暑<涼<熱
「遠乗りをしませんか?」
そう誘われたはずだった。
はず・・・・だったんだけど・・・・・・・?
「あの、カミューさん・・・・。」
「はい?」
馬の走るリズムに、二人は同時に揺られながら森を駆けていた。
そう、それはいつもの遠乗りと左程変わりは無い。
が、いつもと違うのは・・・・・・・。
はもう一度自分のすぐ後ろにいるカミューへと話しかけた。
「あの・・・・どこまで行くんですか?」
後ろ、というよりも、密着している状態で後ろにいるカミューへと話しかけると
ほとんど上を見上げるような体勢になる。
彼の表情ははっきりとは見えないが、くすりと笑う声が間近で聞こえた。
「マチルダ騎士団領の手前辺りですよ。」
(マチルダ・・・騎士団領の・・・・手前・・・・・・・・?)
「ええ!!」
少し考えてから、正確な場所を頭で想像しては大声で叫んだ。
急な大きい声に、馬が少し反応したようだったが、すぐにカミューが宥める。
「どうかしましたか?」
「ど、ど、どうかしましたかじゃないですよっ。ものすごい遠いじゃないですか!」
「飛ばせば2日で着きますよ。」
「ふ、2日!?遠すぎです!」
尚も大声で抗議するの話を聞きながらも、カミューは馬を止めない。
「カミューさんっ、遠乗りじゃなかったんですか!?」
はくるりと上半身を反転させ、正面から見据える。
間近なせいか、カミューは少し驚いた後、
すぐににっこりといつもの笑顔を見せた。
「遠乗りですよ?」
その本気なのか冗談なのか・・どちらかというと、惚けているかのようにも見えるそれに、
は口をぱくぱくとさせる。
「と、とにかく!2日間も城を留守にするわけにはいかないですよ!」
「大丈夫ですよ。少なくても後1週間は戦いはないだろうとシュウ殿も言ってましたし。」
ぬかりのないその笑顔には口を開けたまま眉間にシワを思い切り寄せた。
(シュウさんがそんな事を!?まさか!)
「そ、それに、だってなんて言うかっ・・・・・。」
「ああ、リーダー殿にはきちんと伝えてありますよ。」
「ええ!?」
「『楽しんできてね。』と、快く見送ってくれたじゃないですか。」
そのカミューの言葉を聞き、朝の事を思い出す。
早朝の出発。
ただの遠乗りだと言うのに、何故かは見送りに来ていた。
少し疑問に思ったが、たまたまそこに居合わせただけなのだと思っていた。
確かに・・・『楽しんできてね。』と、笑顔で手を振り見送りをしていたが・・・・・・。
「・・・・・・・・・はぁ。」
そこまで根回しの良いカミューに、ある意味尊敬の気持ちでため息を吐く。
その大きなため息を聞き、無理やり自分を連れてきた男はまたくすりと笑っていた。
仕方ない。
という表情を自分はしていたが
正直、丁度良い。
と感じていた。
このところ戦いばかり・・・・・・・・。
真夏の日差しの中、自分は無我夢中で剣を振っていた。
戦いの間だけは、暑さなんて感じない。
感じるのは―――
哀しみだけだ・・・・・・・・・・・・・・。
季節を一回一回感じている暇なんてない。
ただ、目まぐるしく早く進む殺し合いと、
いつまでも終わらない戦争に身を流れさせていただけだった。
そんな時の「休暇」。
丁度良い。
そう思った。
2日かかるかと思われた目的地は、意外にも2日目に入る前に到着した。
「早く何処へ行くのかを知りたい」
というの急かす様子に、夜も馬を走らせたのだ。
着いたのは朝方。
陽が顔を見せる直前だった。
「ここです。」
そうカミューが口を開いた時、の目の前に現れたのは石造りの屋敷だった。
「ここは・・・?」
「私の家です。」
「え!!?」
少々眠気で落ちそうだった瞼が、一気に上へ上がる。
「家と言っても、本当の家はマチルダにあります。
別宅・・・のようなものです。」
「別宅・・・・・・・・。」
は前へと向き直り、その大きな屋敷を見上げた。
中には人の気配は無く、それでもいつでも使えるようになのか、きちんと手入れがされていた。
庭にある花々がそれを語っている。
はそれを近くで見ようと馬から降り、カミューも続いて降りてから馬を繋げた。
「ここは森の中にありますから、街とは違って過ごしやすいんです。
周りに家などありませんから静かですし、何よりこの暑い時期は涼しいですし。
マチルダにいた頃は、暇があってはここへはよく一人で来ていました。」
「一人で?」
意外な言葉にが振り返る。
カミューなら、女性の1人や2人・・・・いや、5人や10人このような場所へ連れてきてそうなのだが・・・・・。
「さん、私はそんなに節操のない男ではありませんよ?」
「ぁ・・・・。ごっ、ごめんなさい。」
口には出してはいないものの、恐らく疑問を思い切り顔で語ってしまっていたのだろう。
カミューは少し困ったような顔で笑っていた。
は顔を赤くし、申し訳なさそうに眉を下げた。
そんな二人の間を森の匂いが通り過ぎる。
朝特有の匂いがするそれは、
木々の香りをいっぱいに運び、冷たくて気持ちが良かった。
戦場では自分にあたって来る風も、今は頬や髪を優しく撫でてくれていた。
はひっそりと静まり返る中、建っている後ろの建物を振り返って見て口を開く。
「ここは、誰もいないんですか?」
その質問に、カミューも自分の屋敷を見上げる。
「ええ。ここには安らぎを求めに来るようなものなので、あまり他人の出入りがないようにしています。
誰かが来るのは、時々掃除等をしてもらう時くらいです。」
「そうですか。」
と、一言を発してから、は勢いよくまたカミューを見つめた。
「そっ、そんな場所に私なんかを連れてきてしまって良いんですか?」
が見たときには、既にカミューは自分を見つめていた。
知らぬ間に見られていた恥ずかしさが、少しだけの頬を染める。
「そんな貴女だからですよ。」
「・・・え?」
「自分の事よりも、相手の事をすぐに考えてしまう貴女だからこそ・・・ここへ連れてきたいと思ったんです。」
「・・・・・・・・。」
自分はそんなに他人の事を考えているだろうか・・・・・・?
