都市同盟。
それくらいの名をつけているのだから、
それぞれの領土の上に立つ人物達の志は皆同じだと考えていた。
しかし意外にも固まらないそれらの考え。
ハイランドにはない各代表それぞれの空気。
あまりいいものじゃないな。
素直にそう思った。
丘上会議は想像以上に困難なように見えた。
アナベルの気持ちは固まっている事だけがはっきりし、他の市国代表は曖昧だ。
唯一都市同盟を守るということに積極的に見えたのはサウスウィンドゥのグランマイヤーくらいだ。
逆にアナベルの言う事など気にしないどころか、反論めいた事を言っているのは
マチルダ騎士団団長ゴルドーだ。
ゴルドーの後ろには先程がぶつかった男が立っていた。
(マチルダ騎士団だったのね。)
その隣には青い騎士服を着た長身の、同じ騎士団の者と思われる人も立っていた。
二人は表情をぴくりとも動かすことなく、ただゴルドーの後ろに固く立ったままだった。
(騎士さまも大変なのねぇ・・・。)
まるで言い争いと言ってもいいくらいのその様子を再度見て、は小さくため息を吐いた。
話は一方通行のままかと思われたその時、都市同盟の兵が慌てて会議の中を入りアナベルのもとへと走ってきた。
「何事だ!?」
アナベルの後ろに立っていたジェスが眉間にしわを寄せ叫んだ。
その声の大きさにも負けないくらいの声で兵は叫ぶ。
「は、はい!ミューズ市との国境に駐屯していた王国軍に増援部隊が合流したとの情報がたった今入りました!!」
その情報を聞き、さすがの代表らもこれには驚いた様子で、辺りはすぐにざわめいた。
(正直・・・・気づくのが遅すぎるわ・・・・・。)
本来なら増援部隊が合流する前に気づくべきだ。
これまでいくつもの村が焼かれ、そして砦までもが襲われたのだ。
は首を動かさずに、隣にいるジョウイへとふと目をやった。
別に震えているわけでもない。声をあげているわけでもなく、無表情のままのジョウイ。
しかし、何かおかしい気がした。
空気―――というのだろうか・・・・・。
ジョウイから何かいつもとは違う何かが出ている気がした。
しかしそれほどジョウイとの交流があったわけでもないは、ただの気のせいか。と思った。
だけど―――という気持ちも同時に出ていた・・・・・・。
そんな事を考えていると、アナベルの凛とした声が会議室に響いた。
「もう一度盟主として命じます!即刻、我がミューズ市に全軍の集結を命じます!!」
それ以降は誰もはっきりとした反論をする事なく、丘上会議は終わった。
―――――――この戦い、駄目かもしれない・・・・・・・・・・・。
は誰にもその気持ちを伝える事無く、席を立った。
「どうだ?なかなか見ものだったろ?」
外に出た途端に、ビクトールが振り返り後ろにいたと少年少女に話しかけた。
その応えにすぐさま反応したのはナナミだった。
「そうかなー??おっさん同士がもめてただけじゃない?」
「はっはっは!確かに違いねぇな。」
「笑っている場合じゃないぞ。」
楽しそうに笑うビクトールに、フリックが腕を組みながらその瞳を相方へと向ける。
「増援部隊が加わったとしたら、すぐにミューズへと向かってくる。
他の市の援軍が間に合うかどうか・・・・・難しいところだ。」
「そんな・・・・。」
はフリックの口から聞いた厳しい状況に俯いた。
その拳は少し力が入っているようにも見える。
しかし、ジョウイの方を見てみると、不思議なくらい無表情だ。
(・・・・ジョウイ・・?)
先程の会議中での空気と同じだった。
どこか歪んでいるようで、それでも瞳は真っ直ぐ前を見ている。
そんなジョウイにが心配そうに話しかけた。
「ジョウイ?どうしたんだい?さっきから一言も喋っていないけど・・・・。」
「あ・・、ああ。ごめん。少し疲れたのかもしれないな。」
ジョウイはいつもの少し儚い笑みを作り、言葉を投げかける親友を安心させようとしていた。
やはり何か変だ。
そう感じたのはだけなのか、周りの皆はさほど気にしていないようだった。
(やはり私の気のせい・・?)
