夢を見た。


 暖かい。


 抱きしめられている。


 


 ――だれ・・・・・?


 自分とは違う、逞しくも優しい腕。

 その温もりは肌から伝わる暖かさだけではなく、
 心から包まれるような・・・・・・・・。














 「・・シー・・・・・・?」
 「ん?目が覚めたかい?」
 「!!??」
 は自分がベッドに寝ている事。そして自分の目の前に見知らぬ女性がいるという事をようやく理解した。
 しかし思考が追いつかず、混乱して動かない身体を無理やり起き上がらせる。
 「痛っ・・・!」
 「傷だらけなんだ。安静にしてなきゃだめだよ。」
 「・・・・・・・ここは?」
 自分がいる部屋を見渡し、状況からにして追手に捕まってはいない事が分かった。
 そして自分の身体には彼女がしてくれたのか、手足や頭に包帯が巻かれており、服も他のものに着替えさせられていた。
 は目の前に同じ女性がいるというだけで少しは安心感を覚えたが、やはり信用するには程遠い現状である。
 「ここは傭兵隊の砦だよ。私はレオナだ。
  男だらけな所だけどまあ悪さするような奴らはいないから安心しな。」
 「・・・・。」
 (傭兵隊の砦!!?都市同盟の傭兵のっ?
  ・・・・・・追手に捕まるくらい危険な所に来てしまったようね。)
 美しい微笑を浮かべる赤いドレスを身に纏った女性は、自分が着ていたはずの服をきれいに畳んでくれていた。
 「あ、あの・・・・。」
 「ああこれかい?何本もの枝に引っかかったんだろうね。ボロボロだから勝手に着替えをさせてもらったよ。
  それにしても、あんた木の上から落ちてきたんだって?」
 「おそらく・・・。」
 「それで気を失っているんだからね。あの二人の慌てようといったら。
  面白いもんを見せてもらったよ。」
 「あの二人?」
 クスクスと楽しそうに笑うレオナを見て、は自分に関わりのあったと思われるその二人が気になった。
 「ああ。傷だらけのあんたを運んできた奴らだよ。」
 「あ・・・。ありがとうございました・・・・。」
 「お礼なら直接言ってやってやんな。
  その方がいいだろう?フリック。」
 レオナが目線を送ったドアの隙間から人影が見えた。
 いきなり話題をふられ、人影がビクリと動く。
 「まあな。美人からのお礼ならいくらでもいただくぜ。」
 その人影を押しやり、一人のでかい男が部屋へと入ってきた。
 その後ろからフリックと呼ばれた青い男が入ってくる。
 「なんだい。ビクトールも盗み見してたのかい?」
 「おいおい。盗み見してたのはフリックの方だぜ?俺は話を聞いていただけだ。」
 「おいっ。俺は何も――」
 「それは盗み聞きって言うんだよ。」
 抗議するフリックの言い訳を予想をし、ビクトールとまとめて強い口調で叱ったレオナは
 やれやれ。というように椅子から立ち上がった。
 「それじゃあ私は下にいるよ。」
 「おう。悪ぃな。」
 レオナは静かに部屋の扉を閉め、部屋を後にした。

 (都市同盟の傭兵・・・・。それではさっき寝ながら聞こえてきた話は本当なのね。
  ・・・・そんな事よりここから早く逃げ出さないと。)
 黙って彼らの話を聞いていたは、とにかくここから出る事を考えていた。

 「気が付いてすぐに悪いんだが、ちょっと聞きてぇことがあるんだ。」
 ビクトールと呼ばれていた男が頭をがしがしと掻きながら申し訳なさそうに話しかけてきた。
 そんな彼からは、少しながら人柄が伺えた。
 「・・・・はい。」
 「すまねぇな。俺はビクトール。こっちの青いのはフリックだ。
  まあレオナから聞いただろうが、ここは都市同盟の傭兵が集まる砦だ。」
 「はい・・・。」
 『青いの』という言葉にフリックが少し眉をひそめビクトールを睨んだ。

 「単刀直入に言うが・・・・。ここで働く気はないか?」
 「は!?」
 「な!?」
 単刀直入すぎる言葉にとフリックは同時に驚きの声を出した。
 は、自分はかなり間抜けな声を出していたに違いない。と思ったほどだ。
 それだけ彼が言っている事は意味不明なのだ。
 「お嬢さん、見た感じこの辺のただの村娘ってわけじゃあねぇだろ?
  あれだけの高さの木に登っていたんだ。かなり身体動かせるんじゃねえか?」
 「お、おい!」
 驚く二人を無視してつらつらと喋りだすビクトールにフリックが肩を掴んで止めに入る。
 しかしそれにもビクトールは反応せず、話を続ける。
 「悪いが持ち物も調べさせてもらった。見たところ旅人ってところか?」
 「・・・はい。」
 「そうか。急ぎじゃねぇなら俺達にしばらく力を貸して欲しい。」
 「ビクトール!」
 「お前の意見は聞いてねぇよ。こっちのお嬢さんに聞いてるんだ。」
 変わらずの方に視線を向けたままのビクトールがフリックを静める。
 諦めたかのように、フリックはため息を吐いてビクトールと共にの方を見る。

 「・・・・・・。」
 (じょ、冗談でしょう・・・・・?)

