私、本当に皆の仲間になりたかったの。






 それどころか、もう・・・なってるつもりでいた・・・・・・。


















 本当よ・・・・・・・。




















 「少し沁みるだろうけど我慢するのよ。」
 は泉の水でシードの傷口を洗い、擂った薬草をそこへつけた。
 その瞬間シードが顔を苦痛で歪め、横にしている体をびくりと動かした。
 「痛ぇぞ・・・。もう少し優しくやれよ。」
 シードは先ほどから文句を口にすることはあっても、痛みの呻きを上げることは一切しなかった。
 おそらく彼なりの無意識なプライドがそうさせるのだろう。
 
 「・・・・・・・。」
 は何度か言われる自分への文句に返答せず、ただ黙って傷の手当をしていた。
 その頬は、先ほど流れた涙で濡れていた。
 シードがその頬へと手を伸ばし、そっとその濡れた頬を拭う。
 そこへ触れられた一瞬、はぴくりと動き、
 表情はそのままで視線だけをシードへと向けた。
 もう瞳から涙は流れていないが、悲しみの表情を露にする。
 シードはそこへ手を置いたまま、いつもの子供みたいな目をして話しかけてくる。
 「何泣いてんだよ。」
 「・・・泣いてない。」
 「さっき泣いてただろーが。」
 「今は泣いてないわ。」
 意地になっているを見てシードが笑う。
 「ははっ。珍しく子供じみた事言ってんな。」

 「・・・・・シード。」


 は自分の頬へ添えられたシードの手を取り、その大きな手を両手で包んだ。

 手が震えた・・・・。


 「私も・・・・あなたを殺せない・・・・。」

 その言葉を聴いた瞬間、シードは儚げに目を細めた。
 そして真剣な瞳でを真っ直ぐ見据える。
 「いや・・・お前は俺を殺せる。」
 「シード!」
 「お前は殺せないんじゃない。殺さないんだ。」
 シードらしくない曖昧な言葉には疑問の表情を浮かべる。
 「どういう事・・・?」
 「俺とお前の考えていることは違うって事だよ。」

 「わからない・・よ・・・・。」
 は両手で包んだシードの手を自分の額へと持っていき、
 傷に響かないようゆっくりと、寝ているその胸へ顔をうずめた。
 「わからない・・・。だけど、私は・・・・・あなたを殺せないわ。」


 表情が見えないの髪をそっとシードが撫でた。

 「少し休めよ・・・。」


 何度も、ゆっくりと

 心地よいその流れが続いた・・・・・・。

















 私にシードを殺すことなんて出来ない。


 ・・・どうして?

 どうして戦わなくてはいけないの?

 どうすることも出来ないの?





 ・・・・・・・・私は―――











 あの人達とも戦うことなんて出来ない・・・・・・・・・・。

















 思考の中を駆け巡らせていると、顔をうずめていた胸が規則正しく上下し始めた。
 ゆっくりと顔を上げると、シードは少しばかり苦痛の表情を浮かべながらも眠りに付いたようだった。
 (薬が効いてきたのかしら・・・。)
 さっきまで荒く息を切らしていた呼吸も、今ではかなり静かになっている。

 はシードを起こさないよう、ゆっくりと離れ立ち上がる。


 こんな二人の様子をハイランドの兵士に―――
 ましてや傭兵隊の仲間達に見られたら・・・・・。

 しかしそんな危険を冒してでもシードを助けたかった・・・・。






 (とにかくこの辺りの様子を見ようかしら・・・・。)
 は少し周辺を見渡し、そして再度横になっているシードを確認してからその場を少し離れた。

 さっきまで全く気づかなかった森の様子はとても静かで、スッとする朝の空気が漂っていた。
 辺りは目で確認できるほど明るくなっており、もう朝日が昇るだろうという時間までになっていた。

 (シードが自力で軍へと戻れるようになるまで・・・今日一日は必要だわ。)
 そうすると自分が仲間の元へ戻るのは早くても明日。
 しかし予想からして砦の傭兵達は、ミューズへと逃げたと思われた。
 それだと、自分が明日ここを発って・・・・ミューズにいるはずの彼らと会えるのは
 うまくいって4日後か5日後というところだろう。
 (ミューズについて皆がすぐ移動することはないだろうし、
  少しは余裕をもって行動ができそうね。)