しかしそれはただの気のせいではなかった事を後に気づくことになる。
誰も間に合うことのない・・・・・その悲劇を目の当たりにして・・・・・・・・。
陽が沈みかけた頃宿に戻った一行を待っていたのはピリカだった。
扉を開けた瞬間にジョウイの元へ駆け寄り、その小さな額を撫でられた少女は目を細めて笑う。
その時だけは、ジョウイはいつも通りだった。
「あ!」
は何かを思い出したかのように、突然声をあげた。
急に聞こえた声に驚き、宿へ足を踏み入れたばかりの一同が肩をびくりとゆらし、を見る。
「おいおいいきなり叫ぶなよ。」
「あ、ご、ごめん・・ビクトール。」
「一体どうしたんだ?」
「う、ううんっ。なんでもない。」
(ナッシュ!ナッシュに知らせないとっ。)
まだ彼がこの街にいることは確かだ。
情報に余念のないナッシュだが、もしこの事を知らなかった場合戦いに巻き込まれるかもしれない。
それをは突然思い出したのだった。
なんでもないと言うに、誰もそれ以上何かを聞くことはなく、ほっと胸を撫で下ろした皆はそれぞれの時間を作る。
ビクトールとフリックは何かを二人で話し始め、
、ジョウイ、ナナミはピリカと共に他の仲間達の下へ行ったようだ。
恐らく全員戦いの事を頭に入れて・・・・――――。
は辺りをちらりと見渡し、小さな声でカウンターのレオナへと話しかけた。
「レオナさん、宿に泊まっていた金髪の男の人って今部屋にいますか?」
「金髪?ああ、ナッシュさんかい。あの人なら買い物をするって出かけたよ。」
「そうですか。」
(探して伝えないと・・・。)
「なんだい。ナッシュさんと知り合いなのかい?」
「あっ、え、と。」
(こんな所でレオナさんに誤魔化してもどうせ見透かされるんだろうなぁ・・・。)
「・・・・はい。」
何か聞かれるかと少しビクビクしていたに、レオナはため息を吐いて言葉を続けた。
そのため息には冷や汗が出た。
「それならあの人に宿賃早く払えって言ってくれるかい?先払いだってのにまだもらってないんだよ。」
「やど・・ちん?」
「ああ。伝えてくれないかい?」
「え?」
軽く笑みを浮かべ、いつもの怪しげな表情でレオナはを見つめた。
「は、はい。いってきます。」
「よろしく頼むよ。」
は固まった表情のままくるりと後ろを振り向き、
いつのまにかアップルも加わっていたその会議らしき事をしているビクトールとフリックの肩を叩いた。
「あ?どうした?」
「?」
不思議そうに二人が同時にこちらを振り向く。
はたどたどしくも用事を口にした。
「えと・・・少し出かけてきます。」
その内容に二人は同時に瞬きをする。
先に口を開いたのはフリックだった。
「何か用事か?」 ・ ・ ・ ・
「あ、うん。レオナさんの・・・・おつかいに。」
「一人で大丈夫か?迷いそうだったら俺も一緒に―――」
「フリック。お前父親じゃねぇんだからよ。をいくつだと思ってるんだよ。」
珍しくフリックの方ががため息を吐かれていた。
軽く渋い表情をするフリックを無視し、ビクトールが腰に手を当ててへと話しかけてくる。
「レオナのつかいならそんなに大した事じゃねぇんだろ?」
「う、うん。大丈夫。」
ビクトールが「な?」と、へ向けていた視線をフリックへと向けた。
同時にも少し自信なさげに下からフリックを見上げた。
「・・・・・まあ、市内なら安全だろうが、無理するなよ。」
「お前・・・本当に親父くさいな・・・。」
「うるせぇよ。」
「ふふ。大丈夫。すぐ戻るから。そうしたらこれからどうするのかを詳しく聞かせてもらえる?」
「え?」
当たり前のように投げかけた質問に、フリックが疑問の表情を浮かべた。
その後ろから、今まで静かにこちらを見守っていたアップルが声をかけてきた。
「さん・・・戦いに参加するんですか?」
「ええ、もちろん。」
そのの顔を見て、こちらを見ていた3人の表情が凍る。
(え・・・・・?)
