シードはこう言っていたはずだ。








 自分の怪我が治るまで、仕事を手伝え。と・・・・・。
























 実際仕事なんてほとんど手伝っていない。というよりも、何もさせてくれなかった。
 何かをさせて欲しいと頼んでも、ただ自分の傍にいろ。
 それだけしか彼の頼みはなかった。
 そんなの仕事じゃない。と何度か言ったが、それがお前の仕事だ。と言いくるめられた。
 普通の仕事じゃなく、ただ傍にいるだけ・・・・・。
 最初からシードはその気だったのだろうか。
 そんなに自惚れしているわけじゃないけど、ある時ふざけてそう聞いたら、
 そうだ。
 と言うものだから、その後何も言い返せなくてただ顔を赤くしてしまった。




 そんな事は・・・もう何日も前の話。



















 シードの傷が治っていない時の、話だ・・・・・・・。


















 その頃、クルガンともよく話をしていた。
 ほとんどは、シードの話を二人でしていた。と言った方が正しいかもしれない。
 「。」
 「あ、はい。」


 二人ではよく中庭でお茶をした。


 「やはりお前は・・・・戻るつもりでいるのか。」
 「・・・・はい。」


 そんな二人の様子を見ては、シードはよくぶつぶつと文句を言っていたものだ。


 「・・・・・・そうか。」
 「申し訳・・ありません・・・・。」


 あの花々の香りは今でもよく覚えている。


 「謝る事はない。お前がしたいと思ったことをすると良い。」
 「はい・・・。」


 あの・・クルガンの笑顔も、よく覚えている。


 「シードがまた自分勝手を言い出すかもしれないな。」
 「ク、クルガン様。そんな本当になりそうな事言わないで下さいよっ。」


 あまり笑わない人が、笑ったものだから・・・・。


 「まあ、その時は俺がどうにかしよう。」
 「本当にそう思ってますか・・?」


 そして、意外にも―――・・・・・・


 「自分の信じた道を進めばいい。」
 「・・・・・・・。」


 













 「お前は、幸せになるべき人間だ。」 















 ―――――笑顔が似合う人だった。



























 皇都ルルノイエから、国境近くの駐屯地までは4日ほどで着いた。
 駐屯地に着くまでもずっとシードの馬に乗り、周りの兵士に顔を見られないようマントを被ってきた。
 周りの兵士の変な目なんてものは、もう慣れたものだ。

 慣れないのはある人物の存在・・・。
 (おそらくルカ様はクルガン様と一緒にここへ向かったはず・・・。ここにはいるはずだから、
  絶対に会っては・・・・いけない。)
 あの狂気に満ちた瞳を思い出し、思わず寒気が走る。
 自分とは違う殺人鬼。
 ただ、人を殺すことを楽しみとする狂皇子は、今自分のすぐ近くにいる。
 そんな恐怖を感じながら、はそこへと足を踏み入れた。



 「クルガンと話をしてくるから、ここにいろよ。」
 「うん。」
 そういってシードはテントから出て行った。
 国境近くの駐屯地も、傭兵隊の砦の近くで建てていたテントと同様、
 二人で向かい合って座っていた椅子とテーブルが置かれていた。
 少し前のことを思い出し、は目を細める。

 (やはり・・・そろそろ、かしらね・・・・・。)
 
 約束の時はもうきている。
 おそらくそれはシードも分かっているだろう。
 この都市同盟と近い場所にある駐屯地ならば、すぐに都市同盟へと戻ることができる。
 あとは、どのタイミングでここを後にするか・・・・だ。

 そして――――


















 ―――――シードには別れを告げるべきか・・・・・。


















 最初はきちんと別れを告げ、ここを去るつもりだった。
 しかしそれも、別れが近づけば近づくほどそれが怖くなっていた。


 シードにまた引き止められそうで・・・・・・。















 また自分が揺れてしまいそうで・・・・・。
















 なんて自分は弱いのだろうと思う。

 それをある人・・・クルガンに告げたとき、

 「はただ素直なだけなのだろう。」
 と、なんだかあっさりと答えを出されてしまった。

 「羨ましいな。」
 と付け加えてクルガンは笑っていた。









 弱いことは・・・・素直なことなの・・・・・・?















 「もしが何も言わず消えたとしたら、おそらくシードはお前をひたすら追いかけるだろうがな。」















 それなら・・・・・別れは告げた方がいいの?





























