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 この季節になると陽射しが恋しくなる。
 風は冷たいけれど、その分お日様の温かみが身体に伝わってきて・・・。









 寒い時に恋しくなる太陽。
 (あいつみたいね・・・。)
 アリーはふっと笑みをこぼし、いつもの中庭から空を眺めてから
 再び手を器用に動かし、ひとすじの毛糸を一枚の布へと変えていった。
 その時ざあっと強い風が吹き、丸めておいた毛糸の玉が転がった。
 「あっ。」
 アリーは慌てて追いかけるが、なかなか止まってくれず、届きそうで届かない。
 毛糸の玉は一本の線を延ばしながら不規則な方向に転がっていった。
 ようやく壁まで追いつき、それを拾い上げ土を掃う。
 「ふぅ。また巻きなおさなきゃ・・・。」
 毛糸の玉が作ったひとすじの道を引き返そうと振り返った瞬間、アリーは自分が元にいたベンチに目を見張った。
 「シード!?」
 「よぉ。」
 「よぉじゃないわよ。勝手にいじらないでっ。」
 アリーは急いでさっきの解けた糸を巻きなおし、シードが手にしていた自分の編みかけのものを取り上げた。
 「そんなに怒んなよ。別に取って食うってわけじゃねぇんだからよ。」
 「当たり前でしょ!」
 アリーはほつれや取れてしまった部分がないか丹念に調べる。
 「よかった。どこもほつれてない。」
 ほっとした表情を見せて再びベンチに座り編み始める。
 「そうだ。ちょうど良かったシード、手伝ってくれる?」
 「あ?今さっきまで触るなって言ってたくせにか?」
 「いいからいいからっ。ここに座って。」
 シードは大げさにため息を吐いたが、顔には微かに笑顔ができていた。
 しょうがねぇな。と言いいながらもアリーの隣に座った。
 「こっち向いて。ハイ、両手を軽く前に出して軽く開いて。そうそう。」
 シードは言われるがままにしていると、自分の腕に糸の束が掛けられた。
 そしてアリーはシードの腕から伝っている糸を丸く巻き始めた。
 「玉ならあんじゃねぇの?」
 「もう1つくらいは必要なのよ。」
 シードはふーん、と妙に納得をしてから今自分の状態にようやく気が付いた。
 自分は両手を差し出し、それに糸の束を巻かれたまぬけな状態。
 猛将と恐れられている自分がこんな格好をする日が来るとは思っていなかった。
 しかし目の前のアリーとの距離は1メートルもない。
 自分が差し出している手と、器用に丸い毛糸の玉を作っているアリーの手が触れ合いそうなくらいの距離である。
 正面を向き合ってこれだけの距離で相手の顔を見たのは初めてだった。
 (・・・ま、これもアリか。)
 シードは目の前で糸を丸めることだけに没頭しているアリーの顔を眺めた。
 黒い瞳と黒い髪は、太陽に照らされて風が吹くたびに輝いていた。
 
 毛糸の玉がある程度大きくなった時、シードが何かを思い出したかのように話を切り出した。
 「おい。」
 「何?」
 アリーは手と目線をそのままに返事をする。
 「なんでこんなもん始めたんだ?」
 「この間ジル様の侍女の方にマフラーを教えてもらったの。もうすぐ寒くなるし丁度いいかなと思って。」
 「・・・・・・・・・。」
 「・・・何?」
 「誰にやんだよ。」
 「は?」
 唐突な質問にアリーは思わず手を止めてシードを見上げる。
 シードはそのままの状態でまっすぐアリーを見ていた。
 ハイランドでは手作りの物は、恋人にあげるという風習があるのだ。

 「そんなの誰だっていいでしょ・・・・。」
 アリーは初めてシードの顔を見て、想像以上に近くにいたことに気が付き慌てて目線を下へと戻す。
 「言えよ。」
 「なんで?」
 「いいから言えよ。」
 「だからなんでよっ?」
 中々答えないアリーにシードは徐々にイライラしていった。
 (俺が欲しいからとか言えるわけねぇだろ!このバカ!)
 「別に誰にあげようがいいでしょ。」
 その言葉にシードが反応し、差し出していた両手を大きく手前に引いた。
 「きゃっ。」
 シードの持っていた糸とアリーの持っていた毛糸の玉を繋げていた糸がピンと張り、
 アリーは反射的に引っ張られた方向へと身体がいってしまたった。
 そしてすぐ目の前にシードの顔が見えた瞬間身体を後ろへ戻そうとしたが、
 シードが両手でアリーの両手を掴んでいたため敵わなかった。
 「シ、シード・・・離して。」
 アリーは顔が至近距離にあるため大声を出せず、とにかく目を逸らす事だけで抵抗していた。
 そんな困惑した自分の表情とは反対に、シードはにやりと笑いアリーを見つめてくる。
 「言ったら離してやるよ。」
 「だ、だから・・・。」
 「俺は別にこのままでもいいんだぜ?」
 そう言ってシードは掴んだ腕を更に自分へと引き寄せる。
 「っ!」
 「誰にやるんだ?」
 徐々に近づくシードの顔にアリーは耐えられなくなり、顔を真っ赤にさせていた。
 「ーーーっ。・・・・・・ゎょ・・・。」
 「あ?」
 「誰にもあげないわよっ。」
 想像していなかった答えにぽかんとするシード。
 「・・・まじかよ。」
 シードの反応にアリーは目をきつく閉じる。
 (ーーだから言うの嫌だったのよーっ。)

 「・・・自分で使うのか?」
 ずばりと質問してくるシードにアリーは更に顔を赤くさせて頷いた。
 「お前・・・。」
 「し、知ってるわよ?ハイランドの風習くらいっ。侍女の人も恋人にあげるって言ってたし・・・。
  で、でも自分に作っちゃダメって習わしはないでしょ??」
 よっぽど手作りの物を自分のために作っていた事がバレたのが恥ずかしいのか、アリーは必死に説明する。
 「もういいでしょ。離してっ。」
 「だめだ。」
 「えっ??言ったじゃないっ。」
 「俺にくれるっつったら離してやるよ。」
 「な!!」
 これ以上近づいてしまったらキスしてしまうのでないかというくらい近くにシードが近づき、
 さっき以上のいやな笑みでアリーの返事を待っていた。
 (こっ、このままだったら口と口がついちゃうじゃないっ!)
 「そ、そんなことしたら私のがないじゃないっ。」
 「もう1つ作ればいいだろ。」
 シードが強引なのはわかっていたが、これほどまでになるとただの我侭である。
 しかしシードの提案にアリーはあっさり引き下がった。
 「・・・。わ、わかったわよ。」
 「おし。じゃ、よろしくな。」
 「え?」
 満足いく答えが出たと判断した突端にシードは手を離し、立ち上がって中庭の出入り口のほうへと足を向けた。
 「ちょっ、まだ途中じゃない!」
 「休憩の時間がもうすぎてんだよ。またクルガンに呼び出されるのはごめんだからな。じゃあな!」
 シードの足取りは軽く、すぐに仕事へと戻っていった。
 アリーはため息を吐いた後、残り少なかった作業を始めた。
 
 
 



 (今更,最初から2つ作る気だった・・・なんて言えないわよ、ね。)
 







 シードは気が付かなかったのだろうか。
 


 今自分達が巻いていた毛糸が、もう1つとは違う色の毛糸だったことを。