 少しの沈黙の後、が口を開いた。
 「無理です。」
 彼女の強い目にビクトールがニヤリ、と笑う。
 「まあ急ぐとしても、その体じゃ動けないだろう?しばらくここで休んでいってくれ。
  その間に少し考えてくれればいいさ。」
 「・・・・・・。」 
 「まあ今日はゆっくり休んでくれ。」
 ビクトールは踵を返し、後ろを向いたまま手を軽く振りながら部屋を出て行った。
 「・・・邪魔した。」
 相変わらず眉間にしわを寄せたままのフリックも、ビクトールに続いて部屋を後にした。

 部屋に扉の閉まる音がいやに響いた。


 「・・・・・・・。」
 (あのビクトールって男・・・。何を考えてるのかしら?まさか本当に私のことを旅人だと・・・?
  フリックという男はあからさまに私のことを怪しがっていたのに・・・。)
 先程彼らが出て行った扉を再び見つめる。
 「っ・・・・・。」
 その動きをするだけで身体が小さな悲鳴を上げていた。



 「!!!!!」
 は何かに気づいたように部屋の中を見渡す。


 「武器が・・・・・・ない。」
 見当たらない武器はいつも使っていた剣だけではなかった。
 一瞬彼らに奪われたのかと思ったが、先程の様子からしてそれは考えられなかった。
 ガンという珍しい武器となれば、それの事を必ず質問してくるはずである。
 (木から落ちたときに無くしたのかしら・・・・・・?)
 短いスカートからも見えない程、足の上に身につけていたのだ。
 そうそう無くなる物ではないが、あれだけの高さから落ちたなら考えられなくもない。

 そう考えると丁度良いのかもしれないと思えた。
 過去を捨てるくらいの気でハイランドを後にしたのだ。
 あんな武器など持たないほうが良いのかもしれないとは思った。
 (これで・・・良かったのよ・・・・・・。)
 は自分の傷だらけの両手をしばらく見つめ、静かに目を閉じた。












 「おい!ビクトール!どういうつもりだっ。」
 会議室に入り、フリックはビクトールに詰め寄った。
 「まあまあいいじゃねえか。あんな美人なら置いておきたくもなるだろ?
  それに、あれだけの木に登れるなんてすげぇじゃねぇか。」
 冗談めかしに言うビクトールに対して、フリックは呆れながらも怒りを露にした。
 「ふざけるなよ。」
 そしてあるモノを机の上においた。
 「あいつはこれを隠し持っていた・・・・・いや、装備していたんだぜ?」
 その机の上に置かれたふたつのあるモノは、

 の『』だった。

 それは鈍い黒光りを放ち、小さくともその存在感を大きく出していた。
 それを見ながらビクトールはため息を吐く。
 フリックもその黒く小さいモノに目を落とした。
 そしてビクトールが目をそれに向けたまま口を開いた。
 「フリック」
 「なんだ?」
 「あの嬢ちゃんが気を失っているにも関わらず口にした言葉を覚えているか?」
 「? ああ、確か『母様』だったか。」
 フリックはビクトールを見つめたが、ビクトールの視線はそのままだった。
 「ああ。そしてその後、俺がたまたま聞いたのは・・・・・・。」
 「?? なんだ?」

 「『殺してごめんなさい』・・・・・だ。」
 
 「っ!?」
 「うわ言のようで聞こえづらかったが、そう聞こえた。」
 「・・・・・。」
 「自分の母親を殺したのかもしれなんな。」
 「だったら尚更そんな危険なやつをっ――」
 「そのまま放っておけたか?」
 「っ・・・・。」
 ビクトールが初めてフリックの方を見つめた。
 しかし今度はフリックが目を逸らしていた。
 「それに、お前だってそんな危ないもんぶら下げた嬢ちゃんをそれでも連れてきただろうが。」
 いつものニヤリという笑いを浮かべながらいつもの口調でビクトールは喋りだした。
 「まあ怪我もあれだしよ。武器だってもう持ってないんだし、俺も注意しながら様子を見るさ。」
 「・・・・・ハイランドの奴だったらどうする。」
 「そん時ゃそん時だろ。」
 そう言いながらビクトールはフリックの肩をぽんと叩いてから会議室を出て行った。
 フリックは振り返らず、机の上に自分が置いたものを見つめた。
 「だからそれが命取りになると言ってるだろう・・・。」
 そしてひとつため息を吐いてそれを再び懐にしまった。














 はその日、何が起きてもいいようにと、寝ようとしなかった。
 気を失ってからずっと眠り続けたため、睡魔に襲われることもなく、じっと自分の上の天井を見つめていた。
 (この身体の状態からすると、2,3日もすれば自力で動けるようになるはず。
  そうしたらすぐにでもここから出て行かなくては。)
 自分の身体の状態と、出て行くときの言い訳を考えながら先程の事をふと思い出す。


 ――「俺達にしばらく力を貸して欲しい。」――






 ・・・・・・・力を貸すの?

 私の力が必要なの?







 ――― 私を・・・・・必要としてくれているの?








 でも私は暗殺者じゃないのよ?



 人殺しじゃないただの私・・・・・・。



 それでも・・・・・・・







 ―――私を求めてくれる?











 「!!」
 は驚いて目を開く。
 いつの間にか目を閉じ、微かに眠ってしまったようだった。
 (集中しても寝てしまうなんて・・・。よほど参っているのかしら・・・・・・。)
 辺りを見渡すが、何も変わった様子もなく、窓の外も闇に包まれたままである。
 (そんなに眠ってしまったわけじゃなさそうね。)
 身体を痛めないよう瞳だけを月明かりがこぼれる窓辺へ向ける。

 (私を必要としてくれているのは・・・・・・・・戦いのため。)




 ―――人を殺すため。




 それもハイランドと戦うためだ。


 「そんなの・・・・無理よ・・・・・・・。」







 自分が求められているという生暖かい感情には溺れそうになりながらも、
 その戦うとされる相手を考えながら、あえて口に出して自答した。




 







 誰に問われたわけでもないのに、言葉で答えを出しつづけた。








 空が白くなりはじめるまで。