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赤い炎が見えた。
それが彼に襲い掛かる。
それが私の見た今の最後の記憶・・・・・・・・・・。
「フリック!!」
そう叫んで目が覚めた。
目覚めとは言えないくらい瞳を見開き、天井を見つめる。
何度か空気を吸い、自分がベッドで寝ていることに気づく。
視線をゆっくり動かすと、枕元にある花がすぐ目に付いた。
そしてその奥には、もう一つ清潔そうなベッドがあった。
どこからか、食欲をそそるいいにおいが漂ってくる。
(ここ・・・は?)
追手に捕まり、森に捨てられたのまでは覚えている。
容赦なく体を突き刺され、そのまま衰弱して目を閉じた・・・。
(!!)
アリーは慌てて、隣のベッドをもう一度見る。
「・・・・・・・・・。」
しかし、一瞬思い描いた人はそこには居なかった。
誰もいないベッドを見つめたあと、堅く目を閉じる。
(フリック・・・っ。私と一緒にいたせいで・・・・!)
無事なのだろうか・・・・・・。
ふと嫌な想像をしてしまう。
あのまま彼が死んでしまったら・・・・・。
砦に居る人たちは。
ビクトールは・・・・・。
―――私は・・・・・。
良くないことを考えるばかりの自分が嫌になる。
しかし今回ばかりはそればかりが頭から離れなかった。
その時、自分のいる部屋の扉が開かれた。
「!!」
アリーはその扉から現れた、予想もしていなかった人物に驚きを隠せなかった。
「ナッシュっ!?」
「っと。起きてたのか。」
何がなんだか分からなくなってくる。
精一杯に回せるだけ思考を働かせた。
ナッシュ。
彼とはハイランドで出会い、都市同盟までの道のりを途中まで共にしていた・・・。
しかし・・・・、突然現れた予想外の敵に歯が立たず、
ナッシュが自分を逃してくれたのだ。
それから彼とは結局会えなかった・・・・・。
「な・・んで?」
少しかすれた声で疑問を投げつける。
「ああ、俺もようやく都市同盟に入れてさ。
あー・・・・。まあそれからは色々とあったんだけど、数日前からここに泊まってるんだ。」
ナッシュが隣のベッドに腰をかける。
「ちょっと買出しに行こうと思って・・・、そして森の中で君を見つけた・・・・。」
そしてその綺麗な眉をしかめ、自分を見つめていた。
「血だらけで・・・・・。もう無理だと思ったよ。」
「・・・・そう・・だったの。」
大体のことを理解したアリーは、再度天井を見つめた。
そしてすぐに目を見開きナッシュを見据える。
「私の他にっ!私の他に誰かいなかった!!?」
急に大きな声を出したからか、ナッシュは驚き体を少し動かした。
「え?いや・・・、俺が見つけたのは君だけだったよ。」
その言葉にアリーは顔の力を緩める。
「そ・・う。・・・ごめんなさい。」
「いや、いいんだ。連れがいたのか?」
「ええ。多分・・・彼も負傷してると思う・・・・。」
「・・・・・。そうか。すまないな・・見つけられなくて。」
申し訳なさそうなナッシュの声に、痛い体を無視して首を横に振った。
「ううん。・・・ありがとう。」
アリーのその小さな微笑に、ナッシュも笑みを返してくる。
「ところでここは・・・宿屋なの?」
「ああ。トトとミューズの間にある白鹿亭っていう宿だ。」
「そうだったの。」
ふと自分の左肩に触れてみる。
既にそこに傷はなかった。
「??」
「ん?ああ、怪我なら持ち合わせてた札で治しておいたよ。
だけど想像以上に深くて・・・まだ痛みはあると思うけどな。」
(そう言われれば、足も傷がない・・・。)
刺されたはずの足に触れてみても、そこに包帯が巻いてあるという様子もなく、
ただ鈍い痛みと、傷跡があるだけだった。
「ナッシュ・・・ごめんね。私、あなたに助けてもらってばかりだね。」
「いーってことさ。まあいつか借りでも返してくれればいいよ。」
楽しそうに笑うナッシュに、その返すものが何がいいのか分からず、思わず質問をしてみた。
「何がいいかしら?」
「うーん。そうだな。」
手を口にあて、少し考えたふりをしてから、ナッシュはいきなりその顔を近づけてきた。
「俺が君を見つけたときの格好をしてくれる。とか?」
「見つけたときの格好?」
何を言っているのかよく分からず、アリーは少しだけ眉をひそめる。
「!!!」
(そうだ!私、服を乾かしてて・・・下着姿のままだったんだわ!)
