れた赤



















 「雨・・・・・。」
 いつから降っていたのか、はその音にも気づかずウトウトしてしまったようだった。
 耳を澄ますと、窓辺にパラパラと雨が弾かれる音がよく聞こえる。
 外の明かりはもうほとんどなく、陽は落ちてしまったようだ。

 いつもそこにいるはずの人物が今はいないと分かっていても、ふと部屋を見渡してしまう。

 (シード・・・・まだ帰ってないのかしら?)

 いつもなら陽が沈む前には仕事が終わり、屋敷へ戻ると真っ先に自分もとへ来る赤が今日はまだ現れない。
 はいつの間にか潜り込んでいたベッドから降り、窓に手をつく。
 微かに曇った窓は、外の世界ととの間に霧を作っていた。
 ぼうっとその霧を見つめていると、その中でいつもの色が目に入った。
 「シード?」
 まさかと思い濡れた窓を手で拭うと
 そこには庭園の中で咲き乱れる真っ赤な花があった。

 雨に濡れ、風に揺らされるそれを彼と間違えたのだ。



 その花はいつも見ているはずなのに。

 あの場所に咲いていると分かっているのに・・・・。

 見るといつも彼がいるのかとドキリとする。

 もちろんそんな事は一瞬で―――・・・
 すぐに美しい花が自分の瞳にはっきりと映るだけ。




 その間違いが自分しか知らないと分かっていても、無性に恥ずかしくなった。
 自然と赤くなってしまった頬を手の甲で冷やす。
 (シードのせいよ・・・。)
 そんな文句を心の中でつぶやきながら、その赤い花を少し睨みつける。
 その時、その花が自分に反応したかのように揺れた。
 風で揺れたのかと一瞬思ったが、周りで揺れている草花とは明らかに動きが違う。
 (・・・?)
 は再度窓に手をつき、よく目を凝らした。


 その赤の近くにもう一つ。

 動いている赤が。




 もう一つ。





 はすぐに窓を開け、そこから身を乗り出した。
 瞼に雨が降る。

 「シード!」

 もう一つの赤の名を思わず叫んでしまった。
 呼ばれた赤はにすぐ気づいて、立ち上がりこちらを向く。
 その手には先ほどの花が握られている。
 「よぉ。」
 シードは自分より遥か上の2階にいるを見ているせいか、雨のせいで瞬きを繰り返す。
 「何してるのっ?風邪引いちゃうわ!早く中に入らないと!」
 「あぁ、すぐ行く。」
 シードの軍服はびしょ濡れだ。
 恐らく帰ってくる道中でも雨に濡れてきたのだろう。

 玄関へと向かうシードを確認してから、すかさず部屋にあるタオルを持っては1階へと駆け下りた。
 いやに大きな階段にもどかしさを感じながら急いで降りると、既にシードはエントランスにいた。
 まだ執事達はシードが帰ってきたことに気づいていないようで、
 彼の帰りを迎える者は今日に限ってだけだった。
 「部屋からタオル持ってきたの。これで拭いて?」
 「ああ、悪ぃ。」
 シードは片手でそれを受け取り、もどかしそうに片手で持ったまま頭を拭いた。
 もう片方の手には、先ほどの花が握られているからだ。
 何故その花をとったのかは後回しに、はまずそのもどかしさが気になった。
 「花持ってようか?」
 「あ?・・・あー・・、いや、じゃあ拭いてくれねぇか?」
 「え?う、うん。」
 シードから既に湿ったタオルを受け取り、こちらへ近づけられた顔を意識しないようその赤を拭いた。

 (シードの髪って柔らかい・・。)

 濡れているのに太陽の香りがするそれを、は優しく拭いた。

 ちらりとその手に握られているものを視界に入れつつ、目の前にある整った顔は見ないよう気をつけた。



 「はい。終わり。」
 「さんきゅ。」
 シードは顔にかかった髪を、首を振って払いながら残っていた雫を落とした。
 そんなシードに少しだけ男性の色気を意識しながらも、は一生懸命会話を続ける。
 「その・・花はどうしたの?」
 「これか?・・お前にだよ。」
 「私に?」
 予想外の応えには大きく瞬きをしてシードを見つめる。
 「これが欲しかったんだろ?」
 「え・・・?」
 「食事の時も、部屋にいる時もこればっかり見てたって聞いたぜ?」
 「・・・・あ。」
 (そうだ・・・・・・。)
 はシードがいない時間、この花が見える場所にいる時は常にそれを見ていた。



