氷の
















 「綺麗・・・・。嘘みたい・・・。」
 初めて見る光景にはただ呆然と自然が作り出した美しい光景を見つめた。

 この冬一番の寒さとなったであろうこの日、は寒さのせいで早くに目が覚めてしまった。
 しかしまだ虚ろな身体を起こすために、城の外へ出てデュナン湖のほとりに来ていた。

 目の前に広がるのは一面氷のデュナン湖。
 氷の上には昨夜に降ったであろう雪がうっすらと積もっており、陽に照らされ輝いていた。
 風が吹くたびにその雪がさらさらと水の様に流れ、まるで白銀の砂漠を見ているようだった。
 いつもは少しながらも波打つその湖は、まるで刻が止まってしまったかのように静まり返っている。
 
 「・・・・・・・綺麗。」
 何度も同じ言葉を繰り返すは、その景色を見つめながら足を進めた。
 まさか流石に氷の上には乗れないだろうと考えながらも、
 ついつい確かめたくなってしまう。
 は体重を乗せないよう、片足で氷をつつく。
 「・・・・・・。」

 今度は少し力を入れて押してみる。
 「・・・・・・・・・。大丈夫・・・・かな?」

 
 そして氷の上にゆっくりと、
 徐々に体重をかける。



 「乗れちゃった・・・・。」

 一応全体重を氷に任せても大丈夫なようだったが、
 やはり不安も少々残り、は足を乗せたまま動けないでいた。


 「すごい・・・・。デュナン湖の上に乗ってるんだ・・・・・・。」


 様々な町と繋がっているこの湖の上に乗り、
 まるでそのたくさんの町と自分も繋がっているような気になってしまう。





 「綺麗・・・。」

 また同じ言葉を繰り返す。


 人の手によっては決して生み出す事の出来ない、この美しい光景を
 は寒さも忘れて眺めていた。















 「おい。」





 「きゃっ!?」

 突然の声に驚き、は足を滑らせ、もう片方の足でなんとか転ぶ事を防ごうとしたが、
 氷の上な為、それも適わず体が傾いてしまった。

 「っと。危ねぇなあ。」
 その不安定な体を自分よりも倍以上はある腕に後ろから支えられる。
 「ビクトールっ。びっくりするじゃない!」
 「助けてやったのにそれはねーだろうが。」
 「転びそうになったのはビクトールが原因でしょっ。」
 「悪かったって。
  ・・・・で、お前は何だってこんな所にいんだ?皆探してるぜ?」
 傾いている華奢な体にビクトールが更に腕を回す。
 「え?そうなの?
  ・・・・・・・・。そ、それより、まず一回離してくれる?」
 「また転ぶだろ?こうしてた方が安全じゃねぇか。」
 後ろから楽しそうなビクトールの声がする。
 顔を見なくても予想通りの表情をしているのだろうと、なんだか悔しくなる。
 「でもこうしてたら戻れないでしょ?」
 「まあいいじゃねぇか。暖けぇだろ?」
 (そりゃあ暖かいけど・・・・。)


 いつも彼のこんな態度に流されてしまう様な気がする。
 もちろん嫌だというわけではない。
 
 ―――むしろ嬉しい。
  
 それにビクトールは自分の本当に嫌だと思う事をしてくることは一切なく、
 必ず嫌がらないという、許されるだろうというギリギリの線で踏みとどまるのだ。










 だから特別何もない。










 抱きしめることはあっても、





 キスはしない。









 部屋で飲み明かすことはあっても、







 自分に触れる事はない。












 いつも、あるところまではするくせに、次へ進もうとしない。


 彼らしくない。
 と言ったら失礼だろうか?



 自分の知ってるビクトールは真っ直ぐで、
 自らの考えている事はストレートに伝える人で、
 明るいけど・・・・でも、どこかとても繊細。

 (あ、繊細だから?)




 ビクトールが繊細。





 それだけでまとめてしまうと、は笑わずにはいられなかった。
 


 「?
  何笑ってんだ?」
 質問をされてもは笑いが止まらなかった。
 「ご、ごめんごめん。ビクトールは繊細なのね?」
 
 一瞬の沈黙。

 彼は何を考えているのだろう。

 「今頃気づいたのかよ。俺は根っからのナイーブなんだぜ?」
 そう言い、笑いながらを更に強く抱きしめる。
 「ナイーブな人はこんなセクハラしないと思うけど?」
 「おいおい。これはセクハラじゃないぜ?」
 お互い笑いながら会話を続ける。
 「じゃあ何?」



 また一瞬の沈黙。







 「ばーか。言えるか。」














 いつもなら、その言葉を聞いてまた笑いあっていただろう。

 だけど、今2人がそうでないのは、

 目の前に広がるこの光景のせいかもしれない・・・・・。







 一面氷の張ったデュナン湖は―――


 (まるで・・・・、ビクトールのようね・・・・。)








 いつもは穏やかに、時には激しく波打つ。


 しかしほんのわずかな刻に


 冷たく・・・静かな氷ができる。





 その氷は、割れるのか割れないのか分からない。




 繊細な心・・・・・・。




 その氷の下でうごめいているものを


 私が見るのはいつなのだろうか。




















 それは






 あまり先のことではないのかもしれない―――。