すりよる
「クライブ。」
「・・・・・・・なんだ。」
「・・・・・。」
次の目的地に向かう途中、仲間達とはぐれてしまったを探しに彼が来てくれた。
しかし、その後皆と合流する事も敵わず、とりあえず宿をとって休む事にしたのだ。
小さな宿屋だったため、部屋数が少ないとの事で一つの部屋になってしまった・・・。
クライブは先日、探しているエルザという女性を逃したばかりだった。
そのためか少し焦りが見え、苛立ちを募らせているようにも感じられた。
クライブが何故その女性を探しているのかは知らない。
敵なのかもしれない。
友人なのかもしれない。
――――恋人・・・なのかもしれない。
どうせ聞いても彼は答えてくれないだろうと分かっていたし、本当の事を知りたいという気持ちと
知ったら自分が傷つくかもしれないという不安が入り混じり、クライブに直接聞くことはしなかった。
それでも、二人だけになってしまった今、何か話そうと語りかけるが
先程から素っ気無さ過ぎる態度に話しかける気も徐々に無くなっていった。
(だけど・・・・。)
「・・・・・なんだ?」
(ちゃんと聞き返してくれるのよね。)
どんな話をがしても、黙って聞いていたり、「ああ。」とか「いや。」と一言で終わってしまう。
しかし言葉を投げかけると必ず返ってくるその反応に、嬉しい気持ちがあるというのもあった。
黙って見つめるをクライブは少し睨みつけた。
「うんー・・・。ずっと武器から手を離さないんだなぁと思って。」
「・・・・・。」
宿に着いてからというものの、食事の時も、お風呂に入りに行く時も、
窓辺に座っている今も、必ずと言っていいほどそれを肌身離さず持っている。
(まるで恋人ね。)
彼の愛銃シュトルムは、まさに愛人シュトルム。
本拠地では以外にも女性に人気のあるクライブは、その愛人以外自分に近寄らせない。
「何が起こるかわからないからな・・・・。」
少し遅めに・・・・、それでも返事を返すクライブ。
「そう、だね。」
再び部屋に沈黙が訪れる。
今から降り出したわけではないのに、雨の音が急に聞こえ出した。
天井にあたっている雨の音が耳に響く。
は黙っていられず、部屋にあるテーブルからベッドへと移動した。
クライブにちらりと視線を送ると、また愛人の手入れを始めた。
その様子を頬杖をついて見続ける。
クライブはそんなにも全く動じず、黙々と作業を続けていた。
「羨ましいな・・・。」
ぽつりと漏らしたその言葉にクライブは手を止め、一間置いてからこちらを向いた。
「何がだ・・・?」
何が―――・・・・・・?
「シュトルムが。」
本当にそう思った。
現在クライブに一番思われているのは、彼が今手にしているもの。
―――それかエルザという女性・・・・。
そのどちらかだ。
「何を言ってる・・・?」
全く理解できないという表情でこちらを未だに見ているクライブ。
ようやく自分の言っていることに興味を示したことに、は少し微笑む。
「だって、ずっとクライブの傍にいるから。」
――何を言ってる?
自分でもこの言葉をだしてからそう思った。
ただ、考えもしないで先に言葉にだしてしまったら、そう言ってしまったのだ。
(だからって・・・これじゃ・・・・・。)
自分がクライブの傍にいたいみたいじゃない――・・・・。
弁解しよう。
「クライ―――」
「俺には」
が彼の名前を出そうとして、急にそれを遮られた。
そんなことをクライブがするのは初めてだったが、
その表情はいつも通り何を考えているのかわからない。
見慣れた静かな目をこちらに向けているだけだった。
ただは、その続きを聞くために口を紡ぐ。
再度雨の音が強くなった。
別に雨が強くなったわけじゃない。
この部屋に沈黙が訪れた時にのみ頭に響くのだ。
「俺には何もない。」
その無表情のまま出された言葉は、そんな変哲もない言葉だった。
しかしには何故か悲しく響いた。
悲しくて、
切なくて、
苦しくて、
胸が締め付けられた。
その言葉の意味を聞いても、おそらくクライブは何も言ってくれないだろう。
しかし聞かずとも、何かその言葉から悲しみを感じた。
傍にいたい・・・・・。
今度は素直にそう思った。
はベッドから立ち上がり、
先程から雨があたっている窓の近くで床に座っているクライブの正面に座る。
手を伸ばせばすぐ触れられるくらいの距離に・・・・。
クライブは相変わらずそのままの表情でを見ていた。
は無言のままクライブの瞳から、その手に握られているシュトルムへと視線を落とす。
かなり長いそれは、持ったこともないのに感じられる重さと、
何故か肌に感じる重圧感を出している。
(とは違う空気ね・・・。)
自分の愛銃のことをふと思い出し、無意識にそれに触れようとした。
その瞬間クライブの瞳が揺れ、一瞬触れようとするその手からシュトルムを引こうとした。
しかし何故かそれは一瞬の躊躇で終わり、すんなりとは彼の愛人に触ることができた。
普通ならこんなことは考えられないだろう・・・。
クライブがシュトルムを他人に触れさせるなど、あり得ないことだった。
しかし今、はそれを指先で感じている。
彼の抱える重み。
苦しみ。
痛み。
悲しみ。
おそらく誰よりも知っているであろうそれを、怯えることなくは優しく触れ続けた。
クライブはそれを無言で見つめ続けていた。
急にがぱっと顔を上げる。
その瞬間に目の前の自分と同じ色の瞳とぶつかる。
「今日は冷えるわね。」
「・・・・・・ああ。」
突然の飛んだ会話にも顔色を変えることなく返事を返すクライブ。
どんな状況にも同じ表情の彼が何故か急に愛しくなる。
笑わせたいとも思うし、
困った顔も見てみたいとも思う。
だけど今、自分が今一番したいと思う事は一つ。
はもぞもぞと這いながら移動を始める。
移動している間も、クライブはを目で追う。
そしてはクライブにぴったりと寄り添う形で座りなおした。
そして少しだけ不安を残した瞳で彼を見つめる。
拒否をされるのが怖いからだ・・・。
「傍にいても・・・いい?」
もう既に傍にいるものの、改めて聞かずにはいられない。
「・・・・・・・・。」
いつもよりも長いその回答までの沈黙が苦しかった。
「ああ。」
いつもよりも近くで聞く彼の声は、
いつもより大きくはっきり聞こえた。
それはただ近くにいるだけが理由ではない。
それは今、彼の表情が物語っていた。
はその答えを聞き、一気に安心感が出、
すぐ傍にあるその大きな肩に頭を乗せた。
ぴったりとくっつけた肌は暖かく、その心地よさに思わずすりよる。
武器を持っている人の傍にいて、こんなにも安心出来るのは初めての事だった。
が落ち着いたところで、クライブは再び武器の手入れを始める。
頭をのせた肩が、静かに動くのを頬に感じながら、は静かに目を閉じた。
先程鳴り響いていた雨の音はもう聞こえない。
聞こえるのは、自分の心臓の音と
彼の呼吸と
彼が触れているシュトルムの音だけ・・・・・・。