起きれな



















 「ん・・・・・・。」
 昨日の夜に、カーテンを閉め忘れた窓から朝日が降り注ぐ。
 自分の部屋は西に窓があるため、朝日が差し込むことはまずない。
 陽が昇る方角に窓がついているのは・・・・シードの部屋だ。


 は気だるい体をころんと転がし、陽の光から逃れようとする。
 が、それも敵わずどこまでも伸びている光は、に朝を知らせる。
 「・・んー・・・・・。」
 少しずつ春が見えてきてはいるものの、まだまだ朝は寒い。
 一晩中ぬくもりを保っていたベッドから出るのは容易ではない。
 特に朝の弱い、ここで眠るとシードにとっては・・・・。

 シードの部屋のベッドは、自分の部屋にあるものよりも遥かに大きく、
 軽く3人は寝れるであろう程の大きさだ。

 しかし、二人はぴったりと寄り添いながら寝ていた。

 (あったかい・・・。)
 まるでシードの胸が布団かのように、はその頬をすり寄せる。
 その心地よさに、シードもに頬を寄せてくる。
 もちろん寒いから。という理由だけで一緒にいるわけではない。
 それでも、この季節になるといつもよりも恋しくなる。



 規則正しく続く呼吸。

 優しく背に回してくる腕。

 暖かい肌。



 部屋の中がどんなに寒くても、これだけで安心できる・・・。
 二人でゆっくりと夢を見れる・・・。
 
 そんな二人の夢を覚まそうと、朝の光が降り注ぐ。
 はゆっくりと瞳を開き、目の前で今も眠り続ける恋人を見つめた。
 シードは少しだけ唇を開き、ゆっくりと呼吸を繰り返す。
 いつも激しい色を放っているその瞳は、今は静かに閉ざされ、
 朝日が少し眩しいのか、時々その綺麗な睫毛を震わせていた。


 そんな何気ない様子が愛しくて・・・・・。


 ずっと見つめていたくて・・・・・。


 は何故か急に涙がこみ上げてきた。
 この瞳が開かれれば、また戦場へと繰り出すのだろう。


 この時は、あの残酷な戦場が嘘のようで・・・・。
 あの時は、この安らかなひと時が嘘のようで・・・・。

 (一体どっちが嘘なのかしらね・・・?)






 どちらも本当なのだ――。






 それは分かっている。
 ただ少しでもあの悪夢から、悪あがきでもいい・・・。どうしてでもいい・・・。



 (逃げたいの・・・。)




 本当は逃げたい。

 すべて投げ出して、二人だけで逃げてしまいたい。

 でも貴方にそう言っても・・・悲しく笑うだけでしょう?

 そしてまた、戦いに行くのでしょう?

 私も・・・・・・。




 全部言いたいことを心の中で叫び続けながら、は涙を流した。





 「ん・・・。」

 「っ・・!」

 急にシードが起きそうな気配に、泣いているところを見られたくなくて、
 は急いで目を閉じる。
 しかしその閉じた瞳からは、また涙が流れるだけだった。
 どうしていいか分からず、そのまま寝ている振りをする。


 「・・・・・。」


 見なくても分かる。


 見つめられている・・・・・・。



 シードが動く気配を感じ、シーツの布擦れの音が聞こえた。

 「泣いてたのか?」

 その優しい声と一緒に、暖かい指がの涙を拭う。




 シードに寝た振りなんて意味ないって分かってた。
 でも心配かけたくなくて。
 困らせたくなくて。
 嫌われたくなくて・・・・。
 私、貴方に笑っていてほしいから・・・・私も笑っていたいの・・・・。



 「っ・・・。」
 言いたいのに言えない・・・・。
 それは好きだから。愛しているから・・・・。

 涙が出ないように瞳を閉じていても、勝手にそれは流れる。
 その涙はそっと触れていたシードの指を濡らした。
 は泣き顔を見られたくなくて、
 さっきは幸せですり寄せていたシードの胸に顔をうずめる。
 「っく・・・・。ふ・・・・。」
 その涙もまた、シードの胸を濡らしていた。

