たき火
パチパチと・・・、
静寂の中で、炎だけが喋っていた。
「ナッシュ・・・・ごめんね?」
「ん?ああ、こんなの大したことないさ。」
雪が積もっている山道を二人で抜けるはずが‥‥。
が足を滑らせ崖の下に落ちそうになったところをナッシュが助けてくれた。
というはずだったのだが、その助けるはずのナッシュも足を滑らせ、二人で下に転げ落ちたのだ。
落ちる間、ナッシュがを抱きかかえてくれたためは無事だったのだが、
その際に太い枝でナッシュが腕に怪我を負ったのだ。
陽も暮れてきてしまったため、下山するのを諦め、
二人は深々と雪が積もる山で一晩過ごす事となったのだ。
「ほんとごめん・・・。私が足を滑らせなければ、こんな事にはならなかったのに・・・・・・。」
「気にするなって。のせいだけじゃないよ。間抜けな事に、俺も足を滑らせたんだしさ。」
ずっと自分のせいだと落ち込むを、ナッシュは気にするな。と、
軽く笑って安心させようとしてくれた。
「それにしても、丁度いいところに小さい洞窟があってラッキーだったな。」
二人が落ちた所の近くに、2人が軽く入れるくらいの洞窟があった。
夜に下手に歩き回るのは危険で、雪の降っているなか外で寝るわけにはいかなかった。
そんな状況でこの洞窟を見つけたのは、まさに不幸中の幸いだろう。
広すぎず狭すぎず、たき火で暖をとるには丁度良い広さだった。
「こんな洞窟。誰が作ったのかしらね?」
「さぁなー。おおかたこの辺の村の人が、雪山に入ったときの非難する場所として作ったか。
それとも・・・・・。」
急に真剣な表情になるナッシュ。
そんな様子ににも緊張が走る・・・。
思わず口の中の水分を一気に飲み込む。
「それとも・・・・・?」
の不安げな声にナッシュが真剣な表情のままこちらを向く。
暗闇の中、彼の表情は炎の光に照らされ揺れている。
(綺麗・・・・。)
不安を心に抱えている中でも、彼に見惚れてしまう。
「熊の住みか・・・。」
「く、熊・・・・?」
「・・・ああ。」
更に不安になるは辺りを見渡し、それがいた形跡がないか確認し始める。
ナッシュはにバレないよう心の中で笑った。
(ほんとに信じてるんだなぁ。)
熊がこれほど大きな住みかを作るということは考えられなかった。
それに今は冬の最中だ。
もし本当に熊の住みかだったとしたら、熊はここに居るはずである。
そんな当たり前のことを知らないは、あわてて洞窟の入り口へ向かう。
「どうした?」
「熊が戻ってこないかと思って・・・。」
――しまった。やりすぎた・・・・。
そう思ったときには遅かった。
は本当にここが熊の住みかだと信じこみ、過度に反応してしまっているようだった。
「、熊はもしかしたらってことだよ。人が作ったかもしれないだろ?」
「・・・うん。」
(ここで嘘だってバレたら殺されそうだな・・・。)
バレた時のことを想像したら、背中に一筋冷たい汗が流れた。
(話題を変えよう・・・。)
「、包帯巻いてくれないか?利き腕だから少しやりづらいんだ。」
「あ、うん。」
入り口を気にしていたは、直ぐにナッシュの元へ駆け寄り、処置を始めた。
処置をしている間、二人の間に沈黙が続き、再び炎の音だけが洞窟に響いていた。
は手早く消毒をし、丁寧に包帯を巻き始める。
何度も包帯を巻いているうちに、とても彼との距離が近い事には気づいた。
(い、意識しちゃだめっ。すぐバレるんだから。集中集中・・・。)
ナッシュに意識していることをなんとか気づかれないよう、手当てに集中する。
だが、ナッシュは既にの顔が赤くなっている事に気づいていた。
赤い灯りの中、の顔は二人の前で燃えている炎よりも赤みを増している。
緊張のためか、の手元が狂う。
(あ・・・・、ダメ。集中しようとすればするほど意識しちゃう・・・・・。)
そんな様子をじっと黙って見ていたナッシュが音もなく笑う。
そしてようやく包帯を巻き終わり、がほっと息を吐く。
「はい、終わり。」
無事終えた安心感をいっぱいに出してが治療道具を片付け始めた。
その手をナッシュが自らの手で止める。
は驚き、自分の手と重なっている大きな手を見つめる。
「やっと終わったか。」
「え?」
「終わるのずっと待ってたんだぜ?」
「あ、うん。ごめん。」
おそらくナッシュは、包帯を巻いている間、動けないから終わるのを待っていた。
と言っているのだろうと、は思っていた。
「違うよ。」
え――?
まるで、自分の考えていることが分かっているかのようなナッシュの言葉に、
が瞳を大きく開いて目の前の彼を見つめる。
さっきと距離が変わらずなままのため、至近距離で自分の瞳を捕られてしまう。
いつもは穏やかな、海のような色をしたナッシュの瞳が、今は燃えているように見える。
炎のせいではない。
彼の目が情熱の色へと変わる。
その瞬間・・・・・・・・
キスをされた。
全くナッシュに戸惑いがなかったのは、
自分が拒否をしなかったのは・・・・・・・、
それをされることを承知したかのように
自分も熱い眼差しで彼をみていたからなのだろう。
初めて感じる彼の唇は熱く、
冷たくなった自分の唇を熱くさせた。
「‥ン‥‥‥。」
唇を合わす角度を変えられる。
思わず微かに自分から声が出てしまった。
は自分のその声にとてつもない恥ずかしさを感じてしまい、思わず身を引こうとする。
しかし、それをナッシュの腕が止める。
力強く体を固定させられ、その腕から逃れる事ができない。
パキ‥と、少し大きな音がいやに頭に響く。
さっきまで大きな炎だったたき火は、すでに小さくなっていた。
何度も何度も角度を変え、
唇を合わせる。
吐息同士でさえも口付けを交わしているような感覚に囚われる。
―――何度その吐息を交わらせただろう‥‥‥。
ぼうっとそんな事を考えた頃、やっとその腕から開放された。
「今日は、ここまでな‥‥。」
再度ナッシュの瞳を覗くと、先程とは少し違う炎が燃えていた。
その炎をまた見る日は‥‥‥近い。