雪のたさ

















 雪は好きだ。



 音もなく積もり、音もなく消えていくその儚さ。



 何にも汚されていない、白。



 その雪が溶け、水となりたくさんの生き物の息吹を与える。







 その美しさが私は好きだ。






 「すっごーい!」
 目の前に広がる雪景色を目にし、その雪と同じくらい白い息を吐きながらは目を輝かせた。
 早朝にフリックと二人で稽古をしようと思い、誰よりも早く朝食を済ませ、
 共に扉を開けた瞬間に眩しい景色がひっそりとたたずんでいた。
 「夜すごい冷えたものねっ。雪のにおいがしたから、絶対降るって思ってたの。」
 「雪ににおいなんてあるのか?」
 予想が当たったと、喜ぶの言った内容がフリックは気になった。
 はまだ空から降ってくる雪を見上げながら笑った。
 「もちろん。降って来る雪のにおいを嗅いでもわからないけど、雪が降る前日とかするわよ。
  自然のにおいって不思議な香りなの。」
 が、不思議そうに見つめるフリックの瞳を覗く。
 「海のにおい。森のにおい。雨のにおい。たくさんあるけど、私は雪のにおいが一番好き。」
 「海ならにおいはするけどな・・・。森ににおいなんてあったか?雨とはどう違うんだ?」
 未だに理解しきれないフリックに、はくすくすと笑う。
 「それはフリックが自分で確かめてみるのが一番分かると思うわ。今度やってみるといいわよ。」
 はそう言うと、玄関の扉を閉めて雪の降りしきる外へと走り出す。
 「わっ、すごい積もってるっ。」
 思わず駆け出したその足は、降り積もった雪に埋もれる。
 膝下まで埋まった自分の足を見て、は子供のようにはしゃいだ。

 「おいおい、子供じゃないんだからな。転ぶぞ。」
 の、いつもとかけ離れた様子に、フリックが笑いながら手を引く。
 「大丈夫よ。ほら、フリックもっ。」
 「うわっ!」
 掴まれた手を、が逆にフリックを引っ張る。
 突然の事にフリックは踏みとどまる事が出来ず、ぐいぐいと奥へ連れて行かれる。
 予想以上の雪の量に、足がもつれなかなか前に進めない。
 ギュ。ギュ。と、二人の足元で雪を踏む音が不規則に聞こえてきた。

 「一体どこまで行くつもりだ?」
 「ふふ。後ろ、見てみて。」
 「?」
 に言われたとおりに、フリックは自分達が歩いてきた方向へと振り返った。

 「・・・・・・・。」
 「ね。私達の足跡しかないわ。」

 少し小さな足跡と、歩幅の大きな足跡が二つ寄り添いながら続いていた。

 周りには二つの足跡を見守るように。葉という洋服を脱いだ木々が並んでいる。


 「二人だけの道ね。」

 「・・・そうだな。」

 
 フリックがの方を見たとき、彼女は微笑んでいた。
 辺りで光っている雪たちよりも、その笑みの方がとても輝いているようにフリックには見えた。






 その優しい表情に切なくなる。






 ―――愛しく、なる・・・・・。









 「フリック?」
 黙って見つめたままのフリックにが首を少しかしげた。







 その仕草も。

 その声も。

 繋いでいる冷たい手も・・・・。






 「どうしたの?」
 疑問の表情をしていたが、笑いながら顔を覗いてきた。

 そんな彼女の頬に、一つの雪が降ってくる。
 その雪は、の頬に触れた瞬間に音もなく消えた。

 フリックはその場所に、先程の雪と同じくらいそっと触れ
 そのやわらかい頬を指で撫ぜた。

 「冷たいな。」
 「フリックの手は・・・暖かい・・・・・。」
 の漆黒の瞳が閉ざされ、大きな手の上に細く白い手が重なる。



 (まるで雪だな・・・・。)
 目を閉じたまま微笑むを見て、フリックが目を細める。



 彼女の白く冷たい手。

 強く抱きしめてしまえば、壊れてしまいそうなほどやわらかい、華奢な身体。

 少しでも目を離すと、消えてしまうような存在・・・・・。




 その儚さが、自分達の周りに広がる雪と重なる。
 









 雪はいずれ溶けてなくなる。







 彼女も、この雪のようにいなくなってしまうのだろうか・・・・・?











 自分から去って行くのだろうか?










 目の前で微笑んでいるとは反対に、フリックは切ない表情を浮かべる。


















 そして過去に愛した彼女の面影が脳裏に浮かぶ・・・・・。















 「私はここにいるよ。」

 「っ・・・・。」 
 急に正面から発せられた言葉にフリックが勢いよく顔を上げる。
 見つめる先には、真っ直ぐと自分を見据えた瞳があった。

 その瞳は、押しつぶされそうな程の闇色なのに、
 フリックには何故かそれが光り輝いて見えた。


 「貴方のそばに、いるよ。」
 そう言いながらが空いていた右手でフリックの頬に触れる。



 お互いの頬に触れ、

 お互いの違う体温を感じ、

 お互いの存在を確かめ合った・・・・・。








 急に思い切りフリックは頬をつねられた。

 「いっ・・!」
 「さてと、朝の訓練しようか。」
 さっきとは違う笑みをこちらに向け、はフリックから離れる。
 「おいっ、何もつねることないだろうっ?」
 ざくざくと先に歩き出したの後を慌てて追いかける。
 フリックより身長のないは、歩きやすいようにか先程歩いた足跡を
 歩調を軽くして歩いていた。

 「先手必勝だものー。」
 子供のように口を尖らせ、彼女は笑った。


 「これが先手かよ。」
 フリックは苦笑し、まだ痛みと彼女の冷たさが残る自分の頬に触れる。






 冷たいけれど





 どこか心は温かい。

















 彼女と話し、触れ合う。






 それだけで・・・・・・・・・・。




















 唯一残った冷たさは、寒さで冷えた足先だけだった。