その様子に自信たっぷりに返答したが、今度はすぐに自信を無くしたように表情を曇らせた。
「あの・・・駄目ですか・・・?」
不安げに聞いてくるに、3人ははっとし、アップルが先に口を開く。
「あ、いえ。ごめんなさい。駄目とかではないの――――」
「いや。駄目だ。」
「フ、フリックっ?」
の申し出を受けようとしたアップルの言葉を遮り、フリックは真剣な表情でを見つめた。
ビクトールは少し目を見開き、隣のフリックを無言で視線を向けた。
「駄目だ。お前は戦場に出るな。」
「ど、どうしてっ?」
きっぱりとした否定に、流石のも引き下がらなかった。
「お前が俺達の仲間じゃないとか言ってるわけじゃない。だが、お前を戦場に立たせるわけには行かない。」
「・・・・・・・・・・。」
断として気持ちの隙がないフリックに、は言葉を失った。
そこへようやくビクトールが口を挟む。片手をテーブルにつき、もう片方の手を腰に当てフリックを見つめていた。
「おいおい。こいつの強さはお前が一番分かってるだろ?危険なのは確かだが・・・それは今までもそうだったろう。」
いつにない確かなビクトールの言葉に、黙っていたとアップルがフリックの答えを待った。
「・・・・・・・とにかく駄目だ。」
「フリック!」
「お前は出るな!いいな!」
珍しく大きな声を出したよりも、さらに強くフリックがその言葉を消した。
は何故そんなにもフリックが反対するのかが分からず、拳を強く握り締めた。
俯くその表情は苦しそうにも見える。
酒場がしんと静まり返り、少しざわめきが再び聞こえだした頃には足を外へ向けていた。
今まで話していた3人の耳に、の靴音と扉の閉まる音だけが響いた。
その音を聞いてから、ビクトールがいつもより少し低い声で話し始めた。
「・・・フリック。お前なんでそんなにを戦場に行かせることを嫌がる。」
「・・・・・・・・・。」
「まさかオデ―――」
「そうじゃない。」
「じゃあどうしてだよっ!」
ビクトールが声を荒げ、テーブルに勢いよく拳を落とした。
「あいつがどれだけ自分の居場所が欲しくてここへ戻ってきたか分かってるのかよ!」
「ビクトール・・・――」
「うるせぇ!!」
今にもフリックに飛び掛りそうなビクトールを微かな声でアップルが静めようとするが、
それを全く気にもせず、ただ黙っているだけのフリックを睨みつけた。
「あいつはお前に必ず戻ってくるって言ったんだろ!自分の居場所っつったんだろ!?」
ビクトールはフリックに詰め寄り、間近で最後に声を殺しながら言った。
「お前がその居場所を減らしてどうすんだよっ・・・・!」
「・・・・・・・・・。」
それでも口を開こうとしないフリックに、ビクトールは軽く舌打ちをし、その身を離した。
「レオナ酒だ!」
「はいはい。」
ため息を吐きながらもレオナはこうなる事を察していたのか、既に酒の準備をしていた。
運ばれてきた酒を口に運ぼうとするビクトールに、ようやくフリックが口を開く。
「あいつのさっきの顔見たか・・・?」
その言葉にぴたりとビクトールは手を止め、アップルも視線をフリックへと向けた。
その沈黙にも関わらず、先程まで黙っていたのが嘘のようにフリックは言葉を続ける。
「当たり前のように戦場に向かうと言った時のあいつの顔・・・見たか?」
ビクトールは何も言わないまま、口へ運ぼうとした酒を見つめながらテーブルへと置いた。
「今まで以上に生き生きとしていて・・・・まるで戦うためだけに自分はいるかのように・・・・・っ。」
周りの客のざわめきだけが3人を包み込む。
レオナは静かにそれを聞きながら手を動かしていた。
「俺は・・・そんな場所をあいつに作ったわけじゃないっ・・・!」
今度はフリックがテーブルへと拳を叩きつけようとした。
しかし、その手が軋む板へと着く前に、フリックはその拳をそのまま自分の懐へ持っていきそこへ触れた。
まるで大事な物でも触れるかのような手で・・・・。
ビクトールはただ黙って微かに波紋を作っている酒を見つめている。
そんな中、アップルがぽつりと呟いた。
「あの時のさん・・・。怖いくらいに綺麗だったわね・・・・・・・・。」
は込み上がる悲しさと怒りで宿の扉を閉めた後、しばらくその場に立ちすくんでいた。
何故フリックは自分を戦場へと連れていってくれないのだろう。
ハイランドと繋がっていると知られた・・・・・・・?
それなら何故私を仲間にしてくれたの?
私は邪魔なの?
いつもの自分らしいとも言えるくらいの悲しい気持ちが広がっていく。
しかしいつまでもこうしてはいられないと、ふと視線を上げた時、意外な人物と出会った。
「アナベルさん・・・・。」
「確か・・・ビクトール達と一緒に会議を見ていた子だよね?あいつはいるかい?」
いつもそのすっとした雰囲気に、何故か言葉を交わすだけで真っ直ぐになれるような気がする人・・・・。
「あ、はい。今何か話し合いをしているようです。」
「そうか。それは丁度良かった。」
ふっと笑うその表情が、何故かビクトールと似ている。と思ってしまった。
(こんなに綺麗な人なのに・・・?)
