私は、いつ戻るのだろう。
あの光の元に・・・・・・・・・・・・。
「入るぞ、。」
そう言いながらシードのテントに入ってきたのは、クルガンだった。
は衰えることの無い鋭い視線をテントの入り口に向けた。
「そんな怖い顔をしてると男が寄らないぞ・・。」
「余計なお世話ですっ。」
ハイランドに・・・というよりも、シードに捕まって2日が経った。
王国軍は立て直しがほぼ終わり、この場所から都市同盟国境近くの駐屯地へとそろそろ移動するという頃だ。
早く傭兵隊のみんなの元へ走りたい気持ちが高ぶり、は少しばかりイライラを募らせていた。
そんなの足には、相変わらず丈夫な鎖が絡みついていた。
「何か御用ですか?クルガン様。」
「シードに見張ってろと言われてな。」
その言葉には大きくため息を吐く。
(いくら私の正体を知ってる唯一の人物だからって、クルガン様を使う?普通・・・。)
そんなの考えがクルガンにはすぐ伝わったのか、
目の前の知将はくすりと笑う。
「まあ、俺もと話したいと思っていたしな・・。」
穏やかに話すクルガンは自分よりずっと年上で、それでもそんなに離れている感じがしないのは、
彼の雰囲気がどこか自分と似ている気がするからだろうか・・・。
「無理しなくてもいいですよ。シードの我侭に付き合う事ないんですから。」
口を尖らせながらは目の前のテーブルに広がる食事を頬張る。
「・・・・・シードの我侭に付き合っているのは、の方じゃないのか?」
「・・・・え?」
突然の言葉に、は進めていた手を止めた。
クルガンは無言で自分の前に座る。
シードがいつも座っている席に・・。
「どういう・・事ですか?」
「あいつに付き合ってやっているのは、お前の方だ。。」
「・・・・・・・・・。」
「そんな鎖壊すくらい、お前ならたやすいだろう。」
「そ!そんな事ありませんっ。武器もないし、装備だってろくにしていなかったし―――」
「いや・・・・・、お前は逃げれたはずだ。」
初めて見る食い下がらないクルガンに、は驚きの中『何を言っているのだろう』という疑問を心の中でつぶやく。
そんなの心中をクルガンは察しているだろうにも関わらず、話を続けた。
「その鎖が外せるかどうか、試してみたか・・?」
「・・・それは・・・・・・。」
「していないのだろう?」
図星の答えに、は目の前の瞳を見ていられず、視線を思わず落とした。
その様子にクルガンは軽くため息を吐き、席を立った。
そしての足につけられている鎖の繋げられているもとの場所へと向かう。
「・・?」
はクルガンが一体何をしようとしているのか分からず、ただその様子を目で追った。
そしてその鎖が繋げられているであろうベッドの下をめくる。
「!!!」
それを見た瞬間の表情は驚きを超えたものとなった。
「そ・・・んな・・・。」
「これで分かっただろう。お前は最初から逃げる気なんて無かった。」
クルガンが自分に見せたのは、鎖の繋げられた場所。
―――そのはずだった。
鎖はどこにも繋げられていなかった。
「お前はこれを引きもせず、ただこの長さを見てそれをいいように解釈したんだ。
逃げなくて済む・・・・とな。」
「・・・・・そんな・・。」
ただただ驚きで、ただ転がっているその鎖の端をは見つめた。
早くみんなの元に戻りたかった。
フリックやビクトール達はミューズに逃げ切れたのか。
達はピリカを無事連れて逃げれたのか。
―――みんなの顔が見たかった。
それは本当。
じゃあ何故・・・・・・・?
何故私は何が何でも逃げようとしなかった?
