い確認























 はルルノイエにある城の自室にてある人物を心待ちにしていた。
 その様子といったら、まるでしばらく会っていなかった恋人を待っているかのような様子だ。
 先ほどから意味も無く椅子に座ったり立ったりと落ち着かない。
 「早く来ないかなぁ・・・・。」
 待ちわびる人物を思い浮かべ、口元を緩ませる。
 「そうだっ。お茶入れておかなくちゃ。」
 思い出したかのように飛び上がり、扉を開け厨房へと足早に向かった。

 城内は正直うんざりするほどの広さだ。
 が第4軍軍団長、ソロン・ジーの配下につき、城へと移り住んでから早半年程が経った。
 しかし城のあまりの広さに着いて行けず、自室を出ればいつも迷ってばかりだった。

 部屋に出てからすぐに迷ったは、辺りをとにかく見渡し自分が何処にいるのかという確認を試みるが、
 何処を見ても同じような作りなため、全く自分が何処にいるのかなど理解できなかった。
 おろおろとしながら歩いているに、一人の侍女が話しかけてきた。
 「様?いかがされましたか。」
 「あ・・・・・。えと・・・。ま、迷っちゃって。」
 このように声をかけられるのはいつもの事だが、
 流石にこの歳になって何度も迷子になるというのには恥ずかしいものがある。
 は恥ずかしさ紛れに頭を掻きながら笑って見せると、侍女も「ふふっ。」上品に口元を押さえ優しく微笑んだ。
 「何処へ行かれるおつもりだったのですか?」
 「あー、ちょっとお茶が欲しくて厨房へ行こうと思ってたんだけど・・。」
 「まあ、それでしたら私が行ってお部屋へお持ち致します。」
 「えっ!」

 侍女は意外とでも言うように、一瞬拒否をするような表情を見せるの顔を不思議そうに見つめた。

 「どうかされましたか?」
 「あ・・・えっ・・・と・・。」
 はもごもごと口を動かし、侍女から視線を離して小さく呟いた。
 「カップ・・・ふたつ・・・欲しいんだけど・・・・・。」
 侍女はその様子を見て、その大きな瞳を開きぱちくりと瞬きを繰り返した。
 そしてそわそわと手をいじるに向かって、またふわりと優しく微笑んだ。
 「わかりました。それではカップをお二つ御用意致しますね。」
 何も聞いてこない侍女に安心したのか、はぱっと表情を変えた。
 「ありがとうっ。」
 「それではお部屋の方でお待ち下さい。
 様のお部屋はそこの廊下を右に曲がりましたらすぐにある階段を上ってすぐになります。」
 侍女は親切に帰り道をきちんと教えてくれた。
 それを確認するために自分から聞くのはまた恥ずかしく気が引けたため、中々聞き出せなかったが
 気を使ってくれた彼女にお礼を再度言い、は急いで自室へと戻った。


 走りながらそこを去るを見つめ、侍女はふと首をかしげる。

 「今お城にいらっしゃる方といえば・・・・・・・・・・・。」














 は自分の部屋の前に立っている人物を見つけ、思わず大きな声で彼の名を呼んだ。
 「クルガン!」
 「ああ、。やはり出かけていたのか。」
 「うん。お茶を入れ忘れちゃってて、それで厨房へ行こうとしたら――――」
 「また迷ったのか。」
 「うっ・・・・または余計よ。」
 「余計な事はないだろう。お前がここに来てもう半年は経つだろう。そろそろ自分の部屋くらい覚えたらどうだ。」
 少し怒られているようなその口調も、彼の表情を見れはそうではない事がわかる。
 クルガンは静かに口の端を上げ、笑っていた。
 「はーい。ごめんなさい。」
 は全く悪ぶれもなさそうに、自室の扉を開けた。
 そしてクルガンに椅子へと座るよう促す。
 「そういえばどれくらい部屋の前で待ってたの?別に部屋に入って待ってても良かったのに。」
 「いくら相手がお前でも、女の部屋に勝手に入るような真似はしないさ。」
 クルガンは「誰かのようにな。」と、ため息を吐きながら椅子へと腰をかけた。
 全く憎しみの込められていない悪態には笑いながら、閉め切っていた大きな窓を開けた。