は無意識にビクトールに失礼な事を考えながらも、その長身の女性を見つめた。
「ん?私に何か?」
「あっ、ごめんなさいっ。」
「はは。あんた変わってるね。」
「・・・・・・・・・・そうでしょうか。」
「・・・? 中で何かあったのかい?」
「え・・?」
図星ながらにどきりとし、もちろんイエスと言っていないにも関わらず相手はその空気を読み取ったようだった。
初めて会話を交わす人なのに、何故か口が勝手に動いた。
「私・・・・。」
「ん?」
「私・・・・・・変わってなんかいません。」
突然意味不明とも思える言葉を出したに、
アナベルは不思議そうな顔一つせず、黙ってその言葉を聞いていた。
「私、つまらない人間です・・・。」
一つでた答えに、アナベルは大きく瞬きをして頷き、片手を腰に当てた。
「私もそうさ。」
意外――というよりも、有り得ない言葉には勢いよく顔を上げ目の前の女性を見つめた。
「私もつまんない人間だよ。」
「そ・・んなっ。アナベルさんは、あんなにも立派な事をしていて・・・凛としていて・・・。素敵な人です。」
「ははっ。有難う。」
またその笑顔がビクトールを思わせる。
「私があんたの言う『素敵な人』っていうなら、あんたも『素敵な人』さ。」
「そんな事・・ないです・・・・。」
「・・・・・・・・・。
いいかい。この世の中には人間なんて2つしかない。」
俯いていたが少し瞳を大きく開き、アナベルを見つめた。
「2つ、ですか?」
「ああ。」
そしてアナベルは人差し指を前に出し、
「一つは生きてる人間。」
そして次に中指を立てた。
「もう一つは死んだ人間さ。」
「・・・・・・・・。」
「素晴らしい人間やら、悪党やらは、結局同じ人間が勝手に言ってるだけだ。
悪党だって言われてるやつらを裁いてるやつらも、実は悪党かもしれない。」
真っ直ぐと見据えて離すアナベルに、は目を離せなかった。
「そんな勝手な決めつけは、薄っぺらいもんだよ。」
そして最後にニッと笑い、アナベルはの肩へと軽く触れて宿の扉の前に立ち、
扉のノブに触れる前に、ぼうっとアナベルを見つめるへと振り返った。
「だけどまあ素敵な人って言われるのも悪くないね。」
その言葉に、何故か自然とに笑みがこぼれる。
「それに、丘上会議の時、じっと私を見つめて都市同盟の事を考えていたあんたも素敵な人だと思うよ。」
私の勝手な決めつけだけどね。そう言ってアナベルは別れの言葉も交わす事無く扉の中へと入っていった。
はしばらくその閉まったままの扉を見つめていた。
そうか・・・・・。
彼女が何故ビクトールと似ているのかに少し分かった気がした。
悪だろうが正義だろうが関係ない。
ただ、自分の良いと思った人間なら、彼らは笑いかけるのだ。
そんな、屈託のない笑みを
自分もいつかしてみたいと思った。
――――――できるよ。
そう誰かが言ってくれたような気がした。
その扉を見つめたままだった瞳を反対側へと移し、は歩き出した。
(ナッシュ・・・・・探さないと・・・・・・・・。)
そう思い、まずは宿から一番近い広場へと足を向けた。
ふと辺りに視線がいく。
―――――人気が少ない・・・・・。
もう陽が沈んだとはいえ、ミューズとは思えないくらい人がいなかった。
は思わずぞくりと身を震わせる。
その瞬間、はすばやく剣を引き抜いた。
「誰?」
が声を出した瞬間、見えない相手は突如こちらへと飛び掛ってきた。
それも信じられないくらいの早さで。
「っ!!!」
の頭へとまっすぐ向かってきた剣を思い切り振った剣で弾いた。
その力に相手は飛ばされたように見えたが、全く同じず体勢を整える。
「くっ!」
(こんな時・・・・・!!)
―――――あれがあれば!
一度は捨てたその名を心の中で呼ぶ。
しかしそれで何かが変わる事もなく、再度すばやく相手は向かってきた。
今度は顔の間近で、頭に響く音をたてて剣が交わる。
「何!?」
その瞬間は驚きで瞳を見開いた。
この距離なら、暗くとも相手の顔は見えるはずだった。
しかし、相手の顔は全く見えない。
何故なら敵の顔には、真っ黒な布を頭から被せてあり、
どこからこちらを見ているのか分からないくらい真っ黒だったからだ。
辺りを見渡す、そして呼吸を促すための穴は何処にも見当たらない。
(まさか―――!!)
あまりの不気味さには思わず力を緩めてしまった。
「きゃ・・ぁっ!!」
当然のように後ろへ吹き飛ばされてしまい、後ろへよろけそうになるへとすかさず敵は向かってくる。
――――――こいつら・・・・・追っ手!
すかさず体勢を整えたに、
その黒が信じられないくらいの速さで飛び掛る――――。