アリーは自分の痴態をさらした事が信じられないくらい恥ずかしくて、顔を真っ赤にした。
それをナッシュが楽しそうに眺める。
そしてすぐに真面目な表情をし、少し低い声で口を開いた。
「もちろん、傷だらけなのはごめんだけどね。」
「あ・・・・・・。うん・・・。」
その言葉に、もしかしたら心配をかけたのかと思い、思わず答えてしまった。
「うんってことは、してくれるってこと?」
またいたずらっ子のような、詮索者のような目をしてアリーの瞳を除く。
「もうっ!ナッシュ!」
「あははっ。ごめんごめん。冗談だよ。」
(まったく・・・。ナッシュが言うと冗談に聞こえないんだから。)
そのとき誰かが来た気配を感じ、扉がノックされた。
「はい。」
すかさずナッシュが答え、扉を開く。
「まあ、気がついたんですね。」
そういいながら一人の女性が入ってきた。
彼女の手には、先程から香りがしていた食事が持たれていた。
おそらくここの女将さんなのだろう。
「すみません・・・。ご迷惑おかけして。服も・・・。」
「いいんですよ。暖かいスープをお持ちしましたので、ゆっくり食べてくださいね。」
彼女は優しく微笑み、花が飾られているサイドテーブルに食事を置いた。
「ナッシュさんのも一緒にお持ちしましたのでどうぞ。」
「ありがとうございます。」
そして彼女は軽く会釈し、静かに部屋を後にした。
「食えるか?」
「うん。思った以上に食欲はあるみたい。」
そういいながら、アリーは体をゆっくりと起こした。
「っ・・・・。」
やはり痛みはまだ残っている。
それに大量の出血をしたためか、眩暈も少しするようだった。
ナッシュに心配をさせないため、なんとか倒れこむことだけは抑えた。
「やっぱり、まだ少し辛いだろ?」
「んー・・、血が足りないから少し眩暈がするだけ。
食べればすぐよくなるわよ。」
そういいながら、スープを口に運んだ。
何日か振りの暖かい食事は、動転していた自分の気持ちを落ち着かせてくれた。
「あ、ナッシュ。私どれくらい寝てたの?」
「ん?そうだな、見つけたのが3日前の夜中だったから・・・。まる2日ってところかな。」
「そう・・・・。」
(そうすると・・・。もしフリックが無事だったとしたらすでに砦に戻っているはず。
でも、無事じゃなかったとしたら、ミューズへの連絡が行ってないことに・・・・・。)
迷いが駆け巡る・・・・・。
フリックが無事にミューズへ援軍を呼びに行き、すぐさま砦へ戻っているとしたら
既に引き返しているはず・・・・。
(フリックを信じて・・・砦へ戻るか・・・・・・・。)
しかしもしもの事態が起きていた場合、ミューズからの援軍が来る事はないだろう。
(それとも、ミューズへ向かい援軍を頼むか・・・・。)
二つに・・・・・一つ――――。
「アリー?」
「え?あ、ごめんなさい。なんでも、ないの。」
アリーはふとナッシュに話しかけられ、あることを突然思い出す。
「そういえばナッシュ。」
「ん?」
ナッシュは、よほど美味しいのか先程から食事に頬張りついている。
「シエラさんとは会えたの?」
「ぶっ!!!」
突然の問いかけによほど驚いたのか、ナッシュは口にしているものを吹き出した。
「ちょっ、ちょっと!もうっ、汚いわよナッシュ!」
そう怒りながらも、アリーは激しく咳き込んでいるナッシュの背中を撫でる。
「げほっ!げほ!・・・げほっ!」
「だ、大丈夫?」
「げほっ・・・・あ、ああ。大丈夫だ。悪い。」
「急にどうしたの?」
未だ苦しそうに息をするナッシュの背中を続けてさする。
「あ、いや。シエラ・・シエラね。」
そう言いながらナッシュは、少し。というよりも、かなりげんなりした表情を浮かべる。
「?」
「あっ、ああ。うん。会ったよ。」
「ほんと?良かったっ。」
嬉しそうなアリーの表情に、ナッシュがちらりと視線を送る。
――なんでそんな嬉しそうなんだ?
とでも言っているかのように。
「不思議な人だったでしょう?」
「あぁ・・・、不思議すぎて困るくらいだったよ。」
(??なんかあったのかな?)