 見ていた――というよりも、

 見つめていた。
 

 シードを思い浮かべながら・・・・。



 (それを屋敷の人に見られてたのね・・・。)
 少しバツの悪そうな顔をして、はシードから目を逸らした。
 「違うのか?」
 「ぇ・・・あ、えと・・・・・。」
 (本当の事なんて言えないし・・・っ。なんて言おう・・・。)
 が口をごもごもとこもらせ、目を泳がす。
 シードはそんなの様子を見つめ、何かに気づいたかのように口の端を上げた。
 「ははーん。」
 シードのご満悦な声。
 はドキリとし、恐る恐るシードへと視線を戻す。
 そこにはいつもの笑顔でニヤリと笑うシードがいた。
 「お前、これ見て俺を恋しがってたんじゃねぇの?」











 図星。













 だから余計に悔しい。

















 だけど嬉しい。













 だってシードがこんなに嬉しそうな顔してるんだもの。











 
 


 自分の気持ちを嬉しいと感じてくれているんだもの。




















 だけど恥ずかしくてそんなこと言えない。












 (絶対言えないっ。)
 「そ・・んなことないわよ!自信過剰過ぎなのよシードはっ。」
 「違うのかよ。」
 「違うわよ!」
 「本当に違うのかよ。」
 「ちがうっ。」
 「じゃあ何で顔が赤いんだよ。」
 「!!」
 いつの間にか耳まで真っ赤にしていた自分の顔を思わず両手で抑える。
 こんなにも感情がすぐ顔に出てしまうなんて・・・・。
 (うぅ・・・。なんでシードはこんなに人をいじめるのが好きなんだろう・・。)
 は頬を両手で押さえたまま、肩を揺らして笑っているシードを睨みつける。
 「お前そんな事しても可愛いだけだぜ。」
 「なっ・・!」
 頭を撫でられながらそんな事を言われたら、誰だって恥ずかしい。
 そして更に顔も赤くなる。



 雨で冷えてしまったシードの手が少し気持ち良い。


 

 「やるよ。」

 「あ・・。」


 シードの手に握られていた赤い花が、その大きな手によっての髪に飾られた。
 「ありが・・とう。」
 「ああ。」
 シードは先ほどとは違う、優しい笑みを浮かべながらの耳の辺りを撫ぜた。
 その行為と、その笑顔にくすぐったさを感じながらは思わず目を細める。
 そんな暖かい空気に、思わず先ほど飲み込んでいた気持ちを出してしまいそうになった。
 しかし先に口を開いたのはシードの方だった。

 「俺はいつもお前の事を考えてるぜ。」



 そんな近くで言わないで・・・。




 「何をしてても、何を見てても・・お前の事ばかり・・・・な。」



 そんな甘い声で囁かないで・・・・・。




 静かなエントランスにの心臓の音ばかりが響く。
 もちろん聞えているのは自身。
 いや、シードにも聞えているかもしれない。

 の睫毛が、鼓動のせいで微かに揺れる。

 (シードの、せいよ・・・。)
 先程と同じように心で呟いてみる。




 いつもと違う声で。

 とても優しい顔で。

 なのに濡れている表情が色っぽくて・・・・。




 ―――ずるい・・・・・・。

 そう思いながらは恥ずかしげに眼を落とした。
 上からくすりと笑う声が聞える。

 シードはの体温で少し温まった手を更に温めるように、
 両手でその真っ赤な顔を包んだ。
 先ほどよりも冷たい感触に、は思わず肩をすくめる。

 「シード・・冷たいよ。」

 いつもはすぐに口を開くシードが、今日は静かに微笑むだけだった。























 そして両頬だけではなく、


 の唇も・・その吐息さえもゆっくりと包んだ。




















 その濡れた唇で・・・・・・。





























 花の甘い香りが二人を包んでいた。