ただいまと言える場所。




 とっくの昔に、そしてついさっき消えた場所。






















 今・・・・そんな私が帰る場所は・・・・・――――――。

























 あの後すぐにナッシュはジョウイを逃がしてくれた。
 はもちろん顔を合わせるわけにもいかず、
 遠くからジョウイが無事に逃げれるよう見守るだけだった。
 薄暗い森の向こうでジョウイが一度後ろを振り返り、そして奥へと消えていった。
 



 私は少し、その少年の表情が気になった。





















 「ナッシュ、ありがとう。」
 王国兵の鎧から、自分の服へと着替えたナッシュに声を掛けた。
 「ああ。元から逃がしてやるつもりだったし、礼を言われるほどじゃないさ。」
 「・・・・・ナッシュって。」
 「ん?」
 「お人好しね。」
 ナッシュは自分の予想していた事と違う答えが返ってきたため、その場で少しこける。
 「それはいい人って事?」
 「うーん。人がいいのに、運が無いっていうのが可愛そうだな、と思って。」
 「・・・・は、は。」
 ナッシュは引きつった口の端を上げ、
 ため息を吐きながら木に縛り付けていた兵の方をちらりと見る。
 も同じく熟睡している兵を見て、ナッシュを再度見つめた。
 「ところでナッシュはこれからどこへ向かうの?」
(もう少しナッシュの目的を探りたいところだけど・・・あまり深追いしない方がいいかしら?)
 の予測に過ぎないが、恐らくナッシュは工作員だろうと考えていた。
 ハルモニアの人間と分かっただけだが、
 これだけ動ける者といったらそれしか考えられなかった。




 それとも・・・・・・・。














 (ほえ猛る声・・・・・・・。)





















 「ミューズだよ。」

 「えっ?」
 ナッシュの応えには身体をびくりと震わせる。
 「・・?そんなに驚く事じゃないだろ?」
 「あ・・・・。行く所・・私と、一緒だと思って。」
 もちろんそれに驚いたのもある。
 考え事をしている時に話しかけれたというのが一番の驚きの原因だが。
 (目的地が一緒か・・・。ナッシュなら、大丈夫・・かな?)
 「同じ場所なら一緒に行かないか?」
 「いいの?」
 「もちろん!なら大歓迎。」
 「どうして?」
 ナッシュの言わんとしている事が理解できないは小首をかしげる。
 そしてすぐに何か思い当たったように口を大きく開けた。
 「あっ、私がいると敵と戦うのが楽だからでしょう?
  ナッシュって結構面倒くさがりなところあるものね。
  まあもちろん私もナッシュと一緒だったら助かるけど。」
 は自己完結を済ませ、一人でくすくすと笑っていた。
 そこでようやくナッシュが違うという事を一応知らせる。
 「いや。そうじゃないんだけど・・・。」
 「??違うの?」
 「あ、違うっていうわけでもない。」
 「??」
 「鈍すぎるってのも困るんだよなぁ。」
 ナッシュは苦笑しながら頭を軽く掻いている。
 はきょとんとその様子を見つめた。

 「私、鈍い?」
 「え?」
 「やっぱり・・・鈍い?」
 「え・・そりゃあ・・・そういうコトに関しては鈍そうだと思うけど。」
 「やっぱり鈍いんだ・・・。」
 「お、おい??」
 急に顔を青ざめるに、流石のナッシュも何かまずい事を言ったのかと焦りを見せる。
 「ご、ごめんなさい。私、人と話すの最近慣れてきて・・・・。
  相手が言おうとしている事をうまく理解する事が出来ないみたいで・・・・。」
 「えっ、いや、そういう意味でもないよ。」
 いつになく落ち込むに、ナッシュが慌てて先程言おうとしていたことを言う。

 「みたいな子と一緒にいれたら嬉しい。って事なんだけど?」
 
 「・・・?」

 「はは。これだけ言っても分からないんだったら流石にそれは鈍いぜ?」

 「・・・・・・。」

 はナッシュの瞳を少し見つめてから視線を下へとやり、
 しばし何かを考える仕草を見せる。

 「!!」
 そして自ら何かに気づいたかのように、顔を真っ赤にした。



 「は可愛いって事だよ。」
 追い討ちを掛けるようにナッシュが少し小さく囁く。
 それには目を大きく開き、
 更に耳まで真っ赤に染めてその瞳を勢いよく見つめなおした。
 海色の瞳は、少しいたずらを交えたような動きをしていた。

 「あ・・・。」

 「ん?」

 「ありがとう・・・・・・。」

 何か文句を言われる事を予想していたナッシュは、何度か瞬きを繰り返し、
 目の前で俯いて顔を赤くしている女性を笑いながら見つめた。















 「どういたしまして。」









 そしてまた二人で第二の目的地へと歩き出した。








































 ミューズまでの道のりはさほど苦しいものではなかった。
 もちろんナッシュと一緒だったということもあるが、
 都市同盟への関所を抜けてからは敵もそこまで強くもなく
 これならジョウイも一人で無事帰れるだろうと安心していた。
 (私達とそんなに早さも変わらないから・・・、どちらかが先に着くかなくらいね。)
 ジョウイの方が幾分早かったため、恐らく彼の方が先に着くと思われた。

