「さん、いいお茶が入ったんです。
一緒にいかがですか?」
誰がおスキ?
雪が降る外から帰ってきたにそう声をかけたのはカミューだった。
「わっ。本当ですか?ありがとうございますっ。」
痛いほどの寒さから帰って来たばかりだったは、
その暖かい誘いに何の戸惑いも無く頷いた。
「丁度さっき外に出る前にパンケーキを作ったんですっ。持って行きますね。」
「それは嬉しいですね。それでは、マイクの部屋へ来ていただけますか?」
「マイクロトフさんの部屋ですか?」
「ええ。そこでお待ちしています。」
「あ、はい。」
いつものようにしなやかにお辞儀をして去っていくカミューを、
は頭の上に「?」を乗せたまま見送った。
何故マイクロトフの部屋なのかは分からないが、
あまり大きな疑問を持つことも無く、はパンケーキを取りに自分の部屋へと走った。
カミューとマイクロトフの部屋は隣同士だ。
(マイクロトフさんの部屋は左側よね。)
男性の部屋に入るという事で、少し緊張しながらもは扉をノックした。
「はい。」
カミューの声が聞こえ、扉が開かれる。
薄暗い廊下に、明るい部屋の光が差し込んだ。
「お待たせしました。」
「ああ、さん。中へどうぞ。」
「失礼します。」
が部屋へと入ると、カミューが扉を閉めてくれた。
そしては、こちらに背を向けて窓際に立っている部屋の主へと声をかける。
「マイクロトフさん、お邪魔します。」
「あっ、はい!どうぞ!」
マイクロトフはびくりと反応し、背を向けたまま声を上げた。
少し上ずった声に、カミューは心の中で吹き出した。
何やらおかしなマイクロトフに疑問を感じたは、カミューへ質問するかのように視線を向けたが、
カミューは肩をすくめながら微笑むだけだった。
「えと、失礼します。」
はそう言いながら部屋にある椅子へと腰をかけた。
マイクロトフの部屋へ立ち入るのは初めてで、予想通りの綺麗な部屋だ。
ベッド、テーブルと椅子、衣服を入れる棚以外は置かれていない簡素な部屋の中で
一際目立っていたのは、何度も繰り返したであろう戦いや訓練でボロボロになった剣が
大切そうに何本か壁に立てかけてあった。
横に傾くことなく、綺麗に並べているところがマイクロトフらしいと思い、それを見ては思わず笑みがこぼれた。
「すごいですね。あんなになるまで使うなんて・・・。」
「え?・・・あっ・・。」
マイクロトフがの視線の先にあるものにようやく気づき、
それの説明をしようとしたようだったが、すぐに視線を落として口をつぐんでしまった。
突然落ち込んでしまったような彼の表情に、はきょとんとした。
そしてその様子を見ていたカミューが、彼の代わりかのように口を開いた。
「マイクは人一倍訓練が多いですからね。それだけ剣が痛んでしまうんです。
・・・・・例え、戦いの数が多くなくても。」
「あっ・・・。」
はカミューの言葉を聞き、口を手でふさいだ。
そう。
カミューは恐らく人を殺めた分のものではないという事を言っているのだろう。
その事を上手く伝えられず、マイクロトフは口を閉ざしてしまったのだ。
(そんな事も分からないで・・・なんて失礼な事を・・・っ。)
「あのっ・・・。」
「いいのですよさん。我々は自分達のしている事に誇りを持っています。
お気を使わないで下さい。」
カミューはの前に腰をかけながらそう言った。
「・・・はい・・。」
そう言うしかなかった。
謝ってしまうと、更に彼らのしている事をどこか侮辱しているような雰囲気になってしまうのではないかと思ったからだった。
すぐにカミューがぽんと少し強めに手を叩く。
はっと視線を上げたとマイクロトフが、その音の主を見た。
「お茶を淹れましょう。そのためにさんをお呼びしたんですから。
なぁマイク。」
「そ・・・そ、そうだったな!よし!俺が湯を――――」
「マイク。」
ギクシャクと扉に向かおうとしたマイクロトフを、カミューがいつもよりトーンの低い声で呼んだ。
そしてすぐに向かい、いつもの笑みを浮かべる。
「お湯は私が持ってきましょう。少々、待っていただけますか?」
「は、はい。」
「それじゃあマイク、さんのお相手を頼んだよ。」
ぽん。と、固まっているマイクロトフの肩に手を乗せ、カミューは扉を閉めていってしまった。
はマイクロトフを見つめ彼が椅子に座るのを待っていたのだが、一向に動く気配が無い。
「マイクロトフさん?」
「は!」
「座らないんですか?」
「い、いえ!あの!これも訓練ですから!」
廊下から吹き出す声が聞こえた。
「でも・・・こんな時くらい休んでください。
あ、そうだ。パンケーキ食べましょうっ。」
マイクロトフはまるでギリギリと音が出るのではないかというくらいの固さで首を動かし此方を向いた。
「ほらほら。」
手招きするに、ようやく足を動かして椅子へと腰掛けたのだった。
はケーキを口に運びながらふと部屋の小さな暖炉を見つめ、ぽつりと呟いた。
「暖かいですね。」
「え!?」