この鎖を引きちぎってでも、
大勢の王国兵を倒してでも、
シードを
殺してでも・・・・・・・・・・。
「お前がここにいたいというなら俺は反対はしない。」
クルガンの再び流れる穏やかな口調には我に返り、その瞳と視線を合わせた。
「むしろ、いた方が良いと思っている」
「・・・・・何故、ですか・・?」
「・・・・・・・・。」
クルガンは微かに目を細め、先ほど座っていた席へと戻った。
古い木製の椅子が軋む。
「シードだ。」
「・・・・・・・。」
「あいつはお前が現れてからおかしくなった。」
「おかしく・・・?」
「ああ、少し息抜きの時間が出来たと思えばお前の話ばかりしていた。」
「シードが・・・。」
「だが、おかしくなった方が・・・・シードらしかったかもしれないな。」
ほとんど無表情の中でクルガンが少しだけ口の端を上げた。
「だが・・・お前がいなくなってからのあいつは、おかしいというよりも・・・酷かった。」
「・・・・。」
母を殺した私と一緒にいてくれたあの夜。
私はあの夜の後、姿を消した。
・・・・・・逃げ出した。
ハイランドから。
シードから・・・・・。
「もしお前がハイランドに戻る気が少しでもあるなら――――」
「入るぜ。」
「!」
何の前触れもなくここへ入ってくるのは一人しかいない。
突然の出来事に流石のクルガンも背後を振り返る。
「・・シード。」
が思わず小さく彼の名を呼ぶ。
「ああ、クルガン悪ぃな。もういいぜ。」
話を聞いていたのかいなかったのか、シードの様子からは分からない。
「全くだ。俺の仕事が片付かない分、お前に回しておくぞ。」
「げ!まじかよ!」
いつもの二人の会話だ。
一時前のなら、この様子を笑いながら眺めていただろう。
「それでは、失礼する。」
いつも通りの挨拶をして、クルガンはテントを後にした。
シードは何も言わず、先ほどクルガンが座っていたいつもの席に座った。
二人の前に並んでいる、が先程食べていた食事は、もう冷め切っていた。
「シード・・・。」
シードは無言で冷たくなっているだろうスープを口に運んでいる。
「この鎖・・・繋げられてなかったのね。」
「・・・・・ああ。」
表情を変えないまま、シードは食事を続けていた。
「どうして・・・・こんな事を?」
「・・・・・・・。」
「何をしたかったの・・・?」
かちゃりとスプーンが皿に置かれた。
「お前を離れられないようにしたんだよ。」
「でも、これ・・・。」
シードが言っている事とは反対に、この鎖は繋がれていない。
「そんな状態でも、お前は逃げなかっただろ。」
「・・・!!」
私は逃げたかった。
でも逃げなかった・・・・。
矛盾した自分の考えに、わけが分からなくなり眩暈がする。
「お前はもう俺から離れる気なんてねぇんだよ。」
試されていたのだ。
この2日間。
シードは私が逃げるかどうか試していた・・・・。
そして私は逃げなかった。
シードが立ち上がり、の足元にひざまずく。
が驚きの表情をしている間、その左足に絡まっている鎖へと手を伸ばした。
そして、腰につけていた剣で一瞬にしてそれを切断した。
何も言えずただ見つめるだけのの瞳と、
相変わらず表情を変えないままのシードの瞳がぶつかる。
「それでもお前は・・・行くんだろう?」
「え・・・?」
「本当ならお前を城の牢に入れてでも行かせたくねぇ。」
いつもと違う位置でシードを見つめる。
上から見るシードはどこか儚げで、猛将なんて言っている人たちには想像もつかないような表情をしていた。
「けど・・お前が本当に行くっつーんなら・・・・。」
「・・・・・シード。」
「俺はお前が俺から逃げようとしなかっただけで・・・今は満足だ。」
「今は」と付けたのがシードらしいと思った。
は無言で頷いた。
「けど・・・・。」
「・・・?」
「俺の怪我が治るまでここにいろ・・・・。」
「・・・・・・・・。」
シードはに怪我の責任を負えと言っているわけではないのだろう。
それは自身にもすぐにわかった。
―――これだけ自分といたいと言ってくれた人だから・・・。
「この傷が疼く度にお前の事を俺は考える・・・・。」
「シード・・・。」
シードはの前で初めて心から苦しみの声を出していた。
「その時、お前が傍にいないのが・・俺には耐えられねぇ・・・・っ。」
シードは俯いたまま、肩を一瞬震わせた。
その大きな拳は、強く握り締められ白くなっている。
こんなに小さく感じるシードを見るのは初めてだった・・・・。
いつも自信に満ち溢れているシード。
だけど、そんな中にもこんなに繊細で壊れそうな・・・・・・・
まるで子供のような・・・・・・。
「分かったわ・・・。」
はそのままシードを抱きしめた。
また
期限のある暮らしが始まる。
その切なさはもう知っているはずなのに・・・・・・。