「あいつ・・・・誰だよ。」
思わず息を呑んでしまう。
彼の強い瞳と、私を逃がさないような口調。
驚きと戸惑いで何も言えないに向かってシードが更に続けた。
「あれが・・・さっきお前が言ってた仲間ってやつか・・・?」
シードはの肩をかすめ、視線をさっきの青が消えていった方向へと向けていた。
仲間。
そう。彼は仲間だ。さっきシードに言ったはずじゃないか。
それなのにすぐに言葉が出なかったのは・・・・何故か。
(・・・・・・わからない・・・。)
「ええ。仲間よ。」
きちんとシードの方を見て答えた。何も嘘は言っていない。それなのに胸で何かもやもやとするのをは感じた。
苦しそうに呼吸をするシードに近づき、体を支えた。
「横になってなくちゃ駄目よ。」
別に何も隠す必要はない。都市同盟が不利になるような事をすべらさなければいいのだ。
それなのにとにかくさっきの内容から離れたかった。
何故かは・・・自身もよく分からなかった。
は黙っているシードの身体を支えながら横にした。
「血・・・少しは止まってきてるわね。」
そう言いながら、先ほど服を破いて作っておいた包帯代わりのものを取り出し、シードの血がついた古い布を取る。
夜にこそあまり気づかなかったが、今は陽が昇っているため、はっきりと彼の身体が見えた。
それに気づいて、は一瞬顔を赤める。
なるべく見ないよう、処置を始める。
「仲間っていうモンにしちゃ、いやに仲がいいじゃねぇか。」
「え?」
急に戻った話の内容に一瞬頭がついてかなかったが、すぐにシードが何を言っているのか分かった。
「そりゃ・・・仲がいいのは・・・・当たり前でしょ?」
素直に出た答えがそれだった。
そんなの答えにシードが鼻を鳴らす。
そして急にの頬へと触れてきた。その仕草に思わずビクリとする。
「仲間がこんなことするのかよ。」
その行動は先ほどフリックがしていた事と同じ・・・・。
シードの手は驚くほど熱い。
「シード・・見てたの?」
「ああ。お前らが抱き合ってるところからな。」
別に恋人同士として抱き合っていたわけではないのに、言葉に出されると急に意識してしまい、は顔を赤くする。
「フ、フリックとはそういうのじゃないわ。」
「・・・青雷のフリックか。」
「シードっ・・・。」
その瞬間、シードに頬に置かれていた手を首の後ろへと回され、は強く引き寄せられた。
「言ったよな。」
「・・え?」
間があったわけじゃない。
だけど
その近すぎる赤に頭が混乱して
周りの世界が止まる。
「離さなねぇって・・言ったよな。」
「っ!」
いつものふざけた瞳ではない。
シードはいつも分かりやすい。
人との関わりが少なかった自分でさえ、彼の雰囲気はすぐ分かる。
これは――――――・・・・・・・
本気の眼だ。
はぐらかす事なんてできない。
「私は・・・・・・傭兵隊の兵よ。」
「そんなの俺には関係ねぇ。」
(!・・・シード。)
なんて自分勝手なんだろう。いつもそうだ。
自分の思い通りにならないと気がすまない。欲しいものは何がなんでも手に入れる。
シードは・・・・自分を欲しいと言っているのだろうか?
