シードの怪我が治るまでここにいる。



 そんな約束を交わした私はいま・・・・・























 疼く気持ちの中、穏やかな日々を送ろうとしている。


















 「え?一度ルルノイエに戻るの?」
 傭兵隊の砦が落ちた後、王国軍は一度国境近くの駐屯地へと戻る。
 しかし、シードとクルガンはルルノイエに戻るらしい。
 「ああ。ルカさまが明日戻るからな。
  それにずっとルルノイエを空(から)にするわけにはいかない。」

 ルカ・ブライトと一緒に・・・。

 は一度もこのテントから出てないため、ルカと会っていない。
 もちろん会うつもりなど全く無い。
 出来ることなら、あの恐怖は二度と味わいたくないものだ。

 「・・・そう。」
 (そうなると・・・やはり私もルルノイエに行かなくては駄目かしら・・・・。)

 ――あまり行きたくない・・・。

 そんな気持ちを込め、ちらりとシードへ視線を送る。
 シードはの前、いつもの席で酒を飲んでいる。もちろんも一緒に。
 心配げなの顔を見たシードは、ふっと軽く笑う。

 「心配すんな。あんまり長居はしねぇよ。」

 「・・・・うん。」


 一度は決別をしたつもりの国、ハイランド。
 また戻ってしまったら・・・・・・・。

















 あの闇に、またのめり込まれるのだろうか・・・・・・・・・・・・。

















 の不安は大きく膨らんだ。
 当たり前である。戻れば必ず国は自分を引き戻す手段をあれこれとしてくるだろう。
 傭兵隊のみんなの元へ戻るどころか、最悪の場合また自由が利かなくなるかもしれないのだ。
 は手の中のグラスを見つめたまま動かない。

 「安心しろ。」
 「え・・?」

 また自信ありげな声のシードを見つめる。
 ニッと口元を上げ、シードはのグラスに目一杯ワインを注いだ。
 「城には戻らなくていいようにしてやるよ。」
 「ど、どうやって・・・?」
 「ルルノイエにいる間は、俺の家にいればいい。」
 「シードの・・・家?」
 「ああ。皇都の中に俺の家がある。そこにいろ。」
 「で、でもっ、見つかったら。」
 「だーーっ、お前は本当に心配性だな!」
 「あ、当たり前じゃないっ。見つかったら・・・私だけじゃない。・・・・シードにだって・・・。」

 危険が及ぶ。

 そんな不安の言葉をが口に出す前に、シードが口を開いた。
 「お前は俺が守ってやる。」


 恥ずかしい・・・。
 そんな事を面と向かって、しかも真剣な目で言われたら誰だって赤面してしまうだろう。
 「・・・・うん・・・。ありがとう。」
 沈黙をしていると更に恥ずかしさがこみ上げてしまい、とにかく礼の言葉を出した。
 の言葉を聞いてシードが笑い、また酒を口に含む。
 「あ、そうだ。」
 「ん?何?」
 シードが思い出したようにこちらを見る。
 「今日は一緒に寝ようぜ。」
 「えぇ!?な、な、な、何言ってるのよ!?」
 「何今更びびってんだよ。」
 「そ、そっそんな事言われたら誰だってびっくりするわよ!」
 「別にいいじゃねぇか。たまには俺だってベッドで寝てぇしよ。」
 「そ・・・そんなっ」

 そうなのだ。

 がこのテントのベッドを占領している事で、
 シードは床に布を敷いて夜を過ごしていた。

 「じゃあ今日は私が下で寝るわ!」
 「ばーか。女に床で寝させるわけにいかねぇだろーが。」
 「今更女扱いしないでよっ。」
 「今更じゃねぇだろっ。」
 「いいえ!クルガンさまといい、シードといい、絶対私を女扱いなんてしてなかったわっ。」
 「おまえ・・・・。」
 シードは鼻息を荒くして言い切るを見てうな垂れた。
 しかしその呆れも一瞬で、すぐにニヤリと笑みを浮かべる。
 「・・な、何よ。」
 またあの笑みを見て、は危険を察した。
 「じゃあ女扱いしてないってなら、一緒に寝たって別に問題ねぇだろ?」
 「な!」
 (大ありでしょう!!)
 これ以上言葉を出すと、とてつもなく大きな声が出てしまいそうで、それを心の中で叫ぶ。
 これを声にだしていたら、テントの外に筒抜けだったろう。
 「おし。」
 何故か気合を入れるような一言をだして、シードは席を立ち上がった。
 その行動に、は思わず体を引いて構えてしまう。
 そんなにお構いなしに、シードはその白い手を掴んだ。