 しかし、そんな考えの中にも常に引っかかることがある。

















 (フリック・・・・・・。)



 彼の名を心の中で呼び、ふと何か足りないことには気づいた。


 「・・・?・・・・指輪。」

 右手の薬指にしていたはずの指輪が無くなっていたのだ。
 は慌てて服の中や、辺りをくまなく探す。

 しかし目当てのものは全くといっていいほど現れる気配はない。

 「どこかに・・・落としたのかしら。」
 は今までそれをはめていた指を撫で、視線を落とす。
 (父様・・・・・・。)

 ナッシュが教えてくれた、父の想い。
 本当にあの指輪に「愛」というものが込められていたかどうかは、今となってはわからない。
 しかし、はっきりとした支えのないにとって、常に傍にあり、
 支えを思い込むことが出来る、唯一の糧だった。

 は、あるはずもないと思いながらも辺りを探さずにはいられなかった。






















 「・・・・?」






















 シードかと思った。
























 でも違った。

























 それは、ずっと名前を呼び続けていた人物。




 「フリッ・・ク?」




 そう。



 彼だった。















 「!!!」

 フリックは周りにある茂みを掻き分け、急いでのもとへと走ってきた。

 「フリック!」
 もフリックが生きているという喜びを隠せず、彼のもとへ走る。




 そしてどちらからという事もなく、お互い抱き合った。





 「!」
 「フリック!フリック・・・・っ。無事だったのね!」
 仲間の確かな鼓動を感じ、は彼の背に回している腕に力が入る。
 「ははっ。まだ少し痛むけどな。」
 「あ!ご、ごめんなさい!」
 は力いっぱいフリックを抱きしめている自分に気づき、勢いよく離れる。
 「冗談だ。もう全然平気さ。」
 「でも!あんなに強い衝撃で・・・、身体が炎に包まれて・・・。それで無事だったなんて・・・・。」
 「ああ、軌跡みたいなもんさ。
  ちょうどあの衝撃に吹き飛ばされた場所が、後ろにあった川だったんだ。だから火傷はそんなに大したことない。」
  それに、あれくらいの衝撃で俺は死なないさ。」
 いつもの相手を安心させようとする、その柔らかな笑みに自然とも表情が緩む。

 しかしすぐにフリックは真剣な表情をし、の頬に触れてきた。
 は急な出来事に少し身じろぐ。

 「それよりお前が・・・無事でよかった。」
 自分の頬を撫ぜるそれよりも、その言葉の方がくすぐったかった。

 「一体どうやって逃げたんだ?」

 確かに、あの時はかなり深い傷を負っていた。
 そして突然を連れ去った黒い騎士は、まるで歯がたたないほどの強さだったのだ。
 あれでは簡単に逃げることは不可能だった。

 「もう死ぬだろうって思われて、森の奥に捨てられたの。」
 フリックはから手を離し、真剣な表情で話を聞いていた。
 「でもね、知り合いが偶然通りかかって、助けてくれたの。」
 「知り合い?」
 急に話の内容に現れた、見知らぬ人物にフリックは眉をひそめる。
 「ええ。砦に行く前に知り合った人なんだけど・・・。その人には2度も助けられたわ。」
 「・・・そうか。」

 その一言を最後に、フリックは視線を逸らした。
 「フリック?」
 「・・・・・・・すまなかった。」
 「?」
 突然のフリックの謝罪に、は瞳を丸くする。
 「お前を・・・・・・・守れなくて・・・・・っ。」
 (え・・・・・?)