「シードには関係なくても、私の事だもの。私が決めるわ。」
「そんなの俺が・・・許さねぇ。」
首にかかる手の力が増す。少しじんわりとした痛みが首の後ろに感じる。
それより痛いのは・・・・・・・彼の眼。
その鋭くを貫く瞳は、炎を絶やさず燃やしていた。
「生かしたら・・・・離さねぇって言っただろ。」
「そ、そうだけど。でも私は――」
「俺がいないと生きられないようにしてやる。」
それは愛情としての言葉なのか、ただの物としての扱いなのかよく分からない表現に、
何故か顔が熱くなった。
は思わずシードの体に巻きつけた物を握り締めた。
「ッ・・・。おい、痛ぇだろ。」
「あっ、ごめん。」
それが合図のように、自分の首に食いついていたシードの手が離れた。
「まあこんな体じゃなんもできねぇからな。」
シードはそう言いながら、に刺された傷の辺りをさする。
「・・・・ごめん。」
の心からの謝罪の言葉にシードは目をぱちくりさせる。
そのさっきとは違う空気の凝視にが首をかしげる。
少し嫌な予感をめぐらせながら・・・。
「シード・・・?」
「そうだよな。」
「え?」
「この傷。お前がやったんだもんな。」
「え・・あ、うん・・・。そうだけど・・・。」
急に当たり前のことを聞くものだから、何を言いたいのだろうと不安になる。
ただ、重苦しい雰囲気ではないことは確かだ。それどころか、シードはいつもの無邪気な顔になってきている。
嫌な予感がさらに膨らむ。
(なに企んでいるんだろ・・・。)
「この体じゃ、しばらくまともに仕事なんてできねぇよなぁー?」
「そりゃ・・・そうよね。」
「あー、痛ぇ痛ぇ。そうだよなぁ、仕事ができなきゃクルガンも困るよなぁ。」
急に久しぶりに聞く名前に、は少し懐かしい気分になる。
「そう・・ね。ただでさえシードは仕事ろくにしてなかったから・・・・。」
「それは余計だ。・・・・ま、そこでだ。。」
「はい?」
急に自分へと何かを迫られる状態になり、はいつもの調子で返事をする。
ニヤリとシードが笑う。
この笑い。自分の思い通りにしようと何かを企んだ顔だ。
は思わず息を呑む。
「俺の仕事の手伝いをしろよ。」
「は!?」
意味不明な言葉に思い切り眉間をよせる。
何を言ってるんだろう。
正気か。
それともどこか頭を打って、もっと馬鹿になってしまったのか。
ただ仕事が面倒なだけなのか。
混乱の中で、様々な思考が巡る。
「何・・言ってるの?!」
「俺の仕事を手伝えって言ってんだよ。」
「いや、だから、そんな事できるわけないでしょう!?」
「できるぜ。」
まただ・・・・。またその自信に満ち溢れた顔。
ルルノイエで、城から自分を連れ出したときの顔と同じ・・・。
「私は・・・都市同盟の傭兵なのよ。」
「だからそんなことは俺には関係ねぇよ。」
「あるわよ!百歩譲ってシードには関係ないとしても、これから皆のところに戻る私にとっては、
大いに関係あるわ!」
「知るか。」
「なっ!」
(なんでこんなに自己中心なの!?今に始まったことじゃないけど・・・。シードの馬鹿!)
が口をぱくぱくさせ、怒りと呆れのあまりに何も言えないところをシードは続ける。
「この体じゃ仕事にならねぇ。それはお前のせいだろ?それなら仕事を手伝うくらいの義理はあってもいいじゃねぇか。
それにお前がハイランドに戻るくらいどうってことねぇよ。」
「え・・・・?」
「お前の顔はほとんど誰にも知られてねぇだろ。知っているとしても、俺かクルガン。それとジル様あたりだ。
他にも少しは割れてるだろうが、それはジル様の侍女としてのお前だ。
今ハイランドに戻っても何の問題はねぇだろうが。」
自分が何も言えず、呆けている間にシードがもっともな事を並べていた。
しかし、大事な事が一つ抜けている。
「私・・・もうハイランドには追われている身なの。」
「・・・追われてる?」
流石のシードも、これにはこちらへと視線を向けた。
「ええ。私がハイランドから抜け出してしばらくしてから追っ手が現れたわ。
奴等は私を殺す気でいる。」
「追っ手なんて・・・聞いたことねぇぞ?」
「え?」
「ハイランドにいる『黒』はお前だけだ。それは確かだ。それがいなくなって、そいつを追って殺す。
まあありそうな話だけどよ、それは有り得ねぇ。」
「ど、どうしてっ?」
「お前に死なれちゃ困るからだ。」
「!!」
一見言葉にすると嬉しい気持ちが出ていいところだが、何故かそんな気持ちにはなれなかった。
「幼少の頃から植え付けられた暗殺技。その腕は、自国ハイランドのやつらにすら秘密にしておくほどのものだ。
そんなお前を簡単に殺しちまうのは・・・・勿体無ぇだろ。普通。」
確かにそうかもしれない。
自分は唯一な存在だった。
無い存在の自分が、あれだけの待遇をもらっていたくらいなのだ。
今考えてみれば、自分はハイランド王国にとってとても便利な「道具」なのだ。
「連れ戻すために追っ手を仕向けるってのは有り得そうだけどよ。まあそうしちまうと人手がいるし、
その人手を増やしたところで、そいつらにお前の顔が割れる。
そんな感じで解決策が見つからなくて手が出せない状態。そんなとこじゃねぇ?」
「・・・・・・。」
「納得いったか?」
「全てに同意できるわけじゃないけど・・・シードの言ってることは筋が通ってるわ。」
「だろ?」
「でも・・・それと私が都市同盟の傭兵という事は・・・関係ないわ。」
「・・・・・。」
の固い決意を感じ、シードも思わず真剣な面持ちになる。
しかし、その表情も束の間だった。
先ほど以上の余裕の笑みをシードはこぼす。
(・・・・?)