 「来いよ。」
 「え・・・・・・・ひゃっ。」

 が抵抗をする間もなく、シードはその身体を持ち上げた。
 密着する肌が暖かい。

 「お前、軽くなったか・・・?」
 「え、そんなの分かんないわよ・・・。」
 「それ以上痩せんじゃねぇぞ。胸がなくなるぜ。」
 その瞬間、シードの後頭部を思い切り殴っただろう音が響いた。
 「イッてぇな!」
 「失礼な事言うシードが悪いんでしょ!それよりも降ろしてっ。」
 「やだね。」
 「ちょ・・・っと!」
 ジタバタと暴れていると、シードが急に顔を歪めた。
 「っ・・・・。」
 「?・・・・あ!」
 おそらく傷に響いたのだ。
 シードの傷口は閉じはしたが、まだ毎日消毒が欠かせない。
 ヘタな動きをすれば、すぐに傷口は開いてしまうだろう。
 「ご、ごめんなさいっ。大丈夫!?」
 は焦って、シードの腕に抱かれたままその傷の辺りを確認する。
 大人しくなったを見てシードはニヤリと笑った。
 「っきゃ!」
 その瞬間ベッドに放り投げられる。
 「シ、シード!」
 「何だよ。」
 抵抗を再び始めるを無視して、シードもベッドの上がってきた。
 流石に焦りは頂点に達し、そこからすかさず降りようとする。
 しかし、シードの手がそれを許さなかった。
 「っ!」
 強い力で身体が引かれ、再びベッドへ埋もれる。
 再度降りようと試みるが、後ろには壁。そして唯一ベッドから降りれるだろう前にはシード。
 その試みが成されるはずもなく・・・はただジタバタと暴れた。
 そして動き続けていたその腕を信じられないくらいの力で止められる。
 「少し黙れよ。」
 「シー・・!!」
 そしてそのままを引き寄せられ、その広い胸に後ろから包まれた。
 ぴったりとくっついた背中に、シードの弾む鼓動を感じる。
 それに比例しての鼓動も早くなる。

 「これでいい・・・・・。」
 「え・・・?」
 シードがの耳元で後ろから囁く。
 その息が黒い髪を揺らし、頬にあたってくすぐったい。
 「このままで・・いい。」
 「・・・・・。」
 後ろから抱きしめられたまま、は大人しくなった。
 そんなを見て、シードが急に笑い出す。
 「な、何よ?」
 「いや・・・、お前何されると思ったんだ?」
 「!!べっ、別に!」
 「くくっ・・・・何期待してたんだよ。」
 「〜〜〜っ!期待なんてしてないわよっ!」
 言葉はさっきのように荒げるが、抵抗はもうしなかった。
 しかし顔は相変わらず真っ赤になったままだ。

 「期待に応えてやってもいいんだぜ・・?」
 シードはそういいながら耳に唇をつけて囁く。
 「ひゃ!」
 その行為には悲鳴を口から出した。
 「ぷっ・・・。」
 「な!何がおかしいのよ!シードの変態!」
 「あーはいはい。何もしねぇよ。」
 くすくすと笑いながら、シードはの髪に顔を寄せた。
 は目一杯不満な顔をしながらも、その行為に対抗しなかった。
 ただ身を寄せてくるシードに、身じろぎながら受け入れた。



 後ろから感じるシードのぬくもり。

 















 シードも私も・・・・



 生きている。





















 そんな実感が今更沸いてきた。
















 






 ふとシードと戦った時に言われた言葉を思い出した。






















 ――――「俺は・・・お前を・・・・・殺せない。」





















 だけど・・・・・・






















 ――――「・・・・・・お前は・・・・俺を殺せる。」

























 私はシードの手を握りしめて眠りに落ちた・・・。