これが「家」・・・・・・・・。























 シードの家に着いたとき、そう思った。


 生まれたときから城の中で育った私にとって、
 一軒家。というものはとても珍しかった。

 城から出た後、初めて過ごした場所があのだ。

 それならなおさら驚いて当然なのかもしれない。




 周りの「家」よりも、シードの家は大きくて広いようだった。
 家の中に何人か人がいて、家族かどうか聞いてみると、彼は笑って違うと言った。
 使用人。
 固いようで冷たい響き。
 だけど、それは名前の響きだけで、その人たちはとても暖かった。
 シードに、
 「こんなにいい人たちがいるのなら、毎日城に寝泊りなしないで帰ってこればいいのに。」
 と言ったら、
 「何かと面倒だろ。」
 と、そつなく応えた。
 恥ずかしいのかどうなのかよく分からなかったけど、彼らの事を嫌いじゃない事だけは感じ取れた。
 私はただ笑って、あとは何も聞かなかった。






















 「こちらはシード様の奥様ですか?」


 「「は!??」」

















 そのあと使用人の一人から言われた言葉には驚いた。
 シードと全く同じ反応をしてしまった。
 疑う。というよりも期待をしている使用人達に、とにかく違うと説明を何度もして、
 結局しれっと一つ文句を使用人がこぼして、そこはなんとか終了した。
 「シード様ったらほとんど帰ってこないんですもの。私達の知らない間に、奥様のひとりやふたり
  出来ていてもおかしくないくらい、おみえになってないんですからね。」

 シードの自室に入り、彼の困ったようでくすぐったいような溜息を聞いた。













 彼の家族の事は、なんとなく聞かなかった。





























 秋の穏やかな風が吹く――――・・・・。







 「あ、おかえりなさい。」
 ルルノイエの外れにある、シードの家にが転がり込んでから1週間。
 この家から出るわけにも行かず、ただのんびりと過ごしていたは、
 毎日欠かさず帰ってくるシードに対して迎えの挨拶をするのが日課となっていた。
 「おう。」
 シードは必ず息を切らして帰ってくる。
 の顔が見たいから。とか、早くと話をしたいから。とかではない。

















 ――――がいなくなっているんじゃないか・・・・。
















 そんな不安を募らせ、毎日早くに帰宅するのだ。
 もちろん、仕事は中途半端。
 クルガンが時折のもとへやってきたとき、必ず愚痴をこぼしていくほどだ。
 そんなシードをは複雑な思いで見ていた・・・。

 「今日は仕事きちんと終わらせてきたんでしょうね。」
 夕食を共にしている場でが切り出した。
 シードの持ったフォークが止まる。
 周りの使用人の手も止まる。
 「シード。」
 「あんだよっ?今日はクルガンはいなかったぜ。」
 「クルガン様がいないのを良い事に早くに帰ってきたのね。」
 「ばっ!違ぇよ!」
 「じゃあ何?」
 「・・・・・・・。クルガンが先に駐屯地に発った。俺も明日向かうから今日は早めに切り上げたんだよ。」
 一変した空気に今度はのフォークが止まった。 
 使用人たちもその空気を読み、いつの間にかその場から自然といなくなっていた。
 「・・・・・・・そう。」
 「ああ・・・。」
 「私も行くの・・よね?」
 「ああ。」
 「・・・・・・。」
 「嫌なのか?」
 「あ、いや、そうじゃなくて・・・。」
 はふと窓の外を眺めた。
 その窓からは立派な中庭が見え、誇らしげに咲いている花々が見える。
 その色とりどりの花を見て、は目を細めた。
 「寂しいなぁ・・・って思って。」
 そんな言葉が以外だったのか、シードは少し驚きの表情を見せ、
 そしてにと同じ外を眺めた。
 続けてが穏やかに口を動かす。
 「ほら、傭兵隊の人達は仲間。っていう雰囲気なの。ここの人達や・・・『家』って、ほら・・・うんと・・・。」
 なかなかその言葉が見つからないに、シードが優しく言葉の手助けをする。
 「家族・・・か?」
 「・・・うん。そんな感じ。血も繋がっていないのに、そんな空気が漂っているの・・・。」
 「まあ・・分からないでもないけどよ。」
 「うん・・・。」


 その後、シードが再び手を進めながら私に話してくれた。




 「だから・・・俺はここにあまり帰ってこないんだ。」




 「・・・・・・。」

























 その言葉で分かった。






















 シードは怖いのだ。



 暖かい『家』ができてしまうのを。
























 戦場という常に死と隣り合わせの自分にとって、

 自分を愛してくれる『家』を作るのは容易にできる事でない。





























 ―――――悲しませたくないから・・・・。



























 それなら最初からそんなの・・・・作らない方がいい。




















 ―――――少し、


 分かる気がした。
























 次の朝、いつものように気だるそうなシードを起こして、
 いつものように暖かい食事を二人でして、
 いつものように朝日に光る中庭を眺める。

 ただいつもと違うのは・・・『家』から出るのが二人ということだ。











 「ありがとうございました。」














 そんな簡単な一言で済ませた。





 思いを残したくなかったから・・・・・・。




















 私は頭を深く下げた後、




 振り返らずに『家』を後にした。























 「またいつでも帰ってこいよ。」



 その家を一緒に出たシードに隣でそんな事を言われた・・・。
























 そんな事言わないで・・・・・・・・。






























 ―――――嬉しいから・・・・・。


































 シードの傷は
























 もう治っている――――。