何かきっかけがあれば
私は自分で一歩踏み出すのかもしれない。
そう。
きっかけさえあれば・・・・・・・・・・――――。
フリックと砦に戻り、やジョウイという少年を紹介してくれるとの事で、
彼等がいる会議室へ一緒に行く事になった。
「入るぞ。」
フリックが向こうからの返答がある前に扉を開く。
そこには初めて見る人たちが会議室を埋めていた。
(子供ばかりじゃない・・・・。)
とジョウイ。名前だけ知る彼等を探すと、恐らく赤い服を着た小柄な少年と、
その隣にいる髪の長い少年がそうだと思われた。
他にいるのは幼い少女と、髪の短い、どこか服装が赤い服を着た少年と似ている女の子。
そして眼鏡をかけた女性がいた。
扉が開かれた瞬間に一斉にこちらに目線が降ってきた。
は気まずい気持ちを持ちながら、静かにフリックの後ろから会議室へ入った。
「アップルじゃないか!?どうしたんだ?」
フリックが驚きながらその女性に話しかけると、その女性は大きなため息を吐いた。
「やっぱりフリックも一緒だったのねっ。
ビクトール!!」
急に大きな声で呼ばれ、ビクトールがびくりと肩を揺らす。
「そんな恐ぇ声だすなよアップル。」
「出さずにはいられないでしょう!こんなところで傭兵隊の親分なんかに納まっちゃって!!
知らせくらいよこしたらどうなの?みんな心配してたんだからね!!」
「おい、ビクトール!?」
驚きの表情をずっと浮かべていたフリックが、更に驚いた様子でビクトールに食いかかる。
「どういうことだ!?『みんなには俺から言っておく』って言ってたじゃないか!?」
「ん?ああ、いや、まあいいじゃねぇか。はっはっはっはっ!」
(ははははって・・・・。)
話の細かい内容は聞かずとも、なんとなくは分かった。
(ビクトールが悪いってことがね。)
いつもとは少し違う和んだ空気には心の中で笑う。
しかしそんな空気も、すぐにアップルという女性の言葉によって打ち消された。
「まったくのんきなところは相変わらずね。」
そして毅然とした態度の中、悲しみの色を添えた瞳で、小さな少女に目を向ける。
「ルカ・ブライトが天山の渓谷を抜けて、トトの村を襲ったのよ。生き残ったのはその子一人だけだったわ。」
「なんだと!!」
「ハイランドの狂皇子か・・・。」
「・・・・・・・。」
(とうとうトトの村まで・・・!)
驚きを隠せないまま、はその小さな少女を見つめた。
(ひとりだけでも・・・・生き残ったのね。)
生き残りがいるというだけでも軌跡なのかもしれない・・・。
そんな事を考えてしまうほど、ルカ・ブライトの行為は非道だ。
「先日襲撃された、ユニコーン少年兵たちの弔いという形になっているけど、それはもちろん表向きの事でしょうね。
ハイランドはトトを襲った後、街道を東に向かったわ。次に狙うとしたら、リューベの村かこの砦よ。
トトの襲撃はそれのウォーミングアップに過ぎないわ。」
―――ユニコーン少年兵
その名前を聞き、は心臓の音が早くなるのを感じた。
「・・・・そうか。」
ただならぬ思い空気に少年達は重く口を閉ざし、悔しげな表情を浮かべていた。
「よし、達は疲れただろう。俺たちはもう少し話があるから休んでいいぞ。」
「・・・・はい。」
小さく返事をし、そのまま彼等は会議室を後にしていった。
(辛い何かを・・・見た目ね・・・・。)
静かに出て行った彼等を目で追い、そして扉が閉まったところで自分に声がかかった。
「ところでこの人は?」
「お、そうだったな。
こいつは今うちで手を貸してくれてるだ。剣術が中々の腕でな、稽古をつけてもらってるんだ。」
「そうだったの。」
突然会話の内容が自分に変わり、おろおろとしながらも挨拶をした。
「は、はじめまして・・・。」
「はじめまして。アップルです。こんな二人を相手に毎日大変でしょう?特にビクトールの方は。」
笑顔を浮かべる彼女に少し安心感を覚え、出された手と握手を交わす。
「はい。」
「おい。『はい』はねぇだろ。」
「こいつだけなら分かるが、俺は迷惑なんて掛けてないぞ。」
ビクトールとフリックのそれぞれの反論を聞きながら、とアップルは目を合わせて笑う。
そして少しばかり一息ついたところでアップルがまた凛とした表情になる。
「そろそろ話しを始めていいかしら?」
「ん?ああ。」