 自分も負傷していて歯がたたなかったし、フリックもあの状況では太刀打ちできなかった。
 そして何より、は最初、自分からあの黒騎士と一緒に行くことを決意したのだ。

 どう考えてもフリックは悪くない。


 「フリックのせいじゃないよ?」

 そう言っても、フリックは後悔だらけの表情をしており、
 が何を言っても自分のせいだと言い張る。


 「俺が・・・・もっと・・・・・・。」

 繰り返されるフリックの自省に、はキッと目の前の青を睨みつけた。






 乾いた音が森に響いた。




 
 

 フリックは左頬を押さえている。

 に叩かれた所が少し赤い。




 「フリック、強いだけじゃ守れない時もあるわ。
  力だけじゃ出来ない事もあるの。」
 フリックは変わらず目を開いたままを見つめる。
 「フリックには・・・それだけの人になってほしくない・・・。」
 今度は優しく語りかけるに、フリックも瞳を細めた。
 そして少し自嘲気味に笑ってから、再度目の前でまっすぐ見つめてくるを見る。
 「何にも変わってないな・・・・俺は。」
 「え?」
 何が――?そう聞こうとした時、自分の手を大きく暖かい手が包んだ。

 「行こう。」

 「・・・・え?」
 「ミューズでビクトール達が待ってる。」

 「あ・・・・・。」





















 そうだ。









 自分は彼等に会うために。

 一緒に戦うために戻ってきたのだ。





















 しかし―――――





















 (シード・・・・。)






















 「行けない・・・・・。」

 「何だって・・・?」
 思いにもよらなかった返事に、フリックは目の前で俯いているを驚きの表情で見つめる。
 「今は、行けないの。」
 「何言ってるんだ?!今でもその辺で王国兵がうろついているんだぞ!」
 「ちゃんと・・、ちゃんと後から皆を追いかけるから!」
 すがるようにフリックの手を握り返すの目は、それが本気だという事を言っていた。

 「どうしてだ・・・・?」


 シードは今動ける状態ではないだろう。
 しかしこの状況で、自分がいないことに気づいたシードがもしここへ来てしまったら・・・。
 
 は顔には出さないが、焦りを感じた。

 とにかく、今はシードの傍から離れるわけにはいかない。


 「・・・・・・それは言えない。」
 「!」
 「ごめんフリック。でも・・・絶対に皆の元に帰るから!」
 そしてまた思いもよらなかったの言葉にフリックが驚きの表情をする。
 「・・・帰・・る?」
 「私、あなた達と・・・・・みんなと一緒にいたいの!そう思えたの!」
 「・・・・。」
 「フリックもビクトールも・・・私を仲間だと思ってくれた。
  私も、皆を仲間だと思ってる!
  だから、だから・・・・・・・。」
 なかなか上手く伝えられないもどかしさに、がまた俯く。








 「・・・・わかった。」



 すぐそばから聞こえた答えに、は勢いよく顔を上げた。

 「フリック・・・・。」
 怒っているのかと思っていたその表情は、優しく微笑んでくれていた。
 まるで、前にミューズに向かう時に見た笑顔のようだった。

 「但し、絶対に戻って来いよ。」
 「ありがとうっ・・・。」
 フリックに強く握られた手を、も心を込めて握り返した。
 「?」
 その握り返した手の中に、自分の手以外の物があるのに気づく。
 は手を離し、フリックの手の中を見た。

 「これっ・・・!」
 「ああ、これか?砦から逃げていた最中に森の中で見つけたんだ。」


 その手の中にあったものは、
 自分が無くしたと思っていた指輪だった。


 「どうしてフリックが?」
 (一度も見せたことなんてないのに・・・・。)
 「ん?あぁ、何故かこれを見つけたときに、がいるんじゃないか。って思ってさ。
  引き返して砦に行ったんだ。これを知ってるのか?」
 「あ・・・うん。私が・・・父から貰ったものなの。」
 「これっ、の物だったのか?」
 「うん・・・。すごいわね。フリックの勘が良かったのかな?」
 少し冗談めいた口調でが笑う。
 その表情を見てフリックも笑い、そして目の前の白い手にそれを握らせた。
 「俺の勘は・・・そうでもないさ。」
 「え?」
 「この指輪がすごいのかもな。」