 静かな秋の風が部屋へと流れ込んでくる。

 そして足取りを軽くしてクルガンの向かいへと腰をかけた。
 その顔にはいっぱいの笑顔が溢れている。
 そんなの表情を見て、クルガンはふっと笑みを漏らして自分の持ってきた籠をテーブルの上へと置いた。
 「見つけてきたぞ。」
 「ほんとっ?」
 クルガンが籠の上に被せていた布をめくった。
 その中に入っていたのは真っ白なクリームの上にフルーツが乗った大きなケーキだった。
 「わぁーっ!これこれ!やっぱりクルガンに頼んで正解だったわね!」
 「すぐ食べるのか?」
 「うんっ。ちょっと待ってて。」
 は足早に部屋に置いてある皿とフォークを二人分用意した。

 は甘いものに目がなく、ルルノイエの下町で暮らしていた時から気に入っていた菓子屋があったのだが、
 城での暮らしが始まってからというもの、軍の仕事も目まぐるしく忙しくなり
 自分の好きな物を街に出て買いに行くなどという事は中々出来なくなっていた。
 先日その事をふとクルガンに言ったところ、遠征の帰りに店に寄って来てくれると言ってくれ、
 そしてその約束の日が今日だったのだ。

 ケーキを皿に分け、クルガンへと一つ差し出したとき部屋の扉が軽く叩かれた。
 「あっ、きっとお茶だわ。」
 がいそいそと扉をあけると、先ほどの侍女がティーポットとカップを二つトレーに乗せ持ってきてくれていた。
 「失礼致します。」
 「わざわざありがとうっ。」
 「いいえ。これも私の仕事ですし。お熱いのでお気をつけ下さい。」
 侍女はへと笑顔でトレーを渡した。
 そして部屋の中にいるクルガンへと視線を向けると、少し意外そうな表情を浮かべ小さく口を開ける。
 「? どうしたの?」
 「あっ、いえっ。それでは私はこれで失礼致します。」
 「うん。ありがとう。」
 静かに扉が閉められ、侍女は後にしたその部屋へとまた視線を向けた。
 「シード様かと思ったんだけど・・・・。
  確か・・シード様も城に・・・・・。」




 は早くそのケーキを口にしたいと言わんばかりに満面の笑みでお茶を淹れていた。
 クルガンは先ほど開かれていた扉を見つめ、いつもの堅い表情を浮かべている。
 (あの様子だと・・シードがいるのかと思っていたようだな・・・・。)
 そんな事を考えていると、から渡されたお茶が目の前へと差し出された。
 「はい。」
 「ああ。ありがとう。」
 「それにしても、クルガンが甘いものが好きだなんて意外だなぁ。」
 「ふっ・・周りにはそんな事言わんさ。」
 「え?そうなの?」
 はケーキにフォークを入れながら首をかしげた。
 クルガンもフォークへと手を伸ばす。
 「俺が甘いものが好きだなんて知られたら・・・どうなると思う。」
 はじっと目の前の真っ白なケーキを見つめ、考えてからクルガンを再度見つめた。
 「すごく面白いと思う。」
 「そうだろう。」
 「ふふっ。そしたらシードとかにからかわれそうだものね。」
 「ああ。それだけは勘弁してほしいからな。」
 二人で声を出して笑い合い、同時にその甘く柔らかいものを口へと運んだ。
 「んーっ・・。美味しいーっ!やっぱりこれじゃなくっちゃなぁ。」
 「ああ。確かにこれは美味いな。」
 「でしょう?ここに来る前は毎日のようにあのお店に行って買ってたなぁ。」
 「・・それで太らなかったのか・・・・・?」
 「クルガン!」
 「ああ、悪い。」
 クルガンは口元を思い切り緩ませながらお茶を口へ運んだ。

 そしてが何かをふと思い出し一度その手を止める。
 「そういえば、クルガンが戻ってきたって事はシードも一緒なの?」
 その名にクルガンの手もぴたりと止まった。
 「・・ああ。だがあいつは他の仕事が残っているからな。」
 「そっか。少し可哀相だったかな。シードも甘いもの好きだものね。」
 「まあな。」
 が少し寂しそうに目を細める。 

 クルガンは表情を少しも変えないまま、無言でそんな彼女を見つめ、
 自分のフォークに乗っているケーキを差し出した。

 「ほら。」
 「・・え?」

 誰が見てもそれを食べろと言われているのが分かる。
 流石に鈍いでも、それくらいは気付いていた。
 しかし何故か躊躇してしまったのは、今までそんな事をしようとする人ではなかった上に、
 クルガンの表情がどこか真剣に見えてしまったせいだろう。 
 「・・・・・・・・。」
 は差し出されたケーキとクルガンを交互に見て、顔を真っ赤にしながらもそれを口に運んだ。
 「美味いか。」
 「うん・・・。美味しい・・・。」
 今まで同じものを食べて「美味しい。」と二人で言っていたのに、
 同じ事を聞こうとするクルガンに向かって、何故かも自然と言葉が出ていた。