 「お、ミューズ市が見えてきたぞ。」

 ナッシュに言われ、少し鼓動を早ませながら遠くの大きな街を見つめる。

 「ミューズ・・・・・。」


 考えてみれば、ミューズにはハイランドを抜け出してから一度しか訪れたことが無かった。
 フリックと二人で向かった時には、
 途中で黒い鎧を着た騎士によってその土を踏む事は敵わなかったのだ。

 (あそこに・・・・・・・・みんなが。)


 ――――――――仲間。









 こんな自分をそう呼んでくれた人たちが、あそこにいる。

 そんな事を考えただけで胸が締め付けられれ、目の周りが熱くなる。



 「フリック・・・。」



 思わず彼の名前を口に出していた。


 「ん?何か言ったか?」

 「あっ・・ううん。何でもない。」

 ナッシュに聞えなかった事に安心し、それでも近づく街に鼓動を弾ませ、
 は自然とそこへ向かう足が速まっていった。

 「そんなに急ぐと転ぶぞ?」
 「大丈夫よっ。」
 後ろから話しかけたナッシュに、はありったけの笑顔で振り返り応えた。
 「・・・・・。」
 今まで見たことも無いその笑顔に、ナッシュは一瞬開けかけた口を止めてから
 一間置いて質問を投げかけた。

 もちろん、いつものあの口調で。

 「ミューズに待ってる奴でもいるのか?」
 「えっ・・・・?」
 予想以上の反応にナッシュの方が困った。
 質問をした途端にの足は止まり、頬を染めて嬉しそうに視線を泳がせていた。




 の顔が赤く見えるのは、

 おそらく夕暮れのせいだろう。



 ナッシュはそう思いながらも彼女の背中を優しく押した。

 「それなら早くそいつのとこへ行ってやんないとなっ。」

 「ナ、ナッシュ!そこまで特別に思ってもらってるわけじゃないわ。
  みんなは・・・・、仲間なの。」

 「仲間?」

 「うん。初めて・・出来た。仲間。」

 その言葉を、ゆっくりと。
 そして今度こそ頬を赤く染めて照れながらは応えた。

 「そっ・・か。」

 ナッシュはの背中に添えた手をそのままに、優しく前へと押していった。

























 そして・・・市の門が見えてきた時、自分達より少し前を歩いている人影が見えた。




























 それは紛れも無く、ナッシュが逃がしたあの少年だった。



 「ジョウイだわ!」

 嬉しさをこみ上げ、思わず大きな声を出してしまった自分の口を急いで両手で塞ぐ。
 ここでナッシュと二人でいるところを見られてしまってはまずい。
 ジョウイは王国兵の姿をしたナッシュを見ているのだ・・・。
 しかしジョウイとの距離はそこまで近くも無く、の独り言で終わることが出来た。
 もちろん、隣で笑みを浮かべるナッシュには聞えていたが・・・・。
 は口に手をやりながら、ちらりと隣の長身の男を見る。
 もちろんその相手はこちらを見て笑っていた。

 「は前より感情を出すようになってきたよな。」

 まるで自分を見守ってくれているかのような眼差しで言われ、
 その上あんな自分を見られてしまいは軽く頬を染めながら、
 前にいるジョウイへと視線を戻す。


 その時、ジョウイの足がふと止まった。


 「・・・・・・・・?」
 「どうしたんだ?」
 「ジョウイが・・・。」
 の少し不安そうな表情に、ナッシュも前で止まっている少年を見つめた。
 そしてすぐにさっきと同じような優しい笑みを浮かべる。
 「ほら、よく見ろよ。」
 「え?」


 ジョウイの更に向こうから走ってくる人影が見えた。

 彼らの声がここまで聞えてくる。


 「ジョウイ!!」
 「ジョウイ!!!帰ってきたんだね!!!!」
 そう言った二人はジョウイへと駆け寄る。
 その後ろからは、小さな影が少し送れて走ってきた。

















 ――――――ああ・・・・。



 あれが、「帰る場所」なんだ・・・・・・・。

















 はその眩しい光景に思わず目を細めた。

 一人の女の子と、とっても小さな少女がジョウイに抱きつく。
 その少し後ろで、そんな3人を暖かい眼差しで見つめる少年。

 ジョウイが何かを言い、しがみつく二人を抱きしめる。
 そして見つめている親友へと何かを語りかけているようだ。























 とナッシュは何故か一言も話さずそれを見つめ続けた。


 お互い何を思ったかなんて語り合わず、

 ただただ、嬉しさを精一杯表している彼らをその瞳にやきつけた・・・・・・・・・。


















 十分に喜びを分かち合った彼等は、街へと戻っていった。
 ジョウイの腰ほどしかない小さな少女は、その手を離すまいとぴったり寄り添っていた。



 ようやく4人が見えなくなってから、小さな息を吐いたナッシュが切り出す。

 「さて、と。俺達も行くか。」
 「・・・ええ。」

 お互い見合い、同時にその足を前へ出した。


















 いやに合うその波長は・・・―――――


 彼と私が同じ気持ちだからだろうか・・・・・・・・・・?

























 ジョウイが彼らの元へ戻れた嬉しさと



























 どうしようもない嫉妬と・・・・・・・。



































 ミューズまでの門はもう目の前だ。








 第3章 完