空気の異変を感じた。
「!!!!」
「気づくのが遅ぇよ。」
そう。
遅かった。
遅すぎた。
気づいた時には足音が近づいてきて・・・、それは一人のものじゃない。
何十・・・・自分で数え切れないほどのものだ。
(やられた・・・・・!!)
仮にも行方不明になっているのは、炎の猛将とまで名づけられた人物だ。
多くの兵が動かないわけがない。
シードに再度強い視線を送ると、それは嬉しそうに笑ってるだけだった。
そうもしている間に、もう王国兵達は私達の存在に気づいていた。
「シード様!!」
「おい!シード様だ!!!」
何十ともいる兵達があっという間に私達を取り囲む。
これだけいるのに気づかなかったなんて・・・・。
一瞬ここからすぐに逃げ出す事を考えるが、流石にこの数だ。
その上自分のいる場所の後ろは湖。
逃げたところですぐに捕まる危険性は高い。
「シード様!!ご無事でしたか!」
「あ〜、まーな。」
近くに寄ってくる兵に対して、本当に大したことなさそうにシードが手をひらひらと振る。
そんなシードの体に巻きつけられている布を見て、兵は顔を青くする。
「お怪我を!?」
猛将が傷を負った。それで周りの兵士たちはどよめく。
「大したことねぇよ。もう出血もしてねぇ。」
「そ、そうでしたか!」
そこで一拍おいたところで、一斉に自分へと視線が降り注ぐ。
正直冷や汗が止まらなかった。
シードが自分を都市同盟の傭兵。と口に出すことはないだろうが、
やはり緊張せずにはいられない。
心臓のリズムが早くなる。
「シード様、こちらの方は・・・・。」
はたから見てどうみても敵には見えなかったのだろう。
傷ついたシードに寄り添い、シードからも殺気を全く感じなかったのだろうから。
「あ?こいつか。こいつは俺の女だ。」
「「「は!!!??」」」
何人もの声が重なった。
もちろんの声も。
(な、な、何言ってるの?!)
「えー・・・、と、都市同盟の者ですか?」
「ああ。」
そのはっきりとした上司の答えに辺りがどよめく。
当たり前だ。敵地の女を自分のものと言うやつがどこにいるというのだ。
(いたとしても・・・シードくらいよ。)
ジロリと目の前で楽しそうにするシードを黙って睨みつける。
「まあ女っつっても今夜くらいの暇つぶし。捕虜みたいなもんだ。」
(こ、今夜くらいの・・・・暇つぶし!?)
は眉間にこれでもかというくらいシワを寄せる。
「はぁ・・・、と、言いますと・・・?」
流石の兵も、どういうことなのだろうと聞きなおす。
「逃げられないように縛って俺のテントにでも放り込んでおけ。
丁重にな。」
(し、縛るって!)
「は、は!わかりました!!」
兵はそうはっきりと敬礼をし、の手を縛り始めた。
「ちょ、ちょっと!?」
反論しようとするを無視し、シードが付け加える。
「あー、その女はかなり強暴だからな。鎖もつけて置いてくれ。」
(く・・・鎖!?)
「は!!」
先ほどよりもはっきりと返事をし、兵は淡々とを拘束していった。
何度シードの方を見ても、
ニヤリ
と笑うだけだった。
第2章 完