 そして再度自分へと伸びてきたのは大きな手だった。
 「なに・・っ?」

 それが自分の口元へと触れ・・・、
 優しくゆっくりとそこを撫ぜるその感触に思わず目を強く閉じる。








 「!」
 その声と同時に、ノックもなしに扉が勢いよく開けられた。

 「あ、シード・・・。」
 「な!な、何してんだクルガン!」
 「に菓子を持ってきてやったんだ。」
 「そうじゃねぇ!その手を離せよっ。」
 シードが大きな足音を立てて二人に近づいた。
 息が切れているところをみると、仕事を終えてすぐにこちらへ向かってきたのが分かる。
 「ああ、クリームが付いてたから取ってやってただけだ。」
 クルガンが、には気付かない程度に口の端をあげる。
 この微妙な表情は、長く一緒にいたシードにしか分からないくらいのものだった。

 シードはその表情がいつも気に入らなかった。
 彼がこの表情をするときは何か自信がある時か、何かを成し遂げて満足している時だからだ。

 シードはその顔にむっと顔を顰めるが、そこで声を荒げたい気持ちを抑え、
 二人の間にドカッと音をたてて座った。
 「、俺も食うぞ。」
 「はいはい。どうぞ。」
 は仲間外れにされたという事でシードの機嫌が悪いのかと思っているのか、
 笑いながらもう一つの皿とフォークを準備した。
 
 その間にシードは声を少し小さくしてクルガンへと話しかけた。
 「おいクルガン。てめぇソロン様に、俺が溜めてた仕事がある事言っただろ。」
 「ああ。事実だろう。」
 クルガンはカップに口をつけながら答えた。
 その表情が笑っているようにも見えたが、カップで口元はあまり見えなかった。
 「いつもはわざわざそんな事しねぇくせによ。お前この時を狙ってやっただろ。」
 「さあな。」
 「てめっ!・・・・・・・・。」
 シードはちらりとの食器の準備をのんびりしているを確認すると、更に声を低めて話を再開した。

 「お前・・・・・本気なのかよ。」
 「・・・そうだと言ったらお前はどうするんだ。」
 「なっ・・!今はお前の事を聞いているんだっ・・。」
 「結局お前はそうやって何もせず、ただ自分が満足いく距離で彼女を縛っているんだ。」
 「・・・・・なんだと・・・。」
 クルガンの冷たいとも言える表情に比べ、シードはあからさまに敵意を示していた。

 「お前は本気で愛した者に近づくのが怖いだけなんじゃないか。・・・・・・その後を恐れて。」
 「――っ・・・。」

 まるで本心を見透かされているかのような口調に、シードも同様を隠せないのか眉間を深く顰めた。

 「お前がいつまでもそのままならば、は幸せなどにはなれない。」
 「そんな事てめぇに―――!」
 「お前がそのままでいるつもりなら・・・・・・・・・・・・・俺が彼女を幸せにするまでだ。」
 「!!」
 シードがクルガンの胸倉を掴もうと手を握り締めた時、後ろから高い声が聞こえた。
 「ごめんごめんシード。遅くなっちゃって。流石に3枚もお皿なくって、探すのに時間かかっちゃった。」
 そう言いながら目の前に皿が置かれ、シードは上げかけていた拳を再度膝の上へと戻した。
 クルガンはやはり表情を変えず、ただ黙って自分を睨んでいるシードを見つめていた。

 が急に両手をぽんと手を叩く。
 「あ!そうだっ。シードの分のカップも貰ってくるわね。」
 そして足早に扉のノブを握った時・・、後ろで椅子の引く音が聞こえた。
 「俺が行こう。」
 「え!クルガンがっ?い、いいよ!帰ってきたばかりなんだから、ゆっくりしていて。」
 首と両手を横に大きく振り、遠慮するにクルガンは微笑みながら彼女よりも先にノブを握った。
 「いや、お前が行くとまた迷子になるだろう。」
 「ちょっ・・・ちょっと!その迷子って表現やめてよっ。子どもじゃないんだから!」
 「事実は事実だろう。」
 そう言いながら最後にシードへと視線を向け、クルガンは扉を閉めて行ってしまった。
 静かに閉められた扉を見つめて、は思い切り大きなため息を吐く。
 「もう・・・。いつも子ども扱いするんだから。」
 そう言いつつも笑みを浮かべながらは自分の椅子へと戻る。
 再度フォークへと手を伸ばした時、真剣な表情で目の前のケーキを見つめるシードが気になった。
 「シード?食べてもいいのよ?」
 「あっ?・・・・・あ、ああ。」