そんな考えが、頭に流れる。
答えは「いいえ」だ。
誰だって自分の事ばかり考えている。
それは当たり前の事で・・・・・自分はそんな中の一人で・・・・・・。
周りには申し訳ないくらい・・・・・・・・。
「ほら。」
「っ・・・!」
伏せていた瞼を上げると、いつの間にかカミューはすぐ近くで自分を見つめていた。
優しく微笑むカミューに、何を言っていいのか分からず困惑する。
そうしている間に、カミューは言葉でに触れてきた。
「貴女はそんな事はない・・・と考えてしまっている。
そして他人への申し訳なさを頭の中で駆け巡らせていませんか・・・・?」
まるで心を見透かされているかのような言葉に、は顔を真っ赤にした。
「何も考えず、誰もいないところで・・・・ゆっくり休んでほしいんです。
城にいると、貴女はすぐに他人の心配ばかりをしてしまう。
戦いの前も不安に思っている人を宥め、戦いの最中も少しでも死傷者が出ないよう気を配り・・・、
そしてその後も、負傷者への看病を・・・・・・・。」
「でもっ、それは―――!」
「そうですね。この戦争の中では当たり前の事かもしれません。」
はカミューの瞳を見つめながら無言で頷く。
「ですが、貴女をここへ連れてきた理由はそれだけではない・・・・・。」
「・・・?」
「私が、貴女との安らぎを求めていたのでしょう。」
カミューは愛しそうな瞳をへと向け、暖かな手を頬へと寄せた。
その手よりも遥かに熱い頬をしているを見つめ、カミューはふと苦笑を漏らした。
「結局は、貴女のためと言って連れてきて、自分が満足している私が・・・・・・・
一番自分の事しか考えていないのかもしれません。」
「そんな・・・。」
カミューはするりをその手を離し、の頬は自らの熱のみが残った。
その頬を朝の冷たい風が撫ぜる。
丁度良い。
自分はそう思っていた。
しかし、そうではなかったのかもしれない。
丁度良い。そうが思える時期に、カミューが意図的にこんな場所へと連れてきてくれたのだ。
こんなに優しい瞳を見れば、分かる・・・・・・・・。
「さあ、中へ入って朝食にでもしましょう。」
屋敷の扉を開き、微笑むカミュー。
「折角ここへ涼みに来たのですから、その後ゆっくり本でも読みましょうか。」
そう言って扉を閉めて先に入っていったカミューを
はずっと頬を赤くしたまま見つめていた。
この風でもう少しこの熱を冷まそう。
そんな違う意味での涼みをしばらくしていた。
「・・・・・・・・・・・ん?」
ゆっくりしようと言うカミュー。
先ほどの会話が頭の中を過ぎった。
――――「大丈夫ですよ。少なくても後1週間は戦いはないだろうとシュウ殿も言ってましたし。」
(まさか・・・・・・1週間もここにいるつもり・・・・ですか?)
ふと心の中で既にここにはいないカミューへと問いかける。
確かに、遠征やら何やらで一緒に長い時間を過ごしたことはあるが、
それとこれとは別である。
「・・・・・・・・・・・・・。」
きちんとした屋根があり、きちんとした部屋があり、
それが誰もいない屋敷であり・・・・。
「カ・・カミューさんっ!寝室は2つありますよねっ??」
はそう叫びながら屋敷へと入っていった。
涼みに来た。
そう言っていたカミューに、これから熱でうなされるとは知らずに・・・・・・・・・・。