シード・・・。






 あんなにあっさり私はテントを後にしたけど、


 みんなの所に早く戻りたい気持ちは大きかったけど、























 貴方と過ごした日々は幸せだった。




























 ―――――「お前は、幸せになるべき人間だ。」































 ――幸せだった・・・・・・・・。




















 驚きで足が動かなかった。
 見間違えるはずはない。
 (ジョウイ・・・?)
 傭兵隊の砦で出会った少年。初対面の彼はいつも壁をつけた目で自分を見ていた。
 しかし、あの二人・・・とナナミ。そしてピリカを見つめる目はとても優しく、暖かなものだった。

 (それにしても・・どうしてこんな所に?)
 薄暗い中で見たジョウイは縄で縛られ、ラウドに奥のテントへと連れて行かれたようだった。
 ラウド・・・ハイランド王国軍ユニコーン少年隊の隊長だった男。
 自らの出世のために自部隊を壊滅させた卑劣な人間だ・・・。
 (信じられない・・・・。ジョウイ・・っ。)
 奥の一回り大きなテントへと二人は入っていった。
 流石に追いかけるわけにもいかず、ジョウイの事は気になるが、まずは身を隠さなくてはいけない。
 取り合えず数人の見張りに見つからぬよう、そのテントまで近づき身を潜めた。
 (この駐屯地で一番大きなテント・・ということは恐らくルカ様のテント。
  うかつに近づくことはできなさそうね。
  ・・・・・それにしても・・・。)
 は辺りに集中しながらそのテントへの注意も怠らないまま思考を駆け巡らせた。 
 (ジョウイがハイランドへ戻ってきた・・ということは無さそうね・・・。
  そうすると、王国軍の様子を見に来て捕まった・・というところかしら。
  それにしても一人で来るなんて・・・。ビクトールやフリックがそんな事をさせるとは思えないし・・・・。)
 が今の現状を様々な可能性から考えていると、後ろから人の気配を感じた。
 「!?」
 勢いよく後ろを振り返ると、見知らぬ男がすやすやと眠っていた。
 「・・・?ど、どうしてこんなところで・・・。」
 暗闇の中、その男の状況を落ち着いて見る。
 よく見てみると、その男は木に縛り付けられながら眠っていた。しかも下着姿で。
 周りの草は何度か踏み潰された後があり、寝ている男一人のものとは考えられなかった。
 「・・・・・・。」
 はゆっくりとその男が縛り付けられている隣の木を見上げた。
 そして身軽にその上へと登る。
 昔、自分もよく相手から服を奪う・・・借りる時は今の寝ている男のように縛り付け、
 よく隣の木の上に自分の物を隠していたからだ。

 「―――!」
 その木の上には、見覚えのある装備があった。
 その人物の性格なのか、服などがきちんと畳まれているのを見て思わずは噴き出す。
 こうまで分かりやすい持ち物だと、その持ち主もすぐに分かる。
 (彼は・・・やはり普通の旅人なんかじゃなかったのね。)
 お互い自分の事はほとんど明かさずにいたが、ここまでくるとなんとなく相手の正体が見えてくる。

 がその彼の装備に手を伸ばしたその時、テントからジョウイとラウドが出てきた。
 「!」
 はすかさず木から降り、ジョウイが連れて行かれる場所を確認しようとした。
 しかし、それは次に同じテントから出てきた人物を見たことによって足を止めることになる。
 「ど、どうしてあんな所から?」
 そんな人物をハラハラと見つめながら、はそこを移動した。


















 「ナッシュ。」

 「!!??」












 名前を呼んだ反応はまさに本人だということを悟っていた。
 流石の彼も、ここで名前を呼ばれるということは考えていなかったのだろう。

 まず大丈夫だとは思ったが、ナッシュが少しでも声を出しては兵に見つかる場合がある。
 はナッシュが振り向く前に相手の身体を固定し、くぐもる程度に話せるよう口を塞いだ。
 そうするとナッシュは、了解した。とでも言うように、右手を軽く上げた。 
 それを確認し、はナッシュの身体を離した。
 そして二人で回りに細心の注意を払いながら草むらへと身を隠した。


 「。久しぶりだな。」
 屈託なく笑うナッシュは、なんの焦りも見せずいつもの調子だった。
 「久しぶりね。とにかく無事で良かったわ・・・と、言いたいところだけど、
  まさかハイランドの王国兵でした。ということは無いでしょうね?」
 有り得ないとは思っていたが、一応軽口を投げかけるような雰囲気でが質問をした。
 その質問にナッシュは思ったとおりの反応。
 「ははっ。俺がもし王国兵だったら、わざわざ仲間を眠らせて、木に縛って装備を借りたりまでしないさ。
  見たんだろ?ぐっすり眠ってる兵隊さんをさ。」
 「流石ね。私の質問と行動でそこまですぐ読み取るなんて。」
 「お互い様さ。」
 相手を追い詰めるような会話の中、二人はお互いに笑う。
 そして一間おいてから、が少し真剣な表情をして目の前の海色の瞳を見つめた。

















 「ハルモニアね。」



















 「ご名答。」
 もう誤魔化す必要がなくなった。というよりも誤魔化しても意味がないと分かったのか、
 ナッシュは苦笑しながら少し肩を竦めた。
 「でも前から気づかれているのかと思ったよ。」
 「なんとなく・・だけどね。でも確信は無かったわ。こんな陽気なハルモニアの人は見たことないしね。」
 笑いながら応えるに、ナッシュも笑みをこぼす。
 「失礼だな。これだけ紳士的なハルモニアの人間なんていないぜ?」
 「ふふっ。そうね。」
 くすくすと口に手を添えて笑うをナッシュは見つめる。