アップル同様、ビクトールとフリックも真剣な表情をする。
「あ、私部屋にもどるわね。」
流石に内容を聞くのはまずいだろうと思い、扉に向かう。
「。」
フリックがすぐさま近くへ寄ってきた。
「すまない。後であいつらを紹介するから。」
あいつら。とはおそらくさっきの少年達の事だろう。
「あっ、ううん。大丈夫。フリック忙しいでしょ?自分で挨拶に行くわ。
それでもいいかしら?」
「ああ、そうしてもらえると助かるよ。すまないな。」
「ううん。」
申し訳なさそうに言うフリックに向かって少しだけ笑顔を向け、扉を閉めた。
ふと廊下の奥に目をやると、まだ彼等がいるようだった。
は少し緊張しながらもそちらへ足をむける。
(名前だけでも言わなきゃね。)
「こんにちは。」
彼等に声を掛けると、そのまだ幼さが残る瞳がこちらへと向けられる。
「あ、こんにちは。」
「あなたは・・・・さっきフリックさんと来た・・・。」
素直に挨拶を返す赤い服の少年。
そして髪の長い少年は、どこか壁を感じさせる様子を出していた。
「よ。ここで剣の稽古をつけてるの。旅の最中だからすぐ出て行くんだけど・・・・、
よろしくね。」
そう言いながら手を出すと、すぐにそれを優しい手が掴んだ。
「です。よろしくお願いします。」
そして少しだけ安心したようなもう一人の少年も手を差し出す。
「ジョウイです。こっちはピリカ。」
ジョウイと手を繋いでいたピリカが、少し怯えた様子でを見ていた。
「ピリカちゃんっていうの・・・・・。」
「・・・・・・うん。」
は彼女の目線と同じ高さまでしゃがみ、その小さな瞳を見つめる。
頭をそっと撫でてあげると、彼女からほんの少しだけだが笑みがこぼれた。
きっと恐ろしいものを見てしまったに違いない・・・・・・。
幼すぎる彼女にとって、
信じられないくらいの壮絶な光景を・・・・・・・。
ふとにユニコーン少年対襲撃の時の光景が頭に浮かぶ。
おそらくトト村が襲われた時も、その時と同じくらいの惨劇になったに違いない。
「私はナナミ!」
元気良く頭上から聞こえてきた少女に目をやると、
明るい表情で自分に握手を求めていた。
は立ち上がり、その手を握る。
彼女の満面な笑みについこちらも顔がほころぶ。
「の姉です!よろしくね!さんっ。」
「よろしく。ふふ。明るいお姉さんね。」
笑いながらに言うと、彼は少し照れながら笑っていた。
「ところであなた達も傭兵隊の人なの?」
――――聞かなければよかった。
私は後でそう思った。
「いえ・・・。本当はハイランドのユニコーン少年兵でした。」
驚きを隠せず、は瞳を大きく見開く。
あの日、
自分も彼等を殺そうとしていた。
でも殺せなかった・・・・・。
だけど・・・・・・・――――
見殺しにした。
「さん?」
の声では我に返る。
「あ・・・・・、そうだったの・・・。大変だった、わね・・・・。」
「はい・・・。」
仲間だった少年兵たちのことを思い出しているのか、の表情が暗くなる。
「でも!でも!!とジョウイは無事だったじゃない!!
それだけで私はすっっっごい嬉しかったよ!!!!」
顔を落としていたとジョウイに、ナナミが精一杯元気付けようと声を掛ける。
本当は自分もここで何か声をかけるべきなのだろうが・・・・、
出来なかった。
「うん・・・。ありがとうナナミ。」
顔を上げ、少しだけの笑顔で答えるに、ナナミはぱっと明るくなる。
「よし!!みんな疲れてるし、まずは元気つけるために寝なきゃね!!」
「そうだね。ピリカも・・・早く休ませてあげたいし。」
疲れて眠くなってきてしまったのか、ピリカが目をこする。
「あ・・・、引き止めてごめんなさい。ゆっくり・・・休んでね。」
それが今が言える精一杯の言葉だった。
「はい。おやすみなさい。」
「おやすみなさい。」
笑顔で答えるとジョウイに心が締め付けられた。
「おやすみ・・・・。」
彼等が階段を降り、視界から消えてからもはそこで立ち尽くしていた。
あの日の悲鳴が聞こえてくる。
スリスと言う少年。
無残に転がる亡骸。
そして・・・・・・・・―――
ルカ・ブライトの笑い声。
「――ごめんなさいっ・・・・・。」
彼等には絶対言えないその言葉を
は締め付けられる思いで口にした。
ビクトールと約束した期限が切れるまで
あと2日―――。
