」
 不安だらけの瞳ではナッシュを見つめ、無言で訴えていた。
 ――――具体的な答えが欲しい。
 ナッシュにはそれが痛いほど伝わっていた。
 少しだけ切なそうにナッシュは微笑むと、その額をの額に優しく乗せた。
 急に更に近くなった相手の顔に、は思わず目を瞑る。
 そして一間を置いてから、そっとその瞳を開くと、目の前には海色の瞳がこちらを優しく見つめていた。
 「近くにいる。それだけでいいんだ。」
 「・・・・でも、それだけじゃ・・・・・・・。」
 「が近くにいる。それだけで十分嬉しく思う人はいる。」
 「そん・・なの・・・・・・。」
 はふと目を逸らした。
 ナッシュは苦笑してその冷たい額をゆっくり離し、一歩離れた床へと腰をかけた。
 そしていつもの口調で、だけれどもいつもよりも優しい眼差しで口を開いた。
 「ほら、あの青いやつなら、が近くにいるだけで大喜びじゃないか?」
 その名には弾かれたようにナッシュを見つめた。
 口を開き、何かを伝えようとしても中々唇が動かない。
 「そ、んな事ないよ。」
 ナッシュはまた眉を下げながら、ふっと笑う。
 「俺さ、と王国軍の駐屯地で会う結構前からミューズにいたんだ。」
 は黙りながらも、目をナッシュへと戻して軽く頷く。
 「その頃から、その青いやつとか、でかい男とかを酒場で見かけたんだ。
  その時に偶然聞いたのが、の名前だった。」
 瞳を少し揺らしたは、自分の名が出た事に驚いたのか、両膝の上に置いていた手をひとつに握り締めた。
 「特に青い方はさ・・・、とにかくお前が無事に帰ってくることを願っていたよ。」
 「・・・・・・・・・・。」



 ―――――それは、戦わせるためじゃなくて・・・・?



 「に会いたい。そう言ってた。」



 ―――――「おかえり。」そう言って私を抱きしめてくれた腕は・・・・・・・・・・・真実。



 「・・・・。」
 「フリック・・・・・・。」
 既にの瞳は、いないはずの青に染められていた。

 ナッシュはその間だけ、を見ないようにした。
 「・・・・・・・・・・・。」


 沈黙の間に何処からか聞こえてくる雨音・・・・。

 屋根へと当たるその音が、ナッシュにはこの沈黙の唯一の救いと感じた。



 
 しばらくして、ゆっくり呼吸をしたが椅子から立ち上がった。
 「私・・・・やっぱりここを離れるなんて出来ない。」
 「・・・・・ああ。」
 ナッシュが全く引き止めないのが不思議なのか、は少し不思議そうな顔をした。
 「ナッシュはどうして私を戦場に行かせようとしなかったの?」
 フリックは自分に無事でいてほしいと、そう思っていてくれたのなら、
 戦いに行くのを止めたというのは分かった。
 少しくすぐったいけど、嬉しかった。
 「ナッシュ?」
 ナッシュは今は自分を見ているをじっと見つめ、
 しばらくしてから大きなため息を吐いた。

 「多分そのフリックってやつと同じだよ。」

 「・・・・・そ、か。・・・有難う。」
 は少し頬を染め、恥ずかしそうに頬をかいた。
 そんなを見つめ、ナッシュは目を細める。
 は扉の前まで歩き、笑顔を浮かべながらナッシュへと振り向いた。
 「よし、じゃあ行くね。」
 「ああ。気をつけてな。」
 「ナッシュこそ。無理しないでね。なんたって運がないんだからね。」
 「ははっ。それは気をつけても意味ないんじゃないか?」
 訪れたいつもの雰囲気には安心し、いつもの笑顔を浮かべる。

 ナッシュは立ち上がり、すぐさまこちらへ腕を伸ばしてきたかと思えば、
 無言でを力強くその胸へと引き寄せた。
 見た目以上に大きな身体に驚き、突然の出来事には再度緊張を走らせた。
 「ナッシュっ・・。どうしたの?」
 「・・・・・・・。」
 ナッシュはを包む腕の力を強めた。
 「俺は・・・本当に・・お前に戦場になんか行ってほしくない。」
 「・・・・ナッシュ。」
 「出来ることなら・・・・力ずくにでもここから連れ出したかった・・・・・。」
 「・・・・・・・。」

 は自然と目を瞑り、その声を雨音と共に聞き入った。

 「そして・・・・・・傍に・・・・・・・・。」
 「・・・ナッシュ?」
 徐々に小さくなるナッシュの声に、は瞳を開く。
 もう一度名を呼ぼうとしたその時、勢いよく身体を引き剥がされた。
 「っ!」
 「あっ、・・・・悪い。」
 「ううん。大丈夫。」
 はにかむような笑みを向けてくるに、ナッシュはただ笑顔で答えるしかできなかった。
 「また、会おうな。」
 「もちろん・・。」
 は力強く頷くと、名残惜しげにそのままノブを回した。

 部屋にはの残した扉の閉まる音と、強い雨の音だけが響いた。































 最後に残ったのは、ナッシュのため息と雨音・・・・。




 「無理矢理にでも・・・連れて行きたかったよ。」


 そう呟きながらナッシュは、扉を背にずるずるとその場に座り込んだ。
























 「あいつが言う前には、言いたかった・・・・・。」
























 誰にもそれが何なのかを聞かれる事もなく、



 伝えたかった事を言いたい相手に贈る事もなく・・・・・・・・


























 ナッシュはミューズを出た。