花を恋う
「ねぇルカ様。この花の名前知ってますか?」
「・・・・・。」
「ハイランドブルーって言うんですよ。」
「・・・・・煩い。」
「ハイランドではよく見られますよね。」
「知るか。」
「繊細で綺麗な青がルルノイエに合いますよね。」
「・・・・・。」
「ほらー、ルカ様の胸元にぴったり。」
バン!!
流石に茶目っ気はきかないらしく、最後のの行動でルカは自分の机を拳で叩きつけた。
普通の人間ならこれで黙る。いや、その前にこんな行動をこんな相手にはしないだろう。
しかしは違った。
ルカの直部下になってからというものの、常にくっついて回っている。
それはルカと同等の剣腕があるという事もあるが、人懐こいの性格が一番の理由だろう。
周りの誰もが、この二人の様子を見て初めはすぐにが異動になると思っていた。
しかしがルカの部下になってから早1ヶ月。
その気配は、無い。
「あ、ルカ様。庭に出ません?」
「・・・・ふざけるな。」
「ふざけてなんてルカ様は誘えませんよ。普通命がけです。」
「・・・・外に出る必要なない。」
「花を見に行きましょうよ。」
「俺にとっては無意味だ。」
「じゃあ、私のために付き合ってください。」
「何だと・・?」
自分のため。というに向かってルカはいつもの凍てつく瞳をギラリと光らせる。
「私がルカ様と行きたいんです。いつもルカ様の尻拭いしてんですから、これくらい付き合ってください。」
「・・・・・・。」
尻拭い。
ルカが覚えているだけでそれはかなりあった。
歩けば何かをすぐに壊すルカは、それの処理などするわけもなく、
当たり前のようににさせていた。
面倒な書類などの仕事もほとんどにさせている。
しかし、それは部下として当たり前ではないだろうか。
ルカの頭の中では、いつもは考えもしないことが駆け巡っていた。
いつもなら「死ね」の一言で終わらせていたのだから。
「はい!決まり!」
その一瞬のルカの間を見逃さなかったが、無理やりルカの腕を引っ張る。
馬鹿力だ。
そう素直にルカは思った。
城の庭なんて来た事がなかった。
なぜなら来る必要がないから。
来て何をするというのだ。
剣を振り回す楽しみも無い。
人間の叫び声も聞こえない。
血の匂いもしない。
・・・・何を求めてこんな所に来る必要がある。
城の庭はハイランドブルーが一斉に咲いていた。
小さく可憐な花々は、城の壁をかすった風に揺られ、甘い匂いを漂わせていた。
逃げないようになのか、は庭についてからもルカの腕を掴んだままだった。
ここに来るまで何人の兵士達がこの二人とすれ違い、振り返っただろう。
一人の女に腕を引かれたルカが、黙って着いて行くそのさまは、
あれはルカ様の偽物だろう。
と誰もが思う、信じられない光景だっただろう。
そんな兵士達の間抜け面を見るのもは一つの楽しみだった。
「さ、ここに座ってください。」
「・・・・・。」
されるがままにルカはその場所へと座る。
花畑の中で座っている狂皇子ルカ。
正直怖い。
しかし、はこんなルカに対して恐怖はほとんど感じなかった。
戦場で見るルカは、唯一が恐ろしさを感じる時だが、
その恐怖の中にも、哀れみと悲しみが入り混じっているのが確かだ。
そして城での暮らしを見ていても、ただただ痛々しくて。
なぜこんなにもルカは怒りを露にするのだろうか。
赤子が何かを訴えるために泣くように、
ルカもただ何かを伝えたくて人を殺しているのではないか。
何も根拠はないが、はすぐにそう感じた。
「ルカ様、蕾だった花が開いた後。っていうのは見たことがありますか?」
「・・・・・。」
「前の日は蕾だったのに、次の日になったら花が開いていた。」
「それがどうした。」
絶対に興味が無いような事なのに、ルカは最近はに食いつくようになっていた。
それが嬉しくては口を止めることが無い。
「その時って本当に嬉しいんですよ!」
「フン・・・くだらん。何故そんな事で嬉しさを感じるんだ。」
「見えなかったところが見える。その相手が生きているということを実感できるんです。」
「意味がわからんな。」
「そうですねぇ・・・・。」
少し考えて、は自分達のすぐ傍で咲き誇っているハイランドブルーを一輪積んだ。
そしてルカへと差し出す。
ルカはが何をしたいのか分からず、ただ反射的にその差し出された花を取ろうとした。
「これですよ。」
「・・・・?」
ルカが手を出した瞬間に、はぱぁっと、それこそ花が咲いたように笑った。
「以前だったら絶対ルカ様は自分から手を出すなんてしませんでしたよね。」
その言葉を聴いた瞬間、ルカは自分が出していた手を収める。
しかしそれはもう関係ないというように、は続ける。
「前のルカ様だったら、私なんかと一緒に庭になんて絶対に来てくれませんでしたよ。
すぐに剣を抜いて、私に切りかかってたんじゃないですか?」
はクスクスと笑いながら、その白い手に握られている花を見つめる。
「そういう事がなくなって・・・、こうして一緒にいてくれるようになった。
それって私にとってはとっても嬉しいことなんです。」
そう言いながらその微笑んだままの顔をルカへと向けた。
「・・・・・・。」
「そういう事です。」
「わからん。」
ルカはその一言で済ませてしまった。
しかし花が咲くと何故嬉しいのか。
それは分かっただろう。
その瞬間、はルカの花がすこし開いたような気がした。
そのたびに、自信も花を咲かせた。
は更に待ち続ける。
そのルカという花が咲くのを・・・・・・・。