 「一時的にお前と離れることを決意するだろうがな。あくまでも、一時的なものだ。」































 じゃあ、全て結果がでるとしたら・・・・・・・・・・






























 「全てが終わってからだ。」






















 全てが――――――・・・・・・・・・





 この戦いが、終わるまで・・・・・・。
























 は椅子から立ち上がり、立て掛けて置いた自分の剣を持った。

























 「!」
 シードが勢いよくテントの中へ入ってくる。
 「な・・・!?」
 シードが一瞬で驚きの表情を見せる。
 しかしその表情もすぐに緩み、穏やかな瞳でまっすぐと前を見つめていた。

 「行くのかよ。」

 「ええ。」

 「引きとめねぇぞ。今は、な。」

 「分かってるわ。」

 「次に会う時は・・・・。」

 「分かってる。」
 「分かってねぇ!!」
 シードが入り口にある柱を思い切り殴りつける。

 「大丈夫よ・・・。シード。」
 「大丈夫なんかじゃねぇ。」
 柱につけていた拳がこちらへと向かってきて、それは優しい手へと変わった。
 少し力んでいる手が、の頬を撫でる。
 「死ぬなら・・・俺の見えないとこで死ねよ・・・・・。」
 「守ってやるとか言ってくれないの?」
 真剣な瞳を向けるシードに、は冗談のように笑みを浮かべる。
 「俺の前で・・そんな事が起きたら、俺は必ずお前を助ける。」
 頬に触れていたシードの指が、優しく唇へと降りてくる。
 「そうしたら・・・・・俺はハイランドを守れなくなる。」
 「・・・分かってる。」
 シードは中指でゆっくりとその唇を滑らせる。
 「・・・っ。」
 「シー・・っ!?」

 今まで優しく穏やかに動いていた手は、たくましいものに突如変わり、
 の身体を強く抱きしめた。




 「・・・・・・・・死ぬな・・・!」




 の首筋に埋め、そこから響いたシードの声。
 それは震えながらも、力強くて・・・・・・・、涙で目の前が霞んだ。



 「シードも・・・生きて・・・・・。」



 力強く抱きしめられ、もその強い腕の中から自分の腕を出し、
 ありったけの力でシードを抱きしめ返した。

 長いようで、一瞬だったその二人の抱擁は、
 先日の剣を握り合って抱き合ったそれとはかけ離れて見えただろう。


 お互いに両手で相手を抱きしめた・・・。




 そして外が賑やかになりだし、
 少しそれが気になりだした瞬間、首筋に今まで感じたことの無い痛みを感じた。
 「・・っ!?」
 反射的にシードの手から離れ、その痛みの場所に触れてみると微かに血がにじんでいた。
 シードの方を見ると、いつもの表情に戻り、あの笑みをこぼしていた。
 「全部終わって・・・その時はそれだけじゃ済まねぇからな。」
 これから別れるという悲しみもどこかへ吹き飛び、はそこを押さえながら、一瞬にして顔を真っ赤にしていた。
 「だ!だからって噛み付くことないでしょうっ?」
 「それでしばらく変な虫がつかねぇだろ?」
 「なっ・・なっ・・・。」
 が口をぱくぱくとさせると、シードがもう一度固まっているその身体を引き寄せた。
 「俺以外の女になる事だけは・・・・・・許さねぇ・・・。」
 そう言いながら、シードは先ほど噛んだ場所に吸い付いた。
 「んっ・・・。」
 ただ固まるだけのは、身をよじるだけの抵抗を見せる。
 シードはその血を最後に軽く舐め、まるで味わったかのように舌を見せた。
 「分かったのかよ。」
 「そ、そんなの知らないわよっ。ゎ、私の勝手でしょう?」
 いつもの口調で怒りながらが言うと、「そりゃそうだな。」とシードは一言言い、から離れた。
 そしていつも二人で向き合って座っていた椅子へと腰掛ける。
 「行けよ。」

 シードの瞳は自分を見据えている。

 もその真っ直ぐな視線から逃げることなく、見つめ返す。









 「ありがとう。」









 その一言を残して・・・・。
























































 テントの外を出ると、なにやら騒がしさが増しているようだった。


 そんな中、一人の兵士の声が聞こえてきた。









 ―――――スパイが現れた・・・!
















 一瞬びくりと心臓が動くが、周りの様子からして自分の事ではないことは分かった。














 ・・・・・・都市同盟の誰かが?











 そんな考えが過ぎった時、見覚えのある少年が奥のテントに連れて行かれるのが視界に入った。




















 それは確かに砦で会った少年。



























 ――――――――ジョウイだった。