私はただ・・・この炎を見つめて貴方を待つだけの
ただの女・・・・・・・。
すれ違う重なり
「今日はやけに冷え込むわね・・・。」
の独り言に、
暖炉の薪がまるで彼の代わりかのように音をたてて返事をする。
今日、街で情報屋がばら撒いていた紙を握り締める。
そこには、先日ハイランドがミューズを攻めたという恐ろしい現実が書かれていた。
信じたくなくても・・・嫌でも目にはいる事実から、は視線だけを逸らして頭を振る。
「シード・・・・。」
口から出るのは愛しい人の名前だけ。
(他には何もいらない・・・・・。それなのにっ・・・・・。)
思い切り瞑った瞳からは、閉じ込め切れなかった涙が滲んだ。
そっと瞳を開くと視界がぼんやりと滲んでいた・・・・・。
(私がそう言っても・・・・貴方は困ったように笑うだけなんでしょうね・・・・。)
そう・・・・・・シードには守るべき場所が、ハイランドという国がある。
頭で何度理解しようとしても―――・・・・・
いや、理解はしているはずなのに何故か何度も何度も問いが生まれる。
は滲んだ涙を流すことなく、ただため息を吐いて暖炉の前にある椅子に腰をかけた。
ゆらゆらと揺れるその椅子は、
徐々にの瞼を重くしていった。
部屋を暑くなるくらい火を焚いて・・・・・・・・・。
彼のぬくもりを・・・・・熱さを感じれるように・・・・・・・。
の瞼が完全に落ち、その思考が完全に眠りへと辿り着こうとしていたとき、
外へ繋がる扉が数回叩かれた。
がゆっくりと瞳を開き、ぼんやりと扉を見つめると鍵を開ける音が響いた。
視界が徐々にはっきりしてきた頃にはそのノブが回され、軋む音をたてて扉が開かれていた。
「。」
は瞳と口をぽっかりと開け、少し乾いた瞳を何度か瞬かせる。
息を切らして扉の前に立っている人物を見つめ、これは夢ではないかと心の中で問いかける。
「どう・・・して・・。」
そう。
彼はいまミューズにいるはずだ。
都市同盟という国境を越えた遠い場所。
もしかしたら命を落としていたかもしれないという、
自分の愛する男が目の前に現れ、はただ問いかけるだけしかできなかった。
「今・・・ミューズにいるはずじゃ。」
「ああ。ひと段落したのを見計らって抜け出して来た。」
シードは後ろ手に扉を閉め、ぽかんとしたままのを見つめて吹き出した。
「ぷっ・・ははっ!なんだその顔。」
は自分が今どんな表情をしていたのかに気づき、
顔を真っ赤にしてその距離を保ったままシードに八つ当たりをする。
「しっ・・・信じられない!!私が・・私がどれだけ心配したと思ってるの!?」
がいつものようにシードを叱る。
怒られているにも関わらず、シードは満足気に頬を緩ませていた。
は目の前の腕の中に飛び込みたい気持ちを抑え、
全く悪びれも無いシードに怒りをぶつけた。
「ミューズを攻めるなんて知らなかったッ・・・!
今回の戦いが危険なのは知っていたけど、ミューズなんて・・・そんな所まで行くなんて聞いてない!」
「仕方ねぇだろ?ルカ様の命令だ。」
シードは口は笑ったままだが、眉尻を少し下げて両肩を竦めた。
そしてへと近づこうと足を進める。
は反対にシードから離れようと後退した。
「なんで逃げんだよ。」
流石にその様子に、シードは眉をひそめる。
変わらず保たれたままの距離がもどかしい。
「シードはいつもそうよっ・・。貴方が戦いに出る度に私がどれだけ心配しているかなんて知らないでっ・・・。
なんの知らせもしないまま、いきなりあっけらかんと帰ってきて!」
今まで言った事の無いようなの我侭を聞き、シードは少し驚きの表情を見せた。
(あぁっ。どうしよう止まらないっ・・!)
一端吐き出してしまった本当の気持ちが、今まで溜まるに溜まっていた分一気に湧き上がる。
――――こんな醜い自分を見せるつもりなんてなかったのに・・・・・。
「やっぱりっ・・・・・私とシードじゃ住む世界が違うのよ・・・・・!」
一度も口にしたことの無かった心の奥の叫びが止まることなく零れる。
「・・・・・なんだと?」
はシードの姿を見るのが怖くなって、瞳を思い切り瞑る。
それでもシードの声から、彼が怒っているのが分かる・・・。
「私は軍の事なんて何も知らない・・・・・ルカ様の事なんて知らないっ・・・・、
将軍が考える忠誠なんて知らない!