少し様子のおかしいナッシュにアリーが首をかしげる。
「あ。そうだ。」
そしてナッシュが何かを思い出した様子で、自身のポケットに手を入れた。
「これ。」
「あ・・・っ。」
開かれたナッシュの手の上には、以前シエラに託したアリーの指輪が光っていた。
久し振りに見るそれに、アリーはそっと触れる。
「大切なものなんだろう?」
「え?」
ナッシュの確信づいた問いかけに、アリーは目の前にある海色の瞳を見つめた。
「それにはめ込まれている石は、かなり珍しいものなんだ。
ここらじゃあ全く取れない代物だからな。」
「そんな高価なものだったの・・・。」
「知らなかったのか?」
「ええ。父からもらった物で・・・。ただ持っていなさいって言われただけだったから。」
「・・・・・・。」
自分の言葉にナッシュが無言になる。
もしかして・・・何かまずい事を言ってしまったか・・・・・・・。
変な緊張感がアリーの周りを包み込む。
「それはハルモニアでしか取れない石だ・・・・。」
その言葉に無意識にぴくりと体が動く。
「君の・・前持っていた剣も、ハルモニア製だったよね。」
ナッシュの瞳を恐る恐る除くと、
以前の探るような瞳とは少し違った色をしていた。
沈黙がこの部屋全体に広がる。
「その石の意味を知ってる?」
「え?」
急に投げかけられた質問に、緊張の糸が解ける。
ふとその指輪に視線を落とし、そしてまたナッシュの目を見て首を振った。
「―――愛する者へ。」
愛する・・・者へ・・・・・・・?
これは父から贈られた物だ。
だったら、
父は私を愛していたというのだろうか。
ずっとそんな事はないと思っていた・・・・・・。
愛されているなど・・・・。
私を――――
愛する人など・・・・・・・・。
「これを君に贈った人は、君を愛していたんだね。」
優しく話すナッシュの瞳は、その声よりもずっと優しくて・・・・。
泣きそうになった。
「父様が・・・・私を・・・・・?」
自分の手の平の上で光るそれを見つめる。
その輪の中にはめ込まれた様々な色に光るそれは・・・・。
自分の問いかけに答える事もなく、静かに光を放っているだけだった。
その光を閉じ込めるかのように、強く握り締める。
「・・・・・・・。」
切ないため息だけが口から出て、瞳の周りが熱くなるのが分かった。
そっとナッシュの手が背中に触れた。
顔を上げると、優しく笑っていてくれた。
自分も笑ってみせた。
「アリー・・・。」
ナッシュはアリーに触れていた手を肩へと回す。
「よし!」
「えっ?」
大きな声を急に出したアリーに驚き、ナッシュは進めていた手をすかさず離した。
「私、行くね。」
「へ?」
清清しくしているアリーの表情とは反対に、開いた口をあけたままぽかんとするナッシュ。
「ありがとうナッシュ!」
「?あ、ああ。役に立ててよかったよ。」
「うん。おかげでなんだかすっきりしたわ。」
そう言いながらアリーはナッシュから受け取った指輪を元の右手の薬指へと戻した。
指を広げて見てみると、それは先程よりも光を増しているような気がした。
(父様が私を愛してくれていたかなんて・・・・わからない。
・・・でも、何かを私に残してくれた。
それだけは確かなの。)
一度は信じてみようと思った『愛』というもの。
それをつかめる事なんて一度もなかったけど、
それに近いものを今感じる事が出来た。
それだけで、今のアリーには十分だった。
信じる事・・・・・。
そう。
信じなくては・・・・・・・。
アリーはそれに向かって軽くうなずくと、すぐに身支度を整え始めた。
とは言っても、ほとんど荷物はないため、
砦で借りていた剣を持つだけだった。
「行くのか?」
後ろを振り向くと、ナッシュがまっすぐな目で自分を見ていた。
「うん。」
自分も同じ目で彼を見る。
「死ぬなよ・・・。」
「・・・あなたも。・・・生きて。そしてまた会いましょう。」
そしてお互い笑い合い、アリーは部屋を後にした。
部屋に一人残されたナッシュは、アリーの靴音が全く聞こえなくなったところで
ようやく息を吸い込んだ。
「・・・ふぅ。」
どさりとベッドへと腰掛ける。
「・・・・・死ぬなよ・・・・・。アリー。」
先程まで彼女が寝ていたベッドに向かい、ナッシュは低く囁いた。
とにかく走り続けた。
向かうは東――――
傭兵隊の砦だ。
フリックを信じて・・・・・・・・・。
『仲間』を信じて――――――。