自分がもがけば、どうにかなるのかもしれない・・・・・・・・・・。
だた、あと必要なものがあるとしたら―――
それは勇気。だと思う・・・・・・・・。
「、大丈夫か?」
「ええ。もう全然平気。」
フリックと二人だけでミューズに向かうことになり、緊張感を残しつつもすぐさま馬の元へ急いだ。
さっきのこともあるのか、フリックは必要以上にの体調を気にしていた。
(そんな事で足手まといになりたくない・・・。)
「ほらっ、大丈夫!馬にだってちゃんと一人で乗れるし。」
は出来るだけ明るい声を出し、身軽に馬へ飛び乗った。
そんな様子を見て、フリックが笑みを取り戻す。
「そうか。でも絶対無理はするなよ。」
「うん。わかった。」
そうして二人で馬を走らせる頃にはもう月が出ていた。
ミューズまで寝ずに馬を走らせて2日はかかる。
自分の役目はそこで終わる。
だが、はそれで終わらせる気はもうなかった。
(この人達と・・・・一緒に戦いたい・・・!)
――― 一緒に・・・・いたい。
・・・・・・・・しかしその気持ちは無残にも崩される事となる。
二人でひたすら馬を走らせ、ただ休むことなくミューズに向かった。
時折、馬を休ませるために一息入れることもあったが、それも一瞬のこと。
とにかく走る事だけを考えた。
不思議と辛い事はなかった。
何かをふっきった自分の心は晴れ晴れとし、
彼等の役に立てることだけを考えて前に進もうとしていた。
心なしか、フリックへ投げかける自分の声は明るい。
「フリックっ。トト村を出たから、後1日あれば着くわね。」
「ああ、あとは街道をまっすぐ行くだけだからな。この辺で一休み入れるか。」
「ええ。」
肝心の馬が倒れてしまっては意味がない。
そんなことがないように、短いながらも何度か休みを入れる。
腰を落ち着けれる小さな川があったため、そこで一息入れることにした。
しかし、が馬から降りようとした瞬間、馬が急に暴れだした。
「きゃっ・・・!」
「!!!」
暴れる馬になんとかしがみついていたが、それがずっと続くわけもなく、
は川の中へと振り落とされた。
幸い川は浅かったため溺れるようなことはなかったが、体を強く打った上に、全身ずぶ濡れになってしまった。
「いたた・・・・。」
「!大丈夫か!?」
フリックが血相を変えて、濡れる事など全く気にせず川に入ってくる。
「あ!大丈夫っ。あぁ・・・・。もう・・・フリックまで濡れちゃったじゃない。そんなに大したことないのに。
大げさなんだから。」
少し怒ったような口調でフリックを見ると、すぐにほっとした表情を浮かべ頭に手を置いていた。
「あ、・・・すまん。」
別に彼が悪いわけではない。
それなのに素直に謝ってしまうフリックが可笑しかった。
「ふふっ・・。」
「おい、笑うところか?ここは。」
「だって・・・。可笑しいんだものっ。」
未だに笑いの止まらないを見つめ、フリックが優しく微笑む。
その艶やかな表情には笑いを止め、顔が徐々に熱くなっていくのがわかった。
「と、とりあえず服を乾かしましょう?」
「ああ、そうだな。」
ざばざばと水分を含んだ服を体に纏わせながら、二人は川から上がった。
(えーと・・・・・。)
川から上がったのはいいものの、はどうやって服を乾かせば良いのかわからず悩みこむ。
そうしているうちに、フリックはてきぱきと装備を脱ぎ始めた。
「えっ!ちょ、・・・フリックっ?」
急に露になった彼の肌には動転し、勢い良く後ろを向く。
「ああ、ちょっと待ってろよ。」
ちらりとフリックの方を向くと、2本の木の枝に紐を縛り付け、そこにフリックの象徴とも言える青のマントを掛けた。
「あ・・・。」
「よし、これで大丈夫だろ?」
「うん・・・。ありがとう。」
空色の布越しに二人は腰掛けた。
(とりあえず服を乾かさなきゃね。)
ちらりとマントの向こうのフリックを確認する。
もちろん、彼が覗いたりなどするような事をするとは絶対にないのだが・・・。
(ビクトールじゃあるまいしっ。)
何故か確認してしまうのは意識しているからだろうか?
急に気恥ずかしくなってきた気持ちを落ち着かせるため、ビクトールの名前を心の中で無理やり出す。
そして手早く衣服を脱いだ。
熱い季節が終わり、少し肌寒い風が素肌を撫でた。
「寒くないか?」
急に話しかけられ、どきりとする。
「あ、うん。大丈夫。フリックの方が寒いでしょ?火がこっちにあるから・・・・。そっちも火つける?」
「いや、そんなにやらない方がいいだろう。」
「そう、だね。」
「・・・・・・・。」
「・・・・・・・。」
微妙な沈黙の長さがとても心苦しい。
別に嫌な思いをしているわけではない。
さっきから心臓の音がいつもより少し大きく聞こえ、
いつもより顔の熱が高いだけ。
(それだけよ・・・・・・。)
はフリックに意識しすぎないよう、目の前の炎に集中する。
そのとき、2頭の馬が少しだけ世話しなく動き始める。
「・・・?」
嫌な予感がした。
その時、ようやくは思い出した。
自分が常に身の危険な状態に置かれていた事を。
―――そして後悔した。
フリックと共に行動してしまった事を・・・・・・・・。
「誰だ!!??」
フリックの大きな声に、はすぐさま体を起こして剣を握った。
そして二人の間にあった青を勢いよくめくると、目の前には黒い鎧を纏った、
見慣れた追っ手とは少し違う男が立っていた。
(・・・こいつ。様子がおかしい。)
はすぐさま構え、フリックの隣に立った。
「・・・。気をつけろよ。」
「ええ。」
たたずむだけだった男がゆっくりとの方を見る。
「・・・・貴様がか。」
「・・・・そうよ。・・・・誰に言われて私を?」
の質問に男はふんと、鼻を鳴らした。
「そんなことは貴様が十分に分かっているだろう。」
「・・・くっ!」
(やはり追手!!)