 広い部屋に食器とフォークがあたる音が響く。
 窓の外からは鳥の声と風の吐息が静かに流れてきていた。

 部屋へと流れる風が、白いカーテンを躍らせる。


 「シード・・、どうしたの?」
 「・・・・・。お前、さ。」
 「?」
 いつもはすぐに口を開くはずのシードを不思議に思い、
 は何かあったのかと話を聞こうとフォークを皿に置いた。
 向かい合ったの顔を見て、シードの表情が少し変化を見せる。
 すぐ近くにあるの口元には、また白く甘いであろうクリームが付いていた。

 先ほどクルガンがその指先でそこに触れていたという事を鮮明に思い出す。

 「っ・・・。」
 「シード?」

 更に近づいてきたに、シードのどこかにある糸が音を立てて弾かれた。

 「あー!!くそ!!!」
 「え!?え??」
 「お前、そうやって本気で近寄ってきやがって!何されても文句言うんじゃねぇぞ!」
 「文句って―――――」


 理解しきれないシードの言葉に疑問を投げかけようとしたその時、
 の視界はその赤で染められた。

 シードがその唇で自分の口元を優しく撫ぜる。

 何故かその優しい流れにぞくりと肌が震えた・・・・。




 「んっ!な!!な、な!な!!??」
 言葉になっていない言葉を出すをシードはいつもの表情で見つめていた。
 その表情は『してやったり』とでも言うべきか・・。

 「別にキスしたわけじゃねぇだろ。」
 「き!!き・・す・・・・ってあんた!!」
 「クルガンと一緒だよ。クリーム取ってやっただけだろ?」
 「!?だ、だからってく・・口で取る事ないでしょう!?」
 顔を・・というよりも、身体全体を真っ赤にさせるを無言でシードはじっと見つめる。
 「な・・何っよ・・・っ?」
 「今のは確認だよ。」
 「か、確認??」
 「お前がどんな反応するかのな。まあ予想通りってとこだな。」
 楽しそうなシードに、むっと口を尖らせる。
 シードはニヤリと笑ってケーキを口に運んだ。

 「予想通りって・・・どんなのよっ・・・。」
 が小さく呟くと、シードはぽいとフォークを皿に投げ捨てた。

 かちゃりという音が部屋に響いた。







 シードは息がかかるくらいに顔を近づけて、耳元で囁く。

 「めちゃくちゃ嬉しそうな顔。」

 「――――!!!」



 シードが囁いた耳元を勢いよく手で押さえる。
 手も耳もどちらも熱く、見なくても自分の顔はきっと真っ赤なのだろうと分かった。
 シードは嬉しそうに口元を上げてこちらを見ている。
 「当たり・・だな。」
 「そっ・・・・・・・・。〜〜〜〜っ・・・。」
 全く否定の言葉が出てこない悔しさと嬉しさと不思議な気持ちが入り混じり、
 は突然の出来事に頭を更に混乱させていた。
 「そんなっ・・事・・・・・きゅ・急にされても・・・・。いっ・・言われてもっ・・・・。」
 頭がぐるぐると入り乱れ、自然と瞳には涙が溜まっていた。
 声を微かに震わせるに、シードは目を細め優しく頬へと触れてきた。
 「悪ぃ・・。」
 「だって・・・今までそんなっ・・そんな事・・・・・少しもっ。」
 「ああ・・悪かった・・・・。」
 突然優しくなる目の前のシードに、は涙が止まらなくなってしまった。
 椅子に座ったまま泣きじゃくるを、シードは立ち上がって上から優しく包み込む。

 そして先ほどと同じように、耳元へ唇を近づけた。




 「お前が・・好きだ。」




 その一言と同時にされたキスが耳に響いた。


 「もう一回・・・・確認してもいいか?」


 その意味をは目を見開いて察する。
 涙は不思議とぴたりと止まり、うろうろと目を泳がせてからシードの手に包まれた顔を小さく縦にふった。

 「・・・・・・ん・・。」

 シードはの頬を濡らした涙を拭きながら額へとキスをする。


 「今度は優しくしてやれねぇぞ・・・。」
























 その一言を最後に、



 シードはその小さな唇の見えないクリームを何度も味わった。