さほど大きな声で話したつもりはなかったが、
異常な程のマイクロトフの驚きに、逆にが驚いた。
「あ、えと。春の暖かさもいいですけれど、私、冬の寒さの中にある暖炉の火も大好きなんですよ。」
マイクロトフはと同じ場所に視線を移しぎこちなく、ああ。と、軽く頷いた。
「え、ええ。そうですね。寒い場所から暖かい部屋へ戻った時なんかはホッとします。」
「ふふ、マイクロトフさんらしいですね。」
「そ、そうですか?」
「はい。」
がやわらかい笑みを浮かべると、マイクロトフは音が出るくらいの早さで視線を手元に戻した。
「・・・マイクロトフさん?」
「は、はいっ。」
「今日は少し・・・いつもと様子が違いますけど、どうかしたんですか?」
「え!!あ、いや、その!」
「?」
マイクロトフは急に立ち上がり、あたふたと何か困っているような様子だった。
そして、何度か大きく呼吸を繰り返し、ゆっくりと落ち着いてからへと視線を向けた。
「あ、あ、あの!ですね!!」
「お待たせしました。」
マイクロトフが続けようと口を開いたとき、絶妙なタイミングで扉が開いた。
カミューがお湯の入ったポットを手に戻ったのだ。
マイクロトフは次の言葉を発しようとした時の体勢のまま固まっている。
「おかえりなさい。わざわざ有難うございます。」
が立ち上がり、ティーセットを持っているカミューへと駆け寄る。
「あ・・マイクロトフさん、そういえば何か――――」
「いいえ!!緊急な事ではありませんので!!はい!」
「そうですか。それじゃあお茶淹れるまでもう少し待っててくださいね。」
うきうきとティーセットをカミューから受け取ったは準備を始めた。
「申し訳ありませんさん。私どもが貴女をお誘いしたのですが・・・。」
「いいえっ。私お茶淹れるの好きですから!カミューさんは暖炉の前で暖まっていてください。
廊下寒かったでしょう?」
「ああ、そうですね・・。それではお言葉に甘えさせていただきます。」
にっこりとお互い笑って、カミューは暖炉の前に立ち顔だけ固まっているマイクロトフへ視線を向けた。
そして事を成し遂げられなかったであろう彼を見つめ、ため息を一つ吐く。
(まだ想いを告げてなかったのか・・・・。)
ふとカミューの頭に何かが浮かび、内心微笑んでからへと身体を向けた。
「そういえばさん。最近・・なんだか綺麗になりましたね。」
「えっ?そ、そんな事ないですよ!」
突然の会話にが驚くが、それ以上に驚いている人物がもう一人。
「な!な、何を突然言い出すんだカミュー!」
「そんな驚く内容ではないだろう?もちろん前々からだったけれど・・最近特に・・・。」
「んなっ・・。」
「さん、貴女をそれだけ美しくさせているのは・・・一体誰なのですか?」
「えっ?」
「貴女に近づく男は多いはずです。
そんな中、貴女に選ばれた人物というのがどんな人なのか・・・少し気になりまして・・・。」
「そんな人いませんよっ。」
いつもならそんな話をずかずかと進めるようなカミューではないのだが、
今日に限っては何故か強く押していた。
「・・・ビクトール殿ですか?」
マイクロトフはごくりと生唾を飲み込んだ。
は慣れた手つきでお茶を淹れながら、大きくため息を吐いた。
「もう!そんなんじゃないですってば。ビクトールは仲間の一人ですよ?」
それを聞いたカミューは口元に手を当て、次の人物を予想する。
マイクロトフはというと、あからさまに否定を聞いて胸をなでおろしていた。
「それではやはり・・・フリック殿ですか。」
「!!」
一番リアリティのある名前に、マイクロトフが今までに無い反応を示した。
「カミューさん、今日はどうしたんですか?楽しくお茶をしましょうよ。」
珍しくしつこいカミューに、流石のも少し怪訝そうな顔をする。
カミューもその様子を察したのか、これ以上足を踏み入れる事を諦めた。
「すみません・・・、どうしても気になってしまいまして。」
「もー・・。ビクトールもフリックも大事な仲間。それ以上でもそれ以下でもないですよ?」
「そうですか・・・。私とマイクは――」
「もちろん!大事な仲間です!」
の強い口調に、カミューもマイクロトフも自然に笑みが浮かんだ。
「そうですか。それはとても光栄です。なぁ・・マイク?」
「あ、ああ!」
カミューは素直に喜んでいるマイクロトフを見て軽く肩がずり落ちた。
(マイク・・当の目的を忘れているんじゃないだろうな・・・。)
部屋には茶の良い香りが広がっていた。
カミューがまあいいか。と一息ついた頃、
突然ぽつりと発されたの言葉によって、その和やかな空気は一変した。
「その中で恋人にするならカミューさんが一番理想なんでしょうね。」
マイクロトフが突如飛び出して行ったのは言うまでもない。
最後のの言葉も聞かずに・・・・・・・・。
「でも実際恋人にするなら・・・マイクロトフさんがいいです。」
マイクロトフがその事実を知ったのは、外の雪が溶けてからだ。