シードが何も教えてくれないからじゃない!!」
は緊張で肩を震わせ、両手を思い切り握っていた。
伸びた爪が手のひらに刺さり・・・・・痛い・・・・。
(これじゃ・・・ただの我侭な女、ううん・・・・・。ただの子どもだわ・・・。)
それでも、今言った事はずっと思い続けてきた事だった。
我侭でも子どもでも、本当の事だ。
目を瞑ったままのは、何も言わないシードを見るのが更に怖くなった。
それでも彼が今どんな表情をしているのかが気になった・・・。
恐る恐る瞳を開き、俯いていた顔をシードの方に向ける。
シードは・・・・その赤い瞳を苦しそうに細めて、
ただ静かに私を見つめていた・・・・・。
は耐え切れずシードに背を向けた。
「・・・・ごめんなさい・・・・・。でも・・・これが本当の私・・・・・。
今まで聞き分けのいい女をしてきたけれど・・・・ずっと、ずっと思ってきた事なの。」
声が手と同じくらい震えた。
「駄目・・・だよシード・・・・。こんな私と一緒にいたら・・・・・・シードが駄目になる・・・・。」
彼には理解ある女性が必要だ。
軍を率いて戦う彼が欲しいのは、死と隣りあわせで戦う彼を理解する女性だ・・・・・。
(私は・・・・そんな女にはなれないっ・・・・・。)
「だから・・・・・・・・私たち・・・・・もう・・・・・――――」
・・・・・・・・・・・・・終わりにしよう。
その言葉をが口にしようとした時、
突然大きな力に身体が包まれた。
「ばかやろうっ・・・。」
その言葉と同時に後ろから回された腕は・・・・自分と同じように少し震えていた・・・・・。
「心配しているのが・・・・・、知らないことばかりなのがお前だけだと思うなよっ・・・・!」
は疑問の言葉の変わりに、瞳を開く。
後ろからかかる重みに、自然とその回された腕を掴んだ。
「お前はいつも俺が帰ってくると笑うだけで・・・・・。
怒るときも俺がただダラダラしてる時だけで、今みたいに本音をぶつけてくる事なんてなかったじゃねぇか。」
シードが少し早い口調で、それでも低い声で話すたびにの耳元の髪が震えた。
「何も知らないのは・・・・・・・俺の方だ。」
「・・っ!」
は思わず真横にあるシードの顔を見つめる。
少しでも近づけば鼻と鼻がぶつかるくらいの距離だった。
まるでさっきの離れた距離が嘘のように・・・・。
「俺はこの手で人を殺してる・・・・。
まっさらで・・・・純粋なお前を抱く資格なんてねぇと思ってた。」
は実際に口に出された「死」の言葉に悲しみの色を出す。
シードはの肩に顔を埋め、勢いを殺した声で続けた。
「こんな俺といたらっ・・・・お前を幸せになんかできねぇ・・・・!
ずっとそう思ってた・・!」
「そんな事・・・・!!」
―――ない!!
そう叫ぼうとしたが、目の前に再度現れた赤い瞳に言葉をつぐむ。
「・・俺だって同じだ。」
「シード・・・・。」
「お前の事を邪魔だと思った事もねぇし、我侭な女だと思ったこともねぇ。
・・・・むしろ・・・怖いくらいお前は優しかった。
我慢強すぎるお前が・・・俺は死ぬほど不安だった。」
「そ、それは・・・・シードのためだと思って・・・・。」
だから・・言えなかった。と言うの口から出た言葉は、まるで言い訳をするかのようなものだったが、
口調は既に申し訳なさを含めた弱いものとなっていた。
「俺も同じだぜ?俺の仕事は・・・・・知らない方がいい事が多い。」
「で、でも―――」
「うるせぇ・・・。」
そう言い放ったシードは、乱暴な口調とは反対に
狂おしいほど愛しさを感じさせるような瞳で見つめ・・・・・、
「!」
すぐに自らの唇での唇をふさいだ。
まるでかぶりつくかのような口付けは・・・・・
もう何も言うなと言っているかの様に―――
「・・・ぁ・・。」
けれども時々離される動作が、もっと何かを言えと言われているような・・・・・・・、
頭で理解を求めるものと、心で求める欲求が入り交ざった口付けだった。
「・・んぅ・・・。」
が何か言葉を紡ごうとすると、すぐにその唇が重なってくる。
その口付けが深くなると共に、シードは両手をの頬に、髪に持っていき
は握りしめるだけだった両手を、シードの手と重ね・・・そして首に巻きつけた。
から口付けを求めようとすると、シードは意地悪をするようにその唇を離した。
「話はゆっくりあっちで聞いてやるよ。」
シードがにやりと笑って言った場所にが気づき、顔を真っ赤にする。
そんなを見て、シードが「今更。」と笑いながらもう一度唇を重ねてきた。
すれ違っているとばっかり思っていたのは二人。
二人思っていたすれ違いは同じ。
今夜
その同じ色のすれ違いは綺麗に重なった・・・・・・・。