 シードはずっと抱きしめていてくれた。

 泣きやむまでずっと・・・・。









 「お前さ、言えよ。」
 「え・・・?」
 が落ち着いてシードの胸から離れた時、頭上から少し拗ねた声が聞こえた。
 「何・・を?」
 本当に何を言えと言われているのか分からず、思わず聞き返す。
 急に顎を掴まれ、少し荒く顔を上げさせられた。
 自分の怯えた瞳とぶつかる情熱の瞳・・・。
 「思っている事。全部俺に言えよ。」
 は瞳を大きく見開く。
 「俺がお前の考えている事を分かってないとでも思ったかっ?
 お前の苦しみに気付いてないとでも!?」
 瞬き一つせず、はシードを見つめていた。
 「何も言わないで何も聞かないでっ・・・・それでいいと思ったか!?
  ふざけんな!」
 痛いほどに顎を掴んでいた手が、そのまま頬へと持っていかれた。
 気のせいか・・・・。
 その手は微かに震えているようにも思えた。
 「俺はお前の考えている事くらい分かる・・・。でもそれじゃあ駄目なんだ・・・・。
  お前から言ってくれなきゃ意味ねぇんだよ・・・・っ。」





 悲しい顔。

 震えている・・・。

 ああ・・・・そうか。

 ――そうだったんだ・・・・。





 はいつの間にか下を向いているシードに、自分も手を差し伸べた。
 そして優しく抱きしめる・・・。
 「ごめん。ごめんね・・・シード・・・・。」
 頼りないその声に、シードが力強く抱きしめてくれた。





 言わない事が、傷つけない事が・・・それが愛だと思っていた。




 だけど・・・・。

 違うんだね?





 「言いたいこと言ってもいいし、聞きたいことも聞いていいのね?
  一緒にしたいこと・・・お願いしてもいいの?わがまま、聞いてくれる・・・?」
 一気に喋りだすに、シードはふっと笑った。
 「ああ。」
 「じゃあいつも一緒に寝てもいい?どこかに連れてってもらってもいい?
  一緒に食事したり、遊んだり・・・・したいの・・・・・・。」
 「ああ。いいぜ。」
 「・・・じゃあ――」





 ―――戦場に行かないでずっと傍にいるって約束してくれる?






 一番の願いを口に出そうとしたところで、は口を止めた。


 「どうした?」

 シードは微笑みながら問いかけてくる。





 も微笑み返す。






 「じゃあ、キスして・・・・。」






 シードは幸せそうに笑うと、優しくキスをしてくれた。
 










 これは・・・・・・・まだいいよね?




 シード・・・・・。













 「ちょっとシード!早く起きないとまたクルガンさまに怒られるわよ!」
 「ん゛ー・・・・。」
 一向に起きる気配のないシードの返事に、が毛布を思い切りはがす。
 「いい加減起きなさい!」
 「うわっ!」
 急にベッドの中から現れたシードの姿にが顔を真っ赤にした。
 「ちょっ!な、なんで下も穿いてないのよ!!」
 「仕方ねぇだろっ。お前がキスしろとか言うから、あの後―――」
 「キャーー!!わざわざ言わなくてもいいでしょう!?」
 「お前が聞いてきたんだろっ!それに、そのせいでまた寝ちまったんだろうが!」
 言葉を交わすごとに枕が飛び交う。
 「も、い、いいから早く服着てっ。」
 はベッドの下に転がっていた服を拾い、顔を背けたままそれをシードに渡す。
 しかしそれを素直に受け取るシードではなかった。
 にやり。と音もなくシードが笑う。
 そして服を渡そうとしていた腕が強く引かれた。
 「きゃっ!」
 不意打ちのそれに、はそのままベッドへと倒れこんだ。
 驚きで閉じていた目を開くと、自分の上にはすでにシードが覆いかぶさっていた。
 「お前のせいで目が覚めちまったからな。もう一度寝かせてもらおうか。」
 自分の上で楽しそうにシードが笑っていた。
 「ふざけっ――!」
 文句を言おうとしたその唇を、シードのそれで塞がれる。
 「んっ・・・。」
 両腕をつかまれ、唯一空いている足をばたつかせる。
 しかしそんな抵抗も意味はなく、シードは口付けを深くしてくる。
 「シっ・・・ふ・・・・。はぁ・・。」
 その甘い口付けに、自分の体が熱くなるのが分かった。
 長い長いキスがようやく終わり、シードが熱いまなざしで見つめてくる。
 「な・・・?」
 「・・・・・・・・。」
 無言で拗ねてみたが、それをイエスと知っているシードは
 喜んでまたその唇を塞いだ。
 
















 私も朝は嫌いよ?



 眠いし。寒いし。


 寂しくなる・・・・・。



 貴方は、いなくなる・・・・。













 本当は私、





 起きれないんじゃなくて、





 起きたくないだけなのかもしれない・・・・・。