 再び自分の手に戻ってきたそれを見て、は父の顔を思い出す。

 確信のない愛の支えが、また自分に戻ってきた。
 そしてそれが、フリックと自分を会わせてくれた・・・。
 それだけでは十分嬉しかった。
 
 は手の中のそれに微笑み、再び指へとそれをはめた。
 そして目の前で自分を見つけ続けるフリックの瞳を見つめ返す。
 フリックは一瞬笑みを浮かべたと思えば、何かを思い出したかのようにそれを差し出した。
 「忘れるところだった。これ持っていけよ。」
 「あ・・・・。」
 それはが砦に来る前に持っていた剣だった。
 久しぶりに見るそれは、何日間も触ってなかったにも関わらず、きちんと手入れがされていた。
 おそらくフリックがしていてくれていたのだろう。

 「・・・・いいの?」
 「ああ。砦から逃げ出すときに持ってきたんだ。
  返すのが遅くなって悪かったな。」
 「ううん。ありがとう・・・。」
 久しぶりに手にする自分の剣は、やはり砦で借りていたものとは違い、
 自分の手にしっくりと合っていた。

 「あ・・・、砦で借りた剣・・・なくしちゃったの。ごめんなさい・・・・・。」

 シードを刺した剣。
 おそらく戦った場所に置いてきてしまったのだろう。
 あの時はそんな事を考えている余裕もなかった上に、シードの手当てもすぐにしたかったため
 邪魔になる武器を置いてきてしまったのだ。
 「・・・・・。いや、あれくらいの物ならいつでも手に入るさ。気にすんな。」
 「うん・・・。ありがとう。きっと、皆のところに戻るから。」
 「ああ。待ってる。」
 フリックは再度へ触れようとしたが、触れるか触れないかのところで離れた。
 「?」
 いつもなら優しく触れてくるはずの手が引かれ、離れた体温に寂しさを感じながら
 は首をかしげる。
 「フリック・・・?」
 その名を呼んでみたが、フリックは少し寂しく笑うだけだった。

 「いや、なんでもない。
  必ず・・・戻ってこいよ。」

 「うん。」

 のはっきりとした返事を聞き、フリックは踵を返して森の中へと入っていった。
 大きく揺れる青をは見えなくなるまで瞳にやきつけていた。



 フリックは足早に森の中を歩き、ミューズへと向かう。
 が生きているという確認もでき、彼女に触れることもでき・・・・、
 しかしそれでも不安は消えなかった。
 
 ハイランドが現れた時に消えた
 戦いの後に現れた
 そしてまた消える・・・・・。
 この状況からにして、がハイランドの工作員か何かという疑問は当たり前のように出てくる。
 その不安は一気に広がる一方だった。

 しかしそれは、さっきのの目を見ればそうではないという事が分かる。
 最初の頃は偽りだらけの瞳だったが、さっき自分を見ていたの瞳は真っ直ぐだった。



 もちろん、それで全ての疑問が消えたわけではない。



 そしてが無くしたと言っていた剣は、血が付いた状態で砦の近くに落ちていた。
 あれはどう見ても不自然ではないだろうか・・・。




 そしてずっと引っかかっていたもの・・・・。












 を助けた時に、持っていた銃。




 フリックは他人の手に触れさせてはいけないと、ずっと肌身離さず持っていた。

 もちろん今も持っている。













 それをさっき渡せなかったのは、






 やはりを信用していないということになるのだろうか。
























 しかし、これを渡してしまったらはもう戻ってこないような気がした。

















































 (本当はビクトールやレオナさんやポールにも会いたかったけどね・・・。)
 皆の元気そうな顔を頭に浮かべ、は微笑む。
 彼らの事を思い出すと心が穏やかになった。弾むといってもいいかもしれない。
 皆と過ごした時間は、自分にとっては素敵な時ばかりだったから・・・。

 「そろそろ戻るか。」

 はシードの事も気になり、元の場所へと戻ろうと後ろを振り返った。
 その瞬間、穏やかになりつつあった気持ちが一気に跳ね上がった。
 驚きのあまり、は瞳を見開く。









 「シ・・・、シード・・・・・。」






 目の前には絶対に立てないと思っていたシードがいた。


 やはりまだ辛いのか、木に寄りかかりながらこちらを見ている。












 その表情は険しい。




 「今の奴は・・・誰だ?」



















 二人の間を秋の風が通り抜ける。













 陽が昇り、光がその赤を強く捉えていた。