そうなるとフリックが気になる。
そもそも自分が追われることに、彼は全く関係ないのだ。
このままだとフリックの命が危ない・・・・。
(どうすれば――っ・・・・!)
「大人しくついてくるつもりはないみたいだな。まあいい。
俺にとってはどうでもいいことだからな・・・。」
目の前の男はその異常な程に美しい口を歪め、金の髪を靡かせていた。
(ダメだわ・・・。この男には勝てない!)
「――」
「ごめんなさいフリック。・・・・・・・・あなたを巻き込みたくない。」
「?」
はそう言うと剣を下げ、男の方へ歩き出した。
「待つんだ!!!」
「・・・。ふん。つまらん。」
大人しくついて行こうとするに、男はつまらなさそうにフリックに背を向けた。
「ふざけるな!!!」
その背にフリックが切りかかった。
「!!!だめ!フリック!!」
が叫んだ時にはもう二人は剣を交えていた。
一度は簡単に男に弾き飛ばされたフリックは、すぐに体勢を立て直し切りかかる。
男は口の端を上げ、体を一歩も動かす事もなくフリックの相手をしていた。
「だめ!!フリックやめて!!」
(殺されてしまうっ!!それだけはっ―――!)
思わず体が動き、男を止めにかかる。
「邪魔だ。」
そう言われた瞬間。
「ー!!!!」
鈍い痛みが肩に走る。
自らの左肩をゆっくり見ると、
男の剣が突き刺さっていた。
勢い良く剣が抜かれる。
フリックが青の瞳を大きく見開いているのが見えた。
「っ・・・!!!!」
信じられないほどの痛みが走り、
傷口が燃えるように熱くなる。
(逃げてっ・・・・!フリックっ!)
「・・・・・チッ・・・。」
男は軽く舌打ちをし、の体を持ち上げた。
「貴様ぁ!!!!」
フリックが怒りのままに男に切りかかる。
「貴様なんぞに付き合っている暇はない。」
そう言いながら見た事もない魔法が男の手から放たれた。
「!!!!」
炎がフリックの体を包み、その衝撃で何十メートルも体が吹き飛ばされた。
「フリ・・・・ク・・・・。」
微かな息と共に、薄れゆく意識の中で彼の名を呼ぶ。
ただ生きてと願って・・・・・・・・・・・・。
ふとある近くの森でどさりと乱暴に下ろされた。
「うっ・・・。」
今出る精一杯の声がそれだけだった。
傷口からはとめどなく血が流れ出し、そこに心臓があるかのように熱い。
それでもそれを止めようと必死に手でそこを押さえた。
「はっ・・・!」
触ると激痛が走るが、とにかく止血しようとは呼吸を繰り返す。
そんな様子を男はじっと眺めていた。
「はぁ・・はっ・・・このままだと・・・・・どうせ、私・・・は、たすか、らない・・・・・。」
「そのようだな。」
必死で言葉を出すとは反対に、どうでもよさそうな声を男はその口から発する。
「しかし何故お前はそんなに生きたがる。どうせ死ぬのだろう。
無駄な抵抗などせずとも、俺がすぐに楽にしてやるぞ。」
もがこうとするの行動が不思議なのか、男はに疑問をぶつけてくる。
「それ・・・でも・・・・。はぁっ・・・・。何かを思え・・・ばっ!ん・・・・はぁ、はぁ。」
少し声が小さくなるの言葉を聞こうと、男はに近づく。
「はぁ・・はぁっ。思・・えば・・・。生き・・れる!」
「ふん。・・・ただの戯言にしか聞こえんな。」
そう冷たく言い放つと持っていた剣をの足に突き刺した。
「っ!!!!」
信じられないほどの痛みが体中に走る。
刺された場所は決まっているのに、痛みは全身を駆け抜けた。
それでもはまだ話そうとしていた。
「それ・・・をっ!おしえ・・・・はぁ・・・・・はぁ・・・・・もらっ・・たっ。くっ・・・。」
「ほう・・・・。」
これほどまでに傷ついても、訴え続けるに男は少し興味を持ったのか、
不気味な笑みを浮かべる。
「それならばお前がそれを証明してみせるがいい。」
近くで静かに話す男の顔は、とても美しく、しかしこの世のものとは思えないような妖しさだった。
「・・・・はぁ・・・はぁ・・・・。では・・・くっ!・・・ん。はぁ・・・名を・・・・。」
男は立ち上がり、に背を向けた。
「生きてこれたらな。くく・・・・。」
そして闇の中へと男は消えていった。
はひたすら生きようと呼吸を繰り返す。
「フリ・・・・ク・・・。」
空には月が浮かんでいる。
死ぬのか――――。
そう思っていた私を
――――彼が助けたのだった。