 「君もハルモニアの人間だと思っていたんだけどな・・・。」
 「え?」
 突然のナッシュの言葉には流石に驚いた。
 しかしよくよく考えてみると、ナッシュがそう思うのも当たり前なのかも知れない。
 以前ナッシュは自分の剣がどこの物かを言い当てていたし、指輪もハルモニアの物だという事も知っている。
 これだけ・・しかも貴重なハルモニアの物を持ち合わせているのだ。
 がハルモニアの人間だと思ってもおかしくは無い。

 「違うんだろ?」
 「・・・・ええ。」
 
 沈黙が二人の空間を包む。
 ナッシュが自分の言葉を待っているのは分かってた。
 でもこれ以上続けるわけにはいかない・・・・。
 「ごめん。」
 「いやいいさ。今度じっくり聞かせてもらうことにするよ。」
 今度。という言葉に少し緊張が走る。
 「あの時の約束もあるしな。」
 「約束・・・?」
 ナッシュがおどけた様子で顎に手を当てながら口を開く。
 二人の間に、今度また会うという約束以外にあっただろうか・・・。
 は前回会ったときの事を思い出す。
 が、自分で考える中では特別、約束というものはない。
 「あれだよ。あ・れ。」
 「あれ・・・って?」
 「ステキな格好で登場してくれるんだろ?」
 「ステキな・・・・・・。!!!」
 (思い出した・・・。)
 は気づいた瞬間、思い切りげんなりした表情を出した。
 「楽しみにしてるぜ〜。」
 ナッシュは言うだけ言い、手をひらひらとさせながらそこを立ち去ろうとしていた。
 流石にも焦り、ナッシュの腕を掴む。
 「ちょ、ちょ、ちょっと待って!」
 「ん?今してくれるのか?」
 「そ、そうじゃなくて!」
 恐らくナッシュは気まずい空気が流れたため、その話題をふったのだろう。
 それにしても引っ張りすぎだが・・・。
 「そうじゃなくて・・・、ジョウイは・・・・。」
 その名前を出した途端、ナッシュの目の色が変わった。
 「あいつを知ってるのか?」
 「ええ・・・。何度か会ったことがあるのだけど・・・。
  ジョウイは・・・殺されるの?」
 は先ほどジョウイが連れて行かれた食料庫へと目線を向ける。
 ナッシュも同じ場所を見つめていた。
 「いや、殺されはしない。」
 「え・・、でもスパイとして捕まっているんでしょう?ルカさ・・ルカ・ブライトもここにいるんだもの・・・・・・。
  殺さないわけが無いでしょう?」
 「俺が逃がす。」
 「えっ・・・?」
 ナッシュの真剣な声にがその声の方へと視線を戻した。
 少しだけ彼の腕を掴んでいた手の力が緩む。
 その手を今度はナッシュが力強く握った。
 「心配するな。ルカ・ブライトも、すぐに取って食うわけじゃなさそうだしな。
  少なくとも今夜中は手が出されることは無い。その間に俺が逃がすさ。」
 「ナッシュ・・・。」
 いつもの笑みを浮かべ、ナッシュは軽く方目を瞑りながら手を離した。
 少しだけ寒くなった自分の手を無意識には強く握る。
 恐らくナッシュなら確実にジョウイを逃がしてくれるだろう。

 「これから食料庫に行くけど・・・も来るか?」
 「・・・え?」
 「見張りは一人だ。君なら簡単に入り込めるだろ?」

 おそらくナッシュは、自分がジョウイに会いたいと思っていると考えているのだろう。

 (正直なところ・・・・・会いたくはない・・・・。)
 ジョウイに会ってしまえば、まず自分が何故ここにいるのかを問われるだろう。
 そうなると一度もミューズに行っていない自分が、彼が捕まった事を知っているのはおかしい。
 となると、ハイランド側から知った・・・という事になるだろう。
 (特にジョウイは頭のきれる子だわ・・。誤魔化しきれるとは思えない。)

 「ううん。ヘタに動かない方がいいだろうし、遠くから見守るわ。」
 ナッシュに変に思われてもまずいと考え、は笑顔で答えた。
 感ずかれないように軽く応えたとはいえ、相手はナッシュだ。
 何かに気づかないわけではないだろうが、とにかく今はジョウイを早く・・そして自分以外の手で助け出すのが先だ。
 面倒な話になる前に、まずジョウイを助け出してほしかった。
 「高みの見物か〜。いいご身分だねぇ。」
 やれやれと言うように、ナッシュが肩をすくめる。
 察しの良い彼は、そのまま素直にジョウイのいる食料庫へと足を向けた。
 「それじゃあ行ってきますか。」
 「・・・・ありがとう。」
 そのままナッシュは何も聞かず、背を向けながら手を振ってジョウイのもとへと向かった。





 「ジョウイ・・・・。」
























 ふととナナミの顔が浮かぶ。




 (きっとジョウイの帰りを待ってるわ・・・・っ。)

 はジョウイが無事逃げれるよう、両手を祈るように組んだ。























 ―――――――彼には帰るところも、心から待っていてくれる人もいるのね・・・・・。

























 ふとそんな考えがよぎる。


























 それが、ジョウイが無事帰ってほしいと願う気持ちなのか・・・・・・――――




























 それとも、ただの彼への嫉妬なのか・・・・・・・・・・・・。

































 「シード・・・・・・。」





























 もうそこは・・・・・・・・・・






























 帰る場所ではない。






















 頬を濡らしたそれは・・・・・・・・・・・・おそらく雨だろう。






























 いやに暖かい雨だった。